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  其のニ十







水平線の彼方、海を茜色に染めながら夕陽が溶けるように沈んでゆく。




大海原を望むこの宮殿随一の大広間で、祝宴が幕を開けた。
広がる庭園をかがり火が埋め尽くし、宵の空を明るく映し出す。
色とりどりの花弁が敷き詰められ、
蒸せるような甘い香りが華やかな空気を醸し出す。
贅を尽くした料理が次々と運ばれて、
ふんだんな酒が湯水のように振舞われる。


でもって俺は、青い顔をしたまんまだ。


顔なんて赤かろうと青かろうと、挨拶の列はひきも切らず、
口唇を引き上げたまま、ひたすらに俺は挨拶を返す。
満足げな父上と心配そうなコウ先生の顔が、目に入る。
ちゃんと出来るよ、俺はもう成人するんだから。
でも、本当は勧められる酒の匂いですら、鼻につく。


「王子様、こちらを。」


ぶん先生が杯を渡してくれる。
「いや、俺、酒は・・」
そっと耳元に口を寄せて。
「お水でございますわ。
 お手元が空だと、勧められてしまいます。」
そう言って軽く片目をつぶる。







そんなこんなでようやく諸々やり過ごした頃に、
お姫様たちの顔見世とやらが始まった。



お父上の玉座には劣るけれど、
今の俺には過ぎたご立派な椅子に座りながら、
これからご披露される皆様の、品定めをしなければならないらしい。
なんだかもう頭がぐるんぐるんしてるけど、
これを乗りきらなきゃ解放してはもらえない。
強張ったままのとっておきの笑顔を貼り付かせ、
次々と現れる姫君達を眺め続けた。


妙なる調べにのせて、歌声を披露して下さる方。
愛らしい衣装に身を包み、お国の舞踊を見せて下さる方。
巧みによく分からない楽器を奏でて下さる方。
ほんと、みんな、よくやるよ。





かがり火が照らす空の向うに、疎らに星が散る。
花々の香りに混ざり、潮の匂いが鼻を刺す。
飾り立てて作りこんで、其れで評価しろったって俺には無理な話。
見たいのはそんなものじゃない。
そんなもの捨てちまえる位の、なにかを持っている方。
ありったけの敬意を込めて、その手をとれる方。




その御方は・・・・









「いやいや、皆様、お美しゅうございますねえ。」
コウ先生、自分で楽しんでない?
「で、王子様。いかがですか、あちらの姫君など。」
出てくる度に、同じ事聞かないでくれよ。
「あ、ん、素敵だよね。」
その度に、返す言葉も同じだよ。
「コウ先生、王子様にもゆっくりご覧頂きませんと。」
その度に、ぶん先生の助け船が入る。
果てしなく続く堂々巡りも、やっと終わりに近づいてきたらしい。





「では、御最後はこちらの祝宴のご成功をお祈り致しまして。」















かがり火が不意に小さくなる。
ふき上がる火の粉が、暗い空に溶けてゆく。
先程までの騒々しい音楽が消えてゆく。
遠く響く波の音に絡みつくように、鈴の音が響きだす。


白い薄物を着た女たちが、幻のようにその中に浮き上がる。
ひらひらとたゆたうような白い波のまん中で、
一際すらりとした肢体が、しなやかに片手を上げる。
そして、緩やかな舞いが始まった。


思わず腰が浮く。
ヴェールでお顔を隠していても、
あのしなやかな肢体は見紛う筈がない。
ふわりと捌かれるドレスから覗く華奢な脚も、
細い金の輪に飾られたほっそりとした手首も、
ヴェールを通してなお、突き刺さるような瞳の煌きも、
全て、忘れることなどできはしない。
 


 




  ・・・・・・・・・・・・ お義母様 !








頭ん中を血が逆流する。
全ての物音が消えうせたようで。
白い腕に重なる、金の輪の擦れる音だけが耳の奥に響く。
ほかの誰一人も目になど入るはずも無く、
満天の星の下、あの方だけが世界を作る。


瞬きするのも疾うに忘れ果て、
口なんか開いたまま、あの方を見つめ続けて。
俺は息遣いすらも押し殺し、
この世界の中であの方だけが息衝いていた。






ぼろぼろだった胸の底で、なにかがようやく目を覚ます。
どんなに目を瞑っても、どんなに顔を背けても、
俺、やっぱりこの方だけしか考えられない。
不貞腐れて、絶望して、それでも自分は誤魔化せない。
なんだか妙な気力が涌いてくる。





俺、やるだけはやらなくちゃ。
諦めるのはそれからでないと、
俺、自分が許せないよ。












始まった時と同じく、不意に踊りは終わりを告げた。
跪いて一礼するあの方のヴェールが、海からの風にはらりとそよぐ。
輝く七色の瞳に俺は突き刺されるようで。


そしてお義母様はくるりときびす返し、
頭を上げて消えていった。












「先生。」
「なにか?王子様。」
「俺、やっぱり具合悪くて・・・・
 お先に失礼したいんだ。」


王子様のお顔の色は、確かによろしくないようだわ。
でも、先程より遥かに生き生きして見えるのはどうしたことかしら。


「ね、頼むから、
 お父様たちには先生からうまく言っといてもらえない。」
畳みかけるような真剣な,眼差し。
私は気圧されて、つい頷いてしまった。




「わかりましたわ。
 でも、お寒うございますから
 これくらいはお召しになってお帰りくださいませ。」





言い終わらぬうちに、私の手からマントをもぎ取って、
王子様は飛び出してしまった。












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