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 其の十九











ぼやぼやしてても時は変わらず過ぎてゆく。
いつのまにか俺は、一つ年を取ったようで、
今日は朝から慌しいったらありゃしない。




窓の遠くから、ぽつぽつと花火の音が聞えてくる。
もうすぐお祝いのセレモニーが幕を開ける。
そして夕方からは、コウ先生仰るところの近来稀に見る宴とやらが。
俺がお后を選ぶんだって。











「王子様、準備はお済みになりまして?」
ぶん先生が俺を呼びに来る。
「うんと。
 ちょ、ちょっと待ってください。」


純白の礼装は父上の西洋趣味。
きつくて重くて、俺はあんまり好きじゃないけど。
かっちりと釦をはめて、勲章やら房飾りやら、
どれがどれやらわかりゃあしない。
手袋をはめながら、仕方なく鏡の前で点検する。


「まあ、とてもよくお似合いですわ。」
そんなこと言ってる先生の方が、海の色のドレスが瞳に映えて、
よっぽどにお似合いだ。
「先生こそ、お美しい。」
「まあ、大人をからかって。」
今日の浮かれた雰囲気のせいか、珍しく先生も楽しそうだ。
恥じらうお顔が少し赤くなって、俺の目からみても可愛らしい。
「これで、いかがでしょう?」
敬礼などをして見せる。
「とてもご立派ですわ。」


「では、ご一緒に。」



エスコートするように差し出した手に、
くすくす笑いながら先生の手が重なった。














宮殿のバルコニーで、俺はにこやかに国民に手など振って見せる。
一体何処から集まって来たのだと思うほどの人の、波、波、波。
皆、一様に笑顔で俺に手を振ったり声を上げたりしてくれる。
俺がどんな馬の骨かわかんなくても、
あの御方の息子だというだけで
国民達はこれほどに支持してくれる。
彼らにとって、これほどに父上は偉大なのだ。
後ろで腕を組む父上の威光を痛い程感じながら、
俺は顔を回しつづけた。



「王子様、大丈夫ですか?」


人々の歓声は途切れることなく、
予想以上にバルコニーで陽に晒されたせいか、
なんとなく頭が重い。
気遣わしげに、先生がお声をかけてくださる。
「ええ、ちょっと。」
「少しお休みになったほうが、よろしいわ。」
そういや昨日はあんまり寝ていない。
昨日に限ったことではないけれど。


「いえ・・・」


俺がもごもご言いかけている間に、先生はさっさと俺を連れ出して、
次の間の長椅子を引っ張り出す。
扉の向うで父上と言い争うような声が少しして、
濡らしたタオルを手に先生が入ってくる。






ひんやりとタオルが額にかかる。
「すこし、お時間を頂きましたわ。
 全く、頭が固いったらないんだから。」
鼓膜がふやけちゃったみたいに、声がふわふわと響く。
「お疲れの上、あのように長時間いらしたのですもの。
 ご気分も悪くなりますわ。」
額から静かに温度が下がってきて、
先生のお声が遠く近く揺れるように聞える。
「しばらくお寝みなさいませ。私がついておりますから。」


それを聞いて、身体中の力が安堵して抜けてゆく。



「誰でも彼でも、皆ご自分と同じだと
 どうして思ってしまうのかしら。」
それって、誰のこと?
俺の熱を吸いこんだタオルが取りかえられる。
あんまり深く考える気力は無く、そのまま浅い眠りに落ちた。









長椅子に眠る、お世継ぎの王子様。
いつのまにこんなにお痩せになってしまったのかしら。
柔らかな薔薇色の頬は、すっきりと削げたように鼻梁を際立たせる。
陰翳を深めるような面差しには、精悍な魅力さえ漂っている。
お痩せになっただけではなくて、何かを越えたのかもしれない。
もしかしたら、何かを知ったのかもしれない。
確かにこの王子様は、青年となりつつあるのだわ。
もうすぐ一人前、そうしたら私のお役目も終わる。
その時に、私はどうしたらいいのだろう。






「王子様、そろそろお目覚めくださいませ。」








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