第23回部活、遠征…53日間で休み1日 教諭の過労死「美談にしたくない」

編集委員・氏岡真弓

 富山県滑川市の市立中学校で理科を担当していた当時40代の男性教諭は、授業と子どもが大好きだった。

 妻と歩いていても、生徒に受粉のしかたを見せるのにツユクサの花はないかと探した。管理職の試験を受けず、一教員として生涯、子どもと関わりたいと言っていた。

 担任をしていたクラスは、やんちゃな男子が多かった。生徒が日々の出来事や思いを書いたノートにコメントを書き、声かけを重ねた。そんな丁寧な対応が、生徒や保護者の信頼を集めた。

 それだけではない。ソフトテニス部の顧問として多忙を極めていた。平日は朝と放課後に練習があり、顧問として指導にあたった。練習後は夜7時過ぎ頃から、授業で使うプリント作りや実験の準備に取りかかった。帰宅後は幼い子どもに本の読み聞かせをし、風呂に入れてから、深夜まで授業研究に取り組んだ。

 公立中学の教員は、多くが部活動の指導に携わってきた。文部科学省の2022年度の教員勤務実態調査によると、中学で部活動の顧問をする教員は8割を超えていた。週当たりの活動日数は「5日」が56.1%。日数が多いほど勤務時間が長い傾向も浮かんだ。

 滑川市立中学の男性教諭は、休日は部活の試合や遠征で、しばしばつぶれた。ベテランの顧問が抜けたばかりで休みたくても休めないようだった、と妻は言う。

 「月1回でいいから決まった休みはとれないの?」。妻が聞くと、男性は「子どもが練習したいって言うし……」と言葉を濁したという。

 16年7月の3連休は、初日の早朝から生徒たちを引率して2日間の県大会へ。3日目も練習を指導した。

 連休明けには、担当する3年生のクラスの保護者懇談会があった。「頭が痛い」と言いながら、卒業後の進路にかかわるもので大切だから、と薬を飲んで出勤した。懇談会は3日間に及んだ。

教員の過労死が後を絶ちません。長時間労働の問題が指摘されて久しい労働環境の改善には、何が必要か。過労をめぐる裁判記録や関係者への取材から、課題を考えます。

 「夏休みになったら、人間ドックにいくから」と言っていた矢先の7月22日未明。寝ていた男性は、うめき声を上げ、意識を失った。そのまま意識はもどらず、8月9日に亡くなった。くも膜下出血だった。妊娠中だった妻と、当時2歳の子どもが残された。

 男性は発症前、53日間で1日しか休んでいなかった。妻は「過労死なんて考えも及ばなかった」と悔いる。

 告別式の日。駅から式場に向かう制服姿の生徒が続いた。親戚や保護者らは、我が子に「お父さんのような立派な先生になれたらいいね」と声をかけた。悪気はないようだったが、今の働き方のままで教員にさせるのは耐えられないと妻は感じた。

 「夫のことを美談にしたくない。頑張る先生が同じ目にあってほしくない」。17年、妻は地方公務員災害補償基金県支部に「公務上の災害」だと申請し、翌年、認定された。

 19年には、夫の死は、過労で健康を損なわないように注意する義務(安全配慮義務)を校長が怠ったためだとして、県と市に計約1億円の損害賠償を求める訴えを富山地裁に起こした。「夫が亡くなった責任がどこにあるのか知りたかった」と妻は言う。

 公立学校の教員には、1971年にできた「教員給与特措法」(給特法)という法律がある。

 この法律によると、学校行事や職員会議などについては校長が時間外労働を命じられるが、それ以外は命令を出せない。このため、多くの残業は教員の自主的、自発的な労働と解されてきた。「残業時間がいくら長くても、誰も責任を問われてこなかった」と裁判を担当した松丸正弁護士は言う。

 滑川市も、部活動はあくまで「課外活動に過ぎず、教員の自由裁量にゆだねられている」と主張。部活指導の時間を差し引けば、発症前の時間外勤務は公務災害の基準に満たない、と訴えた。

 「なぜ、ぎりぎり頑張ってやった仕事が認められないのか」。妻は理不尽に感じた。

 富山地裁は23年、部活顧問としての業務は自主的活動とはいえない、として市側の主張を退ける判決を下した。この学校の全教員が何らかの部活顧問を担当し、校長がその配置の決定に関わっていたことなどを踏まえて部活は職務だと認定。市と県に約8300万円の賠償を命じた。判決は確定した。

 従来、多くの裁判で部活は教員の勤務時間に含まれず、画期的な判決とされた。

 判決後の記者会見で、夫にどう報告するか、と問われ、妻はこう答えた。「病気になるまで止めてあげられなくて、休めといってあげられなくて、ごめんね」

 それから2年近く。自分は大丈夫と思っている教員がいたら、「考えてみてほしい」と言いたいという。「あなたが今日倒れたら。意識も戻らず亡くなってしまったら」と。

 公立学校教員の時間外勤務に関しては、文科省が19年に「月45時間以内」「年360時間以内」というガイドラインを設け、後に指針とした。しかし、なかなか守られていないのが実情だ。

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この記事を書いた人
氏岡真弓
編集委員|教育分野担当
専門・関心分野
教員の働く環境、教員不足、子どもの学び
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    島沢優子
    (ジャーナリスト・チームコンサルタント)
    2025年6月27日10時35分 投稿
    【視点】

    ソフトテニス部顧問の男性教諭が過労死された2016年ごろ、ソフトテニスは中学生の部活動では最も人気だったと記憶しています。 (公財)日本中学校体育連盟が発表する「加盟校・加盟生徒数調査集計表」の加盟生徒数に着目すると、最新の2024年度は男女合わせると、 近年のプロ化などで人気が出てきたバスケットボールにやや抜かれはしたが2位です。バスケットボールが男子16万2938人・女子11万6435人で計27万9373人、ソフトテニスは男子12万3031人・女子14万2417人と計26万5448人にのぼります。 加えてここで考えなくてはいけないのは、ソフトテニスが個人競技だということ。昨今、意識の高いスポーツの指導現場では個別最適化は叫ばれているものの、基本的に個人競技はひとり一人に対するさまざまなケアが必要になります。加えてソフトテニスは中学から始める生徒が多く、初心者が横並びでスタートするため懸命に取り組む生徒は多いです。保護者も熱心と聞きます。教える側も、亡くなった教諭のように体育教員ではなく他教科の教諭が担うケースが多い。そういったことを考えると、男性教諭は大会、練習試合の引率に加え指導など彼のタスクは膨大でハードなものだったと想像されます。 滑川市は「部活動はあくまで課外活動に過ぎず、教員の自由裁量にゆだねられている、部活指導の時間を差し引けば発症前の時間外勤務は公務災害の基準に満たない」と主張しているようです。これは詭弁だと私は思います。教員が自由裁量で自身の労働時間を調節するなど考えられない「熱」が、部活の現場に存在します。県大会や北信越などのブロック大会、全国大会などの出場権を獲得すれば、学校は全体集会で栄光を称え、壮行会などを催し、中には校舎から垂れ幕を下げるなどします。職員室内でも強い部活顧問が発言権を持つ実態をたくさん見聞きしてきました。つまり、結果として熱心な活動を求められます。 言葉は良くないかもしれませんが、教諭の部活生徒への愛情を利用したやりがい搾取。それをエンジンにした部活運営はいまだ続いているため、文科省が設けたガイドラインも守られません。罰則規定もないので練習時間後に場所を移動しての「闇部活」もなくなりません。生徒を「勝たせるため」、保護者も、学校長も押し黙る。この沈黙が教師を苦しめています。

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