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マンション修繕会議になりすまし男 「あなた誰ですか」問われ逃げた

小寺陽一郎 奥田薫子 福冨旅史

 首都圏のマンションの一室で、住民や管理会社従業員らが集まり、テーブル越しに向き合っていた。5月17日、土曜日の午後。大規模修繕のための委員会の会合だった。

 開始から30分近く。住民の1人が出席者の1人について、こう切り出した。「居住者とは違うんじゃないかという情報が私のところに来ている。今日確認してもらいたい」

 名指しされた男は「誰のどういう話。僕からしたらすごい心外なんですけど」と返した。他のメンバーも驚き、会議はざわついた。

【動画】首都圏のマンションで住民になりすまして修繕委員会に侵入したとみられる男。なりすましを指摘され、走って逃亡した=関係者撮影

 指摘した住民は、男が名乗っている居住者と、男の顔が違うことを根拠に挙げた。そして「すいませんけど、あなたは誰ですか」と迫った。

 男は「なんで僕だけそやって言われるんですか」と語気を強めた。他の参加者から、名誉毀損(きそん)の恐れがあるのでは、などといさめる声も上がった。だが、指摘した住民は引かない。

免許証は「持っていない」 保険証を取りに自室へ

 男は身分証を求められ、「免許証を持っていない」と言った。メンバーの間で、保険証を持って来たら疑いは晴らせるのでは、という話でまとまった。自室はすぐそこのはず。男は立ち上がり「1回ちょっと家に」と言い残して、部屋を出た。

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首都圏のマンションの大規模修繕委員会に、住民になりすまして参加した男。呼び止められ、走って逃げた=2025年5月17日、首都圏のマンション、関係者撮影(マンションの敷地部分にモザイクをかけています)

 委員会の部屋から出た男に、なりすましを疑う別の関係者が「お待ちいただけますか」と声をかけた。

 関係者が繰り返しその場にとどまるよう伝えると、男は「警察呼びますよ」と言った。関係者は「すでに警察を呼んでいる」と返す。男は「もういいですって」と言うと、突然走り出した。

 「止まれ」という声を聞かずに走り続ける。関係者が男に声をかけてから2分後、姿は見えなくなっていた。

1人現行犯逮捕、逃げた男も逮捕

 通報を受けた神奈川県警の警察官が委員会の部屋に入った。住民の指摘で、逃げたのとは別の男も住民になりすましている疑いが浮かび、この男は現行犯逮捕された。捜査関係者らによると、5月17日午後、正当な理由がないのにマンション内に立ち入ったという住居侵入容疑だった。逃げた男も同容疑で6月3日に逮捕された。

 2人はいずれも大規模修繕工事の施工会社(大阪府東大阪市)の従業員だった。その後、2人は処分保留で釈放された。

 マンションの管理組合の記録によると、2人は9カ月間ほど、住民になりすまして委員会に参加していた。

 工事の専門家ではない住民たちが、億単位の発注を決めるマンション大規模修繕工事。その過程で何が起きているのか。

9カ月間、なりすました男2人 会議に5回以上参加

 首都圏のマンションで住民になりすましていた男2人は、住居侵入容疑で神奈川県警に逮捕された。5月に大規模修繕委員会に参加した際、外部から情報を得た参加者から指摘されたことが、発覚のきっかけだった。

なぜ、他人のマンションに別人をかたってまで入り込んだのか。

 マンションの大規模修繕工事は通常、10~20年に1度行われる。住民らでつくる管理組合が修繕のための委員会を設置し、コンサルタント会社を選んだり、工事内容や施工会社を決めたりする。コンサル会社が入った場合、施工業者選びを助言することが多い。

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設計監理方式による大規模修繕工事のイメージ

 事件のあったマンションでは、昨年5月に1回目の委員会が開かれた。管理組合の記録によると、逮捕された2人は昨年8月の4回目以降、事件当日を含めて5回以上、委員会に参加していた。

 1人は昨年9月、コンサル会社を公募するための要件を私案として提示。見積もりや問い合わせ対応の実務もこの男が担当することになった。

 公募には14社が応募。委員会での議論を経て今年3月、大阪市のコンサル会社に依頼する方針が管理組合の総会で決まった。

なりすまし男「会社の利益のためになるとも思った」

 なりすましはその後に発覚した。同じ大規模修繕工事の施工会社(大阪府東大阪市)に勤める2人は、県警に容疑を認め、「大規模修繕委員会に適正な進め方を教えるためだった」「会社の利益のためになるとも思った」と供述したという。

 発注先に内定した大阪市のコンサル会社の社長は取材に、自身は、2人が所属する修繕工事会社の元社員であると明かした。

 住居侵入事件を受けてコンサル会社の選定は白紙になり、施工会社も決まっていない。

 住民らは、男らが委員会に提示したコンサル会社選びに関する資料には、事実でないデータが記載されていたとみている。自社が工事を受注するために2人は委員会に潜入し、議論を誘導したとみて、偽計業務妨害罪での警察への告訴を検討している。

 どうやって住民になりすましたのか。

 マンションの住民女性の1人は取材に、自宅ポストに入っていた「覆面調査のアルバイト」のチラシに応募し、男らと会ったことを明かした。男が委員会に「代理」として出席することを了承。男は無断で女性の夫を名乗っていたという。

コンサル会社「関知していない」 修繕工事施工会社「おわび」

 信用調査会社によると、2人の勤務先の大規模修繕工事施工会社の本社は大阪府東大阪市にあり、東京都内に拠点を持つ。従業員数は100人以上。同社は取材に、2人が2014年と18年に入社した営業担当の従業員だと認めた。

 2人が大規模修繕委員会に参加した理由や同社の指示の有無については「警察による捜査中ですので回答は控えさせていただきます」。事件について「深くおわび申し上げます」とし、「社内規定の見直しと社員教育の徹底、コンプライアンス体制の強化を進めてまいります」とした。

 発注先に内定していた大阪市の大規模修繕コンサルタント会社の社長は、自身は東大阪市の工事施工会社の元社員だが、資本関係はないと説明した。取材に「大規模修繕委員会内でのやり取りに関しては全く関知をしていない」とし、「両容疑者側と調整等をした事実も一切ございません」と回答した。

 住民の女性が受け取ったチラシに連絡先が書かれていた大阪市のマーケティング会社は、文書と電話で取材を申し込んだが、期限までに回答がなかった。

情報提供はこちら

 マンション大規模修繕工事に関する情報は朝日新聞の情報窓口(https://www.asahi.com/tips/contact/)まで。

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この記事を書いた人
小寺陽一郎
東京社会部
専門・関心分野
事件事故、消費者トラブル、不動産
福冨旅史
東京社会部|調査報道担当
専門・関心分野
調査報道、事件、平和

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