出遅れたが…心鍛え一力新名人 後先考えず一瞬に集中、七冠へ情熱持って 囲碁
第49期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)で芝野虎丸名人を破り、史上4人目の「名人棋聖」となった一力遼新名人。名実ともに囲碁界の頂点に立ちながら「出遅れた」と感じているという。自身が捉える現在地とこれからを聞いた。
――名人初挑戦の3年前は、当時名人の井山裕太三冠を3勝2敗と追い込みながら逆転負けを喫しました。今回、同じ3勝2敗で迎えた第6局で名人奪取を決めました。
「3年前から精神的に多少成長できたと思っています。大勝負になると力が入りすぎてパフォーマンスが落ちる経験を何度もしてきました。思いが強ければ結果につながるわけではない。メンタルの課題をずっと感じていました。でもどう変えていいかわからない。それが2年前にやっと見つけたという手応えを持ちました」
――2022年は1~3月の棋聖戦七番勝負で井山さんの10連覇を阻み、タイトルを奪取しました。でも新境地に達するには、もうひと山あったそうですね。
「井山さんに勝つのをずっと目標としてやってきて、それを達成できてどこかホッとしたというか、やりきった感というのが強く出てしまって。その後のタイトル戦に向けて、もう一度同じペースで走り続けるというのが難しくなって、夏場は精神的にかなり状態を落としていました。どうすればいいか半年ぐらい試行錯誤しました」
――棋聖戦のあと、井山さんに本因坊戦で4タテ、碁聖戦で3タテでやられました。そこからメンタルトレーニングを導入して、たどり着いたのが禅語の「爾今(じこん)」だと。後先を考えず、今この一瞬に集中すべしと。
「対局中は考えが過去の失着にさかのぼったり、勝てばタイトル奪取という未来に先走ったりということが、どうしても出てくる。でも結果的には目の前の盤上に集中したほうが高いパフォーマンスを発揮できる。技術的に届かない部分があるのなら仕方がない。そうでない部分、感情的になったり、後先のことを考えて集中できなかったりというミスを減らしたいと、毎局意識的に取り組みました」
■藤井さんに比べ
――言うはやすしですが、強く意識すれば体得できるものなんですか。
「周りが何を言おうと自分の信じた道を進むというのが大事だと思います。自分を信じて、一番いい状態で対局の準備をして、始まったら今に集中する。そうした日々の積み重ねが自信につながり、盤上に反映できるようになったという気がします」
――名人棋聖になり、天元、本因坊を加えて四冠です。一力時代の到来と言っていいでしょう。これからどこに軸足を置くのですか。
「七大タイトルの数の上では一番になりましたが、井山さんが三冠(王座、碁聖、十段)を保持されていますし、まだ碁界統一という段階ではない。七冠独占は現実的にはまだ遠い目標ではありますが、情熱を持ってやっていきたいですね」
――現在27歳。年齢的に今がピークと捉えていますか。
「井山さんは26歳で七冠独占を達成しました。将棋ですと藤井(聡太)さんが21歳で、羽生(善治)さんが25歳で全冠独占しています。比べて自分はかなり出遅れているという意識があります。藤井さんのことばに『流動性知能』のピークは25歳までというのがありますが、自分の場合は数年前まで技術でカバーしようとして立ち行かなくなり、25歳を過ぎてから心と体の部分に意識を向けることで変わることができた。これからよりいっそう頑張らなきゃいけないという気持ちのほうが強いですね」
――世界戦では9月に「囲碁のオリンピック」といわれる応氏杯で優勝し、日本に19年ぶりの世界タイトルをもたらしました。
「これからもっと勝っていきたい。国内外どちらに絞るというより、ひたすら目の前の一局一局を頑張り、結果としてどちらも今より高い所にいければ」
――日本のエースとして一身に期待を背負うことになります。
「自分の結果が以前よりフォーカスされてくると思います。世界で勝つことが国内タイトル戦の価値を高めていくことにつながる。そういう意識を持って臨みます」
■世界の2位集団
――中国で一力さんは「遼神」と呼ばれる人気者です。現在、世界における立ち位置はどの辺りだと思いますか。
「世界ナンバーワンといわれる韓国の申真ソ(シンジンソ)さんが抜けていて、あとに続く2位集団が30人ぐらいいる。自分はその2位集団の真ん中あたり、10~20位というところでしょうか」
――そんなに厳しいのですか。
「2位集団の中ではそれほど劣るとは思わない。でも技術的に勝っているわけでもない。とくに中国は層が厚く、日本で無名の棋士でもトップ層に勝つことが珍しくない。層の厚さという面ではかなりの差がついてしまっています」
――中国の囲碁人口は6千万人ともいわれます。対して日本は200万人を切ったという調査もある。層の厚薄で天才出現の確率も違ってきます。
「現役プロの強化策と並行して、裾野を広げる活動が大事です。ファンとの交流イベントは以前より増えています。それらを通じて棋士という職業の価値を高めていかなければいけないと思っています」
――一力さんは東北の有力紙「河北新報」の取締役も務めています。いつまで二足のわらじを履き続けるのか。心中、線を引いているのですか。
「今まで誰もやったことがない、自分にしかチャレンジできない道でもあります。囲碁界をもっと良くしたいという情熱がある限り、棋士をやめることはありません」(聞き手・大出公二、北野新太)
■この一手 第2局、30手先読み切った
一力新名人が選んだシリーズ「この一手」は、七番勝負第2局の178手目図の白1。芝野名人の▲で断たれた右辺の白石の一団をどうしのぐか。本局最長の59分を投じ30手先まで読み切った。
被告の一団をすぐに動くのではなく、△を助けて包囲網への反撃を見た。黒Aが省けず、白B、黒Cからコウ争いも絡む難解な攻防は、読み筋と一手も違(たが)わぬ進行となり、危機をしのいだ。本局の勝利で開幕2連勝。シリーズの流れを決定づける一着となった。
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