世界制した一力、囲碁ニッポン復活へ 19年ぶり快挙、ライブ配信でファン歓喜
囲碁ニッポンの呪縛は解けたか。一力遼棋聖が日本勢で19年ぶりの世界メジャー制覇を遂げた。長らく中国、韓国の後塵(こうじん)を拝してきた20世紀の最強国、日本。復活に向けて、世界奪還は破格のインパクトを持つ。
■打法変更 中終盤に時間残し、負けパターン脱する 井山三冠「選手層厚い中国、大事なのはこれから」
8日、中国・上海。午後6時20分、「第10回応氏杯」決勝五番勝負の第3局は中国の謝科(しゃか)九段の投了で決着した。一力は8月第1ラウンドの第1局、第2局と合わせストレートの3連勝で優勝を決めた。
多くの日本の囲碁ファンが快哉(かいさい)を叫んだ。「うおおおお」「しゃああああ」。ライブ配信したユーチューブ「日本棋院囲碁チャンネル」のチャット欄は、歓喜の絶叫メッセージが延々と続いた。
日本を本拠にする棋士のメジャー制覇は2005年「LG杯」の張栩(ちょうう)九段以来19年ぶり。日本人に限れば1997年「富士通杯」の小林光一名誉名人以来27年ぶりの快挙だった。
その名のとおり富士通杯は日本国内で開催され、世界戦の先駆けとなった。1988年の第1回から武宮正樹九段が連覇。林海峰(りんかいほう)名誉天元、趙治勲(ちょうちくん)名誉名人、大竹英雄名誉碁聖が続き、日本勢が5連覇した。しかしその後は第10回の小林の優勝のみ。あとは中国、韓国勢に席巻され、大会は2011年の第24回を最後になくなった。
トヨタ&デンソー杯も02~08年、隔年で4回開催されたが、優勝者はすべて中韓で占められた。現在、世界メジャーはすべて中韓の開催だ。
中国のSNSでは、ある都市伝説が広まっていた。小林が優勝した富士通杯の決勝は1997年8月2日。その日、中国で天才棋士が産声をあげた。2017年の米グーグル主催の「人間と機械の最終決戦」で、超人AI「アルファ碁」の相手となった柯潔(かけつ)九段だ。柯の誕生とともに日本は世界の舞台から姿を消した――。ジンクスは柯と同い年の一力によって破られた。
一力は小学5年のとき「応氏杯ワールドユース大会」決勝で柯に敗れた。16年後の今回の応氏杯準決勝三番勝負でリベンジの機会を得た。第1局を落としたが、第2局から連勝し初のメジャー決勝に進出。決勝の謝にも前回大会の準決勝で敗れていた。大勝負でリベンジを重ねて頂点に立った。
どの碁も石が込み合う錯綜(さくそう)した状況から抜けだしていた。苦杯をなめ続けたこれまでの負けパターンとは百八十度違う。優勢な碁を相手の勝負手で攪乱(かくらん)され、何度も逆転の憂き目を見てきた。今大会は立場を入れ替え、勝負強い中国の勝ちパターンを己のものにした。
中国囲棋協会主席の常昊(じょうこう)九段は「形勢がよくてもひよらない。明らかに日本の弱点を強化してきたイメージがある」と分析する。
世界を意識した打法は国内棋戦からもうかがえる。序盤はほとんど時間を使わず、勝負どころの中終盤に時間を残すようになった。8月下旬の名人戦七番勝負の第1局では、持ち時間が世界最長の8時間にもかかわらず、25手目まですべてノータイムだった。
日本の棋士は海外勢に比べて囲碁を「芸」と見る向きが強い。ゆえに序盤から最善を求め、惜しみなく長考を重ねる傾向があった。それを勝負に徹し、己のスタイルを世界仕様に変え、4年に1度の「囲碁のオリンピック」といわれる応氏杯で結実した。
長く世界と戦ってきた井山裕太三冠ほど一力の偉業を理解する棋士はいないだろう。国内七大タイトルを独占し「史上最強」といわれながら、世界メジャーの最高位は準優勝。いまだ頂点に届いていない。
「中国の選手層は日本より圧倒的に厚い。日本のトップと同レベルの相手が何十人もいる。一つ勝つことはできても、すべて勝つのは並大抵ではない」。近年、日本勢で世界8強以上を占めたのは一力、井山、芝野虎丸名人の3人だけだ。「大事なのはこれから。日本勢の上位進出の頻度が高まれば、全体の底上げにつながる。私もともにやっていきたい」(大出公二)
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