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  其の十八











なんかもう、絶望的。





あの方にお会いすることは叶わない。
でも俺は、相も変わらず王子のままで、
お父上やコウ先生の思惑通りに、事は進んでゆく。


お父上の後を継いで、領土を広げ、
何人もの后を娶って、後継ぎを作りまくるしかないのかな。


そしたら、いつの日か、忘れることができるのだろうか。














「りかさまぁ、まだお水は冷とうございますわ。」
「早くおあがりになって下さいまし。」



やれやれ、だから付いてなど来なくてよいといったのに。


聞えていないふりをして、もう一度だけ身体を伸ばす。
浜から鬱蒼と続く木々の間から、
ひっそりと眠るような後宮の屋根が見える。
その彼方にはきらびやかな宮殿が。



小さな入り江の其の奥で、岩が被さるように張り出した静かな浅瀬。
まろやかな波が時折身体を包むように、寄せては返す。
洞窟のような岩は突き刺さるような陽射しから、
わたくしを隠してくれる。
チカたちの待つ白い浜は、痛い程に眩しくて。



眩しすぎる太陽は、目を潰してしまいそうで。
顔を背けて潜ってしまおうか。
水中ですら、南の陽射しは無遠慮な程力強く。
波紋となり散るさまの美しさに、思わず目を奪われる。


美しいものも強いものも本当は、大好き。
そんなふうに求めて止まないわたくしがいつだって、大嫌い。



精一杯、目を瞑る。
瞼を貫き通す、あの方の煌き。













「お忙しい中、失礼いたします。」


書類を抱えたコウが、顔を覗かせる。


「なんだ。」


大王が、執務机から目を上げる。
傍らの宰相が、邪魔が入ったと言いたげにコウを睨みつける。
「いえ、お伺いしたい事がございまして。」
「手早く頼む。 今日は用事が詰まっておる。」
「ええ、宴のことにございますが。」
「万事任せたといったはずだ。」
あまり興味もなさそうに、大王は重なる書類に顔を戻す。
「いえ、それはそうなのでございますが・・・・」


「なんだ。」
「ええ、ご招待いたします姫君たちに、
 御座興をお願いする件にございますが。」
「ああ、よいのではないか。」
「はあ、ただ、そちらの順番で頭を痛めておりまして。」
「なにを、痛める?」
「いえ、どなたに一番最後にご披露頂くか、という件で。
 なにしろ、お后様候補ということですので、
 ご最後を飾られるお役目は、
 皆様、第一の候補かとご期待なさるのではないかと。」


確かにコウの言うことも一理ある。
大王はペンを置いて、腕を組んだ。
「誰か、これという者はおらんのか?」
「はあ、なんと申しますか。」
こちらがあらかじめ優劣をつけていると思われては、
今後の付き合いに響くやもしれない。
あちらを立てればこちらが立たず、というコウの心痛も尤もだろう。
「ですので、大王様にお決め頂こうかと・・・」
「ふうむ。」


大王はしばらく考え込み、そして指を鳴らしコウに耳打ちした。





 


「りかさま、王宮よりのご書状にございますわ。」


巻紙を載せた銀の盆を持って、ユウヒが入ってきた。
チカに髪を梳かせ、
アカネの縫い上げた新しい室内着などに袖を通しながら
娘たちとの他愛も無いお喋りで、
わたくしは心を少しでも平生に保とうとしていた。
チカもアカネも心配顔を押し隠し、
なんとかわたくしを楽しませようとしてくれる。


「読み上げて頂戴。」
「でも・・」
周りを慮り、ユウヒは躊躇する。
「いいわ、どうせ大したことなど書いていないでしょう。」
今のわたくしには、王宮がどうなろうと全く構わない。
この国がどうなろうと、わたくしがどうなろうと。
全て良かれと思ってした事が、
どうしてこれほどにも心を乾かせてしまうのだろう。
穏やかに揺るぎなくありたいと思っただけなのに、
今のわたくしは、
ただ無気力に崩れ落ちそうな足で身体を支えているばかり。

「わかったわ、貸して。」


ぼんやりと目を通しながら、傍らの二人にも見せてやる。
黒いインクの流麗な文字は、わたくしの頭では意味をなしてくれない。
なんて皮肉なの、口の端があの夜のように上がる。
ユウヒは心配を隠そうともしない顔で、わたくしを見つめる。


「きゃっ!」
嬉しげにチカが声を上げる。
「まあ。」
アカネが丸く口を開ける。
ユウヒがはしたないというように、二人を目で制する。


「素敵、皆、お稽古にも熱が入りますわ。」
確か、行儀見習の一環としての
そのようなお稽古もあったような気がする。
「お願いで御座いますわ、りかさま。
 お断りなんて、なさらないで下さいまし。」
チカとアカネがわたくしの手をとって、かわるがわる口をだす。
穏やか過ぎて水の澱んだような後宮の日々の中、
彼女たちの目にとっては、この上もなく楽しそうにうつるのだろう。
うっとりと夢に見るような、瞳。


遠い昔にそんな目をしていたことがあったかもしれない。
夢は見られる内に、見ておいた方がいい。







「そうね、大王様直々のご命令。  お断りはできないわね。」











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