死刑執行の順番、つきまとう不透明さ 07年以降執行の77人を検証

森下裕介 久保田一道 山本逸生 大滝哲彰

 無罪を訴えたものの、1980年に死刑が確定した袴田巌さん(88)は、いつ執行されてもおかしくない境遇に置かれていた。法務省は2007年に執行対象者の名前や執行場所、犯罪事実の公表を始めたが、多くの確定死刑囚の中から対象者を選んだ詳細は明らかにしておらず、ブラックボックスのままだ。

 同省などによると、同年以降に執行された確定死刑囚は77人。最後の判決から執行までの期間は約1年4カ月~約18年6カ月とばらつきがあり、平均は約6年8カ月だった。22年7月以降、執行はない。

 刑事訴訟法によると、死刑確定から6カ月以内に法相が命令し、5日以内に執行しなければならない。ただ、違反しても罰則を伴わない「訓示規定」とされる。心神喪失の状態や妊娠している場合、執行が停止される。

 08年、執行対象者の名前などの公表を始めた当時の鳩山邦夫法相は会見で「できる限り刑事訴訟法の要請に近づけた方がいい」「基本的には判決確定の順番というのが原則」などと言及した。ただ、確定から数年以上たった死刑囚の執行も多く、対象者の選考には不透明さがつきまとう。

強盗殺人などの罪で死刑が確定した後、釈放された袴田巌さんの再審判決が26日、静岡地裁で言い渡されます。その再審判決に合わせ、直近の執行状況を検証しました。記事の後半では、2007年12月以降に執行された77人について、それぞれ最後の判決から執行までの期間を紹介したグラフや、死刑をめぐる海外の状況も紹介しています。

再審請求中の執行相次ぐ 法相「やむを得ない」

 執行対象者は通常、法務省刑事局が選び、法相に報告する。法相は裁判資料などを検討の上、執行すべきだと判断すれば、「死刑執行命令書」に署名や押印をし、数日後に執行される。

 歴代の法相は執行時、「関係記録を十分に精査し、刑の執行停止や再審事由の有無などについて慎重に検討し、これらの事由がないと認めた」といった説明にとどめてきた。

 17年には、当時の金田勝年法相が、会見で「再審請求中でも当然に棄却されることを予想せざるを得ないような場合は執行を命じることもやむを得ない」と明言。再審請求中の死刑囚の執行が相次ぐ。オウム真理教による一連の事件で18年7月、2回に分けて元教団幹部ら13人の死刑が執行されたが、うち10人は再審請求中だった。

 法務省によると、収容されている確定死刑囚は9日時点で107人いる。平均年齢は約60歳。弁護士で、死刑の問題に詳しい田鎖麻衣子・東京経済大教授(刑事法学)は、執行対象者を決める基準や、再審請求中の執行に関する方針の変更など多くの情報が公にされていないとし「情報を隠すことは恣意(しい)的な運用にもつながる。基準の明示のほか、法を改正して執行過程への裁判所の関与を可能にするなど、執行の適正さを検証できる仕組みにすべきだ」と話す。

世界では廃止の潮流 外交への影響も

 死刑制度の廃止は世界的な潮流になっている。

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルによると、廃止した国・地域は1977年に16だったが、2023年には121に。長く執行していない「停止国」を含めると144に上る。執行しているのは中国やイラン、サウジアラビアなど55にとどまる。

 ドイツは、ナチスの大量虐殺への反省から西ドイツ時代の戦後すぐに死刑を廃止。英国では執行後に真犯人が判明した事件があり、1969年に原則廃止した。フランスも「存置派」が多いなか、ミッテラン大統領が81年に公約通り廃止を実現させた。欧州連合(EU)は2009年から廃止を加盟条件としている。

 先進国とされる経済協力開発機構(OECD)の加盟38カ国で、今も執行を続けるのは日本と米国だけだ。ただ、死刑制度に詳しい笹倉香奈・甲南大教授によると、米国では50州の半数以上で廃止・停止している。残る州でも陪審員の全員一致でないと死刑を言い渡さないといった、特別に厳しい手続きがある。

 「透明性」の違いにも言及する。米国では執行の数カ月前に本人に告知され、家族や報道機関が立ち会える州が多い。情報が広く共有され、その都度、議論が起きるという。

 日本では執行の当日に本人に告げられ、詳しい状況は明かされない。

 笹倉教授は「透明性の乏しさが議論を阻んでいる」とみる。自身の授業で学生たちに海外情勢や日本の絞首刑の実態を説明すると、過半数だった存置派は授業後には28%になった。「日本も情報公開を進め、根本的な議論をしないといけない」と話す。

 刑事法学者の石塚伸一・龍谷大名誉教授は外交上の弊害も指摘する。

 日本は米国と韓国としか犯罪人引き渡し条約を結べていない。死刑の存置などが敬遠される理由だといい、22年に大阪で起きた親子殺害事件では、ブラジルから容疑者の引き渡しが実現しなかった。

 22年1月に豪州と署名した「日豪円滑化協定」では、共同訓練で日本に滞在中の豪州の軍人が、死刑になる可能性が十分ある罪を犯したと豪州が判断した場合、豪州の裁判所で裁くとされた。討議記録には、日本に引き渡す際は「死刑を求刑しないと保証する」ことも盛り込まれた。

 石塚名誉教授は「死刑があるために犯罪捜査の権利が及ばず、外交上の地位は低くなり、弱みを握られる。日本にとっては非常に不名誉なことだ」と話す。

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この記事を書いた人
森下裕介
東京社会部|裁判担当
専門・関心分野
司法、刑事政策、人権
久保田一道
東京社会部
専門・関心分野
法制度、司法、外国人労働者、人口減少
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    西岡研介
    (ノンフィクションライター)
    2024年9月26日16時0分 投稿
    【視点】

    この記事に付けられた、確定死刑囚の執行状況を示したグラフは圧巻。法務省が執行した死刑囚の公表を始めた2007年以降、僅か15年で77件もの行刑がなされたことが、ひと目で分かる。だけでなく、執行された77人の実名が、リアリティーをもって見る者に迫ってくる。

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