(ポップスみおつくし)ケネディ・センター「乗っ取り」 慶応大学教授・大和田俊之

 ■自由の国の文化統制、抵抗の動き

 先月の本欄で、音楽評論家の萩原健太さんはヴァン・ダイク・パークスの来日公演で表現されたアメリカ音楽の多様性を解説しつつ(私も鑑賞したが、本当に素晴らしかった)、最後に現在のトランプ政権が文化の規制を強めていることに触れられた。今回、私はそのことについて書こうと思う。「米国文化は今、深刻な岐路にある」という萩原さんの危機感を、私も共有している。

 2期目のトランプ政権は世界各国への関税措置が注目されるが、思想や文化の取り締まりが強化されている点も見逃してはならない。驚いたのは、大統領に就任してわずか2週間余りの2月7日、トランプは突然ワシントンDCのジョン・F・ケネディ・センターの複数の理事を解任し、自ら理事長に就任すると宣言したのだ。その後、会長には側近のリチャード・グレネルが就くと報告した。

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 ケネディ・センターは1971年に開館した総合文化施設であり、ワシントン・ナショナル交響楽団やワシントン・ナショナル・オペラの本拠地として知られる。毎年、音楽や舞台芸術などアメリカ文化に貢献した複数のアーティストに授与される名誉賞もたびたび話題になり、なかでも2015年にキャロル・キングの名誉賞受賞を讃(たた)えて「ナチュラル・ウーマン」を熱唱したアレサ・フランクリンのパフォーマンスは(客席のオバマ大統領が感動で涙を流す映像とともに)、多くの音楽ファンの記憶に残っているだろう。

 トランプ大統領はケネディ・センターの今後の演目について、「ドラァグ・ショーやその他の反米プロパガンダはもう終わり――最高のものだけを」とSNSに投稿した。トランプ政権は助成金を盾に大学などにDEI(多様性、公平性、包括性)プログラムの廃止を迫り、トランスジェンダーの人々の公的生活を困難にするなど明らかに思想上の統制を強めている。大統領によるケネディ・センターの「乗っ取り」はそうした統制が文化の領域にまで及んでいることの現れである。アメリカの文化やエンターテインメントの主流がリベラル寄りの価値観に傾いていることは確かだが、大統領が自らの権限で表現を規制することは検閲以外のなにものでもないだろう。

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 こうした一連の行動は、トランプ大統領の私怨(しえん)によるという見方も強い。大統領1期目の17年、名誉賞受賞者のうち数人がホワイトハウスのレセプションを欠席すると宣言した。その数日前にバージニア州シャーロッツビルで開催された極右集会で死者が出たにもかかわらず、大統領が白人至上主義者を強く非難しなかったことも理由の一つといわれている。結果的にトランプは「政治的混乱」を避けるために名誉賞授賞式の欠席を余儀なくされたが、この時の成り行きを彼が屈辱的に感じたとしても不思議ではない。トランプはこれまで自分と敵対した政治家や組織に対して次々に報復措置をとっており、ケネディ・センターも標的にされた可能性が高い。

 だがトランプの強権的な振る舞いへの抵抗も生まれている。2月以来、ミュージカル「ハミルトン」の制作者リン・マニュエル・ミランダや、アフリカ系女性俳優兼プロデューサー、イッサ・レイが関係する多くの公演が撤退/ボイコットを選択したという。また先日、トランプ大統領の観覧が予定された6月11日の「レ・ミゼラブル」に出演する十数人の俳優が、その日の舞台をボイコットすると報じられた。「自由の国」の文化統制がどこまで進むのか、しばらくは目が離せない。

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連載ポップスみおつくし

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