其の十六
頬にあたる水滴で、目が覚めた。
スコールに、たちまち辺りは覆われる。
黒い土煙さえ、そこここに立っている。
ぼんやりと見回して、世界は俺にとって一向に変わらない。
このまま、熱出してどうかなっちまっても、
俺、とっくにどうかなっちゃってるもんな。
門に凭れたまま、どうでもいいやと目を瞑る。
今日は小さな、白い鳥を象ったお菓子。
お義母様は、鳥がお好きだったはず。
お手に渡るはずのないことは百も承知で、
でももしかしたらという思いが止まらない。
小さな包みだけは濡らさないように、胸にそっと抱きしめる。
お義母さまを抱き締めた、あの時のように。
突き刺さるような激しい雨が、頭上を駆け抜けてほどない頃に、
湿った草を踏む、小さな足音が聞こえてきた。
弾かれたように、俺は飛び起きて、
門の隙間に、顔を押し付けた。
やってきたのは、俺くらいの女の子。
マントの下は白くてふんわりとした夜着のまま、
小首をかしげこちらを確かめる。
「君は?」
「りかさまの、侍女ですわ。王子様」
好奇心を湛えた大きな瞳が、ぱっちりとこちらを見上げる。
「なに? お義母様は?」
なりふり構わない姿は、よっぽど情けないことだろう。
俺の必死な顔を見て取って、彼女は気の毒そうに口篭る。
「りかさまは、私にお言付けなさいましたの。」
あの方からのものならば、なんだって構わない。
たとえ、どんな言付けでも。
「なに?」
「あの・・・・
もう、お帰りになってくださいませ、って。
お身体に障られて騒ぎになられたとき、
困るのはあなた様だけではございませんよ、って。」
お義母様のお言葉を聞くように、必死で俺は頷いて。
彼女の目を覗き込む。
「 そして、もうこちらにはいらっしゃらないで、って。 」
予想通りの、お言付け。
いまさら、ショックなどうける神経は残っちゃいない。
それでも俺は、やっぱりうな垂れる。
彼女は胸の前に組んだ手を、困ったように重ね直し、
そして、きびすを返そうとした。
「君・・・ 君は、お義母様にお会いするの?」
「ええ、それは。」
「じゃっ・・・・・・・・・・・・・じゃあ、」
懐に手を突っ込んで、小さな包みを引っ張り出す。
「今日のお土産です、って、お渡ししてくんない?」
柵の間から、思い切り手を伸ばす。
まだ濡れている柵が顔に引っついて、
それでも、必死で手を伸ばして。
お義母さまの元までも、伸ばそうとでもするかのように。
「え・・・・」
「お義母様の、お口に合うかどうかわかんないけど。」
柔らかくて暖かい小さな手に、無理やり押しつける。
ふわふわした白い指を、握り締めるように押さえつける。
困ったような顔をして、くしゃくしゃの包みに目を遣って、
多分に同情の混ざった微笑みを、彼女は浮かべた。
「 ・・・・・・・・わかりましたわ。
ですから、今日のところはどうかお帰りくださいませ。
でないと、私が叱られます。」
「 りかさま 。 」
蜀台を手に、息を切らせてチカが扉を叩く。
「ごめんなさいね、こんな夜更けに。」
「いえ、お伝えして参りましたわ。」
「あの、それで・・・」
そういって、決まり悪そうに拳を広げる。
「なあに。」
「あの、お方が、
お渡しして下さいって。」
掌には粗末な紙の包み。
王子さまがいつも持っていらしたのと、同じ。
「あのっ、すみません。
でも、受け取らないと、とても帰っては頂けないご様子で、
それで・・・・・わたし・・・。」
強張った指をなんとか開き、小さな包みをなんとか受取った。
「いいのよ、面倒をかけたわ。」
一礼し、チカは帰ってゆく。
わたくしは、扉に背を押し付ける。
もう、立っているのが精一杯。
掌のそれを、震える指で押し開く。
包みの中、小さな白い鳥がこちらを見つめ返す。
あの方に初めてお会いした時が、鮮やかに蘇る。
東屋でいつも、嬉しそうに懐を探る姿を思い出す。
ささやかな、けれども真心のこもった贈り物。
息を詰めて、わたくしが口にするのを見つめ、
こちらの微笑みに、弾けるような笑顔を返す。
指の隙間から、鳥は零れ落ちる。
床に転がる小さな砂糖の鳥。
あの方に見つめられているようで、目が向けられない。
わたくしはよろけるように、ユウヒの待つ寝台に逃げこんだ。
| SEO |