(シネマ三面鏡)レジェンドの努力に励まされ

 映画記者になる以前、キネマ旬報誌の「読者の映画評」欄に投稿していた20代の頃。同じ号に載っているプロの評論家たちの文章を読み、私は傲慢(ごうまん)にも「読者の批評の方が刺激的で面白いじゃないか」と思っていた。

 もちろん今はプロの気持ちがよく分かる。発注されたすべての批評を、少なくとも商品になるレベルに仕上げる必要がある。常に本塁打級の文章を狙って大振りを繰り返すわけにはいかないのだ。

 SNSの時代になり、映画ファンがウェブに載せた批評が読まれている。玉石混淆(こんこう)だが目から鱗(うろこ)の本塁打も少なくない。しかもそれらが無料で読めるのだ。「プロの批評より面白い」とうそぶく20代の私の声が聞こえてきそうだ。

 本紙の映画評を30年以上書いてきた秦早穗子さんにいつも言われることがある。「文章がパターン化してはいけない」と。文章を量産するプロにはパターン化のわなが待ち受ける。秦さんはそれにずっとあらがってきた。作品に合わせた新しい表現や構成を毎回模索する。苦しんで苦しんで改稿を幾度も重ねた結果が新聞に載ることになる。映画批評のレジェンドの努力を見てきた私たちが、どうしてパターン化した文章を書くことが出来ようか。20代の私はプロのこんな努力を知らない。

 私はあと3日で定年退職する。こうやって舞台裏を見せることを秦さんは絶対に好まないのだが、この機会に言っておきたくなった。もちろん読者の皆さんには書き手の努力は何の関係もない。ただ、たまに思い出して下さればうれしい。朝日新聞だけではない。毎日も読売も日経も他の新聞も、ライバルであり友人でもある記者たちが、同様の努力をしているのを知っている。新聞の映画面、今後ともよろしくお願いいたします。(編集委員・石飛徳樹)

「デジタル版を試してみたい!」というお客様にまずは1カ月間無料体験
さらに今なら2~6カ月目も月額200円でお得!

連載シネマ三面鏡

この連載の一覧を見る