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  其の十三






どのくらいまどろんでいたのだろうか。



部屋を渡る緩やかな涼風、黎明の鳥の囀りが重なる。
重い瞼がやっと開く。
夢の続きを探るように、伸ばした腕の先は空っぽで、
頭が徐々に覚醒する。




窓辺のお椅子に、あの方は凭れたまま、
こちらを振り向こうともなさらない。


「あの・・・」





「目が、覚めたの?」





すこし酔っていらっしゃるのか、言葉は其のまま宙に浮いた。
俺はもがくように起き上がり、
その辺に散らばってる服を適当に引っ掛けて、
窓辺のあの方のもとへ。


「お義母さま。」
いとおしさを精一杯に込めて、後ろから抱きしめる。
柔らかい髪に顔を埋める俺を、華奢な手が優しく撫でる
もうこのまま死んじまってもいいって思えるくらい、幸せだ。


切れ切れに覚えている、白い身体、囁く声。
お義母さまは、俺と同じくらい、気持ちよかったのだろうか。
俺と同じくらい、幸せなんだろうか。
俺と同じくらい、思ってくれるだろうか。
同じくらいじゃなくていい。
でも、せめて俺の半分くらいならば、
それってかなり、愛してるってことだ。
そんくらい、俺は愛してるってことなんだ。


昨夜の名残を引きずったまま、お義母様の耳朶に口唇を寄せる。
甘い匂いに薄く酒の香りが重なったような、気がした。








「身支度ができたのならば、もう帰りなさい。」
お義母さまの声がどことなく硬いのは、気のせいだろう。
正面から跪き、杯を持つ手に手を重ねる。
「 今夜、 伺ってもよろしいですか。」
我ながら、がっついてる。



「それは、困るわね。」
お義母さまの瞳は、窓の向こうを眺めたまま。
「あ、すみません、俺って。
 そうですよね。 日を改めて・・・・・」








「いいえ、もういらっしゃらない方がよろしいわね。」

「・・・・・・・え。」


「もうすぐ、お誕生の宴ですわ。
 あなたはお后を選ばなくては。」
こちらを向いた瞳には、暗い幕がかかったようで、
口元だけが弧を描く。
「だって・・・俺たちは 。」


失った言葉を必死に探し、
救いを求めるように俺はお義母様を見上げるばかり。
美しいお義母様、腕の中に抱きしめた夢に見た微笑を必死で探す。
俺の手の中で燃えるようだった掌は凍りついたよう。
手に頬を擦りつける。
微かにでも、あの暖かさを感じたくて。
もう一度、あの吐息に包まれたくて。




「 ・・・・・なあに。」
「お、俺たちは、愛しあっていて・・・」


「そうかしら。」


甘い声が、切り裂くように響く。
俺の顔で、微笑みは強張ってゆく。


「・・・・・あなた様の思っていらっしゃるような事ではないのよ。」


強張ったまま、それでも、俺はお義母様に縋りついたまま。
言葉の意味がわからない。
お義母様の心がわからない。
俺の心はお義母様しかいないんだ、お義母様は・・・・・?


「わたくしは、あなたのご存知ない事を教えてさしあげた。」
お義母さまは一瞥し、手を振り解いて立ち上がる。
「 ただ、それだけ。」





「嘘だ!」



思わず声をあげる。
「嘘などでは、ないわ。」
お義母様の声音はかわらない。


枕元の鈴を鳴らす。


「来るべき時に備えてね。」
「来るべき時    ・・・って?!」


もう殆ど怒鳴り声、情けない。
ご丁寧に涙まで込み上げて。
詰まる声に、お義母様の溜息が重なる。






「お后さまをお迎えになった、その時よ。」














おずおずと扉を叩く音がする。


「りかさま、お呼びになられましたか。」


白い夜着を纏った、美しい女官が入ってくる。
お義母さまはその者の肩を抱いて、いとおしそうに頬に口付ける。
「ユウヒ、わたくしを楽しませて。」
ユウヒと呼ばれた女官が、戸惑ったような顔になる。




「初めてのぼうやに教えるのは、疲れたわ。
 口直しをしましょう。」





足元が崩れ落ちる音がする。
何も見えない、何も聞こえない。




俺は、部屋を飛び出した。

















ユウヒの身体を貪るように抱きしめて、歯を立てる。
自らの痛みを吐き出そうとするかのような自分に、吐き気がする。
優しい口唇など、欲しくない。
柔らかく器用な指先でさえ、煩わしい。


「りかさま。」
「聞きたくないわ。」
「でも。」
「口が過ぎるわ。」


そして、どんなに抱きしめられても、身体は冷え切ったまま。
涙が堰を切りそうだ。
全てを承知しているかのような、ユウヒの眼差しは、
わたくしを苛つかせる。
苛ついた心の奥に、あの顔が離れない。





真っ直ぐな瞳は熱く潤んで、緩やかに開かれた形のよい口唇。
上気した顔に、わたくしは我を忘れ。
澄んだ瞳は困惑で彩られ、食いしばった利発そうな口唇。
蒼白の顔が、震える程にいとおしかった。


ぐるぐると廻り続ける、様々なあなた。
全てが煌くように魅力的な、あたしの王子さま。






どうしても、押さえることなど出来はしなかった。
どうしても、あなたが欲しかった。
後先を省みない欲望が、急に怖くなった。
わたくしは初めて、心を剥き出しにしてしまった。
我侭一杯の姫は、本当は只の怯えた子供に過ぎなかった。





鼻の奥が熱くなってくる。


「もういいわ、下がりなさい。」
「りかさま・・・・」
「ごめんなさい、いきなり呼んだりして。」


彼女は静かに部屋を下がる。









取り残されたわたくしは、枕に流れ落ちた涙の跡を、
なにか遠いもののように見つめるばかり。






ようやく差し込む朝の光も、
わたくしの心を照らしてくれはしなかった。













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