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其の十一
「りかさま、裏の門にこれが。」
チカが包んだ手から、この上もなく大事そうにわたくしに指輪を渡す。
大きな黒目がくるくる回って、悪戯でもしたように微笑みかける。
「あら、ありがとう。」
「随分と久しぶりですわ。」
「そうね・・・」
午後の緩やかな風が渡る東屋で、
わたくしは気に入りの女官たちと、優雅に刺繍などに勤しんでみる。
色とりどりの絹の糸を選びながら、思い思いの心を布地に託してゆく。
かしましくて可愛らしいチカとアカネが、寄り添うように座っている。
花のような口唇を蕾めて笑いあって、
手の方はすっかりお留守のようね。
「あなた方、刺繍の方は進んでいるの?」
「わたくしたち、手が遅くて。」
「お口の方は、早いみたいね。」
「まあ ・・・・!」
そして、鈴を転がすように笑い出す。
こんな空気に包まれて、わたくしはとても幸せな気分。
それは、この指輪の所為もあるのかしら。
「そういえば、あの第一王子様。」
チカが嬉しそうに声をかける。
「他の棟の女官たちも、騒いでいらっしゃいますのよ。」
アカネも無邪気に話しに加わって。
「とても明るくて、聡明で、お優しくて。
それでいて、気さくでいらっしゃるとか。
憧れている者も多うございますわ。」
「そうそう。
後宮にいるのではなかなかお顔を見る機会がないわ、って。」
「折角、王宮にお仕え出来たのに、って。」
「ねえ。」
そして、おもむろに目を合わせて頷きあう。
「あなた方は、なにか仰ったの?」
「いいえ、りかさま。」
「わたくしたち、一言も。」
「大好きなりかさまの仰るとおり、そ知らぬふりで。」
「ねえ。」
そういって又、頷きあう。
わたくしはゆっくりと二人を交互に撫でてあげる。
懐いた猫のように二人は幸せそうに目を細める。
「そうね、あの方にも息抜きは必要なのよ。
わたくしと話をすることがお役に立つのならば、嬉しいことね。」
「りかさまとお話できるのですもの。」
「そんな殿方は、幸せ者ですわ。」
「殿方ばかりとは、限らないわ。」
「ええ、あたしたちだって、
こうやってお側近くにおいて頂けるのですもの。」
「まあ、かわいらしいこと。」
そして二人の頬に軽く唇を寄せて、その滑らかな感触を楽しんで、
光が木々を透かす中、午後の刺繍に勤しんだ。
「りかさま、そろそろ夕暮れですわ。」
「お風が強くなってまいります、お部屋にお帰りにならなくては。」
ユウヒが珍しく急ぎ足でやってくる。
「りかさま。」
「まあ、どうしたの?そんなに急いで。」
「今し方大王様より、今宵お渡りになるとのご連絡が。」
「まあ、それは困りましたわ。」
「だって、今夜は・・・・・」
チカとアカネが顔を見合わせる。
「お伝えに参りましょうか?王子様に。」
困ったようにユウヒも眉間に皺を寄せる。
「いいえ、それには及ばなくてよ。」
「でも・・」
「わざわざいらっしゃるのですもの、
なにかお話になりたいことがおありになるに違いないわ。」
「それは、そうでしょうが・・」
「大王様はそんなに長くはいらっしゃらないでしょう。」
「ですが。」
「わたくしは義母なのですもの。
・・・・息子に会うだけのこと。」
わたくしは自分に言い聞かせるように、呟いた。
「久しぶりだな、りか。」
「まあ、すっかりお忘れかと思っておりましたわ。」
そういいながら、この方のお好きなお酒を用意する。
「なにか、ございましたの?」
口の重い大王様、わたくしが口火を切るのはいつものこと。
「わざわざ、わたくしの処へお渡りになるくらいですもの。」
そうして此の頃のお国の情勢を、色々と話し出す。
わたくしに話すのは、頭の中を整理なされるのに役に立つらしい。
あいも変わらず殿方は、領土を広げるのに夢中のようね。
相槌を打ったり口を差し挟んだり、
この方のお取り巻きの大臣たちが聞いたら、
呆れてものも言えなくなるに違いない。
「相変わらず、鋭いな、お前は。」
「まあ。」
「女とは思えん。」
「それは、褒め言葉にございますの?」
「う・・む、そうだな。」
珍しく言葉に詰まる。
「なにか、お気に障りまして?」
「いや ・・・・・・・女は、よくわからないかもしれないな。」
誰かを思い出したように、大王様は面白そうに笑い出した。
「わかろうとなさらないだけでございますわ。」
「こちらを、わかろうとしないのだ。」
「いいえ。わかろうとお互いに思われるならば、
どこかしらわかりあえる部分もございましょう。
わたくしとあなた様がよい例ですわ。」
「惚れたはれた、ではなくともか?」
「ええ、でも、もしもお気にかかる方でございましたなら、
わかりますのも、もっと容易でございましょうね。」
なにかお気にかかることがあるのだろう、
しばらく考えて彼は腰を上げる。
「今日はこの辺にしておこう。」
豪奢なローブを羽織り、扉に向かいかける。
「そういえば、もうじき王子の誕生日だが。」
少しだけ息を整えて、柔らかくわたくしは答える。
「タニ様、でございますわね。」
「うむ。・・・・近来稀に見る豪勢なものにする。
お前たちも出席して花を添えてくれ。」
「わたくしたちで、花になりますかどうか。」
「后選びの盛大な宴にする予定だ。」
竦む脚を押さえながら、わたくしはどうにか大王様を送り出した。
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