其の九
「ふざけんなよ!なんだよ、それって!!」
「お父上のお決めになった事でございます。」
「冗談じゃない。俺はやだからね。」
「勿論、冗談などではございません。」
「出ないよ、俺は。絶対。」
「ご臨席なさいますのは、第一王子としてのお勤めに御座います。」
くそう、先生のやつ、父上の言いつけなもんだから涼しい顔してやがる。
「どうしても、と仰るならば、御父上にお伺いなさいませ。」
そう言い捨てて、すたすたと部屋を出ていきやがった。
「父上、お話がございます。」
「なんだ、いきなり。」
物凄い形相で、部屋に飛び込んだ俺をちらりと見たまま
父上は執務を続けていた。
「今度の、俺の誕生日の」
「ああ、そのことか。楽しみにしておれ。
目の覚めるような姫君をかき集めてやるぞ、お前は選び放題だ。」
「いえ、ですから、俺はまだ。」
父上の顔があがり、鋭い光が目に宿る。
「なんだ。」
幾多の敵を震え上がらせた地の底から響くような声がする。
ここで負けたらお終いだ。
「まだ・・・・そんな気は、ございません。」
「どんな気だ。」
「ですから、后を選ぶなどと。」
「馬鹿なことを。」
父上が立ち上がる。
その迫力に気圧されそうになりながら、俺は父上と睨み合う。
「馬鹿ではございません。」
「貴様は第一王子なのだぞ。」
「王子としての勤めは、果たしているつもりです。」
「力のある国と縁組して、わが国の安定を図るのも
お前の務めには違いあるまい。」
「それは、父上のやり方でしょう?」
「それがどうかしたか?」
「俺には俺のやり方がございます。」
「未だ半人前の分際で、吐く言葉とは思えんな。」
「いつか一人前になります。」
「そして、私の後を継ぐ。」
「最上のやり方を教えてやろうというのだ、なにが不満なのだ?」
「・・・・・・・・・・・・ 生涯の伴侶は自分で選びとうございます。」
「だから、選ばせてやろうといっているのではないか。」
「そのような姫君のなかに、見つかるとは思えません。」
「見つかるかどうか、試してみなくてはわかるまい。」
「試してなぞみなくとも ・・・・!」
そして、俺は言葉に詰まってしまった。
俺は何を言おうとしたのだろう。
心に離れないあの人は、よりにもよって父上の后なんだ。
こめかみを押さえながら、父上は大きな椅子に戻る。
「祝賀の宴は予定通り。
王子としての勤めだ、我侭もいい加減にしろ。」
ちきしょう、あの横暴親父。
何処にぶつけていいかわからない苛立ちを抱えたまま、部屋に飛びこんだ。
王子の務めは果たしてる。
俺はあの人の駒じゃない。
後を継ぐのは俺だけど、俺はあの人じゃないんだよ。
全てを犠牲にして、この国のために専心してここまでやってきたあの人から見たら、
俺なんて鼻で笑う位、若造なのも分かってる。
闇雲に枕なんか殴りながら、俺はぶつくさ考えつづける。
そして、ふと手が止まる。
以前だったら、どうだったろう。
偉大なる大王のお言葉は、絶対で。
多分そういうものかとか思って、いや、ことによれば大喜びで、
宴を待ち侘る自分の姿が眼に浮かぶ。
細い鎖に通した金の輪が、懐で揺れる。
けれどもあの方と、出会ってしまった。
その瞳が色を変えると、俺の息は止まり。
その微笑のためならば、道化にもなれる。
華奢な指が触れたなら、苦しいほどに胸は熱くなり。
緩やかな吐息混じりの声音は、いつまでも耳に残る。
あの美貌、あの知性、
あの方の存在そのものが、俺を捕らえて離さない。
求める人はただ一人。
運命の相手は、お義母さま。
俺は、気が付いてしまった。
それから、日々の営み全てをぼんやりと眺めながら、
夜中になれば金の指輪を弄び、夢の中にはお義母様ばかり現れる。
そして、裏門には一度も行っていない。
俺の頭は腑抜けもいい処、やることなすこと機械仕掛けの人形みたいだ。
例によって、先生の声があがる。
「王子様、やる気はございますの?」
「あ・・・・ん―― 一応は。」
俺と先生、同時に溜め息が漏れる。
「先日までは、随分と積極的でいらしたのに。
今は、何事にもお心が惹かれない様子でございますわね。」
「ん、そんなことは、ないけど・・」
「偉大なる大王様の、お後を継がれるのでございましょう?」
問題は、そこなんだよ。
「あのさあ、先生。」
「なんですの。」
「俺さ、後を継ぐんだよね。」
「ええ、よほどの事がございません限りはね。」
「それってさあ、すっごく大事なこと?」
「え・・・?」
「あのさあ、別に俺じゃなくてもいいんじゃないか、って思わない?」
なんだか、堰を切ったように馬鹿なこと言い出してる、俺。
「父上のお言い付けを守って、
父上のようにこの国の舵を取ることができるんなら、
誰でもいいんじゃないか、って思わない?」
ぶん先生はしばらく俺の顔を見つめた後、ゆっくりと本を置いた。
「王子様、わたくしはそうは思いませんわ。」
「でもさ、俺あの人みたいになれないと思うんだ、この頃。」
「ならなくても、よろしいでしょう。」
「え?」
今度は俺が問い返す番。
「私があなたさまに王の資質があると思いましたのは、
大王様に似ているからではございませんことよ。」
先生は顔を俺の高さまで下げて、話を続ける。
「あなたさまはあなたさまの豊かさがございます。
それを育てていかれるのならば、
あなたさまの治められるお国は素晴らしいものになると存じますわ。」
そしてにっこりと微笑まれる。
「たとえ、それがどこのお国であっても。」
なんだかものすごく、こそばゆいことを言われたような気がする。
でも、気分が少し晴れてきた。
俺を俺として、認めてくださる方がここにいる。
それも、恐らく、大王様を心から尊敬しているにもかかわらず。
発する言葉が見つからず、俺は黙って教本を開いた。
一体どうしたことだろう。
王子様にこのようなことを言わせるなんて。
この子は大概のことで参るような、そんな弱さは持ち合わせていない。
少し口唇を噛み締めた後、明るく笑い飛ばすように乗り越える。
そんな真摯さを持ちあわせていたはずだ。
乗り越えることすら諦めてしまうのは、
恐らくは、大王さまが係わられているということなのだろう。
そして、お節介で跳ねっ返りな私は、
勢いに任せて、お部屋の扉をノックした。
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