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其の六







どこをどうやって、部屋に戻ったのか、
そんなこたあ、皆目覚えちゃいない。



そっと金の輪を小指に通してみる。
お義母さまの指にはまってたんだよなあ、これ。

滅茶苦茶強い酒でも飲んじまったみたいに、
頭の中はぐるぐるぐるぐる、回りっぱなし。
又って言われても、そう毎晩行くわけにもいかないし。






というわけで、俺は何かの訪問が持ち上がるたび、
それはそつなく行儀良く、にこやかな王子を演じまくる。
褒美に貰うお休みごとに、指輪をそっと裏の門にかける。

訪れる場所ごとに、ほんの小さな土産を携えて、
あの東屋で、お義母さまにお話を続ける。
後宮にいるお義母さまは、その物憂げな容貌にかかわらず、
結構な博識で、俺の話など土産にはなっていないはず。
それでも楽しげに、時折酒など傾けながら、
瞳を煌かせたり、口唇を綻ばせたり。
どんな姫君よりも、美しくて可愛らしくて。

俺は、どのくらい子供に見えているのだろう?











「で、このごろのあれの様子は、どうだ?」

「そうでございますね。
 お国のお世継ぎと致しましては、十ニ分に及第点かと存じますが。」
「・・・・・ん、及第か。」
コウの答えに満足げに頷き、大王は杯を傾けた。
「では、そろそろ、進めてもよかろうな。」
「と、申しますと?」
「あれも、一人や二人、気に入った姫などもできた頃だろう。」
「はあ。」
「王族として妻を娶るのに、決して早くはない年だ。」
「それは、勿論。」
「領土のためにも、王家のためにも、
 縁組は最良の戦略だということが分からぬほどの子供でもあるまい。」
「勿論・・・・・・でございますが。」
「なんだ、言ってみろ。」
「いえ、わたくしも幾度となくそのようなお話は申し上げてはいるのでございますが。」
「うむ。」
「こと、ご婦人方に関しましては、未だにお心が動かれませんようでして。」
「そのような事は、二の次だろう。」
「いえ・・・・・・こと、その点につきましては、大層頑なになられてしまいますようで。」

美丈夫の額には、不機嫌の影がさし、
ゆっくりと杯を置き、しばし考え込んだ。

「頑な、か」










「あのさあ、先生。」

ご本から、先生の目があがる。
「先生のお国では、式典で男と女で踊ったりするんだよね。」
「まあ、式典ばかりと言うわけではございませんけれど。
 なにかの祝い事や宴会などでは、踊りましてよ。」
「先生も、踊れるの?」
「一応、たしなみ程度には・・」
怪訝そうに探るように、先生はこちらをご覧になる。

「ねっ、少し、教えてよ。」

「は?」
「ほんの、ちょっと、俺でも出来るくらい簡単なやつ。」
「で、でも、王子さま。以前はそのような女子供のするような事などと、
 お嫌いになっていらっしゃいませでしたか。」
ちぇ、流石先生だよ、記憶力いいったら。
「えっ、と、でもさ・・・ 俺とかだって、いつか先生のお国の方に行くってことも、
 あるかもしれないじゃん。
 それなら、少しっくらい知っといた方がいいかなあっとも、思ってさ。」
いきなりの、馬鹿馬鹿しい言い訳に、ぶん先生は面食らったようだ。
顎に人差し指をあてて、お見通しのような顔をして。
「少しくらい・・・そうですわね。」
そう言いながら、たっぷりとしたドレスの裾を摘み立ち上がった。




「もうすこし、きっちり背筋をお伸ばしあそばせ。」
「もっと優雅に、なおかつしっかりと支えてくださいませんと。」
「そのような必死のご面相ですと、お相手が逃げ出しましてよ。」

俺、甘かったかも・・・
算術や歴史に負けないくらい、ぶん先生の声が飛ぶ。
先生のお国のご本の挿絵を見ただけなんだよ。


「王子さま、あなたさまの足が、今踏みしめていらっしゃいますのは、
 床にはございません。」

お義母さまと踊れたら、とか思っただけだったんだがなあ。


「・・・・・・・・・・・・・・・ わたくしの足でしてよ。」










剣術とかではついぞ使ったことの無い筋肉を酷使したせいか、
身体が節々まで痛みやがる。
涼しげな夜風が渡る部屋で、唸りながら俺は眠りについた。



先生は妙に完璧主義らしく、どの教科よりもスパルタに
特訓の日々が始まってしまった。
自分で言い出した手前、放り出すわけにもいかず、
歯を食いしばり引きつった笑みを浮かべ、俺はひたすらに頑張った。






人間、こういう目標だと頑張れるもんなんだな。






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