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  其の三






仄暗い葉陰に、真珠色の光がその周りを踊るように、煌く。

身体中に纏う、光の欠片を払うようにして、
ゆっくりと、その人は振りかえる。



肩口に、あの白い鳥。
そんなことなど、もう気もつかず、俺の目はその人に吸い寄せられたように。
けぶるような睫に縁取られ、潤む虹彩は、
この世界のありとあらゆる色が混ざりあったように、不思議に深い色合いで。
滑らかに曲線をえがく、少女のような瑞々しさをもつ口唇は、
それでいて艶やかで、薄く開くその口元は誘いこむように。

俺はひたすらに、口を開けたまま、
世界の全てが止まり、時はそこで固まってしまった。






「そこにいるのは、だあれ。」



口唇が、笑うように囁く。
今まで会った、姫君たちのさえずるようなカン高い声とは違った、
甘くてちょっと掠れ気味の、深く落ち着いた響きに、頭がやっと目を覚ます。

どうしてよいのかなど、考えもつかぬまま、
俺はぼんやりと立ち上がる。
あちこちに泥がこびりつき、ご丁寧に雑草をちりばめて、
鼻の頭に擦り傷までこしらえた姿など、忘れきっていた。

俺たちの瞳がぶつかりあい、其の人はすこし驚いたように、
まあるい目をもっと丸くして、開く口元から真珠の歯が零れる。



「隠れんぼをするような、年にはみえないけれど。」



そういって、とても珍しい猿でも眺めるように、
小首をかしげて、こちらに微笑みかける。

段々覚醒してきた頭が、やっとゆっくりと回りはじめた。
この場合、なにをどういっても嘘臭い。
俺って、こういうときの機転は絶対きかないし。
どうせ馬鹿だと思われるなら、正直に話しちまったほうが、まだマシだ。


「あ・・・の、失礼致しました。
 その鳥が、あんまり綺麗だったので、つい。」

あんまりマシじゃ、なかったかも。
あああ、どうして、も少し考えてモノ言わないかな、俺。
猿が言葉を喋りでもしたかのように、その人はやけに嬉そうで、
微笑が顔全体に広がって。

「後宮で、女の前に鳥が美しいと仰る殿方は、
 ・・・・・・・ めずらしいわね。」
「あっ、いえ。
 別に、そういうことじゃ。」

慌てて言葉が絡まって、舌が咽喉に張りついた。
こらえきれないように、その人はふき出して、
俺はその場に、穴掘ってもぐっちまったほうがマシ、って気になった。
 



「そんな処に、突っ立っていらっしゃらないで。、
 美しい鳥をご覧にいらしては、如何?」



光の輪に誘われるように、覚束ない足取りで、踏み出して。
焦点を結び始めたその人は、貼りつくような緩やかな薄物で身体を纏う。

いたずらな陽の光が、身体の線を浮き上がらせて、
しなやかで、たおやかな、ついぞ見たことのないような曲線に、
俺の心臓が跳ね上がる音がした。
程よく長い、真珠色の指先が、優雅に鳥と遊ぶ。
柔らかな波を打つ、滑らかな髪は、きつく戒められることもなく、
その小さな丸みを帯びた輪郭を、品よく縁取って。
この国には珍しく、飾りたてるような装飾品のたぐいは、何ひとつないにも関わらず、
その身体それ自体が、輝き煌く金剛石の彫刻のようで。
瞬きをすることなど、きれいに忘れ果て、俺はその人の前に歩み出た。


掌の小さな白磁の壺から、餌らしきものを摘みとりながら、
鳥に話しかける合間に、あやすような声がする。


「で、あなたは、どなた?」


不意に、自分の薄汚い姿に気がついた。
俺、コソ泥かなんかと間違えられても、おかしくないじゃんか。
必死で頭の温度を下げて、精一杯の生真面目そうな表情を作り出し、
出来うる限りに優雅なつもりで、一礼した。

「失礼いたしました。
 この国の第一王子の、たに、でございます。
 


 ・・・・・・お義母さま。」



後宮にいる姫君は、皆、父上の后。
とすると、やっぱり、俺にとってはお義母さま。
間違ってない筈だけど、けど。




「まあ、わたくしは、あなたの義母なのね。」


瞳でくるくると、色が変わる。
まあるい目が、くしゃっと瞑れるようにして、俺に微笑を投げる。


「もっとよく、お顔を見せて。
 わたくしの、息子さん。」

あいている手が、俺の顔に伸びてきて、
しなやかな指が、顎にかかる。
女性には珍しく、同じくらいの高さで、しげしげと俺は見つめられる。
娘たちの只の甘ったるい香料とは違う、甘いんだけど、
なにかひきずり込まれるような、女の人、って匂いがする。

「ほんとうに、りりしくて、
 美しくていらっしゃるわ。」

いや、俺、泥まみれで、きったなくて。
耳元で囁かれるように言われるままに、俺は微動だにできず、
ただ目だけがこの人を追っていた。

吸い込むような瞳が、どんどん大きくなるようで・・・・


「・・・・って、っ!!」



いきなり鳥の奴が俺の頬をつつく。
くそう、やっぱりこいつ、俺の顔嫌ってるよな。
「あら、あなたが気に入ったのね、この子。」

いや、嫌ってると思う、絶対。

「あなたも、この鳥が欲しかったのだったわね。」

いや、その、俺が欲しいってわけじゃあ。

「でもねえ、この子はわたくしの国から連れてきたの。
 だから、あげるわけにはいかないけれど・・・」
人差し指を顎にあてて、口唇を尖らせて、
そしてにっこりと、微笑んだ。
「あなたがそんなに気に入って下さっているのならば。」
悪戯めいて、舌を転がすようにして、
指をそっと口元に。

「又改めて、こちらにこっそりいらっしゃるというのは、如何?」

いや、その、俺が気に入ってるってわけじゃあ・・・



「  はいっ!」






弟たちよ、
 ・・・・・・・・・・・許せ。







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