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獄中結婚したやまゆり園事件の植松聖死刑囚が激怒し「離婚」の語まで出た喧嘩のもととなった絵画とは…

篠田博之月刊『創』編集長
植松聖死刑囚が描いた獄中結婚相手の翼さん(植松死刑囚提供)

 6月12日にヤフーニュースに下記記事をアップしたところ、大きな反響を呼んだ。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/67ea232013f712614ca565065c98a26969bf6855

やまゆり園障害者殺傷事件・植松聖死刑囚の獄中結婚。本人が語った「その影響」の驚くべき中身

 その中で植松死刑囚と獄中結婚した妻とそれぞれが相手をイメージした絵を描き、両方を月刊『創』(つくる)7月号に掲載したという話を、その絵そのものも示して説明した。

 その中でもう1枚の油彩画が思わぬ波紋を引き起こしたことも書いた。以下の部分だ。

《その2枚が掲載された『創』7月号を、翼さんはさっそく夫の面会の時に差し入れたという。ところが植松死刑囚の反応はというと、それに並んで掲載したもう1枚の絵を、これは自分が死刑執行されたイメージを描いたのではないかと怒ったらしい。翼さんによると、それは全くの誤解で、実はその絵は自画像だという。彼女の抽象画は、どこか「不安」のイメージが表出されているのだが、夫はそれを自身の死刑執行への不安に重ねてしまったらしい。》

植松死刑囚が激怒したという油彩画は…

 前回はその絵をアップすることはしなかったのだが、後で聞いてみると、植松死刑囚の怒り方は尋常でなく、口論の中で「離婚」との言葉さえ飛び交ったという。半年かかってようやく成立した婚姻による接見許可だから、離婚は当面やめてほしいと思うのだが、その後考えてみて、このエピソードはなかなか興味深いと思った。

 そこでこの話、少し考察することにしよう。まずはその翼さんが描いた油彩画を紹介する。

翼さんが描いたこの油彩画に植松死刑囚は激怒(翼さん提供)
翼さんが描いたこの油彩画に植松死刑囚は激怒(翼さん提供)

 翼さんは油彩画が好きでかなりの点数を描いているのだが、前回書いたように、作品全体に「不安」が浮かび上がっている。それは恐らく、トラウマを抱えてきた彼女の内面を反映しているのだと思う。この絵が自画像というのもよくわからないが、興味深いのは、これを植松死刑囚が、自分が執行されるイメージと受け取って激怒したという話だ。

 この絵を自身の死刑執行に結び付けるというのも飛躍のような気がするが、それよりも、そんなふうに結びつけて怒った彼の受け止め方が気になった。

死刑に対する恐怖や不安の心情を反映

 この話でわかったのは、植松氏がやはり執行について不安を感じているということだ。死刑囚だから当然だし、日本における死刑執行は、当日の朝に突然告げられるから、死刑囚はその恐怖に怯えて毎日を過ごすことになる。その恐怖は恐らく当事者でなければ理解できないものだろう。植松氏はどちらかといえば、そういう不安をストレートに表に出さないタイプに思えるが、その反応について聞いた時には、やはりそうなのかと思った。

 そして2020年3月、控訴を取り下げる際に彼もいろいろ思い悩んだ様子が窺えたことを思い出した。植松氏は、1審の死刑判決を見越して、裁判の法廷で、どんな判決が出ても控訴しませんと宣言した。取り下げには私を始め周囲の者が反対していたから、敢えて法廷で宣言することで退路を断ったのだろう。傍聴席でそれを聞いていて私は全身の力が抜ける思いがした。

 その後、判決が出てからももちろん、控訴取り下げには反対し、何度も説得したのだが、植松氏はもう言ってしまったのだから実行しないと…と言っていた。ただ内心は思い悩んでいたようで、一方で「死にたくはないんです」と心情を吐露してもいた。

 あれだけの事件を起こしたのだから死を覚悟するのは仕方ないかもしれないが、全く不十分だった1審で裁判を終わらせるのでなく、少しでも事件の真相を解明するには、裁判を続けるしかないと私は思っていた。1審の裁判は彼の刑事責任能力の有無、つまり彼を死刑にすべきかどうかに終始してしまい、なぜ障害者を支援する立場だった彼が、逆に障害者を殺傷するという行為に陥ったのか、という本質には迫れていなかったからだ。

 それゆえ、死刑が確定した後、彼が再審請求を起こした時も、今回の獄中結婚にしても、社会と彼をつなぐ糸は残すべきという思いもあって協力した。

 彼とは恐らく100回近くは面会していると思うし、長いつきあいになるのだが、まだ裁判の始まる前、「もう何日も誰とも話さない日が続いているんです」と不安を口にすることもあった。今回の誤解による激怒も、同じように彼の内面を垣間見た気がした。

やまゆり園事件から9年目に改めて議論を

 さて翼さんは6月23日(月)夜、私と一緒にABEMA Primeに出演する。彼女がこんなふに顔出しするのは初めてなので恐らく大きな反響を呼ぶと思う。ABEMAの告知を今見たら「獄中結婚 19人殺害の死刑囚と契りを交わした女性」というすごいタイトルがついている。

https://abema.tv/channels/abema-news/slots/DgLtkT8WvsM4Bq

 

 さらに7月15日(火)夜には、7月初めに出す『死刑囚と家族になるということ』(創出版刊)の刊行記念で、阿佐ヶ谷ロフトAで、顔出しトークを行う。おりしも、やまゆり園事件の起きた7月26日も近づいている。当日は、私と一緒に事件を取材してきた『こんな夜更けにバナナかよ』の渡辺一史さんも札幌からわざわざ駆けつけるし、同じく登壇する作家の雨宮処凛さんや、会場にはやまゆり園元職員の西角純志さんらも来られるというので、久々に植松聖死刑囚とあの事件について語り合おうと思う。そして彼の獄中結婚についてどう考えるべきなのか、いろいろ意見を交わしたいと思う。

 阿佐ヶ谷ロフトAのホームページは下記だ。

https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/322132

 当日は、植松死刑囚と翼さんそれぞれが描いた絵画などもかなりの枚数を映し出す予定だ。

[追補]痴話喧嘩の後日談

 この記事を公開した後、6月20日夕方、翼さんから連絡があった。同日、植松死刑囚に面会して、喧嘩の仲直りをしたそうだ。「離婚」云々については、口論の中で最初に口にしたのは翼さんで、植松氏はそれを受けて「じゃあそうしようか」と応酬したようだが、20日に確認すると、翼さんがそう言ったのでカッとなって言っただけと言っていたという。翼さん曰く「夫婦の痴話喧嘩です」。とりあえず収まったということらしい。

 またその連絡の際、自分が誤解されないよう、下記の文章を公開してほしいとのことだった。『創』7月号に載せた文章だ。

《初めて私の意見で事件についてお話ししようと思います。

 私は、彼の言う意思疎通のできない障害のある方は生きる価値があると思っています。

聖さんと出逢えて世間からは必要とされていない死刑囚でも私という存在に生きる意味を与えてくれたからです。

 私は25歳を終えたら自死するつもりでした。

 何故なら記憶障害を抱えたまま誰にも必要とされず生きる未来が想像できなかったからです。

 ですが、聖さんという人に興味が湧き獄中結婚をして今思うのはどんな人でも誰かの生きていく勇気や意味を与えているということです。

私は彼の起こした事件に対して反対の意思を持っていますが、それでも彼を愛しています。

 聖さんという人は真っ直ぐで優しくて心から気遣いができて、頭がきれる私にとっては理想の人でした。

 起こした罪の重さに対しての刑の執行は何も言えなく、何もできなく私は無力です。

ただ妻として一生を背負って被害に遭われた方、遺族の方々に謝罪の気持ちを持ち生きていきたいと思います。

 心から申し訳ありませんでした。そして、そんな彼を愛した私をお許しください。》

 翼さんの書いた文章は『創』にかなり載せている。また彼女の顔写真も掲載している。これまで彼女の写真をネットにあげるのは控えていたが、23日にはABEMA Primeにも出演するので彼女の写真をこのヤフーニュースにもアップしておこう。

植松翼さん(本人提供)
植松翼さん(本人提供)

 

 念のため『創』のホームページをは下記だ。

https://www.tsukuru.co.jp/

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ありがとうございます。
月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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