TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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疑念惑

 入江が山田に伝えた事は、大災害の正体とも言える内容だった。

 メイド服を着た人体模型に目移りしかけるが、何とか無視。

 

 

「雛見沢症候群には、『女王感染者』と言う特別な感染者が存在するんです」

 

「ドSっぽい名前ですね……」

 

「そっちの女王様じゃないですね」

 

 

 この話をした時、同席していた梨花の表情が険しくなっていた。

 そして次に入江は、「墓場まで持って行く事」を約束させ、憚るような声で語る。

 

 

「この女王感染者が亡くなれば、他の感染者は一斉に末期症状となると、考えられております」

 

 

 察した山田は、梨花と入江とを交互に見やる。

 これから起こる未来を彼には言えないが、山田はこの瞬間、大災害の正体を知る事が出来た。

 

 

 

 

 入江は真摯な瞳を向けている。

 

 

 

 

 

「そのような事態になった場合──あらゆる措置を行使し、『村民の皆殺し』と『雛見沢の抹消』が実行されます」

 

 

 その話には、梨花さえも戦慄していた。

 山田もまた、嫌な汗をかいた事を覚えている。

 

 

 

 

 

 

「そいつが、大災害の正体か……ケッ! 胸糞悪いぜ!」

 

「そうですね。めっちゃ胸がムカムカしますね」

 

「気分悪いのです……」

 

「お前らどうした二人揃って」

 

 

 入江から聞いた話は、きちんと上田にも伝えてあげた。

 山田と梨花は二日酔いと寝不足の状態で、酷くグロッキーとなっていたが。

 

 

 

 現在は、朝の八時。直しかけのテレビの隣にいる上田と、円卓の向かいには青白い顔の二人が座っている。

 水を飲みながらフラフラする彼女らを訝しみながらも、上田は話を続けた。

 

 

 

 

「それで、その女王感染者とやらが……君、なんだな? 梨花」

 

 

 その通りですと口で言えず、だらしなく腕を上げて反応する。

 衝撃の事実だが、全く緊迫感がない。上田は少し、まとめ辛そうだ。

 

 

「つまりだな……梨花が殺される事により、村人の集団発症が起こる。それを防止する為に、政府の指示で村人ごと村が消された。それをガス災害として隠蔽したと……これが、雛見沢大災害の正体か……ッ!!」

 

 

 上田は震えながら突然立ち上がった。吊り下がっていた電灯に頭をぶつける。

 

 

「ハッハッハッ!! この上田次郎に、解けない謎なんてなかったッ!! これにて雛見沢大災害の謎、解決ッ!!」

 

「いや解決してませんし。寧ろこれから起こるんですって」

 

「……そうだったな」

 

「座れ」

 

 

 少し気分を取り戻した山田が即座にツッコんだ。

 上田は萎むように座る。

 

 

「……しかし、めちゃくちゃ驚きましたね。雛見沢症候群って、ここまで国家プロジェクトだったんですね?」

 

 

 水を飲み干し、深呼吸をしてから、梨花はやっと口を開いた。

 

 

「……経緯は聞いているのです。研究をまとめて学会で証明する事と、治療薬の完成なのです。ボクは女王感染者と言う事なので、入江たちに協力していたのですよ」

 

 

 学者としての性分からか、知らない用語について上田は質問をする。

 

 

「その……女王感染者ってのは、具体的に他とどう違うんだ? ボンデージの服着て、鞭でしばくのか?」

 

「にしおかすみこ?」

 

「そんな事しないのです。てか誰なのですかニシオカって」

 

 

 梨花は気怠げに身体を起こし、自身の頭を指差しながら説明してやる。

 

 

「鷹野が言うには、その役割は『女王蜂』みたいなのです」

 

「アヴちゃん?」

 

「山田しつこいのです」

 

「ごめんなさい」

 

「……女王蜂は自分から『ふぇろもん』を出して、他の働き蜂が子どもを産めないように、機能を抑えているみたいなのです。女王感染者の役割はそれで、ボクから出されるふぇろもんで他の感染者は発症を抑えているって事なのです」

 

 

 途端に山田と上田は鼻をすんすんと鳴らす。

 

 

「……何も匂いませんけど」

 

「いや、何か匂うぞ……おおぅ!? また俺のシャネルNo.5石鹸使ったのかッ!?」

 

「匂わなくても、ボクからふぇろもんムンムンなのです」

 

「無視するんじゃねぇッ!」

 

 

 説明を終えた梨花の表情に、影が出来た。

 

 

「……ボクが死んだら、村人は全員発症し、殺し合うのです。てっきりそれで村は滅んだと思っていたのですが……」

 

「……実際はそうなる前に、政府が村を丸ごと消していたって訳ですか」

 

 

 こくりと、梨花は頷く。

 女王感染者死亡後の措置について、梨花は聞かされていなかったようだ。鷹野も入江も、物騒な話の為敢えて話さなかったとの事。

 

 

 

 内容を聞いて一番の動揺を見せたのは、ここにいる山田らよりも梨花だった。

 自分一人の死が、望んだ事でないにしろ村を破滅に招いていた訳だ。

 

 

 それによる動揺と不安が、梨花を自棄酒させたのだろう。診療所から帰ると、ずっと飲んでいたらしい。

 未成年飲酒の件は、山田も秘密にしておこうと心に決めた。

 

 

「……なら分からないな。犯人は、梨花が女王感染者だと知っていたのか? それとも知らずに殺したのか?」

 

 

 上田の疑問はもっともだろう。

 

 

「知らずの場合は、全く動機が分からない。知っている場合なら、梨花の死によって村が消され、これまでの研究がパーになる事も知っているハズ。俺が研究者なら、護衛を付けてでも保護するんだがなぁ」

 

「あ、そう言えば梨花さんにも護衛はいるんでしたっけ?」

 

「え、いるの? どこ?」

 

 

 上田はカーテンを開けて、窓の外を見る。下からニュッと北欧人が現れ、驚く。

 

 

「いたぁ!?」

 

「そいつらじゃないのです」

 

 

 梨花が表に出て「帰れー!」と叫ぶと、例の北欧人集団は退散した。

 居間に戻り、改めて護衛の説明をする。

 

 

「『山狗』って、人たちなのです。四六時中守ってるって訳じゃないのですが」

 

「その人たちに会ったりとかは?」

 

「無いのですよ。鷹野曰く、フラーっと来てチラーっと見て、サーって帰ってるみたいなのです」

 

「社長出勤か!」

 

 

 説明を聞いて、上田は険しい顔付きになる。

 

 

「なら当分は厳重に見張るように言うんだ。この間は、竜宮レナに拉致されてたじゃないか。ホントに護衛してんのか疑わしいなぁ?」

 

「アレは半分上田のせいなのです」

 

「黙れ」

 

 

 じとっと睨む梨花から目を離す上田。

 

 

「……まぁ、実際、それで肝心の梨花を守れていないのだからな。なあなあでされたら困るだろぉ?」

 

「入江には言っといたのです。明日は鷹野と富竹を守るようにと約束してくれたのです」

 

「なんだ、完璧じゃないか……これは勝ったな! 今の俺たちは負ける気がしねぇ!」

 

 

 警察と入江たちのバックアップに、上田と山田の参加もある。

 後は富竹へ注意を促すだけ。これで数多の惨劇を防げるだろう。

 

 

 

 だが山田の表情は浮かない。それは梨花も同じだ。

 

 

「なんだなんだ、どうした? まだ気分悪いのか?」

 

「……まだ、安心は出来ませんよ」

 

「なに?」

 

「夜中にも話したじゃないですか……何か、思いも寄らないハプニングが起きるかもって……」

 

 

 そんな話もしたなと、上田は思い出す。梨花もまたそれに対する不安を、山田に吐露していた。

 レナの凶行を止めた時点で、全てが変わり始めている。

 

 いや。変わっているのは、最初からかもしれない。妙な不安が、山田を苛む。

 この不安を解消しない限り、勝ちを確信するのは早計だ。

 

 

「私は入江さんとの約束を破ってでも、過去の鬼隠しを調べるべきだと思います」

 

「いや、しかしなぁ……それで全部ぶち壊しにする訳には……」

 

「ボクも賛成なのです」

 

 

 梨花も手を上げ、山田に従う。

 ギョッと二度見したのは、上田。

 

 

「い、良いのか!? 折角、協力を取り付けられたのにだぞ!?」

 

「どーせ入江、日中は診療所だからボクたちの事なんて気付けないのです」

 

「そーゆー訳です。バレなきゃ、破ってない」

 

「発言がクズだぞ!」

 

 

 上田は溜め息を吐き、首を振る。彼はあまり、乗り気ではなさそうだ。

 

 

「本格的にやるのは綿流し以降だ……今は備えるべきだろ? 俺だって、沙都子の件だけはどうしても暴いてやりた……」

 

 

 そう言えば沙都子がいないなと、気付く。

 今日は休日の為、朝寝坊しているようだ。

 

 

「……全く。もう九時前だぞ」

 

「休日なんだから良いじゃないですか。私なら昼まで寝ます」

 

「それは寝過ぎだッ! 休日とは言え、眠り過ぎは身体に毒だ。いっちょ起こしてくるか」

 

 

 立ち上がろうとする上田より先に、梨花がサッと腰を上げた。

 彼が何かを聞く前に、二人に背を向ける。

 

 

「ボクが起こして来るのです。沙都子に元気だって、アピールするのですよ〜」

 

 

 そう言って居間を出て行った。

 彼女の足音が聞こえなくなるまで見送った後、山田はサッと立ち上がる。

 

 

「腹減った」

 

「欲望に忠実か!」

 

「メシ食べようメシ」

 

「YOUの家じゃないんだぞ!」

 

 

 とやかくごねる上田を無視し、山田は台所に着く。

 何かないかと見渡した後に、冷蔵庫に目が向いた。

 

 

「おい上田! 何か作れ!」

 

「暴君か!」

 

 

 渋々台所までやって来た彼を一瞥し、山田は冷蔵庫の扉を開けた。

 確か具材があったハズだと、内部に目を通す。

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 山田はある物を発見した。

 その様子に気付いた上田も、何事かと冷蔵庫の中を見やる。

 

 

「どうした? アイスクリームを冷蔵庫の方に入れちまってたかぁ?」

 

「いやあの……コレ……」

 

 

 彼女が指差した先を目で追う。

 視線が捉えたそれを、上田は愕然とした表情で口にする。

 

 

「ネーポン!?」

 

「その隣!」

 

 

 ネーポン瓶の隣には、封された袋が置いてあった。

 上田はそれを手に取り、中身を見てから山田を睨む。

 

 

「……水銀スイッチじゃないか……目に付かない所に置けと言ったのに、どうして一番目に付く冷蔵庫の中に入れたッ!?」

 

「あー。ネーポン飲もうとして、そのまま置きっぱにしてましたね」

 

「オイッ!」

 

「てへぺろりんが星人!」

 

 

 叱責し、呆れ顔で冷蔵庫から取り出した。

 自分がどこかに置こうと間近で見た時、上田の目が一驚からパチッと開く。

 

 

 

 

「おぅ?」

 

「どうしました?」

 

 

 すぐに袋の封を切り、水銀スイッチを一つだけ出す。

 ガラス筒の中の水銀は、凝固しかけていた。流れ方も鈍い。

 

 

「……結晶化しかけている」

 

「そりゃ、一晩中冷やしてたらちょっとは凍りますよ」

 

「いや、違うぞ山田」

 

「はい?」

 

 

 思い当たる節があるのか、上田は水銀スイッチを持って大急ぎで居間に戻った。山田も後を追う。

 

 

 

 やっぱり立ち止まり、冷蔵庫から昨夜の夕餉の残りを取って、居間に入る。

 上田は卓上に水銀スイッチをばら撒き、全ての状態を確認していた。

 

 

「……これもだ。これも……幾つか結晶化しかけているな……」

 

「だふぁら、ひひゃししゃらこふぉりまふよって(だから、冷やしたら凍りますよって)!」

 

「何言ってんだおま……食いながら喋るなッ!」

 

 

 残り物であるほうれん草のお浸しをムシャムシャ食べている山田。

 上田は気を取り直し、説明を始めた。

 

 

「水銀の凝固点……つまり、凍り始める温度は、約マイナス三十九度だ。冷蔵庫の温度はせいぜい、〇度から十度……水銀が凍るハズがない」

 

「んふぁらふぉふぇふぁ(それならそれは)?」

 

「飲み込め!」

 

「んぐっ……ふぅ……美味いなコレ!?」

 

「質問しろッ!」

 

 

 テレビ修理用に使ったドライバーを取り出し、プラスチック製のオボンを敷いてから、その上でドライバーの先端を使って筒に穴を開ける。

 オボン上に半ば結晶化した水銀が溢れ出す。

 

 

「だ、出して大丈夫なんですか!?」

 

「……なるほどぉ。ハハッ! 山田、こいつは水銀じゃないッ!」

 

「え?」

 

 

 上田はその液体を指先で突っついて遊び始めた。

 液体は上田の皮膚にも、染み込みはしない。

 

 

 

 

「これは、『ガリウム』だ! 液体の状態だったから、水銀と見分けが付かなかった……! おほほほほ〜!」

 

 

 ぷにぷにとその、ガリウムを触って、変な笑い声を出す上田。

 半ばドン引きした表情のまま、とりあえずお浸しを全部食べてから質問する。

 

 

「……んで、ガリウムと水銀って何が違うんです?」

 

 

 上田は得意げな顔で語る。

 

 

「ガリウムは約二十九度代で溶け始める、特殊な金属だ。固体の状態でも、人肌で難なく溶けるんだ。水銀と違い毒性はないし、濡れ性が強いから皮膚に付いたりもしない。凝固点以下でも結晶化はし難いが、まぁ凍る事は凍るな」

 

「じゃあずっと溶けたまんまだったから、水銀と間違えた?」

 

「夏場の気温は三十度を超える。エアコンも何もない場所に放置してりゃ、ずっと液体のまんまだ」

 

 

 オボンから手の平に垂らし、揺らして遊ぶ。

 山田も気になったようで、上田と同様の事をして手の平に乗せた。

 

 

「おー、おー、おぉー……! 楽しい!」

 

「飲むなよ?」

 

「飲むか!……でも水銀にせよガリウムにせよ、なんでこんな物を……?」

 

「さあなぁ? この時代じゃガリウムなんて、水銀よりも手に入り難いだろうに……おおっとそうだそうだ! ガリウムにはな? もう一つ面白い性質があるんだ!」

 

 

 ガリウムをぷにぷにさせながら、説明を続ける。

 

 

「ガリウムは、他の金属やらアルミニウムやらに付くと、その粒界に侵食して合金化するんだ」

 

「それって……えーっと。どうなるんですか? 硬くなるんです?」

 

「逆だ、『脆く』なる。これを脆化(ぜいか)現象と呼び──」

 

 

 

 

 

 

 瞬間、楽しそうだった上田の表情が真顔になる。口を閉じ、目をかっ開いたままガリウムを見つめた。

 山田が何だ何だと、ガリウムをぷにぷにさせながら目を向けた。

 

 バッと上田は顔を上げる。ガリウムはぷにぷにしたまま。

 

 

「……そんな……ッ!? まさか……ッ!?」

 

「……上田さん?」

 

「……山田。謎が解けたかもしれん」

 

「へ?」

 

「……一年目の、事件のからくりが……!」

 

 

 上田はガリウムを指差し、山田と目を合わせて話し出す。

 

 

 

 

 

 

「思い出せ! 自然公園で見せて貰った……壊れた鉄柵の状態を……!」

 

 

 確か、錆びたかのようにボロボロと崩れていた。

 誰かの細工の痕はなく、自然現象とも捉えられる壊れ方だ。それを思い出した山田は、上田の言わんとしている事を理解する。

 

 

「アレ……ガリウムで脆くしたって事ですか……!?」

 

「あぁ!! そうに違いないッ! あの柵なら、ガリウムによる侵食は起こる! 脆化現象により根本がボロボロになった柵に、成人二人が全体重をかければ……容易く折れるッ!!」

 

「或いは展望台に潜み、誘導してから突き飛ばすだけでも良い……」

 

「あぁ、そうだ……ッ! 沙都子が両親を殺しちゃいない……これは何者かが、そうなる事を良しとした結果……つまり、その何者かによる『未必の故意』だ……!」

 

「知らない言葉使うのやめて貰って良いですか?」

 

 

 未必の故意とは、事件が起こるかは不確定ではあるが、その確率を意図的に上げた上で本人が「誰か死んだとしてもそれで良い」と考えていた事件に対する法律用語だ。

 

 勿論の事だが、意図して状況を整えた時点で殺意ありと見做され、歴とした罪に問われる。

 

 

 とは言え、一連の可能性を聞いた山田は渋い表情でぼやく。

 

 

「どこまでも手のかかる事を……」

 

「だが、問題はどうやってガリウムを付着させたか、だ……あれほどボロボロにさせる為には、一週間ほど浸けておく必要があるだろうに……表面にペタペタ塗りたくれば、色でバレちまう。雨で流されるだろうし……」

 

「それなら簡単じゃないですか」

 

 

 上田の疑問に答えたのは、山田だ。

 

 

「柵の根本に、工具か何かで目立たない程度の小さい穴を開けるんですよ。で、そこからガリウムを注ぎ、内部に溜めて、脆くなるまで放置する。中は空洞でしたんで、出来ると思いますよ。これなら雨が降っても平気です」

 

「ハッ、だろうな。そんな事だと思った」

 

「おい」

 

 

 山田の推理を、さも自分は考えていましたとイキる上田。

 彼は有頂天だった。沙都子は無実だと思っているようだ。

 

 

「ヌハハハハ! 沙都子は何も悪くなかったんだ! あの調書も、沙都子の記憶違いかなんかだろ!」

 

「………………」

 

「山田?」

 

 

 ガリウムをぷにぷにしながら、山田は満足行かない様子だ。

 眉間に皺を寄せ、首を捻る。

 

 

「……記憶違いでも、『両親が崖から落ちた』なんて言うでしょうか? 普通ならやっぱ、『どっかに行っちゃった』とかじゃ……」

 

「こ、言葉の綾かもしれないだろぉ? 或いはアレこそ、捏造の可能性がある」

 

「捏造するにしても、小学生を犯人にしようなんて考えるのは無理がありませんか?」

 

 

 その指摘を受けた上田は、ガリウムをぷにぷにしながら押し黙る。

 山田は容赦せず、推理を続けた。

 

 

「寧ろ柵を脆くしたのなら、誰でも人間を突き落とせる状況だったと言う事ですよ」

 

「……なら、何か? YOUはどうしても沙都子を犯人にしたいのか?」

 

「そりゃ、私だって信じたくはないですよ……でも、断定するのは早いんじゃないかって思いまして」

 

「…………そうか」

 

 

 遊ぶのをやめ、ガリウムをオボンの上に乗せる上田。

 意気消沈する彼を見て、山田もハッとして気を遣う。

 

 

「あの、すみません……私ったら、また……」

 

「……いや良い。君の言う通りだ。まだ早かったな……すまない」

 

 

 場は、重苦しい空気を纏い始めた。沙都子の件に関すると、どうしても上田と噛み合わなくなる。

 だが山田の言い分も理解出来た。あくまで暴いたのは、「鉄柵を壊した方法」であり、犯人ではない。

 

 解決に至るにはまだ、ピースが足りないだろう。

 どうにかして、調書以上の証拠を手に入れなければ、疑惑は覆せない。

 

 

 

 

 色々と考えた時に、山田は気付く。

 

 

「アレ? と言うかそもそも……このガリウムがなんで、沙都子さんの家に?」

 

「………………あ、そう言えばコレ、沙都子の家で見つけたんだったな。テレビの事ばっかで忘れてた……」

 

「………………」

 

 

 からくり箪笥の中にあったコレらは、北条一家に存在を気付かれていなかった。

 沙都子の話を聞くに、父親と兄の悟史は開けられなかったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 山田はふと、顔を上げた。

 

 

「……お母さんは、開けられたんですかね?」

 

 

 ハッと、上田は愕然とした表情で彼女を見た。

 

 

 

 

「沙都子の母親の……死体は見つかっていない……!!」

 

「それって、もしかして……見つからないのは────」

 

 

 二人は顔を見合わせた。

 同時に思い付いたとんでもない考えに自ら戦慄し、生唾を飲んだ。

 

 

 

 

 最後はけたたましく鳴る、黒電話の音で我に返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沙都子が眠る部屋に、梨花が入ったところまで時間は戻る。

 襖を開け、だらしない恰好で惰眠を貪る沙都子を、呆れ顔で見下ろした。

 

 

「沙都子〜、起きるのですよ。ほら、ボクはもうお元気なのです〜」

 

 

 窓は開いたままで、吹き込んだ風がカーテンを舞わせた。

 彼女の枕元まで寄り、掛け布団を取っ払ってやろうと座る。

 

 

 布団を掴む。

 その時に沙都子は、ぽつりと寝言を呟いた。

 

 

 

 

 

「……にーにー……お母さん……」

 

 

 引かれようとした腕が止まる。

 梨花の方を向き、眠る沙都子の目には涙が溢れていた。

 

 

 少しだけ、考えた。

 考えた末、布団を取り払う事をやめて手を離す。

 

 その手は、沙都子の頭の上に向かった。

 

 

「……大丈夫よ。沙都子」

 

 

 優しく髪を撫で付けてあげる。

 苦しそうな沙都子の表情は、些か柔らかくなった。

 

 

 何度も何度も、撫でた。

 カーテンは舞い、眩しい朝の光を半分遮ってくれる。

 

 湖面を漂う光のような、穏やかな陽光が天井に写った。

 梨花はただ、慈愛と懺悔に満ちた手つきで、沙都子を安心させるだけ。

 

 沙都子の中の悪夢を、払ってあげるだけ。

 

 

 

「大丈夫だから……」

 

 

 

 

 

 とろりと凪いだ海のような時間は、暫く続いた。

 黒電話の音で沙都子が起こされるまで、続いた。




・女王蜂がフェロモンで働き蜂の生殖機能を抑制している理由は、「女王蜂以外はメスが産めないから」だと言われている。
 働き蜂は基本的にメスですが、対してオスの役割は謂わば種馬なので、巣から出ずに働かない。つまり働き蜂が卵を産んでも、働かないオスばっか増えるので、巣の存続が出来なくなると言う話です。
 そもそも蜂の針自体が産卵管ですので、オスにはそれが無いので外敵から巣を守れません。箱入り娘ならぬ箱入り息子って訳ですね。よろしく〜ねっ!
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