TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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Twitterにてこの作品が拡散されていたようで。広く知られる、良い機会でした。
この場でキッカケとなったツイートの発信者さん、またそれで興味を抱き拡散していただいた方々に、お礼を申し上げます。
これも様々な方からの支えと応援あってこそです。本当にありがとうございました。

今回の話から、随分前の話で張った伏線を回収します。
一応、「入道雲」辺りを読み直して貰えますと幸いです。


セント

 鉈を取り上げられ、呆然とするレナ。

 暴れようにも、上田が彼女を羽交い締めにして動きを止めてしまった。

 

 

 それにより梨花も解放され、山田の方へと走り去る。

 レナは困惑気味に、上田の顔を見上げてから呟いた。

 

 

「な、なんで……!? ちゃんと、縛ってたのに……!? 切る物なんて、どこにもなかったのに……!?」

 

「それはですね、レナさん。あなたが──」

 

 

 彼女の質問には、山田が代わりに答えてやる。

 

 

「──私たちが仕掛けたトリックに、まんまとハマってくれたんです」

 

 

 答えは、小屋の裏で梨花らと話していた時にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

──手荷物はトランプだけ。それで縄を切るのは、さすがに無理だ。

 

 

「どうするかなぁ……」

 

 

 山田は困り果て、天を仰ぐ。

 

 

 

 

 その時、チラリとオニ壱の方を見た。

 なんとオニ壱、ハサミを持っているではないか。

 

 

「……オニ壱っ!? そのハサミ……ハッ!?」

 

 

 確か、すもも漬けのパックを開ける為に沙都子から借りた物だ。

 返したつもりだったが、オニ壱に渡していたのだろうか。

 

 何はともあれ、首の皮一枚繋がった訳だ。

 

 

「梨花さん! オニ壱に感謝してください!! ハサミがありましたよ!」

 

「その得体の知れないのに感謝は出来ないのです」

 

「今から小屋に入って、縄を──」

 

 

 言いかけたところで、圭一が大急ぎでやって来た。

 レナが近くまで戻って来ている旨の報告だ。

 

 

 

 

「レナが来てます……!! 山田さんの言った通り、小河内に向かう俺たちを監視してたんですよ……!!」

 

 

 

 

 予想はしていたが、ここまで早かったとは。切る物があるのに、二人を助けそびれてしまう。

 急いで中に入るか、それとも隠れて一旦やり過ごすか。山田が判断を巡らしている時、梨花が縛られた手を動かし、ハサミを渡すように催促する。

 

 

「山田! ボクに……ボクに、考えがあるのです! だから、ハサミを渡すのです!」

 

「え、えぇ!? 見つかったらアウトですよ!?」

 

「梨花ちゃん、無理しちゃマズいぜ……!?」

 

 

 渋る二人に対し、梨花はキッと横目で睨み付けながら説得する。

 およそ見た事のない、梨花の勇ましい一面。それは気心の知れた圭一までも慄いてしまった。

 

 

「山田はとりあえず、レナが入って来たら外に連れ出すのです! 圭一の名前を出したら、絶対にレナは出るハズなのです……!」

 

 

 そこまで話したところで山田もハッと、彼女の意図に気がつく。

 

 

「ハサミは一旦隠すんですか!? どこに……?」

 

 

 梨花は隠し場所を、目で示した。

 山田はそこを見て、まずは渋い顔になる。

 

 

「……見つかるかもしれませんよ」

 

「他より見つからないかもなのです! だから、早く……!」

 

 

 信じてくれと、瞳で懇願する梨花。

 必死な彼女のその様子を見て、圭一は山田の腕を掴み、首を縦に振る。

 

 

「山田さん! 梨花ちゃんを信じましょう!」

 

 

 彼の言葉が決定的だった。

 山田は逡巡した後、ハサミを梨花の手に握らせる。

 

 

「小屋の中にボクか、上田がいれば良いのです。山田と圭一はレナの気を逸らして欲しいのです」

 

 

 梨花の指から山田の手が離れる時、一言だけ残す。

 

 

「……分かりました」

 

 

 山田と圭一はそそくさと退散。残った梨花はハサミを握り、少しだけ跳んでそのまま、地面を這う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──上田はハサミをレナに見せつけ、受け取っていたと示してから懐に戻す。

 山田は更に、自分たちの計画を明かした。

 

 

「わざわざ圭一さんの名前を出したのは、ハサミを見つけられる前に、あなたの注意を私たちに向けさせる為です。小屋から出させて、残った上田さんがハサミで縄を切り、不意打ちする隙を作ったんです」

 

 

 上田は没収した鉈を遠くの茂みに放り捨てた。これでレナの手に戻る事はなくなる。

 

 

「それに、君が人質にするのなら、間違いなく梨花のハズだ。中学生で小柄な君じゃ、体格差のある俺を人質に使うのは間違いなく避ける。絶対に小屋に、俺を放置する事は確率的に高かった訳だな!」

 

「その割にはショック受けてたっぽいのです」

 

 

 梨花の指摘に、上田は知らん顔だけ見せた。

 レナも悟る。あの時の上田は気絶しているフリで、しっかり意識はあったのだと。

 

 

「……さて、問題のハサミですけど……梨花さんの服にも、上田さんのスーツにも無かったハズです。どこに隠していたのか……」

 

 

 どこに隠していたのか。それだけは、レナにも検討が付かなかった。

 縄で縛ってくくり付けていた、あの時の二人の手が届く範囲で、どこに隠していたと言うのか。

 

 

 

 

 

 

「一箇所、見落としていたと思いますよ……『ギターの中』、とか?」

 

 

 ハッと気付かされた。

 なぜか上田が担いでいた、古ぼけたアコースティックギター。アレだと。

 

 真っ先に思い当たったのは、ギターの中心にポッカリと空いた、穴だ。上田が得意げに説明を入れる。

 

 

「あれは『サウンドホール』と言ってだなぁ。ギターの音を響かせる為に作られた、空洞だ。弦の隙間からヒョイっと、中にハサミを隠し入れるなんて事は簡単だったんだ!」

 

 

 彼の出鼻を挫くように、山田は呆れ顔で話す。

 

 

「まぁ、取り出すのは簡単じゃなかったっぽかったですね。そこそこ時間食ってましたし」

 

 

 反論しようとする上田だが、取り出すのが難し過ぎたばかりに弦を引き抜いた事を思い出し、閉口する。

 

 

「後は上田さんが来るまでの時間を稼ぐだけ。その為に、あなたの前でアレコレ話していた訳ですよ。本当なら、『丸っとお見通しだよ〜』の、オニ壱の決め台詞の時点で」

 

「アレ、その変なのの台詞だったのです?」

 

「上田さんに出て来てもらう予定だったんですが、まさかハサミ取るのにあそこまで手間取るとは……」

 

 

 居心地悪そうにそっぽを向く上田。

 山田はチラリと、圭一の方へ感心したような目を向ける。

 

 

「でもまぁ、さすがは口達者な圭一さんです。あそこまで捲し立てたり引き出したり、時間稼ぎしてくれるなんてビックリでした。んまぁ、何はともあれ、全て私の手のひらの上だったって訳なんですよ! えへへへへへへへへへっ!!」

 

「言うほど手のひらの上だったのです?」

 

 

 勝ち誇ったように気持ち悪く笑う山田とオニ壱だが、圭一はどこか晴れ晴れとしない表情だ。

 上田に拘束されているレナだったがその内、悲しさを滲ませた瞳を見せたまま、圭一へと顔を上げた。

 

 

 

 

「……圭一くんが言ってた事、やっぱり……時間稼ぎの為の、出まかせだったんだね……」

 

 

 レナは脱力し、その場にヘタリと座り込んだ。

 上田は彼女の腕を掴んだまま、どうしようかと山田らの方へ目を向けていた。

 

 

「こっちみんな」

 

「どうすりゃ良いんだ……!?」

 

「……上田先生」

 

 

 圭一が上田にお願いをする。

 

 

「……レナの拘束を、解いてください」

 

「え……だ、大丈夫なのか、少年?」

 

「もうレナ、危ない物は持っていないですし……なんかあれば、すぐ呼びますから」

 

 

 少しだけ躊躇した後に、上田は恐る恐る拘束を解く。

 レナは全く動かず、座り込んだまま圭一を見つめていた。

 

 その目が醸す失望と絶望、悲哀と若干の怒り。混沌とした彼女の感情を受けながら、圭一はレナの元へ近付いて行く。

 

 

 

 入れ替わるように上田が、山田とオニ壱の方へ走る。

 彼もまた、いたたまれない様子だ。

 

 

 

 

「……俺が予想してしまった通りの結末になってしまったな」

 

「嘘つけ」

 

 

 チラリと、彼の腕の方を山田は見た。

 よく見れば彼は、小脇に本らしき物を抱えている。オニ壱はそれを指差した。

 

 

「上田さん、それなんですか?」

 

「鷹野さんのスクラッチブックだ。彼女、これを読んでいたようでなぁ……」

 

 

 ペラペラと捲り、さわりだけ目を通す。

 周りには消えないよう、声量を落として上田は続けた。

 

 

「……あぁ。確かに、俺が鷹野さんからいただいた物だ。どっかに落っことしていたんだ!」

 

 

 声色は嬉しそうだ。

 何が何だか分からない山田に、上田はスクラップブックの説明をする。

 

 

「この、俺に鷹野さんが貸してくださったスクラップブックには、村にまつわるオカルト的な考察が満載だ。彼女、この俺だけに鷹野さんが貸してくださった本の内容を鵜呑みにして、こんな事をしでかしたようだな。この、世界で唯一俺にだけ鷹野さんが貸与してくれた本を、偶然拾っちまったばかりに……」

 

「めちゃくちゃ強調してんな」

 

「それに、未来での彼女も『寄生虫』を信じ込んでいた。その原因は、鷹野さんのスクラップブックのようだな。寄生虫云々の記述もある……全く……こんなお茶目なオカルト本を、三十五年先まで信じていたとはなぁ」

 

「じゃあ、未来の彼女が上田さんに言っていた、『オヤシロ様の祟りは寄生虫のせい』って……」

 

「この本を下地にした、事実無根の妄言って事になるか……結局、村壊滅とは関係なさそうだな」

 

 

 レナをキーパーソンと捉えていたばかりに、上田は肩透かしを食らったような表情で本を閉じた。

 どうやら元の時間軸でもレナは鷹野のスクラップブックを読んでおり、それを本当の事と捉えてしまっていたようだ。となると彼女が話していた事に、一切の信憑性は消失してしまうだろう。

 

 

 

 ただの風変わりな女性の、思い込みと妄言。

 そんな結論になってしまったのなら、雛見沢大災害の謎の解明は振り出しに戻ってしまう。上田の呆気と悔しさは、山田にも理解してやれた。

 

 

 山田もまた少しだけ俯き、難しい顔つきになっていた。

 

 

「どした?」

 

「……この、スクラァッシュゥブック……」

 

「スクラップだ。あとクセが強い」

 

 

 パッと顔を上げ、ジッと上田を睨む。

 

 

「上田さんが落としたコレを、レナさんが拾ったのが一連の騒動の原因なら……」

 

「ああ」

 

「元を辿れば、落とした上田さんのせいじゃないですか」

 

「………………」

 

「おい上田」

 

「……は、ハハハッ! 全部、私のせいだ!」

 

「張り倒すぞワレ」

 

 

 山田から責任を追及され、上田はカッと眉間を強張らせながら反論する。

 

 

「シャラップッ!! そもそもコレは、ジオウに捕まったお前を助ける時に落としたんだッ! つまり辿り辿れば、お前が悪いッ!!」

 

「はぁ!? いやそもそも、辿り辿り辿れば、上田さんがそんなの借りるから悪いじゃないですか!?」

 

 

 ギャーギャーと醜い押し付け合いをする二人に呆れて、梨花は視線を変える。

 

 心配そうな眼差しの向こうには、呆然と座り込むレナと、彼女を見下ろす圭一の姿があった。

 

 

 その内、圭一はしゃがみ込み、レナと目線を合わす。

 

 

「正直に言う。確かに、時間稼ぎの為ってのもあった。梨花ちゃんの無事だけは、何よりも重視しなきゃだからな」

 

「……お喋りが上手な圭一くんらしいね」

 

 

 少し目を伏せてから圭一はまた、顔を上げた。

 

 

「……でもな。時間稼ぎってだけで……嘘は一つもない。あれは全部、俺の本音だ」

 

 

 レナは納得したように疲れた笑みを浮かべながら、顔を落とした。

 

 

 

 

「…………そんなところも、圭一くんらしいや」

 

 

 

 

 それから彼女が、再び顔を上げる事はなく、圭一もまた言葉を探し切れなかった。

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 一人、梨花は黙り込む二人を眺めていた。

 

 

 

 傷だらけで、虐げられ続けて、抑圧し続けた末。

 まだ十四歳の少女が背負うには重過ぎた、過去と使命感。

 

 これはただ、幸せになりたかった少女の、復讐と反撃でしかなかった。

 だからこそ圭一は、言葉を探し切れなかったのだろう。

 彼女の心を癒やす言葉を、自分が担うべきなのだろうかと。

 

 

 

 

 

 黙り込んだままの五秒が、重く長く続く。

 無理やりにでも梨花と圭一の注意を変えたのは、背後の者たちだった。

 

 

 

 

「何を言うッ! 辿り辿り辿り辿り辿り辿ればだな──」

 

「いやいや、辿り辿り辿り辿り辿り辿り辿れば──」

 

「何を言い出すかと思えば……辿り辿り辿り辿り辿り辿り辿り辿れば──」

 

「だから、辿り辿り辿り辿り辿り……えー……何回まで言いましたっけ?」

 

 

 相変わらず口論を続けていた、山田と上田。

 再度、空気の読めない二人をうんざりした様子で一瞥してから、梨花は圭一の方を見やる。

 

 丁度、圭一もこちらに視線を向けていた。

 

 

「……とりあえず、この二人をどうにかしてから……村に戻るのです」

 

「……そうだな……レナ、ちょっと待っててくれ」

 

 

 ゆっくりと圭一は立ち上がる。

 俯いたままのレナを憂い目で見つめ、待っていた梨花の方へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 まだ頭の中が騒がしい。

 

 誰かが耳元で囁き続けているような、執拗さだ。

 

 消えない、消えない、消えない、消えない。

 

 脳が痒いような煩わしさを押さえ付けるように、ギュッと拳を握り続けた。

 

 

 

 ふとレナは、少しだけ目線を上げた。

 

 自分に背を向けて離れて行く、圭一の後ろ姿があった。

 

 もし手元に鉈やナイフがあれば、不意を突けたのに。

 

 

 

 

 その時、何かが視界に映る。

 

 注射器だ。麻酔薬が充填された、注射器だ。

 

 

 そう言えば山田に麻酔と注射器の存在を言い当てられた時に、ポイッと地面に捨てていた。

 

 注射器は丁度、去り行く圭一の足元にあった。

 

 

 

 

 誰も気付いていない。

 

 梨花も注意を向けていない。

 

 山田も上田も口論の途中。

 

 勿論、圭一も。

 

 

 

 

 

 

「………………あ」

 

 

 

 

 頭の中の何かが、執拗に囁き続ける。

 

 

 拾え。

 

 拾って、突き刺せ。

 

 刺して抉って、ほじくり出せ。

 

 

 

 何かがまた、レナを突き動かす。

 

 

 

 騙された。騙された。

 

 お前は仲間に、騙された。

 

 まだ復讐出来る。

 

 まだ一手は残っている。

 

 

 

 後ろから腕を掴まれて、注射器へ誘導されているかのようだ。

 

 それはレナの意識の外から現れて、思考と行動を支配した。

 

 

 

 

 

 拾え。

 

 

 

 ゆっくり這うように、身体が前のめりになる。

 

 

 

 拾って、突き刺せ。

 

 

 

 腕がピンと伸びる。

 

 

 

 刺して抉って、ほじくり出せ。

 

 

 

 指先が注射器に触れた。

 

 そこでなぜか躊躇が入る。

 

 だが、ほんの一秒の躊躇だった。

 

 

 

 

 

 殺せ。

 

 

 

 注射器を掴んだ。

 

 

 

 殺せ殺せ。

 

 

 

 

 膝が伸びて、立ち上がれた。

 

 

 

 

 

 殺せ殺せ殺せ殺せ。

 

 

 

 

 

 注射器を逆手に構えた。

 

 

 

 

 

 

 ブチ壊してやれ。

 

 

 

 

 ゆらりと身体が、圭一の方へ動く。

 

 蝉の声が、足音を掻き消している。

 

 誰もレナが立ち上がった事に、気付いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 梨花が山田らの方へ行き、話しかける。

 

 

「みぃ。何やってるのですか。大人げないからやめるのですよ」

 

「いやだって、上田さんが──」

 

 

 梨花の方を見た山田は、身体が強張ってしまった。

 目が見開かれ、呼吸が止まる。

 

 

 

 

 

「──ヒュ……ッ!?」

 

 

 

 苦笑いを浮かべながら近付く、圭一。

 

 その背後。狂気的な眼差しで注射器を掲げる、レナの姿。

 

 針が真っ直ぐと、圭一の首筋を捉えていた。

 

 

 気付いていない。梨花も、圭一も。

 

 

 気付いているのは、山田だけだ。

 

 

 

 

 

 

「圭一さん後ろッ!!」

 

「え?」

 

 

 知らせる山田。でも一手、遅かった。

 

 レナはもう、圭一のすぐ後ろだ。

 

 

 振り返り、彼の視界が捉えたのは、レナの顔だった。

 

 泣き出しそうな顔で注射器を掲げる、レナの姿だった。

 

 

 

 生物的な反射行動から、圭一は目を閉じる。

 

 もう注射器は、振り下ろされようとしていた。

 

 

 

 

 

 

「やめて……!」

 

 

 

 梨花もやっと、視認出来た。

 

 そこから彼女に出来る事はただ、一つ。

 

 

「やめてレナぁッ!!」

 

 

 叫ぶだけだ。願うだけだ。

 

 

 

 

 

 

 ドンッ

 

 

「な、なにぃーーっ!?」

 

「どうしたんじゃキクちゃん!?」

 

「こ……これは……!?」

 

 

 興宮署の前で辺りを必死に見渡す、菊池の姿があった。

 

 

「今まで見ていたどやんすボディは……!?」

 

「あちゃーっ!! キクちゃんがゾンビィ一号ちゃん欠乏症になっとるーーっ!!!!」

 

 

 謎の症状に苦しむ菊池と騒ぎ立てる石原。

 そんな二人を無視し、矢部は大急ぎでパトカーを出すよう王田に命じていた。

 

 

「はようパトカー出せぇや! 竜宮礼奈を見つけに行くんや!」

 

「見つけに行くって、どこ行きゃ良いんだ。具体的に指定してくれねぇとパトカーは出せねぇ。イライラするなぁ」

 

「そんなん、村中走り回って探すしかぁないやろ!? 時間がないねんな!」

 

「こないだ、経理部の連中と喧嘩しちまってな。ガソリン代が経費で降りなくなっちまった。あまりガソリンを使いたくないんだ。イライラさせるな」

 

「お前の部署の事情なんか知るかいッ!」

 

「イライラさせるな」

 

「イライラさせるなbotかおどれはぁ!?」

 

 

 レナ捜索を焦り始めた矢部を、大石は急いで宥めてやる。

 その背後でヘッドバンギングを始める、菊池と石原は敢えて無視した。

 

 

「矢部さん! 王田さんの言う通り、アテも無く探して見つかるような話じゃないんですよ!」

 

「んじゃあ、どこにおるんや!? どこ行ったら見つかんねんな!? おぉ!?」

 

「それが分かれば、我々だって苦労は……」

 

 

 矢部は失望したような目で大石を睨んだ後、運転席を開けて王田を引き摺り出す。王田は無表情で路上に転がった。

 

 

「ワシが探す……!」

 

「矢部さん……」

 

 

 ドアを閉め、髪の毛を軽く整えてから矢部は、ハンドルを握る。

 鋭く、決意の籠もった横顔をしていた。

 

 

 

 

「手遅れになる前に、竜宮礼奈を探さなアカンのや……!!」

 

 

 エンジンを動かそうと、キーへと手を伸ばす。

 しかし、キーは刺さっていなかった。王田が寸前で抜いたのだろう。

 

 矢部は悔しさから、ハンドルを叩く。クラクションが虚しく、鳴り響いた。

 

 

「……なにやっとんねんッ!? キー抜くなやボケェッ!!」

 

 

 王田に向かって、怒鳴り散らす矢部。

 当の本人は、菊池らと共にヘッドバンギングをしていた。

 

 

「サガッ!! サぁぁぁーーーーガァーーーーッ!!」

 

「ホンマになにやっとんねん」

 

 

 一旦降りて、キーを奪い取ろうかと考える矢部。

 しかし助手席の方から、誰かが車内に入り込んで来た。

 

 大石だ。

 

 

「……なんや。ワシゃ勝手に行くで」

 

「……いえいえ」

 

 

 大石はニンマリと笑い、車のキーを差し出した。

 

 

「村に詳しいモンがいないと、余計に見つかりませんよぉ?」

 

「………………」

 

 

 キーを受け取りながら矢部は、呆然と彼を見つめる。

 

 

「……私だってね。竜宮さんを見つけたいんですよ。もう時間がない」

 

「………………」

 

「こんなりゃ、アテ無しでも乗ってやりますとも。えぇ!」

 

 

 シートベルトを締めてから、車を動かすように催促する。

 矢部はキーを差し込みながら、感動した様子で笑った。

 

 

「目暮警部はさすがやなぁ」

 

「大石です。あと警部補ですから」

 

「ほんじゃあ、行くでぇ」

 

 

 アクセルを踏み、パトカーは動き出す。

 次第に沈み行く太陽を情けなく思いながら、雛見沢村を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 針を突き刺そう。

 

 何度も突き刺そう。

 

 そうすれば死ぬ。殺せる。

 

 

 振り上げた腕を降ろし、注射器を圭一に刺そうとした。

 

 

 

 

 だが、途端に手が止まる。

 

 

「…………え?」

 

 

 鼻腔を、甘い香りがくすぐったからだ。

 

 覚えのある香りだ。

 

 そして忌々しい香りだ。

 

 

 

 手が止まり、身体も止まる。

 

 レナにとって、それ以前の問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

 鼻腔をくすぐる、香水の香り。

 

 女性の憧れにして、忌まわしき匂い。

 

 

 

 

 

「シャネルNo.5」。

 

 あの女が付けていた香水の香りだ。

 

 死ぬ寸前の時まで付けていた、あの女の匂いだ。

 

 

 その香りが、突然現れた。

 

 何よりも嫌いな、恐るべき香り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咄嗟に目を瞑って、十秒が経った。注射器が突き刺さるにしては、長い時間だった。

 圭一はゆっくりと、目を開く。

 

 

 視界に写っていたのは、やっぱりレナだ。

 だが、様子がおかしい。恐怖し、震え、膠着していた。

 良く見れば鼻を頻りにスンスンと動かしている。匂いを嗅いでいるようだ。

 

 

「れ……レナ……?」

 

 

 その内にレナの眼球がキョロキョロと左右に動き、彼女は三歩ほど後退りする。

 

 

「い、いや……なんで……!? なんで……!?」

 

「レナ? おい、どうしたんだ……!?」

 

「生きてるの……!? 生きてたの!?」

 

 

 注射器を握ったまま狼狽する。辺りを見渡し、怯えたようにふらつく。

 

 誰が見ても普通ではない。

 レナの奇行に、圭一を含めた全員が呆然としていた。

 

 

「レナさん……?」

 

「お、おい……!? 何があったんだ……!?」

 

 

 今の内に取り押さえるべきか迷っている上田。

 しかし凶器を持っている今、不意打ちで無しに突っ込むのは危険だ。ましてや相手は錯乱している。何をしでかすか分からないので近付けずにいた。

 

 

 静かに観察していた梨花もまた、レナの鼻に気が付いた。

 

 

「……何か、匂いを嗅いでいるようなのです」

 

「……匂い?」

 

 

 山田は試しに、スンスンと嗅いでみた。

 

 

「……あれ?」

 

 

 蒸れた土と草葉の臭いしかしない。

 しかしそよ風の中で、確かに異様な匂いがある事に気が付いた。

 

 

「……この匂い……」

 

 

 嗅ぎ覚えのある、甘い匂い。それが風に乗って、やって来た。

 山田が何の匂いなのかを思い出そうとしている内にも、レナの恐怖は増して行く。

 

 

「だって、なんで……!? あの時、あの時……!?」

 

 

 首や身体を大きく振り、辺りを激しく警戒。

 

 目に映るものは木々に草葉、オンボロの小屋に小さな石。何の変哲もない山の風景。

 

 しかし、だからこそレナはパニックに陥った。

 自分が捉えた異常と、場の普遍が一致していないからだ。

 

 

「あの時、だって、私…………!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな姿を偽っていた、律子の姿が目の前に現れた。

 

 

「あらっ、礼奈ちゃん。おはよっ!」

 

「三人揃ったんだし! ねっ! 一緒に食べましょうよ!」

 

「……私、あなたのお父さんとの結婚、本気で考えているの」

 

「あら? 礼奈ちゃんも低血圧なの? うふふ! 私もなのよっ! 朝がキツいのよねぇ……」

 

 

 律子の言葉が、フラッシュバックする。

 

 

 

 

「昔っからさぁ、あんたの顔がさぁ……嫌いで嫌いでしょうがないのよ……」

 

「アタシはさぁ、綺麗なままでいたいのよ。でもあんたって、声とか、顔付きも似てるじゃん、アタシと。デブで汚くて醜くい……まるでアタシの劣化見ているみたいで無理」

 

「あんた何してんの?」

 

 

 まるですぐ耳元で話されているかのようだ。

 

 

 

 

「このクソッ!! クソッ!! 生意気なのよガキの癖にッ!?」

 

「離婚した母親のお荷物ってぇ!? 何考えてるのか分からないし、話し方はおかしいし!!」

 

「あんたなんかを、愛してくれる人間はいないのよぉッ!!」

 

 

 脳裏に浮かんだ、あの時の光景。

 あの時逃げた、血とシャネルの匂いが、またやって来ていた。

 

 

 

 

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!!」

 

「痒い、痒い、痒い、痒い、痒い」

 

 

 そう言って首をナイフで突き刺す、彼女の姿さえも。

 

 

 

 

 

 

 

「おい! レナ!?」

 

 

 圭一の叫びは届いていない。それすらも掻き消す、頭の中の声。

 

 

「いる……!? いる……!! 近くに……!?」

 

「待てッ!? おい、やめろッ!?」

 

 

 罪悪感と、手に残った人肉を刺した感触がぶり返す。

 怖い、怖い、怖い。それでも消えないシャネルの匂い。

 

 

 完全に錯乱してしまったレナ。

 逆手に持った注射器を、自分に向けた。

 

 

「……ッ!? 駄目なのですッ!?」

 

「や、やめなさいッ!!」

 

 

 耐え切れず、上田は駆ける。

 梨花は叫び、山田とオニ壱は立ち尽くす。

 

 

 だが、間に合わない。レナは注射針を自らの首に刺そうと、していた。

 

 

 

 

 

 

 

 針が彼女の細い首に入ろうかとした時。

 針は、別のものを刺した。

 

 

 

 

 

 

「レナぁあッ!!」

 

「ッ……!?」

 

 

 圭一が、レナの首と針の間に腕を突っ込んだ。

 

 

「圭一く……ッ!?」

 

 

 針が突き刺したのはレナの首ではない。

 圭一の腕だった。

 

 

「いッ…………!」

 

 

 勢いあまり、圭一はレナに覆い被さる。

 そしてそのまま二人は──

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

「うぶぉっ!?」

 

 

──仲良く一緒に、地面へ転んでしまった。

 

 仰向けのレナの上に、注射器を腕に刺したままの圭一がうつ伏せで被さる。

 

 彼女の視界には夕暮れに染まる空が微かに伺える、葉の隙間が見えた。

 レナはただただ、呆然とそれを眺めていた。

 

 

「……え?」

 

「いつつつ……つッ!?」

 

 

 圭一は注射器を手に取り、一思いに抜いた。

 情けない「やっぱイテェーっ!」と言う叫びが、辺り一面に広がる。そのまま圭一は怒りに任せて、注射器を投げ捨てた。

 

 抜けた後に血が漏れ出した腕を押さえながら、圭一はパッと飛び起きる。

 

 

「イダダダダダ!? け、結構深く刺さったぞぉ!?」

 

「だ、だ、大丈夫!? 大丈夫、圭一くん!?」

 

 

 レナも咄嗟に飛び起き、自身の服のポケットを弄る。

 持っていたハンカチを取り出し、それを圭一の注射痕に押し当ててやった。

 

 

「いつッ!? も、もっと優しく押し当ててくれ!」

 

「あ! ご、ごめんね! ごめんね………………」

 

「…………お、おう……大丈夫だぜ…………」

 

「……………」

 

「……………」

 

 

 その時に、互いにハッと我に返る。

 いつもの調子で接してしまったが、思えばここまで何があったかを、想起し始めていた。

 

 

 圭一もレナも、思わず俯き、呆然と目をパチクリさせる。

 レナに傷口を押さえさせながら、或いは圭一の傷口を押さえながら、二人は何があったのかを暫し忘れてしまっていた。

 

 

 ジワジワと思い出される、さっきまでの光景。

 暫し、気まずい空気が、辺りに流れ込む。

 

 

 

 

 

 

 

「えーーっと……おお??」

 

「…………なんだこれは?」

 

 

 それは山田らにも言える事だった。

 上田は駆け出した時の姿勢のまま固まり、山田は肩から落ちたオニ壱に気付いていない。

 

 圭一とレナ。二人が見せた「いつもの光景」に、全員が動揺していた。

 

 

「……なんだか上田、非常口のマークみたいな格好なのです」

 

 

 梨花に至ってはつい、いつもの感じで上田をいじってしまった。

 全員が、二人の醸す空気に、動揺をしているようだ。

 

 

 

 

 

 そんな時、風上から誰かの声が聞こえて来た。

 

 

「い、いたーー! やっと見つけたのですわーー!」

 

「おーーい! 山田さーん!! 圭ちゃーーん!!」

 

 

 別行動をしていた、魅音と沙都子だ。

 二人に気付くと、山田はとりあえず気を取り直す。

 

 

「あれ? お二人とも、どうやってここに……?」

 

「谷河内の方で何も起きなかったから、山田さんの言ってたダムの近くの山に来たんだよ!」

 

「い、一生分走りましたわ……! 草野球の練習よりハードですわ……!」

 

 

 山田の元に近付く、沙都子。

 彼女が近寄った際に、山田は沙都子から放たれる匂いに気付いた。

 

 

「……あっ。この匂い……」

 

 

 山田も思い出した。確か、シャネルの五番の匂いだ。

 確か彼女、上田から取った「シャネルNo.5の石鹸」を使っていた。

 

 さっきから風に乗って香っていた匂いは、彼女の匂いなのかと納得する。

 

 

「そう言えば沙都子さん、上田さんの石鹸を使っていましたね」

 

「うふふふふ〜、シャネルの五番は女を変えるのですことよ〜」

 

「思い出したように変わるな」

 

 

 それを聴くと上田はキッと、沙都子を睨んだ。

 

 

「そうだ! 色々あり過ぎてすっかり忘れていたッ! そろそろ俺の石鹸を返しやがれってんだッ!!」

 

「上田先生、非常口みたいな格好で何やっていらっしゃるのですか?」

 

 

 沙都子にも指摘され、走り出そうとした姿のままの自分を恥じた。

 

 

 

 上田の様子に呆れながら、山田は魅音と梨花の方を見やる。

 

 

 

 

 

「……あっ」

 

 

 魅音はボウっと、二人を眺めていた。

 怪我をしている圭一と、止血をしているレナの姿。

 

 奇妙な光景だが、どうにか魅音は納得に似た感情を持っていた。

 故に切なさと悲しさが、安堵の中に少しずつ混ざってしまう。

 

 

 

 対する梨花は、愕然とした様子でそれを眺めていた。

 

 

 レナから、狂気的な雰囲気が消えているではないか。

 つまり、「終わった」のだと、梨花は悟った。

 

 

 

「………………」

 

 

 

 梨花は微かに首を振り、誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

「…………これが……『奇跡』……なの……?」

 

 

 

 風に乗って、どこからか声が聞こえる。

 

 

 

 

 

 

『奇跡……奇跡、なのです』

 

「え?」

 

 

 その声に反応し、振り返ったのは、山田だった。

 聞こえたようなその声の主を探そうと、辺りを見渡す。

 

 彼女の様子を怪訝に思った上田が、非常口のような姿勢のまま山田に問う。

 

 

「……どうしたんだYOU?」

 

「その姿勢のままいるのか」

 

「今更、動き辛くてな……んで、どうした?」

 

「いや……グリーンの名曲のタイトルが聞こえたような気がしまして」

 

「青と夏?」

 

「キセキじゃい」

 

 

 ふと見下ろした時に、地面に伏せるオニ壱に気が付いた。

 山田は錯乱しながらオニ壱を拾い上げた事は、言わずもがなだろう。

 

 

 

 そんな彼女の様子を、背後から梨花は見ていた。だが視線に、呆気はない。

 

 

 強い確信と驚き。梨花は暫し、山田から目を離せなかった。

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