TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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先回り

 レナからの指示は、妙に細かかった。

 

 

 この内容は山田と部活メンバー……つまり、魅音と圭一と沙都子の四人にのみ話す事。

 

 向かう場所は、小河内の山中にある山道内。その奥にある、電話ボックスへだ。

 しかしそこへ向かうにしても要求が細かく、まず山中へ入るのは魅音と沙都子の二人のみ。

 

 

 その間、圭一は麓にある停留所で、山田は山道の途中にある街灯の前で、それぞれその近くに隠した小物入れを探さなければならない。

 二人はその小物入れを見つけ次第、魅音らと合流する。

 

 

 

 以上を電話終了後、一時間半以内にこなす事。

 時間が超過したり、第三者への通報したり、言った事を守らなかったりした場合、梨花と上田の無事は保証しない。

 

 

 電話ボックスに着いたら、そこに貼っておいた電話番号にかける。

 電話が繋がると、一つのクイズをレナが出題する。

 クイズのヒントは、圭一と山田が探すであろう小物入れの中にあるらしい。

 

 

 そのクイズの答えこそ、レナの居場所だ。

 それらの「ゲーム」をクリアし、その場所へ日没までに到着すれば梨花と上田は解放する。レナ自身もみんなの前に戻るとの事。

 

 

 

 

 

 聞けば聞くほど、不可解だ。

 山田と沙都子もまず、首を捻る。

 

 

「レナさん、一体なにしたいんだ……? なんか、色々と回りくどくないですか?」

 

「えぇ、確かに……遊びと言うより時間稼ぎ、のようにも思えますわね」

 

「時間稼ぎにせよ、何が目的なのか分かんねえんだよな……俺たちを足止めしたところで、興宮とかにいる魅音トコの組員と警察には関係ないもんな……」

 

「……何にせよ、あと一時間しかないよ。やるしかないか……」

 

 

 とは言え要求を蹴れば、梨花と上田がどうなるのか知れない。

 彼女の居場所が判明しない以上、従うしかないだろう。

 

 

 メモ帳に使っていたノートを捲った時に、魅音は思い出したかのように山田を呼んだ。

 

 

「……あぁ、後……山田さんに、上田先生からの言伝だって」

 

「……え? 私に? 上田から?」

 

 

 山田は汁を吸い切ったすもも漬けの、まだすももの入ったパックを開けようとしながら目を丸くする。

 

 

 

 

「……てか、これ開かないんですけど」

 

「あ、私ハサミ持っておりますから、使われます?」

 

 

 パックが開かない為、沙都子からハサミを借りて切り開いた。

 中からすももを取り出し、それを頬張る。

 

 

「うめーー!」

 

「……もう良いかな山田さん?」

 

「す、すみません……どぞどぞ」

 

「うん……ちょっと長いんだけどね」

 

 

 魅音はその言伝を書き取ったノートを、山田に見せてやる。

 

 

 

 

『山田奈緒子 梨花もここにいるけども 無理して来るのはいいな止めるんだ デカらには絶対話すなよ』

 

『余談だが君が近くに来ると すぐさま俺たちが狙われる 息の根さえ止められるだろう 待機するんだぞいいな?』

 

 

「言伝してまでめちゃくちゃ念押してんな」

 

 

 

 山田に対する、上田からの忠告だった。

 あの男らしく、自分の命が惜しい故のお願いのようにも思えた。

 

 こんな状況ではあるが、上田らしく苦笑いを溢してしまう山田。

 

 

 

 

「………………」

 

 

 しかし瞬時に、その苦笑いはスッと消える。

 次には、食い入るように上田の言伝を見ていた。

 

 

「え? 山田さん……どしたの?」

 

 

 あまりにも真剣な様子の彼女へ、魅音は心配そうに声をかけた。

 山田は怪訝そうに目を細めながら、疑問を呟く。

 

 

「……なんか、違和感が……」

 

「違和感? うーん……聴き間違えはないハズだけど……」

 

「いやまぁ、違和感と言うか……上田さんにしては変な言い回しがチラホラと……」

 

 

 今までも上田は手紙などで意思を伝える際、変な箇所で小難しい漢字を使ったりは確かにしていた。

 しかしこの言伝は、それを度外視したとしても、日本語としての言い回しに不自然さがある。

 

 

「こことか」

 

「えと……『梨花もここにいるけども』って、ところ?」

 

「上田さんなら……『梨花もここにいる』とか、『梨花も無事だ』とかって書きそうだなぁ〜……って。てか、梨花さんとかの無事とか、わざわざ言伝で言わないかもって」

 

 

「あと」と、山田は続けた。

 

 

「……『デカらには』ってとこも。上田さん、全く全然さっぱりすっぱりこれっぽっちも一切マッサイ売れないけど、あれでも本とか論文書いているんで」

 

「売れないけど云々はやめてあげない?」

 

「マッサイではなくて合切ではないのでしょうか?」

 

「結構、俗語とか略語とか……そう言うのには気を使うって、言ってたんです。上田さんなら間違いなく、デカよりも『警察には』って言うかなぁ……とか、思ったり………………思わなかったり?」

 

「どっちなんすか師匠」

 

 

 とは言え、不自然な部分を挙げると割りかし出てくる。

『息の根を止められるだろう』も、少し言い回しが冗長だ。『殺される』で結構のハズ。

 

 また所々、『無理して来るのは』や『君が近くに来ると』など、主語があやふやな箇所がある。

 

 どうにも山田は勘だが、上田らしくない文章だなと思えた。

 

 

「………………」

 

 

 もしかして彼はこの言伝の中に、何か別の意図を隠しているのではないか。

 字数を数えたり、縦読みをしたりと、色々と試してみる。

 

 

 

 

 

 熟考する山田を前に、魅音はふと少し前の事を思い出していた。

 

 

「デカって言ったら……前に山田さんたちが屋敷にいた時に、上田先生が言っていたよね。ほら、チャカとかの話」

 

「今更ですけど、チャカって組織裏切りそうなチャラ男っぽい感じありますよね」

 

「その感性はちょっと理解出来ないっすね、マイマスター」

 

 

 恐らく、園崎三億円事件が起こる直前の時の話だろう。随分前のようにも感じる。

 

 だが、あの時の話こそが、この言伝の真意に迫るヒントだとは思いも寄らなかった。

 

 

「チャカもデカも、由来は同じって奴だったっけ?」

 

 

 

 

 

 あの時の話を思い出した山田は、目をカッと開く。

 そして魅音からノートを受け取り、上田の言伝を何度も読み返す。

 

 

「え? や、山田さん?」

 

「どうなされまして……?」

 

 

 魅音と沙都子が、様子が豹変した山田を不安げに眺める。

 彼女らの隣に立つ圭一もまた、似たような表情で山田に問いかけた。

 

 

「あの、どうしたんですか? やま……間違えた。我が女王」

 

「圭ちゃん、間違ってるのは言い直した方だからね?」

 

 

 一頻り読み返し、確信に至った山田は魅音に手を差し出した。

 

 

「すみません、魅音さん。鉛筆か何か、書ける物を貸していただけないでしょうか?」

 

「え? い、いいけど……」

 

 

 彼女から鉛筆を借りると、山田はノートに何かを書き込み始めた。

 チラリと覗き見するならば、上田の言伝を全て「ひらがな」に書き直しているようだ。

 

 

 

 

『やまだなおこ りかもここにいるけども むりしてくるのはいいなやめるんだ  でからにはぜったいはなすなよ』

 

『よだんだがきみがちかくにくると すぐさまオレらがねらわれる いきのねさえとめられるだろう たいきするんだぞいいな?』

 

 

 

 

 

「…………あ」

 

 

 その書き直した文章を見た時、山田は「もう一つの真意」にも気が付いた。

「もう一つの真意」を知った時、彼女の脳裏にはレナに関する記憶が蘇る。

 

 

 

 

 

 

『彼女の経歴について調べたら、何と十五歳から三年間を精神病院で過ごしていた。もっと調べたら、過去にクラスの男子を金属バットでボコボコにしたとか』

 

『当時の資料をワシら、持っとるんや! そこにはキチンと、「竜宮礼奈が学校に籠城し、そのまま爆破させた」ってあるんや!!』

 

 

 彼女の持つ、強い凶暴性と影。

 相反してまた隠し持つ、強かで狡猾な部分。

 

 竜宮レナは己の目的の為なら、どこまでも残酷になれる少女だ。それは認めなければならない。

 

 

 

 

 

『学校を爆破するまでとは、私は絶対に信じませんが……何か思惑がある事も確かです。お探しになられているのでしたら、その思惑を考えてみてはいかがでしょうか?』

 

 

 ならば、その目的とは何なのか。

 何かを欲しているのか。何かに怯えているのか。

 

 

 

 

 

 

『私が運動場に来ない梨花を探してと、上田先生にお願いしたら……二人ともいらっしゃらなくなりました』

 

 

 上田は校内で何かを見つけて、裏山に向かったに違いない。

 この場合、何かは重要ではない。

 

 その、「何かはどこにあった」のかが問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『そう言えば、レナさんは? レナさんも一緒に捕まっていたんですよね?』

 

 

 

 

 

 

 

 もしかして彼女は────

 

 

 そう推理した時、さっきの場面を思い出す。

 

 様子のおかしい圭一と、彼とレナのみに交わされた秘密の会話があるらしい事。

 

 そしてわざわざ、このような回りくどいゲーム方式を取った理由も、気が付いた。

 

 

 

 

 

「……圭一さん」

 

 

 突然、山田に呼ばれ、彼はやや呆然としている。

 だが彼の返答と反応は待たず、山田は彼に問う。

 

 

 

 

 

「電話口での会話。教えて貰えませんか?」

 

「………………え?」

 

「それで確信が持てるハズ……私はもう、分かったんです」

 

 

 呆然な圭一の表情に、怯えが現れた。

 それでも山田は、引かないつもりだ。

 

 

「レナさんの目的も、真意も、長い長い逃走劇の理由も……今日までの全てと──────」

 

 

 

 間を置いて、彼女は宣言する。

 

 

 

 

 

 

 

「────繋がりました」

 

 

 オニ壱の右手がぴょこっと上がり、圭一を指差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 矢部と秋葉はまだ、雛見沢分校の校庭をうろついていた。

 

 

「全然こぉへんやないかい」

 

「来ないっすね〜」

 

 

 既に日は傾き出している。

 とは言え気温はまだまだ下がらない。矢部は髪の下をペロッと開けて、秋葉に扇子で扇がせていた。

 

 

「これ、ワシらここにおる意味あるんか?」

 

「あまり無いんじゃないですかね? 色々、手は回しましたし?」

 

「てか、竜宮礼奈どこやねん」

 

「竜宮城じゃないっすかね〜? あ、僕の場合は良く、アキバにいるんだろって言われるんですよ〜! その通りなんですけどねぇ?」

 

「なんの話しとんねん」

 

 

 思い返せば、予防策は既に打っている。

 

 学内にはもう教師しかいない上、使用されるであろう営林署のガソリンはほぼ無い。

 正直、学校を吹き飛ばす勢いの大事件なんか起きる事はない状況ではある。

 村内にも警察や園崎家の目もある。

 

 この状況でどうやって、成し遂げると言うのだろうか。

 

 

「ワンチャン、諦めたんちゃうか? ワシの完璧な采配で竜宮礼奈は降参したんやろ」

 

「矢部さんがちょっと引っ掻き回したトコありましたけどねぇ」

 

「やかましぃわい! 結果的に竜宮礼奈を村から遠ざけて、事件を防いだんやから寧ろエエ事やったやんけ! 怪我の肛門や!」

 

「肛門じゃなくて『功名』ですよ〜矢部さん! 痔になっちゃってます!」

 

「どっちでもええがな! んなもん!」

 

「え、えぇ〜? 良くないですよ〜?」

 

 

 立ち疲れたのか矢部は、その場でクッとしゃがみ込んだ。

 朝からなので、かれこれ六時間近くは立ちっぱなし。足がそろそろ張って来る。

 

 

 

 

「しっかし矢部さん。何だかんだですけど、この礼奈ちゃんもかわいそうな子ですよね〜」

 

 

 秋葉が扇子で矢部の髪の下を扇ぎながら、そう話しかけた。

 

 

「なんでや?」

 

「両親の離婚でお母さんと離れて、かと思えばお父さんが美人局の被害者になりかけて、今はその相手の女のせいで大変な状況とか、不幸のジェットストリームアタックですよ〜」

 

「そういえば親父さん、今も危ない状態言うてたなぁ」

 

 

 礼奈の父親は間宮律子によって頭部を殴打され、今も意識が戻らない状態と聞く。

 もしかしたら今の礼奈は、父親の状態を知らずにいる可能性もある。

 

 

「そりゃぁ、まだ中学生の女の子には耐え切れませんよね〜」

 

「………………」

 

「しかも事件後には村が災害で無くなって、お父さんも友達も亡くしたとか、めちゃくちゃ不憫でちょっと僕、泣けて来ちゃいますよ〜」

 

「………………」

 

 

 矢部は何も言わず、渋い表情で山の方を眺めていた。

 いつも饒舌な彼が暫しでも黙り込むのは、とても珍しい事でもある。

 

 

「……まぁ、だからと言って学校吹き飛ばすのはちゃうやろ。未然に防げて良かったんとちゃうか?」

 

「まぁそうですねぇ〜。後は見つけるだけですもんね〜」

 

「見つけるだけなんやけどなぁ……」

 

 

 少し居心地の悪そうな顔で、頭の上を撫で付ける矢部。

 その内、またのっそりと立ち上がった。

 

 

 

 

 そんな二人の元へやって来たのは、知恵先生だ。

 

 

「おぉ! なんか美人な先生来たで!」

 

「確かシエ……知恵留美子先生でしたっけ? 埋葬機関第七位の人みたいな名前っすね〜」

 

「意味分からんわ。お? なんか運んで来たな!」

 

 

 彼女は両腕で大きなトレイを持ち、その上に複数の物を乗せている。

 また背中にはリュックも背負っていた。

 

 

「お疲れ様です、刑事さん! 作り過ぎちゃったんで、お昼ごはんにどうですか?」

 

 

 オボンの上にはカレーライスが二つ乗っていた。

 後は簡単なサラダと、飲み物が入っているであろう魔法瓶とそれを淹れる為のコップ。

 

 

「おぉ〜! カレーですかい! いや、こりゃおおきに!」

 

「うわぁ〜! 良いんですかぁ!?」

 

「どうぞどうぞ、遠慮なく!……あ、ちょっとお二人がたで持ってて貰えますか?」

 

 

 トレイを秋葉と矢部に手渡す。

 二人はトレイの左右の取手をそれぞれ担当して待たされた。

 

 

「え? なんで二人でなんですか?」

 

「いやあの、これ一人でも良かったんちゃいますかねぇ?」

 

 

 矢部と秋葉の質問は無視し、彼女は自由になった両手で魔法瓶を手に持つ。

 二人のコップに、わざわざ淹れてあげるつもりらしい。

 

 

「あー! お茶までありがとうございますぅ〜!」

 

「いやいやでも、先生! お茶まで淹れて貰うんはさすがに悪──」

 

 

 

 

 魔法瓶の口から出てきたのは、熱々のカレーのルーだった。

 それがトクトクとコップに注がれて行く。

 

 朗らかな表情だった矢部と秋葉は固まる。

 

 

「すみません……元々、生徒たちに振る舞おうかと思っておりましたが、休校になっちゃいまして。かなり残っているんです」

 

 

 サラダにもそのカレーのルーをかけて行く。

 健康的な緑黄色は、茶色に支配された。

 

 

「校長先生にも振る舞っているのですが、ちょっと食べ切れなさそうでして……」

 

「あの、先生……ちょっと、カレーが多いんちゃうかなぁって……」

 

「カレーは飲み物ですから。実は裏の農園で野菜が多く収穫出来たので、みんなの為に作ろうと昨日から仕込んでいたのですが……」

 

「あの〜、シエル先生……?」

 

 

 逃げるにも、トレイを二人で持たされている為に逃げられない。

 彼女は徐にリュックを下ろし、中を開く。

 

 

「この通り、白米もカレーも沢山ありますから! お代わり自由ですよ!」

 

 

 中からタッパーに詰められたご飯と、カレーのルーが入っているであろう魔法瓶が幾つか取り出す。

 

 一本の魔法瓶には、ひっきー人形がぶら下がっていた。

 

 

「いやあのワシ、最近胃もたれが酷くてこんな食べられ」

 

「さぁさぁ! 片手が空いていますし、食べられると思いますので! 是非是非!」

 

「先生、あのぉー、ワシらが休校にさせた事怒ってはります?」

 

「いえいえそんな、私が楽しみにしていたカレータイムを無かった事にされたぐらいで……寧ろカレーの素晴らしさを濃縮して二人に伝えられる良い機会ですから!」

 

「めっちゃ怒ってはりますねぇ?」

 

 

 二人の言葉を無視し、知恵はどんどん皿にご飯とカレーを追加して行く。

 今の彼女からは「食べ切るまで帰さない」とも言いたげな、強烈なオーラが放たれていた。

 

 

「シエル先生、あの、僕ぅ……ちょ、ちょっと、偏食気味で……」

 

「大丈夫です! カレーはみんな大好きですから! あと私は知恵留美子です!」

 

「あはは、この人ヤバい。僕の心のヤバい奴ぅー!」

 

「さぁさぁ! 冷めない内に!」

 

 

 逃げられも出来ない為、二人は空いている方の手でトレイの上のスプーンを手に取る。

 しかしなかなか、スプーンをカレーに差し込められなかった。

 

 

 

 

「……あの、ほら。カレーって、寝かしたら美味くなるやないですか。ならまたぁ、ほら。明日とかに一段と美味くなったカレーを、生徒たちに改めて」

 

「さぁッッッ!!!!」

 

「いただきますぅ〜。いただかせていただきますぅ〜」

 

 

 知恵に発破をかけられ、ようやく二人はカレーを食べ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 道路沿いを行き、小河内を目指す部活メンバー。

 昼下がりのうだる暑さに顔を多少歪めているものの、足取りだけは早かった。

 

 

「……約束の時間までは?」

 

「ええと……あと、四十分ある。十分間に合うよ」

 

「大丈夫なのでしょうか……」

 

 

 不安げな沙都子だが、魅音は彼女の肩を叩き、明るい笑顔を見せてやる。

 

 

「……信じよう。上手く行くってば」

 

「……えぇ。そうですわね」

 

 

 沙都子もまた、ニコリと笑う。

 

 

「…………信じますわ」

 

 

 そのまま二人は何も言わず、目的地を目指す。

 小河内の山中、電話ボックスへと。

 

 ただただ信じ、一歩一歩を踏み締めて道路を行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女らを見つめる、一人の目。

 森の中に身を隠し、遠巻きから道路を覗いていた人影。

 

 その目が魅音たちを認知した時、不機嫌に細められた。

 

 

 

 

「…………どう言う事なの……?」

 

 

 握っていた鉈の柄を、ギリギリと握る。

 あまりに強く握っていた為か、腕が震えていた。

 それほどまでに、彼女は目の前の光景が信じられなかった。

 

 

 

 

「…………言ったハズなのに」

 

 

 道路沿いを延々と行く、部活メンバー。

 

 

 

 

 

「……二人しかいない」

 

 

 目的地へ向かっているのは、魅音と沙都子しかいない。

 圭一と、山田の姿がない。

 

 

 息を潜め、草木と木々の裏に隠れ潜む人影。

 その人影こそ、レナだった。

 

 

「……やっぱり、上田先生の言伝……何か暗号があったんだ」

 

 

 全てを察したレナは、身を翻して森の奥へ消えた。

 目は爛々と光り、焦燥感と怒りに満ち満ちている。

 

 狂気とも言える黒い感情が、彼女を突き動かしていた。

 すぐにレナは、二人の監禁場所へ戻ろうとする。

 

 

 

 

 

 

「…………?」

 

 

 微かな気配を感じ取った魅音は、ふらっと振り返った。

 

 

「どうしました?」

 

「いや……気のせいかな?」

 

 

 次に魅音は鼻をヒクヒクとさせる。

 嗅ぎ慣れない匂いが、鼻に触れたようだ。

 

 

「……そう言えば沙都子さ。何か、香水とか振ってた?」

 

「あら? 分かりますの? うふふふ……『シャネルの五番』の石鹸ですわぁん……上田先生の物を拝借しましたのぉ」

 

「ど、どうしたの沙都子? キャラおかしくなってる?」

 

 

 真夏の陽光が照り付ける。蝉が鳴き続ける。

 そんな夏の陽気が醸した陽炎だったのだろうか。

 

 

 

 二人を見送る、巫女の服を着た少女の姿があった。

 それはどこかで蝉が飛び去ったのと同じく、風か空気のように霧散する。

 

 もう一度魅音が振り返った頃には、やっぱり何もいやしなかった。

 

 

 

 歩きながら沙都子は心配を吐露する。

 

 

「……山田さんは、辿り着けたのでしょうか……圭一さんも少し、道順が曖昧な様子でしたから……」

 

「こんな暑くなるとはねぇ……二十分も山の中迷ったら、間違いなく倒れちゃうんじゃないかなぁ」

 

「……都会人の山田さんの方が不安ですわね」

 

「信じよう。信じとこう」

 

 

 呼吸は少し整えてから、二人はまた山を登る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっつぅうーーーーーーッ!!!!」

 

 

 むさ苦しい暑さに満ちた山の中で、山田は叫ぶ。

 彼女は圭一を連れて、レナの指定した場所とはまた違う山中にいた。

 

 

 先導する圭一が、シーっと山田を静かにさせる。

 

 

「し、静かにしてくださいよ御山田様!」

 

「その呼び名はやめろ」

 

「もしかしたら、近くにレナがいるかもしれないのに……!」

 

「てか圭一さん、道は本当に覚えてるんですか!?」

 

 

 山田の質問に対し、圭一はやや微妙な顔つきになる。

 

 

「いや、あの時は無我夢中でしたし……こう、山の中って景色が似たような物っすから、覚えているかと言われたら何とも……」

 

「ちょっとちょっと!? 圭一さんが知っているって言ったから来たんですよ!?」

 

「あの時は殆ど、レナの案内で……そういや、やけに詳しかったな。お宝探しでこの山にも入っていたんすかね?」

 

「いや聞かれても知りませんよ」

 

 

 肩に乗っているオニ壱も、暑さのせいか首をカクカクさせていた。

 このままずっとここをさまようのなら、野垂れ死にもあり得る。

 

 

「マジで参った……」

 

「まいっちんぐマチコ先生っすね」

 

「やかましいわ。なんかこう、ベンガルとグローバルみたいに」

 

「ヘンゼルとグレーテルっすね」

 

「どこか上田か梨花さん、道標とか落としてないでしょうか……」

 

「あったとしても今からじゃ、そっち見つける方が寧ろ難しいっすよ。我がアドミラール」

 

「そろそろ呼び名安定させません?」

 

 

 ここまで来たと言うのに、まさかの遭難なのか。

 上田のメッセージはきちんと解読出来た。解読出来た上での、行動だ。

 

 しかしまさか、こんな有り様だとは寧ろ笑えて来る。

 最低でも、水を幾つか持参しておくべきだったなと、山田も圭一も後悔していた。

 

 

「うぅ……申し訳ありません、コマンダー……!」

 

「いえ……でも、この近辺なのは確かなんですよね?」

 

「はい。それは薄っすらと……近いハズなんです……!」

 

 

 焦れば焦るほど、体力を消耗してしまう。

 このまま倒れてしまえば、本末転倒だ。

 

 

 何か目印はなかったか。

 ここから何か見えないか。

 それか何か、聞こえないか。

 

 

 何か聞こえたとしても、この蝉時雨の中では難しいだろう。

 山田は音での探知は殆ど諦めて、真っ直ぐ目を向ける。

 

 

 

 

 

『……こっち…………』

 

 

 

 

 

 だからこそ、山田は驚いた。

 蝉時雨を裂く、鮮明な声が聞こえたからだ。

 

 

「…………え?」

 

「ん? どうしたっすか?」

 

「いえ……気のせい……?」

 

 

 

 空耳や幻聴ではないと、すぐに判明する。

 もう一度同じ声が、さっきよりも鮮明に聞こえた。

 

 

『こっち……です…………』

 

 

 山田は声のした方へ、振り向く。

 

 

 

 

 距離が離れていて、少し見えにくい。

 

 だが、誰か立っている。

 白と赤の、変わった装束を着た子どもが、立っている。

 

 

「…………え?」

 

『こっち……早く』

 

 

 かなり遠い。なのに、声は良く通っている。

 山田は愕然とし、目を点にさせた。

 

 

 人影はサッと身を翻し、山の奥へと入って行く。

 何度も何度も、山田へ呼びかけながら。

 

 

「け、圭一さん……えと、こっちです」

 

「え!? や、山田さん!? 分かるんすか!?」

 

「……聞こえないんですか?」

 

「? な、なにが……?」

 

 

 圭一は本当に聞こえていないようだ。

 もっと言えば、視界の奥にいる子どもらしい人影も、見えていないようだ。

 

 山田はその人物の導きに従うか、逡巡する。

 

 

 

 

『……早く。急いで』

 

 

 しかし山田はなぜか、この声の主が悪い者ではないと思っていた。

 なぜそう思うのかは分からない。ただ、直感で危険な人物ではないと思っていた。

 

 

 山田はその導きに、従う事にする。

 

 

「……こっちです。行きましょう」

 

「……大丈夫なんすか?」

 

「分かりませんけど……でも、行くしかありませんし……」

 

 

 声は呼ぶ。

 

 そして誘うように、その身体を揺らす。

 

 遠目からだが、頭に妙なツノがあるようにも見えた。

 

 紅白の衣装かと思えば、巫女服ではとも気付き始める。

 

 

 何にせよ、こんな山奥ではありえない装いだ。

 

 

 

 

『こっち…………』

 

 

 

 

 しかし、警戒心も恐怖もなかった。

 山田は半分、夢心地な状態で、声に導かれていた。

 

 

 

 

『この先……さぁ、早く……』

 

 

 

 人影はどんどん遠去かる。

 声も段々と遠去かる。

 

 何とかすがりつくかのように、山田は追いかけ続けた。

 

 

『早く……』

 

 

 追いかけ、追いかけ、追いかけて。

 

 

 とうとう、人影は去り退いて行ってしまった。

 一言、残して。

 

 

 

 

 

 

『梨花を……みんなを…………助けてあげて欲しい……のです』

 

 

 

 

 

 彼女は光の中に、消えたようにも見えた。

 

 

 

 

 

 ハッと、気が付いたのは、圭一に肩を掴まれた時だ。

 

 

「や、や、山田さん……!」

 

「……う、うぇ!? け、圭一さん、どうしました!?」

 

「覚えてないんすか!? めちゃくちゃ早かったっすよ!?」

 

 

 彼の方を向くと、汗だらけで息も絶え絶えな様子だった。

 自分でも驚くほど、先々進んでいたようだ。それにしてはあまり、疲労感はない。

 

 

 圭一は呼吸を整えながら「それよりも」と言いつつ、指を差す。

 

 

「……山田さん、あれっすよ……確か、あれだ……!」

 

 

 山田はその、指の先を見やる。

 その先にあったのは、一つの古ぼけた掘建て小屋だ。

 

 

 圭一にとって、とても見覚えのある小屋だった。

 

 

 

 

「あの小屋です……! 俺とレナが……ジオ・ウエキに監禁されていた……!!」

 

 

 一気に緊張感が増す。

 暑さだけが要因ではない、汗が噴き出す。

 

 

 これはゴールではない。

 寧ろ、最大の鬼門だ。

 上田と梨花を解放して、それで終わりなんかではない。

 

 

 

 レナと、二人は、対峙しなければならないからだ。

 ここからはより一層、覚悟を持って挑まなければなるまい。

 

 

「……行きましょう」

 

「は……はい」

 

 

 二人は一歩、前へ踏み出した。

 臆する事なく、しかしレナの存在を警戒しながら、小屋を目指す。

 

 

 途中、山田は何度も辺りを見渡した。

 

 

 自分たちを導いた存在は、何だったのか。

 

 

 

 それはまだ、分からない。

 

 分かるハズもないだろう。

 

 

 

 でもまた、近い内に会えるかもしれない。

 確信めいた直感だけが、山田の中にあった。

 

 だからこそ今はただ、進むしかない。進むだけだろう。

 

 

 

 

 

 小屋はもう目の前だ。

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