TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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集大成

 時間は遡る。

 少し四苦八苦したが、何とか上田はひっきーを救出した。

 

 

「ひっくぃーんを救い」

 

「感謝しめすめす」

 

「この引きこもりの根暗め……! 星五だからと調子に乗るんじゃねぇ!」

 

 

 ひっきーの人形を老婆が回収し、残った老父は改めて感謝をする。

 

 

「むくつけき男よ」

 

「現代語で喋ってもらっていいですかね?」

 

「このままでは、ひっくぃーんは救えず、塔の完成には至れずに、四日後の綿流しで生き恥をかくところだった」

 

「まだ完成していないんですか」

 

「塔を紙粘土で包み、色を塗り、ニスを塗って完成なり」

 

「…………それあと四日で出来るもんですかね?」

 

「貴殿に、報酬を授けよう」

 

「もしかしてあなた、異世界憑依した殿様だったりします?」

 

 

 老父は上田を連れて、近くにある小屋に案内する。

 

 

「爺さんよ。大変じゃ。リアカーがなくなっておる」

 

「家に忘れてきたのだろう。取って来てくれぬか」

 

「御意」

 

「……生まれて来る時代、間違えてるよな」

 

 

 外で彼を待たせ、次に出てきた老父は、古いアコースティックギターを持って来た。

 

 

「……このギターは?」

 

「ワシがその昔、アメリカ兵から買ったものなり」

 

「いいんですか? そんな大層な物を、私に?」

 

 

 老父は時代劇の殿様のように、かんらからからと笑う。

 

 

「三味線も弾けぬのに、ギターなど弾けようものか!」

 

 

 チラッと小屋の中を見る。

 白黒の写真が飾られている。ギターを刀のように構えた、およそギターの扱い方を根本から間違えている、若い頃の老父だ。

 

 

「……ギター侍……」

 

「受け取ってくれ給へ」

 

「あ、じゃあ、遠慮なく……」

 

「しかし、ひっくぃーんの名前はあまり好かぬ。東京にできた遊園地にならい、『ひっきーまうす』とするのはどうか」

 

「この村が消されかねないのでやめた方がいいですよ」

 

「そげな物騒な」

 

「……ところで、私のこと『むくつけき』って呼んでいましたけど、どういう意味ですか?」

 

 

 老父は真っ直ぐ見据え、答えた。

 

 

 

「『薄気味悪い』と言う意味じゃ」

 

「ブッ飛ばすぞッ!!」

 

 

 

 

 ともあれ戦利品をいただいたのだから、儲けものだ。

 ギターを背負い、上田は廃墟に向かった山田らに合流しようと走り出した。

 

 

 道を出た所で、上田を背にしてどこかに向かう一行を見つける。

 

 

 

 

「あのクソハゲめッ!! ヤクザに喧嘩を売ってどうするッ!?!?」

 

「大石、とりあえず説明は?」

 

「そうだべそうだべ! 魅音さんの言う通りだべ!!」

 

「ま、参りましたなぁ〜……んなははは……はぁ」

 

 

 彼らの後ろ姿を見て、上田は顔を顰める。

 

 

「あれは、園崎魅音。従者三人連れて早退か?……一人だけ、見覚えあるような……」

 

 

 呼び止めるには遠い位置。追い掛けても仕方ないと、彼女たちとは逆の道を選ぶ。

 

 

 

 

「あ! 上田先生!」

 

 

 少し走ったところで、自分を呼び止める声。

 声のする方を見ると、そこは学校の前だった。呼び止めたのは、体操服姿の沙都子だ。

 

 

「沙都子か」

 

「昨日ぶりですわね! そのギターは? 上田先生、弾けるのでございますの?」

 

「まぁ、貰い物だ。一応、少し齧ってはいる」

 

「上田先生って、器用貧乏ですわね」

 

「うっせぇ言ってろ!……と言うか、ここで駄弁ってていいのか? 授業中だろ?」

 

「午後の授業は体育ですわ。今は先生が来るまで待機中ですの」

 

 

 確かにグラウンドには、沙都子と同じ体操服の生徒が集まっていた。

 

 

「学年がバラバラっぽいが……」

 

「生徒の少ない学校ですから、合同授業もありましてよ。体育がソレですわ」

 

「あぁ、そう言うことか」

 

 

 改めて沙都子の体操服を見る。

 平成の頃にはすっかり、教育現場では全滅したブルマーを履いており、上田にとっては懐かしさがあった。

 

 

「もうコスプレの界隈でしか見ないからなぁ……」

 

「?……あっ! もしかして上田先生にも、監督のような趣味がおありでして?」

 

「は!? 違うッ! 俺にそう言う趣味はないッ!!」

 

「やっぱり偉い先生はみんな変態ですわ! むっつり学者ですわね!」

 

「物理つってんだろッ!!……人のことむっつりだのむくつけきだの、失礼な村だぜ!」

 

 

 しかし、「むっつり学者」と呼ばれて気が付いた。いつもそう言ってからかう、梨花の姿がない。

 グラウンドの集団を今一度確認するが、彼女は発見できなかった。

 

 

「梨花は? 今日は、休みか?」

 

「梨花ですの? まさかぁ、ちゃんと来ていますわ! お手洗いに行くと言っていましたですわ」

 

「ならいいが……おいおい。先生来たぞ?」

 

 

 ジャージ姿の知恵先生が、グラウンドに現れた。

 いつもとは違ったスポーティーな姿の彼女を見て、上田は鼻の下を伸ばす。

 

 

「梨花、遅いですわね……」

 

「サボるつもりじゃないのかぁ?」

 

「うーん、ありえそうですわ……あ、なら上田先生が見て来てもらってもよろしくて?」

 

「は? 俺が?」

 

 

 先生が来たとあり、沙都子は生徒たちの方へ戻り始める。

 

 

「魅音さんと圭一さんも早退なさって、部活メンバーがもう梨花しかいないから少し寂しいのですわ! だからお願いしまーす!」

 

「待て待て、俺にそんな暇は……行きやがった。恩人に対する扱いじゃないぞ……」

 

 

 とは言うが、この天真爛漫さも彼女の素であり良さなのだと、鉄平と暮らしていた時の姿を思い出して、実感した。

 様子を見るくらいは平気かと考え直し、あと知恵先生へのアピールも兼ねて、梨花を探しに下足場まで歩く。

 

 

「あのお転婆にぱにぱドS娘め。教室で寝てやがったらデコピンしてやる! いやデコペンだ!」

 

 

 靴を脱ぎ、簀の子の上に立つ。

 少し褪せた茶色の下足箱が、上田のノスタルジーを煽る。

 

 

「そうそう! ラブレターが入っていないかとか、ウキウキしながら靴箱に行ったもんだ!……まぁ、呪いの手紙しか貰えなかったが」

 

 

 チラリと、何気なしに見た、誰かの靴箱。そこで上田は目を疑う。

 上履きの奥、少し見づらい場所に、手紙と思しき紙が置いてあったからだ。

 

 

「なんだと……!? 靴箱のラブレター、都市伝説じゃなかったのか……!?」

 

 

 上履きの踵部分に、名前が書かれている。

 そこには「前原圭一」の文字。

 

 

「あの少年に…………おのれぇ……モテモテしやがって!」

 

 

 情けない嫉妬心から、ラブレターを取った上田。

 誰からの物か確認してやろうと、手紙に目を通す。

 

 

 

「魅音か? 詩音か? 梨花と沙都子だったらドッキリ確定だなぁ…………おおう?」

 

 

 彼の目が、釘付けにされた。

 

 

 

 

 差し出し人に、「竜宮レナ」の文字があったからだ。

 

 

「竜宮……礼奈……!? ほっ……いつの間に!?」

 

 

 悪戯心などは、微塵もなくなった。上田は紙を開き、すぐさまその内容を読む。

 

 

 

 

『Dear 圭一くん。

 裏山で待っています。

 誰にも言わず、一人できてください。

 話したいことがあります。』

 

 

 

 

 数秒で読める、端的で質素な全文。

 読み終わった途端、上田の表情には切迫感が満ちる。

 

 

「……裏山……園崎屋敷の、裏にある……しかし、やっぱり……村に隠れていたのか」

 

 

 どうするべきか、上田は迷った。

 趣味の悪い、誰かの悪戯の可能性もある。しかし、何かを訴えたいレナの願いかもしれない。

 

 

 伝えるべきか、自分一人が行くべきか。

 

 

「…………?」

 

 

 紙に薄っすらと、文字が透けている。裏にも何か書かれているようだ。

 裏返し、目を通す。

 

 

 

 

「……ッ!? なんだってぇ!?」

 

 

 その一文が、彼に有無を言わさず、裏山に向かわせる決意をさせた。

 靴を再び履き、下足場を飛び出す上田。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 一部始終を梨花は、靴箱の影から盗み聞きしていた。

 そして何も言わず、靴箱から自分の靴を取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し前、診療所の入江はコーヒーを作ろうと、給湯室に向かっていた。

 

 

「さぁて。徹夜明け、頑張ろう」

 

 

 凝り固まった首と肩を回し、給湯室に入る。

 

 

「鷹野さんも珍しく外出予定……午後まで休めないかな」

 

 

 ヤカンに水を入れ、ガスコンロを点火しようとした。

 そこで点火の前に換気扇を付けてからと、鷹野の注意を思い出した。

 ガスが充満しないようにしないと。換気扇を付けに、窓際へと行く。

 

 

「…………え?」

 

 

 徹夜明けで惚けた頭が、スゥっと冷めた気がした。

 

 

 窓が開け放たれたままだったからだ。

 入江はすぐに、窓を閉めた。

 

 

 

 

「…………昨日、給湯室に行ったっけ」

 

 

 妙な胸騒ぎがする。

 彼はヤカンの水をそのままに、給湯室から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裏山まで、時間がかかってしまった。

 荒れた道を突き進み、レナを探す。

 

 

「竜宮レナ……一体、どうしたってんだ」

 

 

 草を掻き分け、山の中へ中へと突き進む。

 

 

 

 

 

 

「んにゃーーッ!!??」

 

 

 

 

 遠くから、間抜けな悲鳴が響き、身体がびくりと跳ねた。

 

 

「……猫かな?」

 

 

 気を取り直して、前を向く。

 するとその先に、彼はとうとう発見した。

 

 

 木を背凭れに座る、人影。布を被るようにしているが、その裾からセーラー服のセットと思わしきスカートが伺える。

 

 

 間違いない。竜宮レナだ。

 

 

「いた……!」

 

 

 彼女は動かない。もしや、怪我でもしているのか。急いで上田は駆け付ける。

 背中に乗せたギターが振動で、微かに弦の音が鳴る。

 

 

「おい!? 大丈夫か!?」

 

 

 布を掴み、バッと引く。

 

 

 

 

 

 その下には汚れたカカシと、スカートだけ。

 

 

「ただのカカシですな」

 

 

 足に、何かが引っかかる感覚。

 

 

「待て。なんかデジャブ」

 

 

 

 

 

 

 反応するよりも先にロープが足に巻き付き、上田の頭と下半身がひっくり返る。

 

 

「おおおおう!?」

 

 

 いつかの夜の境内で味わった、逆さ吊りだ。

 腕が地面に着く程度の高さだが、この状態での身動きは不可能だ。

 

 

「なんだ!? なんでこんな、トラップがッ!?……菅原文太!?」

 

 

 世界が反転している。上田は腕を使ってもがくが、身体が縄ごと揺れるだけだ。

 その反転した世界に、誰かが現れる。

 

 

 

 

 

 

「上田先生?」

 

 

 竜宮レナだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──こう言った経緯により、上田は逆さ吊りに遭っていた。

 落ちていた紙とは、レナが本来、圭一に宛てた手紙だ。

 そして上田が見た手紙は、裏面を見せつけていた。

 

 

 

『今すぐ会いたいです。

 もしかしたら私、殺されるかも

 おねがい、レナを助けて』

 

 

 

 てっきり、レナは誰かに狙われているものだと思っていた。

 ジオ・ウエキがレナについて言及していたなら、彼女のシンパだったりが付け狙っていたかもしれない。或いは、園崎か。

 

 そう思い込んでいた上田は、こうしてまんまとハマった訳だ。

 狙われている、追われているとかではない。明らかなレナの意思で、上田はこのような目に遭わされている。

 

 

 

 

「……水曜日の午後は、体育」

 

 

 レナは、傍らに持っていたカバンを開く。

 

 

「上履きから履き替える時に、手紙に気付いてくれるかなって」

 

 

 中から二つの物を取り出す。

 

 

「圭一くんなら授業を抜け出してでも来るって、レナは信じていたからね」

 

 

 レナはにっこりと、上田に笑いかける。

 

 

「もう一度言うよ」

 

 

 その目は暗い。

 

 

 

 

「……なんで上田先生なのかな? かな?」

 

 

 

 

 

 取り出した物は、注射と、何らかの薬品が入った容器。

 自分に何されるのかを理解した上田は、一層もがく。

 

 

「そんな物、どこで……!? それは……麻酔か!?」

 

「多分ね」

 

「た、多分……?」

 

「麻酔って書いていたから持って来たけど。だから多分そうだと思うよ」

 

 

 注射針を容器に入れ、スポイトのように薬品を吸い上げる。

 使い方を知っているようだ。

 

 

「昔、病院にいたことがあったの。ちょっとの間だけどね。その時に注射とか、よくされたから」

 

 

 上田の脳裏に、竜宮礼奈の記録がよぎる。

 彼女は昔、金属バットを持って学校の窓や、同級生を殴り回った事件を起こしていた。

 おそらくその一件で、精神病院に入院していたのだろう。彼女の言っている病院の話は、それだ。

 

 

「……か、仮に、ここに前原圭一が来ていた場合も、こうするつもりだったのか……?」

 

「ちょっと違うかな」

 

「と言うか、このトラップはなんだ!? 愛川欽也か!?」

 

「それトラック野郎」

 

「よ、よく分かったな」

 

「沙都子ちゃんから聞いてなかった? この裏山は、沙都子ちゃんのトラップがたっくさんあるんだよ」

 

「…………だから、裏山に呼んだんだな」

 

「圭一くんは、沙都子ちゃんのトラップを見破れないから」

 

 

 眠らされてなるものかと、自由な腕を振り回して抵抗する。

 しかしレナは、それすら見越していた。

 

 先を丸く結んだロープで、彼の腕を囲む。

 それを引っ張ると、結んだ箇所が締まって、簡単に手首を拘束された。カウボーイの投げ縄のオマージュだろう。

 

 

「あちこちに沙都子ちゃんのトラップがあるから、縄には困らないよ」

 

「クソッ……!! 手際が良すぎる……!!」

 

 

 ロープを引き、木に縛る。

 上田の身体はノの字に反り、静脈を明け渡すように腕を突き出す姿勢になってしまった。

 

 

「じっとしててね」

 

「や、やめなさいッ!? 静脈注射は意外と難しいぞッ!?」

 

「肘の裏の、青筋のところに斜めから刺せばいいよね」

 

「なんでこんな事をするんだ!? どうしちま……いったぁッ!?」

 

 

 プスリと突き刺し、薬液を上田に注入した。

 針が抜かれると、赤い血がプクリと滲み始めた。

 

 

「……はじめてだけど、上手くいったかな」

 

 

 

 

 上田は、目の前にいる少女が、自分の見てきた竜宮礼奈なのかと怪しみはじめた。

 あのにこやかで、笑顔が常の、明るい少女が、冷たい笑顔を貼り付け、淡々とした口調で。

 

 

 いや、冷たい笑顔ではない。悲しい笑顔だ。

 そしてその笑顔に、見覚えがある。

 

 

 

「な……んで……」

 

 

 自分の研究室で、淡々と話す、未来の竜宮礼奈の姿。

 

 

 

 薬品を注入してから効果が早い。

 上田はぼんやりと、霞みつつある頭の中で、何かを思い出そうとしていた。

 

 

 

 

 ガクリと、彼の首の力が消えた。

 眠ったことを確認したレナは、奥からリアカーを引っ張って来る。

 

 

 

 

「……予定外だらけだぁ」

 

 

 リアカーの荷台に上田を乗せると、持っていたハサミを開いてナイフのように扱い、ロープを切断する。

 上田はそのままポトンと、荷台に落ちた。少し足が飛び出たが、身体全てを運ぶよりは簡単に、荷台に押し込めた。

 

 

 カカシに被せていた布を取り、荷台に被せて上田を隠す。

 もちろん、置いていたスカートも回収する。

 

 最後に、カバンも布の下に隠し、準備は万端。

 

 

 

 

「……………………予定外だらけだあ」

 

 

 顔を上げた時に、レナは疲れたように呟いた。

 

 

 

「…………」

 

「…………梨花ちゃん」

 

 

 その視線の先に立つ少女。

 体操服姿の古手梨花がジッと、レナを見据えていた。

 

 

「……どうしたの、梨花ちゃん? この時間は体育だよ? 抜け出したら、メっだよ」

 

「みぃ……レナ、どうしちゃったのですか」

 

「どうしたって?」

 

「上田なんか捕まえて、なにするつもりなのですか?」

 

 

 若干の苛立たしさを滲ませた視線を、梨花に向ける。

 

 

「本当は上田先生の予定じゃなかったんだけどね」

 

「レナ、なんだか怖いのです」

 

「……レナはいつも通りだよ」

 

 

 梨花は首を振る。

 

 

「……なんで? まだいつも通りだよ」

 

「レナはおかしくなっているのです……なにをしたいのですか?」

 

「…………」

 

 

 質問に、レナは少しだけ答えてくれた。

 

 

「……レナは、ずっと奪ってばかり。誰かの幸せとか、笑顔とか」

 

「…………」

 

「でもレナだって奪われてばかりだよ。お母さんとか、お父さんとか」

 

 

 不気味なほどに、淡々とした口調だ。

 梨花に話しかけているようで、虚空に話しているような、がらんどうな口調。それがあまりにも、不気味だった。

 

 

 

 

「……落ち着いて聞いてね。レナたちの頭の中には、寄生虫がいるんだよ」

 

 

 梨花の目がピクリと動く。

 

 

「……そんなの、いないのです」

 

「いるよ。レナは知ってる」

 

「証拠はあるのですか?」

 

「リナ……じゃなかった。律子さんの姿と、死に様がそうだった」

 

 

 豹変し、狂気に陥った律子の暴挙と最後。まるで取り憑かれたかのようなその姿を、レナは寄生虫によるものと解釈したようだ。

 

 

「寄生虫は人をおかしくさせて、最後は自殺させるって。一昨日のレナ、そのおかしくなった律子さんに殺されかけた」

 

「……偶然なのです」

 

「そうには思えないなぁ」

 

 

 失望したような声音でそう言葉を吐いた。

 

 

「……レナはここまで、奪われっぱなし。だから今度は、レナが奪う番だよ。そうじゃないと、フェアじゃないよね」

 

「寄生虫の薬だとかを探すのですか?」

 

「ううん。寄生虫はもう、諦めたよ」

 

「…………?」

 

 

 一体、彼女はなにをしたいのか、梨花にはとうとう分からなかった。

 しかしこのまま、見過ごせるハズはない。梨花は出来るだけ、抗ってやるつもりだった。

 

 

 

 

「……このまま放置はさせない」

 

 

 一歩進み、レナの方へ駆ける。

 途中、不自然な場所で迂回したり、跳んだりを繰り返す。彼女には、沙都子がどこにトラップを仕掛けてあるのかが分かっていた。

 

 

「さすが梨花ちゃん。お見通しなんだね」

 

「子どもだからってナメ」

 

 

 

 

 足に何かが絡む。

 心臓が動揺に跳ねた瞬間、梨花もまた上田と同じように逆さ吊りにされた。

 

 

「ちょ……ッ!? ここにも!? 沙都子、ボクに秘密で作ってたのですか!?」

 

「あ。それはレナが作ったやつ」

 

「卑怯者ーーッ!!」

 

 

 リアカーに置いたカバンをまた開き、また麻酔と、別の注射を取り出した。

 上田と違って背丈の低い梨花は、完全に宙ぶらりんとなっている。抵抗は圧倒的に無理だ。

 

 

「…………!」

 

「梨花ちゃん、体操服でよかったね。スカートだったら、おパンツが丸見えだったよ」

 

「レナッ!! ボクの話を聞いて……!」

 

 

 かなりの力で腕を掴まれ、注射を打たれてしまった。

 

 

「でもそんな梨花ちゃんも、かわいかったかも」

 

「レナ……あなたは……勘違いして…………」

 

 

 なんの麻酔なのか。効果があまりにも早い。

 自分がまだ子どもだからだろうか。色々と考える前に、意識が遠ざかる。

 

 

 

 

 

「……お持ち帰り」

 

 

 レナの歪んだ口元を最後に、深い闇に堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 警察が皆、続々と園崎邸に向かっている。

 後に続くように、わざわざ谷河内から戻って来た秋葉らが必死に走る。

 

 

「完全に無駄足じゃないっすかぁ〜!」

 

「兄ィィィイ!! 待っとれよ兄いィイッ!!」

 

「アッー! 靴が脱げたぁあーッ!!」

 

 

 あまり舗装されていない田舎道で、秋葉がすっ転ぶ。

 不憫に思った石原が彼を起こしてあげる最中、彼らの隣をガラガラと、布を被せた農具をリアカーで運ぶ老人が通る。

 

 

「こんにちオキティー!」

 

 

 挨拶をする石原に対し、ドン引きしたように顔をタオルの頭巾で隠して会釈だけする──────

 

 

 

 

「………………」

 

 

 今のレナの姿は、どこからどう見ても、農夫だ。

 服は盗んだ作業着で、顔と頭はタオルの頭巾で上手く隠す。

 

 

 リアカーの布の下には、上田と梨花が眠っている。

 そして今、自分が横切った二人は見覚えがある。いつかの、自分を追いかけ回していた警察だ。

 二人は園崎邸の方へ向かっている。レナの撹乱が、上手くいったようだ。

 

 

 隣を、「トヨペット・クラウン」が通り、あの二人を乗せてどこかへ行く。

 

 

「俺をパトカーに乗せない……良くないなぁ、そういうのは」

 

 

 後から来た刑事も、自分に気付かず通り過ぎた。

 みんな、園崎邸に行く事しか頭にない。

 

 

 

 

 思いがけないチャンスを作れた。

 今の自分はもしかしたら、ツイているのかもしれない。

 

 

 

 頭巾の下で、馬鹿な大人たちを嘲笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふごっ!?」

 

 

 山田の目が覚めたのは、昼下がりの頃だった。

 全てが、動き終えた後だった。

 

 

 

 

 そして彼女は、石原と矢部に遭遇していた。

 

 

「お前ら!? なんで!?」

 

「姉ちゃんもここにおったんか!?」

 

「こっちの台詞だっ!」

 

 

 向こうもこちらを認知しているので、まず他人の空似ではない。まさしく本人だと把握した上で、山田は尋ねた。

 

 

「ど、どうやって……!?」

 

「それがのぉ? 神社の祭具殿に入ったらのぉ、ここにおったんじゃ!」

 

「やっぱり、あの祭具殿に何かが……」

 

「先生来とるのは分かっとったがのぉ、まさか姉ちゃんもおったとはビックラポンじゃ! なんか久しぶりじゃのぉ!? 今度、どっか飲みに行かんか!?」

 

「今そんな事言う状況じゃねーだろ」

 

 

 次に山田は矢部を見たが、ギョッと二度見。

 にっこり微笑みながら、明後日の方を向く彼の姿があったからだ。

 

 

「……なんか、矢部さん……雰囲気変わりました? え? 矢部さんですよね?」

 

「兄ィじゃ!」

 

 

 彼は山田の方を向いて、ニコニコしたまま会釈する。

 

 

「僕ねぇ、時計屋なんですよぉ〜」

 

「人違いだろこいつ。誰だ」

 

「アナザー兄ィなんじゃろなぁ……ここに来てからずっとこんな様子でのぉ? 記憶喪失じゃろなぁ?」

 

「……私が記憶戻って来たと思ったら、こいつが記憶喪失か」

 

 

 困った様子で顎を掻きながら、藁にもすがる気持ちで石原は聞く。

 

 

「姉ちゃん、何とかならんかのぉ?」

 

「いや、これ、もう頭の病院行きでしょ」

 

「兄ィは薄毛治療失敗してから医者嫌いなんじゃ!」

 

「よりによってその頭の医者か……」

 

 

 何を思い至ったのか、山田は矢部の頭に手を伸ばす。

 

 瞬間、彼は彼女の手を素早くはたき、殺意の篭った目で睨む。すぐに朗らかな表情に戻ってしまうが。

 

 

「おぉ! 頭のは本能で覚えてるんだ!」

 

「さっきも頭の事話した途端に元に戻りかけとったのぉ!」

 

「頭の話になると一瞬戻って来るのか……」

 

「ほうじゃほうじゃ。頭のなんじゃ」

 

「さっきから頭の頭のって、僕の事言ってますぅ? これ地毛なんですよ〜?」

 

 

 山田は、矢部の性格を戻す唯一の方法を思い付いた。

 

 

「あの、矢部さんの髪を動かしてくれませんか?」

 

「兄ィの? 別にええがのぉ……なんでなんじゃ?」

 

「矢部さんの記憶を戻せるかもしれないんです」

 

「姉ちゃんそれは本当かのぉ!? じゃったらワシも協力するけぇ!」

 

 

 石原はゆっくり慎重に彼の近くへ寄り、背後から矢部の髪を摘む。

 前髪がふわっと浮いた瞬間、反射的に彼は石原の手をはたいていた。

 

 

「お前、なにワシの髪」

 

「今だッ!! セイヤーッ!!」

 

「ぐほッ!」

 

 

 矢部が元の人格に戻った時を見計らい、山田は彼の頰を思いっきり殴る。

 突然殴られた彼は吹っ飛び、地面に倒れた。

 

 

「兄ィー!? 姉ちゃん何やっとんじゃ!?」

 

「矢部さんが戻った所で、殴って人格を止めたんですよ」

 

「そんなスロットみたいなやり方で戻るんかのぉ!?」

 

 

 ズレた髪を整えながら、また矢部は立ち上がった。

 振り向いた彼の表情は、二人にとっても見覚えのあるものだ。

 

 

「いったッ!? なんやいきなり!? 誰やゴラァッ!?」

 

「あ、戻った」

 

「ほんまじゃ!? 兄ィーッ!!」

 

「おぉ、石原に……なんや山田やんけ!? なんでお前もおんねん!?」

 

「だからそれはこっちの台詞だ!」

 

 

 ようやく彼の記憶は戻ったようだ。いつもの太々しい表情が、やけに懐かしい。

 

 

「てか、ここどこや? え? ワシら、神社におったやろ?」

 

「兄ィ、途中までアナザー兄ィになっとったんじゃ!!」

 

「説明が難しいな……」

 

 

 山田の口から語られた内容は、およそ信じられるものではなかった。

 三十五年前の災害前の世界に、全員タイムスキャットした事を話してやる。

 

 

「タイムスリットぉ!?」

 

「スキャット!!」

 

「スキャットぉ!? そなアホな……」

 

 

 信じられないと言わんばかりの様子だが、石原が本当だと教える。

 

 

「じゃが兄ィ、どうやら本当なんじゃ! 死ぬ前の『紺野純子ちゃん』がテレビで歌っとった!! ゾンビィ四号ちゃんのそっくりさんじゃ!」

 

「どないして戻んねん!?」

 

 

 山田は首を傾げる。

 

 

「んまぁ……祭具殿で何かしたら戻れるかと思いますけどぉ……」

 

「お、そうか。戻れるんならええわ。近場で温泉でも探そか」

 

「飲み込み早っ!」

 

 

 その場を離れ、秋葉と菊池と温泉を探しに行こうとする矢部を、山田は急いで止めた。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってください! なんで矢部さんも、雛見沢村に来たんですか?」

 

「ワシらか? へへっ……極秘任務や! そっちこそ何しに来てん?」

 

「私たちは……上田さんも来ているんですけど。私たちも雛見沢村の調査でした」

 

「先生もやっぱおんねんなぁ」

 

「姉ちゃん、実はワシらもそうなんじゃ! 雛見沢村にはのぉ、なんか『怪しい影』があるみたいなんじゃ!」

 

 

 ベラベラ話す石原を殴り、矢部は黙らせた。

 

 

「アホッ! 極秘任務言うたやろがい!?」

 

「ありがとございますッ!!」

 

「良いじゃないですか! ここにいる時点で共同体ですよ。目的が同じなら協力しましょうよ」

 

 

 そう山田が主張するのに、矢部は渋る。

 

 

「せやけどなぁ〜? 今ん所、オヤシロ様がヤバいっちゅー事以外はあんま分かっとらんのや」

 

「つまり現代でもロクに何もしてないって事か」

 

「うっさいわボケェ! ワシにしては仕事したわいッ!!……まっ、そもそもワシら、平成の仕事をしとんのや。昭和の村とかどうでもええやろ? さっさと戻って、警視総監に報告せな」

 

「この薄情刑事! 薄情だから薄毛」

 

「それ以上言うたらしばくぞッ!?」

 

 

 怒鳴り散らし、そのまま二人は去って行く。

 

 

 彼らも雛見沢大災害の謎を解明しに来た事は確かだ。そして警察の立場からして、こっちの知らない情報も得ている。その情報を色々聞き出せるのなら、厄災回避の糸口が見つかるハズだ。

 

 

「……まぁ、上田が言ったら一発か。それにしてもまさか、あいつらもとは……『怪しい影』……」

 

 

 何の事だろうかと思案している内に、ハッと思い出す。

 

 

「……あ。そうだ……園崎屋敷行かないと……!」

 

 

 やっと山田も走り出した。全部が終わったとは知らないまま。




・東京ディズニーランドは、1983年の4月開園。ひぐらし本編中は、まだ開園2ヶ月目だったり。

・ブルマーが女学生の運動服として活用されたのは大正末期。しかし初期のブルマーは昭和ヤンキーが履いていたような形状だったが、年代を追うごとにどんどん丈が短くなり、昭和ごろには太腿を大きく露出する形となる。
 昭和でも旧型と新型が存在し、新型は我々が思いつくブルマーだが、旧型はドロワーズっぽい形状だった。ただ新型ブルマーは明らかに下着同然で、それらの不評が衰退の原因だった。旧型までで止めていれば、令和でもブルマーは存在していたかもしれませんね。
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