──暫くして、三人は部屋から出た。
山田の腕の中には、なぜかウヌャニュぺェィギュゥリュ鬼人がいた。
「……それ気に入ったのですか?」
「友達です!」
「……山田さん、あの……オネェも私も、山田さんの友達ですから」
「そんな目で見ないでください」
広間に戻る途中、こっちへフラフラ歩いてやって来る人物がいた。
頭にネクタイを括り付け、だらしない表情で千鳥足な、典型的酔っ払いスタイルの上田だ。
「よぉ〜! ガールズ〜! ヘイ、ヘイ、ヘブンズフィールッ!」
「……上田」
「うわぁ〜……上田先生ったら結構飲んだねぇ。どうする? 帰りは車出してあげよっか?」
魅音に心配され、まだまだ飲めるぞと上田は見栄を張る。
「はっはっは! こんなの、酒呑童子と飲み明かした大江山の夜と比べたらなんて事ない!」
「駄目だ、酔ってる。いつもの虚言がただのファンタジーになってる……」
呆れ返る山田をよそに、上田は魅音に話しかけた。
「ところで、君は広間に戻らないといけないんじゃないか?」
「へ?」
「宴会はお開きだぞ?」
「あ、もうそんな時間? うわぁ、やばいやばい!」
閉幕の音頭を次期頭首候補が勤めなければ示しがつかない。
魅音は知らせてくれた上田に礼を言うと、颯爽と広間へ戻る。
続いて詩音も先に行こうとするが、その前にくるりと振り返って、山田へ謝罪と礼を言う。
「……山田さん。さっきは申し訳ありません……それと、ありがとうございます」
「いえ、私の方も……」
ニコリと微笑むと、詩音もまた広間に戻って行った。
泣き腫らした赤い目を隠すかのように。
廊下には山田と上田だけが残っている。ふと彼は山田の抱く、見覚えのある人形に気付いた。
「……お前。それはなんだ?」
「ウヌャニュぺェィギュゥリュ鬼人!」
「なんでそれが昭和五十八年にあるんだ……あぁ、山田。面白い問題があるんだ」
上田は突然、彼女へ謎掛けを始める。
「頭は、『head』」
「いきなりなんですか」
「まぁ聞け。肩は『shoulder』、胸は『bust』……あぁ。君の場合、バストじゃなくて『chest』かぁ?」
「ぶっ飛ばすぞてめぇ」
「それで胴体は『waist』。腰は『hip』……じゃあ、『あそこ』は?」
「BIG PENIS!」
「ぶっ殺すぞッ!!……まぁ、まんまと引っ掛かってくれたなぁ。正解は『there』! あそこってのは、『あっちこっちどっち』の方なんだよぉ〜ん!」
だから何だと不快感を顔に出す山田へ、上田は続けた。
「この問題は、人間の『固定観念』の強さを実感させてくれる。人間は前提に連想させるものを並べられると、最後の物は全く関係ないにも関わらず、つい前提したものと同じ話題だと繋げてしまう。悲しい事に、前提が根深いほど、人間の思考ってのは簡単に固まるんだ」
どうだ、と言わんばかりにしてやったり顔を見せ付ける上田。
その表情に苛ついたものの、彼の言う事は今の山田たちにとって大事な啓示でもあった。
「……そうなんですよ」
「何がだ?」
「この村は、いつまでも『オヤシロ様の祟り』って固定観念に縛られているんです。だから人が死んでいるのに、簡単に諦められるんですよ!」
魅音の告白、詩音の嘆き、梨花と沙都子の悲劇、悟史への疑念、その全てが山田の脳裏に渦巻く。
これだけの人が不幸になり、大切な人を亡くしているのに、事件は「超常現象」として片付けられ、誰も見向きせず、寧ろ恐れて離れて行く。
「……YOU。園崎魅音らと、何か話したのか?」
山田は真剣な眼差しで、上田と目を合わした。
「……上田さん。話したい事があるんです」
「なんだ?」
「でもここじゃ話せません。家に戻った時に……」
「一体それはどんな話なんだい?」
第三者の声に、上田と山田も思わず飛び上がる。
二人が振り向くとそこには、廊下の角から現れた茜の姿が。
「そ、園崎茜!…………さん」
「広間にいたんじゃなかったんですか!?」
「ちと酔っちまってねぇ。夜風に当たってただけさ」
山田は一気に青ざめる。魅音から聞いた話はおよそ、茜にも誰にも話せないもの。しかし彼女から問い質されたとなれば、どうはぐらかせば良いのか。
「それで? 魅音と詩音と関係ある話なのかい?」
「あ、あの……いや、魅音さんたちは関係なくて……その言葉の綾って言うか」
「……まぁ、個人の事情に、無関係な奴は入っちゃいけないか。失礼したね」
存外、あっさり茜は身を引いた。
誤魔化せたかは分からないが、彼女は二人の前に立ち、ジッと、特に山田の目を見つめて来た。
「えと……なななな、なんでしょうか?」
「許して」
「……ふぅん」
それから彼女は、上田の目さえも見据える。
目を口ほどに物を言うと聞く。まさか茜は二人の目を見て、嘘を暴こうとしているのではと咄嗟に身構えた。
そう思っていただけに、その次の言葉に面食らわされたが。
「……やっぱり二人とも、良い目をしているねぇ」
思わず上田は目元を触る。山田はミイラ鬼人に目元を触らせた。
「ただのマジシャンと学者先生じゃなさそうだ」
「……え?」
「……死ぬような出来事を、ずっと経験していたりはするのかい?」
ヤクザとなると、そう言った修羅場を経験した者を見抜けるのだろうか。
思い返せば二人は普通じゃ死んでいるような局面を、幾度も脱して来た。その事実を踏まえると、彼女の観察眼は凄まじい。
「……おっと、これも個人の事情か。さっき言ったばかりなのに」
「……あの」
「ん?」
山田は茜に話しかける。
「……鬼隠しは、園崎は無関係なんですか?」
「お、おいッ!? 山田!?」
彼女の質問に上田は慄く。
当たり前だ。園崎家に最も近しい人物に、何の前振りもなく聞くのだから。
山田の質問を聞き、茜は目を細める。
訝しげとも、不機嫌そうとも、或いは興味を示したようにも見える、曖昧な目付きだ。
「……変だねぇ。村の外の人間が、なんでそこまで入れ込むんだい? 村の者でも深く覗けない禁足地だ……どうして村の外のモンがそこに踏み入りたがる?」
「……個人的な興味です」
「そうかい。ならこの話はおしまいだ。こっちはそっちの事情に踏み込まない……だから、そっちもこっちに踏み込まないでおくれよ」
「三億円を取り返したんですから、教えてくれても良いじゃないですか」
「それはそれ、これはこれ。恩人なら触れてはいけない所に触れて良いのかい? 借りを貸す者返す者も、一定の距離を置くべきだろ?」
話してはくれないかと、肩を落とす山田。
一方の上田はなぜ、山田がここまで踏み込んだ事を茜に聞けたのかが分からない。
「……ただ一つだけ。鬼隠しとやらより、『ウチなら上手くやれるハズ』なんだがねぇ」
彼女の言葉に、二人はまた驚かされた。
遠回しで相変わらず曖昧だが、「園崎が関与を否定したかのような発言」だからだ。
「……無関係なんですか?」
山田の問いに茜は鼻で笑う。
「勘違いしないでおくれよ。あくまで園崎ならもっと上手くやれるハズって、私の意見に過ぎんさ……この件なら魅音の方が良く知ってるよ……母親の私より、もっとね」
「そう言えば私、気になっていたんです」
山田がまた尋ねた。
「魅音さんが園崎の次期頭首候補です。でも彼女は現頭首の孫……本来なら、現頭首の実娘の茜さんが候補のハズではないですか?」
「…………」
「……言われてみれば。だが、こう言うのは家柄とか風習があるんだろ……そうですよね?」
この話に関しては上田の質問さえも、彼女は微かに笑うだけで答えなかった。
山田に近付き、懐から取り出した何かを手渡す。
分厚い封筒、つまり百万円の金封だ。
「ひゃ、百兆円!?」
「百万円。約束のだよ……これでお話はやめにしようかい」
「……え?」
「……山田さんだったかい? あんたは私が思ったより執念深い女なようだ」
百万円を渡し、手を引っ込める茜。
ふいっと目を逸らし、月を照らす池を眺めた。その横顔はやけに、儚い。
「……あんた」
また山田に話をする。
その話は、彼女を大きく揺さ振った。
「……家族とかの身内か誰か、殺されてないかい?」
視線をまた絡ませる。
「……或いは、殺したか」
目を見開き、山田は膠着した。
脳裏に浮かぶは泣き叫ぶ母と……恐怖の表情で訴える、死の間際にある父の姿。
「……ッ!」
「茜さん……!? なんで……!?」
「……個人的な事情だったねぇ。三度目か」
自嘲気味に笑う。その笑顔は魅音と詩音に似ていた。
「山田さん、何だか詩音に似ているとは思っていたが……そこなんだろう。ずっと誰かを探し続けて、手当たり次第に疑ってんのさ……憐れな子だよ」
彼女はそれだけ言い残して、二人を通り過ぎて広間に戻って行く。
ただその背中を、呆然と眺めるだけ。金にがめつい山田だが、その時ばかりはお金の事を忘れていた。
「…………」
「……山田。『黒門島』の事は、君には関係ない! 君は何もしていない!」
「…………」
「……気を確かにしろッ! もうあの件は……」
「……上田さん。大丈夫です」
広間の方で手拍子が聞こえた。
一丁締めで以て、宴会を終えたようだ。
不穏と、自分の心を覗かれたような不快感、そして衝撃。
ただそれを、降り注ぐ月光のみが慰めとして包み込んだ。
宴会後、山田は一人、奇妙な声をあげながら夜道を歩いていた。
「ひゃっくまんえん! ひゃっくまんえん!」
百万円の入った封筒を掲げて「うしゃしゃしゃ!」と笑いながらスキップしている。大金が入った事で浮かれていた。
封筒を少し開けて金の匂いを嗅ぎ、不気味な笑み。
「これが金の匂いかぁ……ちょっと、銀杏に似てる? 茶碗蒸し食べたい……茶碗蒸し食べ放題だなこりゃ」
金に気を取られ、前方に気付かなかった。
チラリと前へ向き直れば見知った人影を発見し、驚いて金封を隠した。
「楽しかったのですか?」
「……え? 梨花さん……?」
「にぱーっ☆」
照る月明かりの下、いつものように満面の笑みを見せる梨花がいた。
こんな夜中に子どもが一人。疑問に思わずにはいられないだろう。
「な、なんで? もう十一時過ぎですよ? こんな所でなにしてんですか?」
「みぃ。眠れないから夜のお散歩なのです」
「危ないじゃないですか、子どもが一人で夜道を歩くなんて……誘拐されますよ?」
「ボクはオヤシロ様の生まれ変わりだから大丈夫なのです!」
「なんだその自信は……」
梨花は辺りを見渡し、上田を探す。
「上田は一緒じゃなかったのですか?」
「あー……宴会で接待受けまくりましてね。すっかり酔い潰れちゃって、今日は泊まりになるそうです」
「人生楽しそうで羨ましいのです」
「てか! 梨花さん、明日なんてバリバリ平日なんですから! 早く帰って寝て!」
注意された梨花は、わざとらしく怖がってみせた。
「夜道は怖い怖いのです……ボクもう、怖くて歩けないのです……」
「ここまで一人で来たのに?」
「旅は道連れ世は情けなのです。神社までボクと帰るのですよ〜」
真っ直ぐ帰りたかった山田にとって、ここから神社を経由するのは遠回りだった。面倒臭そうに顔を顰めてから、何度も逡巡した末に折れる。
「……はぁ。分かりました分かりました……子ども一人じゃ危ないですもんね。付き添いだけなら……」
了承を得た梨花はまた、にぱーっと笑った。
「そうと決まれば一緒に帰るのですよ!」
「はいはい……」
梨花に手を引かれ、一旦古手神社の方へ向かう事になった山田。
思えば梨花も鬼隠しで両親を亡くした、一つ被害者のような立場の人間だ。
真相までは知らないにせよ、明るく振る舞うその裏に陰りがあるのだろうか。悟史を探し続ける、詩音のように。
「……梨花さんは」
「みぃ?」
「……ご両親が亡くなられて、寂しくないのですか?」
夜道を並んで歩きながら、山田はそう尋ねた。
嫌な事を思い出させてしまったかと気を遣ったものの、存外に梨花は笑顔のままだ。
「最初は寂しかったのです。でも村の人たちや学校のみんなもいますので、もう寂しくないのです!」
「け、結構強かなんですね。凄いなぁ……」
思いの外タフな梨花に驚かされながらも、ふと彼女は、魅音から聞かされた話を思い出した。
「──詩音が『ケジメ』をつけた日……私、婆っちゃを問い詰めたんだよね」
「……オネェが鬼婆に?」
「悟史くんを酷い目に遭わせたなら……例え婆っちゃでも容赦するつもりなかったよ」
悟史を探し続ける詩音に言えば彼女をもっと混乱させると思い、更には祖母からの口止めもあって話せなかったと言う内容だ。
神妙な顔付きで二人を見遣る魅音は、学校での明るい少女の姿ではなく、だからと言えども冷酷な次期頭首の姿でもない。親身に詩音を思う、家族としての姿だろうか。
「……お婆さんから、何て聞かされたんですか?」
山田に尋ねられ、彼女は一言一句間違えぬよう、当時を思い出しながらゆっくり静かに言葉を継ぐ。
「……婆っちゃは二年目の鬼隠しの一件から、綿流しが近付くと村中を監視していたの」
「……監視?」
「勿論、去年もだよ……『誰がオヤシロ様の名を僭称しているのか』を確かめる為に」
その言葉に、山田と詩音は同時に愕然とした表情となる。
園崎家が鬼隠しの調査をしている。それは、一つの事実を同時に語ってくれていた。
「それって……!? じゃあ、園崎家は鬼隠しに関与していないって事……!?」
詩音の問いに、魅音はコクリと頷いた。
「なら……じゃあ、なんでそれを明言しなかったんですか!?」
「ダムだよ。ダム反対派の結束を……村人全員の結束を固める為に、『園崎家の関与』を思わせぶる必要があったんだ」
言い難くそうに真相を告げた。
「……その上で、『オヤシロ様の祟り』と吹聴するの。逆らう者は園崎が率先した祟りに遭う……謂わば、恐怖政治みたいな感じかな」
山田が真っ先に浮かんだ考えは、「そんな物の為だけに?」だった。
人が死に、梨花や沙都子、詩音までもが理不尽な喪失と恐怖を食らった。なのに、「村人の結束を固める為だけに、それらをオヤシロ様の祟りとして片付けた」と来た。
怒りよりも、呆れがまず飛び出る。魅音も、山田のその感情に気付いたようだ。
「……婆っちゃも、ダムの建設阻止ばっかりで周りが見えなかったんだ。許してなんて言わないよ……私も呆れたし」
「……じゃあ、梨花ちゃまも沙都子も悟史くんも……ただ成り行きで使い潰されただけって言うの……!?」
「…………」
「村人の結束だとか何かで!? ジオ・ウエキの一件でゴタゴタしていたじゃないッ!? 思わせるだけ思わせぶらせて、結局は引っ掻き回しただけ!?」
詩音からの怒りの抗議を受け、思わず魅音は黙り込んでしまう。
またヒートアップしてしまった彼女を見て、山田は持っていた鬼人の手足を動かし、宥めてやる。
「魅音さんも聞かされていなかったんですから、彼女を責めるのは違いますよ」
「そうですけど……!!」
「それに……園崎家も園崎家で動いていたらしいじゃないですか。それは、どうしてなんです?」
詩音を宥めてくれた事への感謝を含めて一礼してから、魅音はその訳を話し始めた。
「利用するにしても、村で好き勝手殺しをやっている人間なんて見過ごせる訳ないからさ……当然、去年も同じように目を光らせていたよ。村から興宮までの範囲を、組員総出で丸々二日」
「じゃ、じゃあ……! 悟史くんは誰に!?」
また彼女は、言いにくそうな顔付きになる。
「いなかったんだ」
「え?」
「……そんな事の出来る人間は、村にも興宮にも」
──ドンッと背中を叩かれ、山田は意識を戻す。
「ボクを無視するなんて良い度胸なのです!」
横を見れば梨花がふくれっ面で、こちらをジトッと睨んでいた。
「あ……ええと……ごめんなさい……」
「折角ウルトラセブンをウルトラマンセブンと言っちゃう人の愚かさを語っていたのに!」
「別に聞かなくても良かった」
気を取り直すように、梨花は話題を変えた。
「山田とは何だか久しぶりに会った気分なのです」
「あー……そういや、一昨日から会ってなかったような」
「上田ばっかり、勝手に会うのですよ。あっちへウロウロ、こっちへウロウロ……雨で嬉しくて出て来たけど、すぐ晴れちゃって焦っているミミズさんなのです」
「ひでぇ例えだな……」
「山田は今までどこにいたのですか?」
「色々あったんですよ。下手すりゃ死んでたレベルで」
「山田も大変なのです、かわいそかわいそなのです……羽を捥がれたスズメさんみたいなのです……」
「だから例えが物騒なんだよ!」
切れかけで明滅する街灯の下を通る。
この頃にLEDなんて物は存在せず、電灯と言えば水銀灯で寿命が短かった。
「みぃ。久しぶりなので、また山田のマジックが見てみたいのです」
「まぁ、マジックぐらいなら」
「これでもボクは山田の技能を買っているのですよ?」
「上から目線だな」
「沙都子も山田に会いたがっていたのです! ウチでまたマジックして欲しいのです」
「一応言っときますけど、私はプロかつ、東京では超超超有名なんですよ? タダでやるのは破格の待遇なんですけどねぇ」
「上田が売れない貧乳マジシャンって言っていたのですよ?」
「あいつぶっ殺すッ!!」
街灯が突然、プッと消えた。
辺りは闇に包まれ、つい山田は驚き、消えた街灯の方へ目を向ける。
「山田!」
梨花の明るい声が聞こえた。
「オヤシロ様はいるのですよっ!」
唐突に告げられた、オヤシロ様の存在。
意図が読めず、山田は顔を顰めて梨花へと向き直る。近くに光源は少なく、彼女の表情が伺えない。
「……いきなりなんですか」
「オヤシロ様は村の守り神なのです。村をずっとずっと、見守っているのですよ」
「あいにく、私は神様とかあまり信用していないんですよね」
「山田がどう思っても、オヤシロ様はいるのです」
「梨花さん、暗くなったからって私を脅かすつもりじゃ──」
背後から足音が聞こえた。カサッ、カサッと、道の草を踏み進むような音。
梨花のものではない。だって彼女の影は、山田の前にあるのだから。
山田は振り返り、闇の中で目を凝らす。
「……上田さん?」
「…………」
足音は一歩一歩近付いて行く。
山田より幾分か離れた位置から、段々と近付いて行く。
五メートルから、十歩前。
十歩前から、気付けば五歩前……なのに闇の中で、輪郭さえも伺えられない。
「…………誰ですか」
本能的な恐怖が勝り、一歩後退る。
ドンッと、いつの間にかすぐ後ろに立っていた梨花と当たり、すぐに足は止まった。
カサッ、カサッ、カサッ。
謎の存在は、山田の目の前に。
「誰……!?」
電灯がまた、点灯した。
そこには誰もいない。
「え?」
辺りを見渡してみる。
誰もいないし、隠れてもいない。雑草に挟まれた道の真ん中で、ただただ夜の静寂のみが辺りに広がっている。
「……梨花さん、今」
山田は振り返り、梨花を見た。
「……聞こえた?」
そして愕然とする。真顔でこっちを見据える、彼女の顔に。
「ッ!?」
山田が目を見開いてたじろいでいる間に、彼女はまた満面の、子どもっぽい笑顔になった。
「……オヤシロ様はいるのですよっ! にぱ〜っ☆」
ただただ面食らい、山田は何も言えなかった。