TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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PS4にて『ひぐらしのなく頃に 奉』が発売中です。
従来のシナリオに加え、まさかの追加シナリオ付き。儚い表情で立つ、お腹チラ見せレナのパッケージが目印です。
平成最後のひぐらし祭りです。


ベスト

 圭一の言葉に、上田同様ピタッと動きを止める富竹。

 

 

「……なぜ、シャッターを切らないのか」

 

 

 彼のかけていた眼鏡が、光源もないのにキラリと光る。

 その光が増すようにと、圭一は言葉を尽くして詠唱を続けた。

 

 

 

「Why !?」

 

「………………」

 

「Don't you!」

 

「…………」

 

「release the shutter!?」

 

「……ッ」

 

 

 光がビームでも放つかのように強くなった。

 その光を浴びながら圭一は畳み掛ける。

 

 

「なぜ、シャッターを切らないのか!」

 

「……ッ!!」

 

「なぜ、シャッターを切らないのか……!!」

 

「……ッッ!!!!」

 

 

 上田と同じ覇気、空気、そして光と想い。

 辺りを震わし、「もう一人のジロウ」の闘魂にブースト。

 

 

 

 

 

 

 

「ぬおぉおぉおぉおぉ……!!」

 

 

 縄が音を立て、軋み出す。

 

 

 

 

「富竹フラッシュだぁぁあぁあッ!!!!」

 

 

 縄をぶち切る。

 まず愕然とした人物は、上手く行くとは思わなかった圭一だったりする。

 

 

「嘘だろ!? やった!」

 

「え!? そっちも!?」

 

 

 山田からも驚きの声があがった。

 

 

 

 

 

 

 富竹はまず、帽子を脱ぐ。

 

 ツナギも脱ぐ。

 

 タンクトップ一枚を、胸筋だけで張り裂けさせる。

 

 

 上田の白シャツ、富竹のタンクトップ。白と黒の二つの断片が大空を舞う。

 

 

 

 

 

「フラッシュを放てぇぇええぇッッ!!!!」

 

 

 彼の叫びは木々をなぎ倒さんばかりの気迫。

 上田を取り囲んでいた面々はまた態勢を崩し、凶暴化したもう一人を前に慄く。

 

 

「コブラだ! ヒューッ!!」

 

「カメラマンだーっ!!」

 

「フラッシュマンだ!」

 

「奴も取り囲めぇ!?」

 

 

 構成員らは即座に、二人を囲む。

 

 

「富竹さん!」

 

「上田教授……!」

 

「……一緒に戦いましょう」

 

「……はい!」

 

 

 

 

 

 二人は背中を合わせ、互いに構えた。

 二つの闘志が、火よりも熱い光線を放つ。

 

 揃い踏みの上田と富竹を見て、圭一は感銘を込めて零す。

 

 

「おぉ……! ベストマッチ……!」

 

「……二人のマイティ?」

 

 

 

 

 取り囲んでいた構成員らが、一斉に襲いかかる。

 

 

 縦横無尽に飛び交う凶器。

 上田と富竹は互いにそれらを回避。

 

 

 

 

「じゃあ死んでもらおうかなぁーッ!!」

 

 

 眼前にやって来る鉈を避け、空振りの隙を突き、

 

 

「ホワチャアッ!!」

 

「うぎゃッ!?」

 

 

 上田は顔面へストレートをお見舞いする。構成員は背中から倒れ、再起不能にされた。

 それを見て負けていられないのは富竹。

 

 

「俺参上ぉーッ!!」

 

 

 鍬を構えて振り下ろす構成員の懐に、敢えて突撃。

 

 

「オゥラァァッ!!」

 

「つよッ!?」

 

 

 振り切る前にタックルされ、構成員は後ろに吹っ飛び、控えていた他の面々をボーリングのように巻き込む。

 総員纏めて、気絶。

 

 

 

 

「行け行けーッ!!」

 

「命燃やすぜーッ!!」

 

「命を燃やせーッ!!」

 

 

 構成員らが追加され、二人に向かって武器を掲げて突撃。

 だが、持っている武器が鉈だろうが鎌だろうが鍬だろうが関係ない。

 

 

「「はああああああああッッ!!!!」」

 

 

 

 見切り、刃の側面を二人は瞬足で殴り、全て捌いてしまった。

 

 

「「チェストぉぉおぉおぉおッ!!!!」」

 

 

 

 衝撃で武器を手放してしまった構成員らを纏めて、正拳突きで一掃する。

 

 

 

 

「その程度かぁぁあぁあッ!!」

 

「富竹ダイナマイトぉぉぉおぉおッ!!」

 

 

 鬼神が如き戦いぶりに、構成員らは戦意を削がれる。

 しかし手加減はしない。上田と富竹は彼らへ飛びかかった。

 

 

 

「「アタタタタタタタタタタタァッ!!!!」」

 

 

 悪行への報いを与えるべく、拳と脚をくれてやった。一人一発は食らい、バッタバタと倒れ伏して行く。

 十四もいた構成員は、気付けば四人だ。

 

 

 

「こ、こうなったら俺がーーっ!!」

 

 

 追い詰められたリーダー格の男が、半ば錯乱状態で鉈を張り上げ、二人の元に駆けた。

 一度二人は顔を見合わせ、互いの名を呼ぶ。

 

 

「富竹さんッ!!」

 

「上田教授ッ!!」

 

「「とぉッッ!!!!」」

 

 

 

 

 掛け声に合わせ、二人は空高く跳躍。

 空中で一回転し、足を突き出した。

 

 

 

 

 

「「ライダァァダブルキィィイックッ!!!!」」

 

 

 同時に行った飛び蹴り。

 それを受け止めようとする男だが受け止められる訳もなく、身体一つでそれを食らい、後ろへ吹き飛んだ。

 

 吹き飛んだ際に、控えていた三人と衝突した。

 

 

「雛見沢じぇねれ〜しょんずに栄光あれぇぇぇぇッ!!!!」

 

 

 断末魔の叫びをあげ、彼は仲間たちを巻き添えにゴロゴロと山の斜面を転がって消えた。

 全て倒したと悟った上田と富竹は、決め台詞を吐く。

 

 

 

「……敢えて言おう……カスであるとッ!!」

 

「さぁ! 誰が僕を満たしてくれるんだぁぁあぁあッ!!!!」

 

「……あれ、頭に何か打ち込まれてんだろ」

 

 

 山田が呆れながら眺めていたが、二人に気を取られ過ぎて背後に気付かなかった。

 

 

 

「捕らえたッ!!」

 

「みゃーっ!?」

 

 

 静かに忍び寄った構成員が、山田を人質にしてしまった。その事態に気付いた圭一は叫ぶ。

 

 

「山田さん!? 師匠!? お師様!? 我が救世主!? 御山田様!?」

 

「どれかに絞れっ!!」

 

 

 上田と富竹もそれに気付き、悔しげな面持ちを見せる。

 

 

「山田……!」

 

「山田さんを離せッ!!」

 

 

 男は山田の首元に鎌を添えて訴えた。

 

 

「離して欲しけりゃ、戦闘を放棄しやがれ!」

 

「刃が当たってる当たってる!? カマしスギぃ!」

 

 

 更に首根っこまで刃を付ける構成員。

 人質を取られては手も足も出ないと、諦めが上田らに見えた時だった。

 

 

 

 

 

「その必要はないよ」

 

 

 刹那、構成員は横から飛んで来たレンガを顔面に受けて山田を解放した。

 

 

「おうふッ!?」

 

「うおっと……おお……一撃カマーンされるトコだった……!」

 

 

 レンガを投げて山田を助けたのは、魅音。

 彼女だけではなく詩音もおり、更にはゾロゾロと黒服の怖い人たちが姿を現した。

 圭一は驚きと歓喜を織り交ぜた声をあげる。

 

 

「み、魅音ッ!? それに……詩音も!?」

 

「遅くなったね、圭ちゃん!」

 

「はろろ……いやもう、はろろんの時間じゃないですかね?」

 

 

 園崎魅音の登場に、何とか立ち上がれた構成員らも完全に戦意を喪失してしまった。

 そんな彼らの心根を完全に挫くように、魅音は叫ぶ。

 

 

「園崎次期頭首に喧嘩売るなんざ上等ぉッ!! 首取られたい奴だけかかって来いッ!!」

 

「……戦闘狂しかいないのかここは」

 

「二人とも、なんでここが分かったんだ……?」

 

 

 圭一の問いかけと同時に、黒服たちがボコボコにされたサル・カッパ・ブタを連れて来た。

 

 

「山田さんがダム建設のスパイ扱いになっていてさ。おかしいと思って、別宅に行ったら家はボロボロ、前にはこいつらが倒れていて……ちょちょっと『尋問』したらここって教えてくれたんだ」

 

「オネェの尋問って拷も」

 

「と、とにかくッ!! みんな無事で良か……上田先生と富竹さん。その格好なに?」

 

 

 上田と富竹は、胸元が大きく破れている、かなりワイルドな格好。驚くのも無理はない。

 

 

 ともあれ園崎組の登場によって、雛じぇね構成員らの表情を怯えに変貌させ、悲鳴を叫び、蜘蛛の子を散らすように逃走を図る。

 

 

「逃がすわけないじゃんか! ほら捕まえて捕まえて!」

 

「「サー・イエッサーッ!!」」

 

 

 怖い人たちが構成員を追いかけ回す。当事者なら多分、一生ものの悪夢になるだろうなと、少し山田は哀れに思った。

 魅音と詩音は改めて現場を確認し、信じられないと首を振る。

 

 

「倒れている人はコレ……もしかして、あの二人がやったの?」

 

「本当にお強い……人間として強過ぎる気がしますけど」

 

「とりあえず服を着ろ!」

 

 

 戦闘は終わり、山田にもそう促される。

 しかし、二人の目にはまだ闘志の炎が宿ったままだ。

 

 

「……山田。まだ終わっていない……」

 

「へ?」

 

「えぇ、上田教授……ジオ・ウエキを倒しに……!」

 

「行くぞ! 待っていろジオウッ!!」

 

「ちょ、ちょっと!? お二人さーん!?」

 

「「シュワッチッ!!」」

 

 

 なんと二人はジオ・ウエキから三億円を取り返すつもりだ。

 そのまま疲れも見せず、闇夜に飛んで消えてしまった。

 

 山田は叫ぶ。

 

 

「……だからせめて服を着ろーッ!!」

 

「上田先生と富竹さんすげぇ!!」

 

 

 二人の戦闘能力を目の当たりにした魅音は、真剣な表情で呟く。

 

 

「あの二人……ウチの組に入ってくれないかなぁ……?」

 

「多分手に余るんじゃ……てか、同じ人間で括って良いんでしょうか?」

 

「事が済んだらスカウトしよっと…………て言うか、あれ?」

 

 

 思い出したように辺りを見渡す魅音。その様子が気になった山田は、彼女に尋ねた。

 

 

「どうしたんですか?」

 

「レナはいないの?」

 

「え? レナさん?」

 

 

 次に圭一が聞く。

 

 

「レナがどうしたんだよ? あいつ、一旦自分の家に帰ったぞ」

 

「え? じゃあ、ここにもいないの!?」

 

「……へぇ!? も、もしかして、あいつ家にいないのか!? レナが!?」

 

 

 興奮する圭一を宥め、詩音が説明してくれた。

 

 

「……レナさんは行方不明です。それだけではなくて……レナのお父さんが、誰かに頭を殴られて重体なんです」

 

「……!? どう言う事だ……? まさか、雛じぇね!?」

 

「可能性はありますが……でも安心して。今、葛西が雛じぇねの暴動抑えて、レナを捜索してくれるハズですから!」

 

 

 とは言うが、安心出来ないのが正直だ。

 

 父親の目を覚まさせる為に駆けて行ったレナが、消えた。山田と圭一の胸中に悪い予感がよぎる。

 

 

 

「……私たちも探しましょう。多分、村からは出ていないかと」

 

「……そのつもりですよ、マスターッ!!」

 

「………………あ、それも私の事か」

 

 

 事件はまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃のジオ・ウエキ──こと、浮恵。

 森林近くに置いていた車を走らせ、雛見沢に帰還。そこで待っていた現場監督らと合流する。

 

 

「三億円は取り返したわよ」

 

「んもぅっ! さすがはジオジオちゃん! 恐れ入ったわぁ!」

 

「半年かけた情報網と信頼を舐めちゃイカンですわぁ! おっほっほっほ!」

 

「抱いてッ!!!!」

 

 

 車から降り、高笑い。

 辺りには彼らの他に誰もおらず、浮恵の耳障りな笑い声だけが響く。

 

 

 三億円が取り戻せたとなればもう、この場に用はない。すぐさま逃走の準備を始める。

 

 

「さぁ。逃げるわよ! 言っても、谷河内からここまで車で十二分……今更追い付ける訳が」

 

「じ、ジオジオちゃん?」

 

「ん?」

 

 

 背後を指差す現場監督。

 妙な気配と空気を感じ取り、ザワザワとした胸騒ぎと嫌な予感がする。ゆっくりと、浮恵は彼が指差した方を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員の視線の先には、こっちに走って迫る二人の男──上田と富竹。

 上田はなぜか拾った雛じぇねの旗を担ぎ、富竹と並んで腕と足を振り全速力だ。

 

 

 足だけで、彼女らに追いついてしまった。浮恵は二人の姿を見て呟く。

 

 

「……ひ、必殺うらごろし……?」

 

 

 即座に迎撃態勢を取る作業員ら。

 待ち構えるなんて野暮ったい事はしない。作業員六人全員が、上田と富竹に向かって走り出す。

 

 

「じ、ジオジオちゃん! お金は……!」

 

「チィッ!!」

 

 

 トラックへの積み替えは諦め、乗って来た車で逃走しようとする浮恵。

 

 

「ふんぬぅッ!!」

 

 

 しかし上田は担いでいた旗を投げ、後部座席の窓を割って上手く、運転席にぶつけて阻止する。

 

 

「ギェッ!?」

 

 

 旗がシートにぶつかった衝撃により、彼女は顔面をハンドルに強打してしまい、そのまま伸びてしまった。

 

 

「こいつら人間じゃねぇ!?」

 

 

 現場監督もそう言うしかない。今のあの二人は超人だった。

 

 とうとう作業員らと衝突し、戦闘開始。

 折り畳み式のナイフを待って襲いかかる彼らだが、先行した富竹は拳のみで倒して行く。

 

 

「こんにゃろぉッ!! こんにゃろぉッ!!」

 

「和田アキ子!?」

 

 

 善戦する彼の横を抜けて、車に突き刺した旗をまた手に取っては、それを武器として振るい上田も作業員と戦う。

 富竹の拳を受け、或いは上田の旗を受け、作業員は全員バッタバッタと倒れ伏して行く。

 

 

 

 残るは現場監督。

 

 

「オカマ舐めんじゃねぇーーッ!!!!」

 

「「わいやぁあッ!!!!」」

 

「勝てるかーッ!!」

 

 

 腹部を突かれ、顔面を旗で殴られ、あっさり敗北した。

 

 

 

 

 

 

 気絶していた浮恵は、やっと眼を覚ます。

 早く車を出そうとアクセルを踏みかけたが、ドアを開けた富竹に外へ放り出される。

 

 

「ひ、ひぃいぃい!?」

 

「上田教授、三億円は?」

 

「見つけました」

 

 

 その間車内から三億円のケースを奪還される。

 味方は全滅し、三億円は奪い返され、浮恵にもう成す術はなかった。

 

 

「お、お、お慈悲……お慈悲をぉぉお……!!」

 

「消え失せろッ!!」

 

「ひぇえぇえぇええッ!?!?」

 

 

 情けない悲鳴をあげながら、彼女は腰も砕け砕けに車道を走って逃げて行く。

 後ろ姿を睨み続けていた二人。浮恵が闇に消えたところで、踵を返した。

 

 

 

「戻りましょう、ジロウよ」

 

「はい。次郎」

 

 

 

 

 来た道を、二人並んで歩いて帰る。

 それはまるで悪の組織を滅ぼし、静かに去って行くヒーローのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと、彼女は横たわっていた。

 眠るには硬い、木の椅子の上。

 

 

 

 父親を叩いた時から、家を出た時から、自分がどう言う道筋で歩いて来たかを思い出せない。

 ただ気付けばここに居て、横たわって、夜が訪れただけ。

 

 

「………………」

 

 

 手を天井に翳す。

 あの嫌な感触が忘れられない。

 

 大好きな父親を、自分は初めて叩いた。

 同時に心の奥底で沸いた、一つの黒の感情に怯えた。

 

 

「……私……お父さんを……」

 

 

 ほんの一瞬だった。

 

 

 

 

 

 

「……恨んだんだ……」

 

 

 認めたくはないのに、頭は事実を、心へ突き付ける。

 父親が自分に敵意を向けた時、自分を貫いたあの感情。

 

 あれは間違いなく怨恨だった。

 

 

「…………圭一くん……」

 

 

 今朝、彼から説教されたばかりではないか。

 人は何度も間違いを繰り返す。

 間違ってしまったら、頼れと。

 

 

 真っ先に、彼の元へ行きたかった。

 しかし決して懺悔をしたい訳ではなかった。

 

 

 

 彼と一緒に、どこか遠くに行ってしまいたい。

 

 そんな事をつい、夢想してしまった。

 

 だから自分は、ここにいるのだろうと苦笑い。

 

 

「……遠くに行こうって言って……もし、良いよって言ってくれるなら……どこに行こっかな……オヤシロ様も付いてこれない、遠くまで……」

 

 

 眠ってしまおう。段々と馬鹿らしくなって来る。

 結局、今の自分がしているのは、かくれんぼ。

 

 見つけて貰える時を、待っているだけ。

 こんな自分を、父親は探してくれるのかと。

 先生は、友達は……それを試してみたかった。

 

 

 目を瞑る。

 そして小言でおやすみなさいと、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レナの捜索が開始され、山田と圭一は魅音らの車で村へ戻る。

 その途中、道を歩く上田と富竹と合流。

 

 

「取り戻したぞ三億円」

 

「僕と上田教授に敵はいません」

 

「誰だこいつら」

 

 

 山田がそう言ってしまうほど、オーラが凄い。

 持っていたジュラルミンケースが園崎の組員に渡り、中身も確認された。二億九四三◯万七五◯◯円はきっちり収納されており、紙幣がヨレヨレな事以外に損傷はない。

 

 三億円は、やっと帰って来れた。安堵した様子で魅音は息を吐く。

 

 

「ウチの従業員の姉だとか、その為に根回ししていたとかダム会社とグルとか……とんだ狂人だわ」

 

「それで、ジオ・ウエキは……?」

 

 

 詩音がそう尋ねるが、二人は「あえて逃した」とほざく。

 

 

「あんな女、制裁を与える価値もないッ!!」

 

「僕らの拳が穢れてしまう」

 

「ちょっと!? えぇ!? なんで!?」

 

 

 愕然となり、二人に突っかかる魅音。彼女を何とか詩音が宥めさせた。

 

 

「ま、まぁまぁオネェ……お金は返って来たし、全員を逃した訳じゃなさそうだし」

 

 

 その他グルだった作業員らは、気絶させられていたところを捕縛出来た。

 彼らの存在は、「作業員でありながら現地にて、強盗・暴行・殺人を働いた」として、ダム計画へ大きな痛手を与える逆転の一手となるだろう。

 少し怒っていた魅音だが、今は腰に手を当てて大笑い。

 

 

「はっはっは! 色々あったけど、ダム戦争は勝ったな!」

 

「喜んでいる場合じゃねぇぞ魅音……」

 

「おっとと、そうだった……レナを探さないと」

 

 

 山田、圭一、魅音、詩音は車を降り、手分けして探す事にした。

 彼女らから少し離れた所で、上田と富竹が静かに佇んでいる。

 

 

「……もうかなり暗くなって来ています、危険な場所はやめておきましょう……良いですか? ひとまず私たちは村内だけを捜索します。オネェと私は、畑や田んぼの周辺を探してみます」

 

「俺は学校とか、神社とかを……」

 

「あまりこの村の地理に詳しくないですけど……私も分かる場所は探してみます」

 

「裏山は、ウチの若い衆たちに電灯持たせて探させるよ……言っても、まだ雛じぇねが暴れているらしいから遅れるかな」

 

 

 詩音が振り返る。

 異様な空気を纏わせて立つ二人に恐縮しながらも、指示を出す。

 

 

「お、お二方は沢の辺りをお願い出来ますか?」

 

 

 二人は同時に首肯した。

 

 

「任せたまえ」

 

「任されました」

 

「暇を持て余した」

 

「ジロウたちの」

 

「遊び」

 

「まず頭診てもらえ」

 

 

 山田がツッコむほど二人はおかしくなっていたが、渓流を散策した事のある二人なら沢の捜索は適任だろう。

 

 各々が散り、レナ捜索が開始される。

 彼女と最後に出会った圭一曰く、朝方に別れたらしい。ほぼ丸一日消息を絶っている。

 

 一体、彼女はどこにいるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの声が聞こえた気がして、レナは目を覚ました。

 

 誰か来たのか。

 ここを使う人を滅多にいない。夜ならば尚更だ。

 自分を心配した誰かが、名前を呼んでくれたのか。

 

 

 ゆっくりと、身体を起こし、表を覗く。

 

 

「ゼヒュー……ゼヒュー……!」

 

 

 見覚えがある。

 いや、見覚えがある程度ではない。自分の人生に於いて、本気で自分を殺そうとした初めての存在。

 

 

「……!……間宮浮恵……!」

 

 

 派手な衣装と、けばけばしい化粧の肥えた女。

 ジオ・ウエキとして村を翻弄し、更には自分にまで毒牙を向けた悪女。

 

 だが様子が変だ。

 いつもの自信に溢れた、厚かましい表情ではない。

 恐怖し、怯え、ずっと走って来たのか、窶れて疲れた顔。

 

 

「な、なんなのよあの男たち……! 人間じゃないわ……!」

 

 

 立ち止まり、呼吸を整えている。

 何しでかすか分からない女だ。レナは息を潜め、様子を伺う。

 

 

「くぅう……! アタシの半年がぁ……! 覚えてなさい……こうなったら、アタシのシンパ操って園崎に火を放ってやるッ!」

 

 

 頻りに背後を気にしながら歩いている。追手を恐れているようだ。

 

 

 もう一度前を向いた時、彼女はハッと立ち止まった。誰かが立っていた。

 最初は敵かと浮恵は怯え、懐からジャックナイフを取り出し刃先を向けた。

 

 

「だ、誰なの!?」

 

 

 

 闇を蠢く影だったそれは、街灯の下で輪郭を半身だけ露わにする。

 浮恵にとって良く知った人物だった。

 

 

「……り、『りっちゃん』!?」

 

 

 彼女の妹、間宮律子。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 レナは思わず声が出そうになった。

「リナ」を名乗り、自分の家族を潰そうとした最悪の女と再会したからだ。

 

 

 浮恵は律子だと気付くと、刃を下げて彼女へ嬉々として近付いた。

 

 

「…………」

 

「りっちゃん、生きてたの!? あ、いや、生きてたのって言うのか語弊があるわねぇん……え、えーと」

 

「…………」

 

「あ、アタシ、あなたの事探していたのよ! その、さ、三億は取り返されて、ひっじょーにキビシー状態なのっ!」

 

「…………」

 

「ゲゲゲイちゃんとか捕まったからトラックで逃げられないし、興宮は園崎でいっぱいだし、どこに逃げれば良いのやらだけど」

 

「……ねぇ」

 

「こうなったら園崎本家を炎上させて……ん? どしたの、りっちゃん?」

 

 

 律子の様子もおかしい。

 虚ろな目で、足取りも覚束ず、いつも小綺麗にしていた彼女とは別人に思えた。

 

 

 

「ほ、本当にどしたのよ!? ゾンビよあなた!? ジョージ・ロメロの映画でも見た!?」

 

「……あんたもアタシを」

 

「は?」

 

「アタシを見殺しにするのねぇ……?」

 

 

 影に隠れていたもう半身が現れる。

 

 

 後ろ手に隠れていた右手には、鉈。街灯に照らされ、鈍く光る。

 それを見た浮恵の顔より血の気は引く。

 

 

「な、なんなの!?」

 

「昔っからさぁ、あんたの顔がさぁ……嫌いで嫌いでしょうがないのよ……」

 

「な、なに!? やる気ぃ!?」

 

 

 再びナイフを向ける浮恵。

 だが律子は動揺を見せず、一歩一歩彼女へ近付いて行く。

 

 

「アタシはさぁ、綺麗なままでいたいのよ。でもあんたって、声とか、顔付きも似てるじゃん、アタシと。デブで汚くて醜くい……まるでアタシの劣化見ているみたいで無理」

 

「その言い方! アタシ、あんたより劣っているって事ぉ!? 美人局のやり方とか、三億計画とか考えたのは誰だと思ってんのよ!?」

 

「もう本当に無理。無理無理無理無理無理…………その癖にさぁ、アタシを見殺しにしようとかさぁ……」

 

「り、りっちゃん……す、ステイステイ、Stay Night……」

 

 

 鉈を振り上げる。

 

 

 

「ふざけんじゃないわよぉおぉ劣化の癖にさぁあぁああぁぁぁあ!?!?」

 

 

 次に響いたのは、浮恵の悲鳴。

 ジャックナイフと鉈では、明らかなリーチの違いと差。

 

 

 咄嗟に身体を引き下げる浮恵──だが遅かった。

 

 

「あ?」

 

 

 振り下ろされた鉈の切先。

 浮恵の額から左眼を潰す。

 そのまま顎までを裂いた。

 

 

 

 

「ぎゃああああぁぁぁあぁあぁ!?!?」

 

「なんで避けんのよぉお!?」

 

「あぁあぁああぁ!!!!」

 

 

 裂けた左顔面の激痛に、ナイフを手放し地面を這う。

 逃げようとする彼女の背中へ、律子は躊躇なく振り下ろす。

 

 

「ぎぃいぃ!?」

 

 

 血塗れの顔、パックリ割れた背中から流れる鮮血。

 苦悶の声をあげる。

 それでも逃げようと這う彼女を捕まえ、仰向けにさせる。

 

 

「だ……だずげ……」

 

 

 街灯の逆光を浴びる律子。

 浮恵に馬乗りになる。

 鉈を振り上げた。

 

 

「あんたアタシを殺す気だったんでしょぉ!? 実は園崎と組んで殺す気なんでしょおッ!? 分かってんのよ分かってんのよぉおッ!!??」

 

「やめでぐだ」

 

「クソ姉がぁあぁあぁああぁあッ!!!!」

 

 

 鉈を振り下ろす。

 

 

 鈍く、粘着質な音。

 飛び散る真紅。

 途絶えた、浮恵の声。

 

 

「死ねッ!! 死ね、死ねッ!!」

 

 

 ヒステリックな律子の叫び。

 広がった血溜まり。

 街灯が照らす惨憺。

 

 

 レナはその光景を直視し、胃の奥が熱くなり、吐き気を催す。

 

 

「うッ……!?」

 

 

 今、彼女の眼前で、殺人が起きている。

 

 

「死ねッ、死ねッ……あは、あは、あはははは!!」

 

 

 狂った笑い声。

 もうすでに浮恵は死んだ。

 顔面は斬り刻まれ、面影もない。

 返り血を全身に浴び、それでも鉈を降ろし続けた。

 

 ただの肉の塊を刻む、刻み続ける。

 

 

 

 

「げぇ……ッ!!」

 

 

 背を向け、遮蔽物の後ろに隠れた。

 込み上げる吐き気による嗚咽を、必死に押し止める。

 恐怖で身体は震え、涙が流れ続けた。

 

 

 両手で口を押さえているから、塞がっていない耳は容赦なく音を拾う。何度も、何度も、何度も、何度も、肉を潰すような音が。律子の狂った声が。

 

 

「…………!!」

 

 

 とても耐えきれない。

 奥歯を噛み締め嗚咽を我慢し、耳を塞ぐ。

 

 自分の浅い呼吸と、乱れた心臓の鼓動が良く聞こえた。

 

 震えて、怯え、目を閉じ、耳を押さえ、歯をくいしばる。

 見たくない、聞きたくない、お願いだから早くどっか行ってよ。

 

 

「助けて…………!」

 

 

 本心から出たのは、救済を求める声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 圭一は、夜の学校に来た。

 

 

「レナぁ!! どこだぁ!?」

 

 

 懐中電灯を、学校の窓から差し向け教室を照らす。中には誰もいない。

 

 

「当たり前か……鍵、閉まってんもんな……」

 

 

 校庭に出たり、学校裏を見たり、近くの林まで足を運ぶ。

 何度も、声が枯れるまで彼女の名を呼んだ。だが応答はない。

 

 

「どこなんだよぉ……!」

 

 

 焦燥感と疲労ばかりが募って行き、息が切れ、学校の壁を凭れかかった。

 

 

「レナの好きそうな所……宝の山に……あそこは懐中電灯だけで行ける所じゃねぇけど……!」

 

 

 必死に彼女の行くであろう場所を頭に思い描く。

 一つ一つ、絶対に調べてやろうと、呼吸が落ち着いて来た圭一は思案した。

 

 

「…………よしッ!」

 

 

 休憩の時間さえ惜しい。

 自身に喝を入れて、再び圭一は走り出した。

 

 

 

 

 

「どわっと!?」

 

 

 焦り過ぎた。

 足元の確認を怠り、落ちていた箒を踏んで盛大に転ぶ。

 

 

「いぃ……いっつぅ……!」

 

 

 急いで手放した懐中電灯を拾い、立ち上がろうとする。

 その時に、ポケットから落ちたであろう、自分の財布に気が付いた。

 

 

「おっとと……しまったしまった……」

 

 

 財布を手に取る。

 ポケットに戻そうとした時、更に中からヒラリと何かが溢れ落ちてしまった。

 

 

 小さなメモ用紙だ。

 

 

「…………ん?」

 

 

 圭一は何のメモかと、拾い上げて確認した。

 

 

 

『19「2」4037「3」1238』

 

「お宝探しの……」

 

 

 謎解きがあまりにも見事だった事と、部活のゲームで勝てた記念にと保管していた。

 あまり気にも留めずに、財布にしまい直そうとした時、ハッと気付かされ、またメモを見た。

 

 

 五十音順を数字化したもの。

 

 

 そして次に浮かんだのは、レナの言葉。

 

 

 

 

『……どこか遠くに。一緒に、どこまでも……』

 

 

 

 寂しげで、儚い、あの横顔。

 

 

 

『……遠く遠く……オヤシロ様も追いつけない遠くまで……「待合室」のレナを連れてって欲しいな』

 

 

 

 待合室。

 もしかしてと、圭一は震える。

 

 

 

 

 レナは、自分を遠くに連れて行ってくれるシンボルを見出していた。

 決まった時間に来て、遠くまで運んでくれる、「バス」。

 

 

 

 

 

 

「『停留所』……!!」

 

 

 

 

 圭一はそれ以上何も考えず、ただ停留所まで全速力で駆けた。

 レナは自分の好きな場所に、お宝を隠していたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 錆びたバスストップが、ぽつりと立つ。

 待合室には二列、木のベンチがあり、レナは一番後ろに隠れていた。

 

 

 

 それから何分経ったか分からない。

 時間としてはほんの数秒か一分の、短いものかもしれない。

 しかしこの瞬間のレナには、一時間にも六時間にも感じられた。

 

 

 

「………………?」

 

 

 試しに耳を解放する。

 音は止んでいる、律子の声はしない。

 

 目を開ける。

 薄暗い。

 

 

 やっと、彼女はどこかへ行ったみたいだ。

 嗚咽を飲み込み、ふぅと息を吐き、上を向いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた何してんの」

 

 

 

 

 律子がレナを覗いていた。




・「翔べ!必殺うらごろし」は、「必殺仕事人」の前に放送されていた必殺シリーズ作品。やけに爽やかな処刑用BGMと共に「先生」が現れ、担いだ旗を刺したり叩き付けたりして悪人を滅殺するのだが、この先生は死人の声を聞いたり、足だけで馬に追いついたり、ザッと十メートルは跳躍したり、お経を唱えて夜を朝にしたりと人外じみた能力を持っている。
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