TRICK 時遭し編   作:明暮10番

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驚天動地

 一方の山田たちは、車で運ばれて谷河内の山奥に連れ去られていた。

 すっかり暗くなり始め、ひぐらしが鳴く頃。

 山林の中で立てられた二本の丸太に、一方に山田、もう一方に富竹と圭一が縛り付けられていた。

 

 

 その周りを囲んでいるのは、雛見沢じぇねれ〜しょんずの構成員たち。ざっと見る限りでは、十人以上はいて、口々にムダムダ唱えていた。

 

 

「「ムダムダ〜、ムダムダ〜、ムダムダ〜……」」

 

 

 全員が必死に解こうともがくが、キツく縛られた縄を抜ける事は出来ない。

 

 

「クソォッ!! なんで分かんねぇんだよぉ!! 全員、ジオ・ウエキに騙されてんだってよぉッ!!」

 

「……圭一くん。それで通じるのなら、僕らをこうやって縛り付けたりしないよ」

 

「こりゃ参ったな……完全にあの女の情報網を侮っていた……」

 

 

 山田にとっての誤算は完全にそこだ。

 三億円事件に関しては全く雛じぇねが関わっていないと読んでいたばかりに、このような返しを食らってしまった。

 

 

 

 

 

「これが、アタシの力ですわ?」

 

 

 構成員らが掲げる松明の火に照らされ、ジオ・ウエキが姿を現した。

 いつもの衣装、いつもの化粧、しかしその表情には冷酷な闇が広がっている。

 

 この女なら人を殺しかねない……そんな気迫を醸す狂気だ。

 

 

「あなたがたは、アタシの三億円を奪ったと同時に……ダムの会社と繋がっていました」

 

「それは全部お前だろ!」

 

 

 圭一の叱責に対し、構成員らの殺気が集中。それをジオ・ウエキは宥めてやる。

 

 

「ステイステイ……残念ながら、作業員本人から聞いた情報ですので」

 

 

 まさか仲間の作業員を使って証言を偽装し、構成員らへの説得力を強めるとは。その点を挙げるなら、彼女の策略には脱帽だ。

 

 

「この三億円……おっっも!!」

 

 

 ケースを持ち上げ、見せつけてやる。

 

 

「……この三億円は、謂わば対価ですの。今まで愚直に戦争しかける事しか出来なかった園崎に対し……ダムの計画遅延にまで漕ぎ着けたアタシへの」

 

「何が遅延に漕ぎ着けただ! そっちがダムと繋がって、反対派閥に墓穴を掘らせようとしていただけだろ! お前のやった事は、ニンニキニキニキお見通しだッ!!」

 

「や、山田さん! ちょっと控えてください! 完全に僕らの分が悪いんですから!」

 

 

 雛じぇねはジオ・ウエキを信じ切っている。余所者の山田の言葉など届かないだろう。富竹の言う通り、無闇な刺激は命を縮める。

 

 

 

「俺たちをどうするつもりなんだッ!!」

 

 

 圭一の質問に対し、「待っていました」と言わんばかりにしたり顔を見せるジオ・ウエキ。

 

 

 

 

 

「お亡くなり〜!!」

 

「「無駄無駄無駄無駄ァッ!!」」

 

 

 呆気ない、死刑宣告。山田と富竹は顔を蒼褪めさせ、圭一に関しては二度目の為に「またかよ」と項垂れる。

 

 

「足元、見てくださいな」

 

 

 

 縛り付けた三人の足元には、藁が敷き詰められていた。

 ただの藁ではない、妙な臭いが漂っており、圭一はそれを嗅いで正体に気付く。

 

 

「……これは……! と、灯油!?」

 

 

 灯油を染み込ませた藁に、構成員らが持っている松明。

 これらが示す、三人の処刑方法は誰でも理解出来るものだ。

 

 

 

 

 

「一四三一年、五月三十日……フランスのルーアン、ヴィエ・マルシェ広場にて、ある人物が異端の罪で処刑されました」

 

 

 ジオ・ウエキは突然、語り出す。

 闇が訪れ、夜が支配を始めた。

 

 

「……あの有名な『ジャンヌダルク』です」

 

「星五……」

 

 

 ぼそりと呟いた山田の声は無視された。

 

 

「しかし当時、異端の罪で死刑になるのは……一度懺悔したにも関わらず、もう一度異端を犯した場合にのみでした」

 

 

 彼女はクスクスと笑う。

 

 

「……『男の格好をしない』と約束したのに、また男の格好をしたから処刑されたそうですよ? ウフフフフ!」

 

「…………」

 

「そのジャンヌダルクは、火刑に処されました……このように、棒に括り付けられ、藁に火を放たれ……」

 

 

 

 

 真っ赤な口紅が、大きく歪んだ。

 

 

 

 

 

「……残った遺灰は川に捨てられた……あなたたちの灰は、鬼ヶ淵沼にでも流しておきますわ!」

 

 

 耳障りな高笑いが、山林に木霊する。

 彼女に合わせて構成員らも、「ムダムダ〜!」と叫ぶ。

 万事休す、もうどうにもならない。ただ縄を解こうと、身を必死によじるくらいしか残っていない。

 

 

「くっそぉぉ!! 死んでたまるかぁぁあ!!」

 

「どうすれば良い……!!」

 

「ここまでか……くわばらッ!」

 

 

 恨みつらみを爆発させて暴れる圭一。

 寸前まで、突破口を探そうとする富竹。

 諦めた山田。

 

 各々の反応に関係なく、火は降ろされようとする。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだてめぇ……おごっ!?」

 

 

 後方から誰かの悲鳴。降ろされかけた火が、止まった。

 

 

「貴様ぁ! どうして……ぎゃあっ!?」

 

「ここが……ぶはぁっ!?」

 

「わかった!?……ツエーイッ!!」

 

 

 次々に構成員を薙ぎ倒し現れたのは──

 

 

 

 

「山田ぁぁッ!! ここにいるのかぁぁッ!?」

 

 

 

──上田次郎。

 彼こそが真の救世主だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 診療所から一旦、神社に戻ろうとする梨花。沙都子の着替えを取りに行くつもりだった。

 

 

「……上田、一体どこ行った……」

 

 

 ついでに帰って来なくなった上田の様子も見に行くつもりだ。

 

 

 その途中、向かい側からやって来た車。

 轢かれないよう道の端に避けたが、車はなぜかすぐ隣で停車する。

 

 

 

 

「梨花ちゃん!?」

 

 

 後部座席から顔を出したのは魅音。入れ替わりはもう解いているようだ。

 

 

「魅ぃに……詩ぃに、監督もいるのですか?」

 

「良かった……学校来なかったからおじさん、心配したよぉ!」

 

「ごめんなのです……明日からまた、沙都子と一緒に行くのです!」

 

「沙都子ちゃん助かったんだね!?」

 

 

 運転席から入江も顔を出す。それから安堵し、座席に凭れた。

 不在中だった彼を発見し、梨花は少し怒った様子で詰め寄る。

 

 

「入江、どこ行ってたのですか! 沙都子は診療所で寝ているのですよ!」

 

「あ、そうでした! 上田教授と約束してたんだった! す、すぐに戻る……!」

 

「監督、待ってください!」

 

 

 アクセルを踏もうとする入江を止め、魅音を押し退けて詩音が顔を出す。

 

 

「梨花ちゃまは……圭ちゃんとレナさんを見ましたか?」

 

「みぃ。見てないのですが……二人も、学校行ってないのですか?」

 

「し、詩音、痛い痛い……そ、そうなんだよぉ。しかもどっちも行方不明で……レナの所なんか、お父さんが誰かに襲われて病院に送られたんだよ!」

 

「……レナのお父さんが?」

 

 

 どうにかなると思っていたのに、その希望にザワザワとした、不安が灯り始める。

 上手くいっていたのは自分の前だけで、何かが裏でひっそりと事を進めていたんだと気付く。

 

 

 

 黙り込んでしまった梨花の気を取り戻させたのは、入江の声だった。

 

 

「……とりあえず私たちは診療所に行かないと。梨花さんも乗ってください! お二人はどうされます?」

 

「そりゃ、沙都子に会うでしょ! 圭ちゃんとレナは必ずウチで探させるから!」

 

「私もこのまま乗り合わせます」

 

 

 梨花が乗るまで待っていた時、後ろから来た車がクラクションを何度も鳴らす。

 それにブチギレた園崎姉妹が車から顔を出し、同時に怒鳴った。

 

 

「ああもうッ!? 出すから鳴らすなッ!! 私見えますーっ!? 園崎の魅音様ですけどーっ!?」

 

「一回で良いでしょそう言うのはッ!? 何で何回も鳴らすのっ!?」

 

 

 だがその車から顔を出したのは葛西だった。

 

 

「……魅音さんに詩音さん……!」

 

「あ、か、葛西さん!?」

 

「丁度良かった……! 緊急事態です……!」

 

 

 車から降りて二人に走り寄る。その顔は酷く切羽詰まったものだった。

 鬼気迫る様子の彼を前に、魅音もまた次期頭首の顔で接する。

 

 

「どうしたんですか、葛西さん……?」

 

「……雛見沢じぇねれ〜しょんずが、園崎家の前で暴動をおっ始めやがりまして……!」

 

 

 彼の報告に、一同は絶句する。

 ジオ・ウエキ率いる彼らが暴動とは、只事でも偶然でもないだろう。

 

 

「なんで暴動なんか!?」

 

「あの狐女、何を思ったのか……山田さんをダム会社の関係者に仕立て上げて、雇った園崎に責任があるとかほざきやがって……! 金を要求しています!」

 

「山田さんとの関係もバレてるの……!?……と言うか、死守連盟はウチよりあの女信じてるワケ!?」

 

「一部の過激派だけのようですが……それでも二十何人は集まっています!」

 

 

 事件が発生だ。同時に、園崎が恐れていた事態でもある。

 ジオ・ウエキに村人を乗っ取られてしまう、その危険を。

 

 事態を重く察した入江は、彼女に戻るよう話す。

 

 

「魅音さん、屋敷に戻った方が良いですよ……!」

 

「ご、ごめん入江先生に詩音! 私、屋敷に……!」

 

「待ってオネェ」

 

 

 車から出ようとする魅音を、詩音は止めた。

 

 

「どうしたの……?」

 

「……どうして、ジオ・ウエキは……村人たちを屋敷に差し向けたと思う?」

 

「え? そりゃ、お金欲しさとか?」

 

「あの女なら自分から姿を出すし、何かしら予告を出すハズ。だって、いきなり暴動起こしても、園崎が乗る訳ないじゃん……出てこないで村人だけ焚き付けるなんて……まるで陽動作戦みたいじゃない」

 

「またお金盗もうって魂胆かも……!」

 

 

 その心配に関しては、葛西が否定した。

 

 

「屋敷内は厳重な警戒を敷いていますし、中にいる組員は全員調査済みです……もう、裏切り者はいないハズ……」

 

 

 梨花は皆の話を聞き、何か気付いたようだ。

 

 

 

 

 

 

「……山田は? そもそもなんで、山田をスパイに仕立て上げているのですか……?」

 

 

 

 月が照り始めた。ひぐらしも鳴き止む頃だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山田ぁぁあッ!!」

 

「上田さん!?」

 

「上田先生ぇ!?」

 

 

 上田は群れなす男共を薙ぎ倒し、三人が縛られている場所を目指す。

 

 

「今、助けるぞッ!!」

 

 

 駆け寄り、ジオ・ウエキの姿を見てから上田は立ち止まる。

 何気に本物と邂逅したのは、始めてだった。

 

 

「……お前が、ジオウか……!」

 

「あなたもこの女たちの協力者?」

 

「今すぐ彼女たちを解放しろッ!! 俺は昔、提督として鎮守府に赴任し、艦隊を率いて海の怪物と戦った事もあるんだぞッ!!」

 

「上田先生すげぇ!!」

 

「嘘つけーッ!」

 

 

 思わず飛び出す山田のツッコミ。

 提督の話は嘘だが、彼女は上田の強さを知っている。彼ならば本当に助けてくれると信じてはいる。

 

 

 しかしジオ・ウエキは、余裕のある笑みを浮かべたまま叫ぶ。

 

 

「トマーレッ!」

 

 

 ジオ・ウエキは火を藁に近付けた事で、上田の猛攻は止まる。

 灯油に浸されたその藁に火が灯れば、その上で拘束されて山田たちは一瞬で炎に包まれてしまう。

 

 

「あなたの目の前で、この三人が焼け死ぬ事になりますわよ?」

 

「……外道めッ!……ッ!? ぐあっ!?」

 

 

 彼が動揺を見せた瞬間、背後から棍棒で殴り付けられてしまった。

 大きく仰け反り倒れ、そのまま十数人の構成員に取り押えられる。

 

 

 

「チクショーッ! 離せーーッ!!」

 

「さぁて、この方はどうしましょうか?」

 

 

 彼女は拳を前に出し、親指を横に立てた。

 それを見た瞬間、構成員らは一斉に叫ぶ。

 

 

 

「「殺せッ! 殺せッ! 殺せッ! 殺せッ!!」」

 

 

 親指は、下に向けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 上田も同様に縛られ、山田と背中合わせに括られてしまう。

 あまりの不甲斐なさに、項垂れて何も言う気配がない。

 

 

 

「突然の乱入に驚きましたが……これで儀式は行われますわね?」

 

 

 ジオ・ウエキは三億円のケースを抱え、踵を返す。

 

 

「ではアタシは、帰りますわぁ」

 

「帰るって……高飛びするつもりだろ……!」

 

 

 圭一の指摘に、彼女は反応しない。

 ただ手の平をピョコッと出して、一言。

 

 

 

 

 

「チャオっ!」

 

「エボルトぉぉぉぉおおお!!」

 

「誰だよ!」

 

 

 彼女一人、闇に消えてしまった。上田の叫びと山田のツッコミが虚しく響く。

 奪って奪い返され、また奪っての三億円強奪劇は、ジオ・ウエキこと、間宮浮恵の勝ち逃げで終わってしまうのか。

 

 自分の情け無い姿を見せてしまった上田はひたすら、皆に謝った。

 

 

「すまない……みんな……ミイラ取りがミイラになるとは……!」

 

「上田教授は頑張りましたよ……僕は、感動しました……!」

 

「上田先生……ビッグ・ボスって、呼んで良いっすか?」

 

 

 完全に諦めムードに入った男たちを見て、山田は往生際悪く暴れ出す。

 

 

「ちょっとちょっと!? 折角希望が見えたのに……私は抗いますからねぇ!? このクソどもーっ! 三億円寄越せぇーッ!! お前らタダじゃ済まないからなーっ!」

 

「……山田。それは完全に悪役の台詞だぞ」

 

 

 松明を掲げた、一人。

 構成員らがニタリと笑う中、この悍ましい儀式が成し遂げられようとしていた。

 

 

「さぁ。この世とお別れだぁ……なにか、言い残す事はあるかぁ?」

 

 

 山田は必死にもがき続け、勢い余って後頭部を棒にぶつけ、「にゃあ!」と悲鳴をあげた。

 同時にここまで来たら、もうなす術はないと悟ったのか、黙ってしまった。

 

 

 

 遺言を言える機会を渡され、上田はぽつりと口を開く。

 

 

「……富竹さん……あなたに、私の新刊の表紙を撮ってもらいたかった……」

 

「……僕も……撮りたかったです……」

 

「……あと鷹野さんと、幸せになって欲しかった……」

 

「僕も…………え? なんでそれ知ってるんですか?」

 

 

 それを聞いた圭一が突っかかる。

 

 

「鷹野さんと付き合っていたんすか!? あんなナイスバディのビューティーナースを!? どうやってモノにしたんスか!?」

 

「圭一くんやめて。そんな大声で言われて死ぬのは嫌だ」

 

 

 その話を聞いた構成員らは少し居心地の悪い顔で、お互いを見合わせてしまった。

 

 

 

 一方で頭をぶつけて、少しぐったりしていた山田。俯いていた顔を、スッと上げる。

 覚悟でも出来たのか酷く落ち着いていた。

 

 

「……上田さん、今まで本当にありがとうございました」

 

「……急になんだ」

 

「さっき頭ぶつけた時……なんか、一つだけ思い出しちゃいまして……」

 

 

 彼女は、記憶喪失だ。四年かけ、やっと二十代までの記憶を取り戻したに過ぎない。それでも断片的だが。

 そして今また、一つ記憶を取り戻したみたいだ。上田はつい鼻で笑った。

 

 

「……ハッ。こんな土壇場で記憶を取り戻すとは……ツイてないなYOU」

 

「でも、思い出した事で……言いたい事があるんです」

 

 

 闇夜の静寂の中で、松明の火がパチパチと鳴る。

 まるでこの世界に、二人だけのようだ。

 

 

 

「それを………最後に、一つだけ良いですか?」

 

「……なんだ?」

 

 

 

 上田は静かに、心穏やかに、長年の相棒の言葉を待った。

 

 

 少しの沈黙、温い空気、木々のざわめき。

 それらが緩んだ時、やっと山田は口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なぜ、ベストを尽くさないのか」

 

 

 

 山田の言葉に、上田はピタッと動きを止めた。

 

 

「……なぜ、ベストを尽くさないのか」

 

 

 諦念に堕ちた上田の目に、確かな黎明が宿る。

 その光が増すよう、山田は言葉……詠唱を続けた。

 

 

 

「Why !?」

 

「………………」

 

「Don't you!」

 

「…………」

 

「do your best !?」

 

「……ッ」

 

 

 光は次第に、強く、輝きを放つ。

 もうひとおしだと、山田は畳み掛ける。

 

 

「なぜ、ベストを尽くさないのか!」

 

「……ッ!!」

 

「なぜっ!……ベストを尽くさないのかっ!!」

 

「……ッッ!!!!」

 

 

 目が見開かれ、彼の周りに覇気が纏われ、それが辺り一面の空気を振動させるかのようだ。

 完全に光を取り戻し、闘気に火がついた上田。

 

 

 

 

 

「うおぉぉおお……ッ!!!!」

 

 

 彼を縛る縄が、ミチミチと千切れ出す。

 

 

 

 

 

 

 

「ベストだあぁあぁあぁあッ!!!!」

 

 

 

 

 

 その縄をとうとう、自力で切る。

 同じく解放された山田がフラッと離れる。

 全員が目を剥いた。

 

 

「上田教授!?」

 

「ビッグ・ボス!?」

 

 

 上田は突然、上着を脱ぐ。

 

 ベストも脱ぐ。

 

 シャツ一枚になり、両手を広げ、胸筋だけで胸元の布を吹き飛ばす。

 

 

 

 

 破れたシャツの断片が、天使の羽根のように舞った。

 

 

 

 

 

 彼の暴走に驚き、構成員は松明を藁に落とそうとする。

 だが上田は早かった。

 

 

「クロックアップッ!!」

 

 

 瞬時に距離を詰め、松明を持つ腕を掴み、放火を阻止。流れるように彼の顔面を蹴っ飛ばした。

 松明の火は、凄みで消す。

 

 

 

 

 そのまま彼は、山林を震わすほどの雄叫びをあげた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高い景色。

 山々が連なり、眼下では清流。

 

 素晴らしい景色。綺麗な風景。

 二人は柵に手を置き、そこから一望する。

 

 

 自分も二人の後ろにいた。

 父親が柵から若干身を乗り出している。

 母親が隣に立ち、そんな彼を心配そうに見ている。

 

 

 

 二人の方へ、手を伸ばした。

 

 

 

 次の瞬間、二人は消えた。

 壊れた柵と、山の向こうに立つ入道雲が、眼前に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!?」

 

 

 目を開き、上半身を起こす。

 気付けばそこは見慣れた入江診療所の診察室。

 右手には、点滴がなされていた。

 

 

「……今のは……?」

 

「目が覚めましたか? 沙都子ちゃん……」

 

 

 奥から出て来たのは、入江。

 コーヒーカップを持ちながら、心配そうな眼差しで沙都子の側に座る。

 

 

「……監督……」

 

「……大変でしたね。でももう大丈夫ですよ。魅音さんが色々と手を回して……北条鉄平は逮捕されたみたいです」

 

「……おじさまが?」

 

「……本当に良かった……沙都子ちゃん……」

 

 

 感極まり、泣きそうになる入江。

 目頭を押さえて、涙を堪えようとしていた。

 今まで自分を、特に気にかけてくれた人だ。彼の涙は、沙都子の胸中さえも熱くさせる。

 

 

 

 

「元気になったら僕と契約して専属メイドになってください……!」

 

「出て行ってくださいまし」

 

 

 一気に冷めた。

 そのタイミングで入って来たのは、彼女の着替えを持った梨花だ。

 

 

「おはようなのです。夜だけど」

 

「梨花! あの、さっきは本当、ありがとうございます……」

 

「良いのですよ。ボクも、また沙都子と暮らせるのが楽しみなのです。にぱーっ☆」

 

 

 家から持って来た着替えを、沙都子の足元に置いておく。

 その際にふと彼女は辺りを見渡した。

 

 

「……上田先生は?」

 

「上田教授は……おかしいな。鷹野さんが言うには……一回帰られたみたいですけど……」

 

「神社にもいなかったのです」

 

 

 この場に彼がいないと知ると、沙都子はとても寂しそうな顔を見せた。

 

 

「上田先生には感謝しきれませんから……その、おんぶして貰いましたし……」

 

「沙都子ちゃんをおんぶかぁ……」

 

「入江。流している涙が血涙になっているのですよ」

 

 

 圭一たち同様、現在上田も行方不明だ。

 とは言えこの事を、まだ精神的にも不安定な沙都子に話すべきではないだろうと判断し、梨花は笑顔のまま軽い口調で話す。

 

 

「……どうせ上田の事です。そこら辺ほっつき歩いて、美人さん追っ掛けているのですよ」

 

「散々な言い方ですわね……」

 

「でも上田にはボクも、とっても感謝はしているのですよ……うん。明日はまたみんなで、上田を弄るのです!」

 

「今日は泊まって行くと良いですよ。とりあえず明日の朝まで、体調が悪化しないか様子を見ます」

 

 

 それだけ言い残し、入江は診察室から出て行く。

 廊下に出た時、後ろから梨花がとことこ付いて来た。

 

 

「……沙都子、大丈夫なのですか?」

 

「……安定していますよ。薬も投与しましたから……言っても、少し危なかったかもしれない」

 

「……レナや圭一の事は」

 

「彼女が落ち着くまで秘密にしておきましょう……今は出来るだけ、刺激は与えたくはないですから」

 

 

 そこで会話を止め、梨花は神妙な顔付きのまま診察室に戻ろうとする。

 入江は少しだけ躊躇し、呼び止めるように尋ねる。

 

 

 

「……上田教授も……もしかしたら危険かもしれないんですよね?」

 

「………………」

 

 

 一番考えたくはない事だが、あまりに帰って来る時間が遅過ぎる。

 山田の件もあり、もしかしたら……と、悪い予感ばかり強まって行く。

 

 

 梨花はふらりと振り返り、悲しそうに首を振った。

 

 

 

「……上田たちは……もう、遅いのかもしれないのです」

 

 

 

 沙都子のいる部屋に声がいかないようボソリと告げてから、梨花は再び診察室に入る。

 入江は暫し立ち尽くし、沈んだ表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そのまま彼は、山林を震わすほどの雄叫びをあげた。

 

 

 

 

「ベストを尽くせぇぇぇえッ!!!!」

 

 

 

 

 見るからに凶暴化した彼に対し、あれほど勝り気だった構成員らも慄き、及び腰になる。

 

 

「取り囲めぇ!! 数はこっちの方が勝ってんだ!」

 

 

 リーダー格の男が発破をかけ、構成員らは大急ぎで上田を取り囲んだ。その数は十四人ほどもいて、中には鉄パイプ、鉈、鎌、鍬と、凶器を持つ者も。

 彼らの後ろで山田はただオオアリクイの威嚇をしているだけだ。

 

 

 

 自力で縄を切った上田を見て、縛られたままの圭一と富竹は感嘆の声をあげた。

 

 

 

「上田先生、凄い……!」

 

「でも……! この数じゃ一人では……!」

 

 

 確かに彼一人では厳しいだろう。若干いけなくもなさそうだが、助っ人が必要だ。

 そこで圭一は提案する。

 

 

「だったら、富竹さんもですよ!!」

 

「……えぇ!? ぼ、僕にはとても……!」

 

「そうだなぁ……富竹さん、写真家でしたね!?」

 

「……そ、それが……?」

 

 

 圭一は静かに、唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ、シャッターを切らないのか」

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