「俺たち園崎構成員ッ!」
「「母ちゃんたちには内緒だぞ!!」」
「うるさい奴には鉛玉ッ!」
「「彼女はコルト・ガヴァメント!!」」
雄々しいミリタリー・ケイデンスと共に門前をマラソンする黒服たちを眺めながら、山田は再び園崎の門を潜った。
「……ファミコンウォーズ?」
「とりあえず山田さんは離れを使わせるってさ」
「ほ、本当に大丈夫なんですか私?」
「大丈夫だって! 私が保証する! だから気楽に構えといてよ!」
「ちょっとそれは無理ですね」
縁側を歩く山田と魅音の後ろを、ゾロゾロ怖い顔した人たちがカルガモの子どものように付いて来る。しかもどんどんと増えて行進のようになった。
後ろを気にする山田へ魅音は続ける。
「座敷で婆っちゃとジオ・ウエキの事で話して来るからさ。山田さんは客間で寛いでてよ」
「めっちゃ付いて来てるんですけど」
「組が喧嘩売られたんだもん。ギスギスしているのは仕方ないよ」
「院長回診みたいになってる……」
「じゃあ、ここで待ってて、山田さん!」
立ち止まり、傍らにあった襖を開く魅音。
その先にある部屋にいた人物を見て、山田は愕然とした。
震える手で湯呑みを掴む、上田の姿。
「上田ぁ!?」
「山田ッ!?」
「上田先生!?」
彼の存在は魅音も予想外だったようで、山田と同じく目を見開いて驚いていた。
山田は部屋に入り、上田に近付く。
「な、なんで上田さんまで……!?」
「俺が聞きたいぞ全くッ! いきなり連行されたと思ったら……」
「ちょっと!? なんで上田先生まで連れて来たの!?」
魅音が付いて来ていた組員らに怒鳴ったと同時に、隣の部屋の襖が開けられ、一人の男が入って来る。
「頭首の意向なんで……お連れしました」
ここまでなかなか厳つい顔付きの者を見て来たが、それらさえ凌駕する厳つさを放つ男だ。
黒いサングラスで目は隠しているとは言え、その巨体と纏う空気が相手へ本能的に危機感を与えるほど。
そんなあまりの厳つさに、上田も山田も恐縮する。
「や、ヤバイの来ちゃいましたよ……! 絶対人殺してますってアレ……!」
「おおおおお落ち着け落ち着け、リラックスリラックスリリリリクスクス」
「お前が一番落ち着けっ!」
男は一歩踏み出し、丁寧に襖を閉め、客間に入る。それだけで部屋が寒くなった気がした。
「お二方」
渋く、濃い声で話しかけて来る。二人の身体はビクリと跳ねた。
「は、ひゃーいッ!」
上田の声が間抜けに裏返る。
縁側から覗く組員らの視線を受ける中、男は存外に丁重な物言いと物腰で話し始めた。
「突然、ここに連れて来て申し訳ありません。ただ、ウチの沽券に関わるんで……そこは了承してもらいます」
「『葛西さん』! 本当に婆っちゃが連れて来いって言っていたのですか!?」
魅音が男──葛西へ問い詰めるように尋ねた。
彼は彼女の方へ身体を向け、まずは座るように手を差し出して促す。
「立ち話も何ですし、とりあえず座りましょう」
ワイルドな風貌とは違い、礼儀作法はなっている人物のようだ。納得行かない様子の魅音が座ってから、彼も向かい合わせに正座する。
次に縁側から覗く組員らに顎を上げて命じると、彼らは「押忍ッ!」の掛け声と共に襖を閉めて退散した。
「イエッサーじゃないのか……」
困惑する山田。
組員らを退散させたので、ここにいるのは魅音と葛西、山田と上田だけだ。落ち着いた状態で、葛西は説明を始める。
「その上田さん、でしたか? 山田さんを連行するなら関係者も連れて来いと命じられまして」
隣室から組員が入って来て、部屋にいる全員にお茶を振る舞う。ずっと上田と山田を睨み付け、出て行く際も後ろ歩きのままで目を離さなかった。
魅音は置かれたお茶を飲み干してから、葛西に抗議する。
いつもの彼女とはどこか気迫の違う、据わった目をした「極道」の顔付きをしていた。
「……良いですか? 山田さんも上田先生も、私が巻き込んだだけです。雛じぇねと関係ない。なぜお二方が奴らの仲間にされているのですか?」
「そう言われましても……頭首は、山田さんらの登場と、ジオ・ウエキの発言を偶然とは思っておられないそうで……」
食い付く魅音を葛西は両手で制止させ、説明を加えた。
「無関係ならそれで結構です。あくまで可能性を潰すと言う名目ですので……今日と明日、監視付きで過ごしてもらうだけです。如何せん、ジオ・ウエキの『三億円』の話は……厄介な話題でして」
彼の言う「厄介」には、意味深長な思いが込められていた。
疑問に思った山田は、湯呑みを持ってガクガク震えている上田に代わって二人に尋ねた。
「……どう言う事ですか?」
山田が飲もうとしたお茶を魅音は引ったくって飲み干し、答えてあげた。思わず二度見する山田。
「……ジオ・ウエキが盗むって言った三億円……今度運ばれる上納金とほぼ、金額が合致しているの」
「正確には『二億九四三一万七五◯◯円』……偶然金額が近いと言うのも考えられません。ジオ・ウエキは何らかの方法で、上納金の金額を把握していると言う事です」
つい山田は頭の中で三億円をイメージする。
「ほぼ三億円……チキンラーメン幾つ食えるんだ……!?」
「チキンラーメンどころか会社も買えるぞ」
「しかも予告した日曜日……上納金の運搬日でもあります。偶然にしては、あからさま過ぎます」
眉を寄せ、釈然としない様子で葛西は顎を撫でて唸る。
上田は恐縮しながらも、葛西の言った疑問に対する一つの可能性を述べた。
「つ、つまり、こうですか?……園崎家に、内通者がいる……と?」
魅音は上田の湯呑みを引ったくってお茶を飲み干すと、やや憤然とした口調で否定した。
「考えられないよ上田先生!」
「なんで人のお茶飲むの……?」
「ここの組員は皆、盃を交わした仲……絶対に園崎を裏切るなんてしない」
彼女の主張に対し、葛西も同意するように重く頷いた。
「私も同感です。ここの連中が裏切るなんざ考えられません……仮にそうだとしても、裏切る予兆があればすぐに分かる……ウチの情報網はそれほど広大なんです」
シビアなヤクザの世界だが、仲間内の義理は堅く仁義に厚い辺りは、さすがは昭和漢と言った気質だ。
「……と、すると……盃を交わした組員たちから離れた人……例えば、系列店の従業員、とか?」
山田の意見に、葛西はまた頷く。
「大方、そこでしょう。系列店はキャバや飲み屋が多い……関係者が酔ってポロッと言っちまったんでしょうな」
「延期も視野に入れたけど……なにぶん決算日も近いし、他との取り引きもあるからね。三億円は予定通り、明日運び込まれる算段だよ」
そう言いながら葛西のお茶に手を伸ばす魅音だが、湯呑みを持ち上げられてかわされてしまった。
「警備は強固にはさせるので、道中襲われる事はないと思いますが……まぁ、襲って貰った方が話は早くて助かるんですがね?」
お茶を啜りながら呟かれた、葛西の言葉。冗談なのか皮肉なのか本気なのかが分からず、山田と上田は肩を狭めた。
ぴょこりと山田は手を上げて、おずおずと葛西に尋ねた。
「あのぉ……それ、私たちに喋って良いんですか……?」
かなり大事な話だ、部外者で疑惑の人物である山田と上田の前で話して良いのかと心配になる。
「ここまではただ、三億円の話……ジオ・ウエキは恐らくここまで知っているハズですから。警備状況までは、ここでは控えさせていただきます」
「でも、どっかで盗み聞きされて、ケータイとかで連絡とかされたり……」
「……携帯? 何をです?」
携帯電話を知らず、キョトンとする葛西。上田は大急ぎで山田に注釈を入れてやる。
「おい……この時代はまだ、『肩掛け電話』さえ無いぞ」
「え?『しもしも〜?』を知らない世界……!?」
「『平野ノラ』の時代はまだ後だ……」
山田の話はともかくとして、葛西は次の話を以て締めた。
「ジオ・ウエキはウチの組について、ある程度の知識があるんでしょう。従業員と親族か、友人か……何にせよ、面子が潰されるなんて事はあってはならない」
「……その、山田さん、上田さん……ごめんね? ご馳走するから……」
手を合わせて謝罪する魅音を見て、山田はハッと気付く。
「……良く良く考えたら衣食住揃ってるし……役得?」
「……刑務所を出たくない元犯罪者かお前は」
葛西はのっそりと立ち上がり、部屋を後にしようする。合わせて魅音も立ち上がった。
「……ジオ・ウエキの処遇についてはこっちで話しますんで……魅音さん、行きましょうか?」
「お茶でも飲んで寛いでてよ!」
「お茶は全部魅音さんに飲まれたんですけど」
空っぽの湯呑みを指差しながら山田は抗議するが、無視された。
葛西と魅音は二人を残し、別室で行われるであろう会合へ向かった。
ぽつんと残された二人だが、辺りから醸し出される緊張感は相変わらずだ。肩の力を抜きながら山田はぼやく。
「……こんな事になるとは思わなかった……もうコレ北野映画じゃん」
「こんな事どころか、タイムスリット自体も予想外なんだがな……」
「……疑われて、指詰める事になったらどうしましょ……」
「………………グスッ」
「……泣いてます?」
「泣いてないッ!……それに……俺たちが、『鬼隠し』の犠牲者候補にでもなったら……!」
どうやら上田は、鬼隠しの犯人は園崎だと思っているようだ。
襖の向こうで誰が聞き耳立てているか知れたものではない。こっそり耳打ちするように山田へ話しかける。
「死ぬか、消えるか……いや。消えるってのも、実際死んだようなもんか……」
「上田さん……園崎家は関わっていませんよ」
「なんでそう言い切れる?」
「それは……まぁ……魅音さんも、詩音さんも、良い人っぽいですし……」
大石の言葉が頭を掠めてしまい、断言までは出来なかったが。
「……正直、言い切りは出来ませんよ。『違う』って確証も持てないし、でもだからって『そうだ』とも思えないんです……」
「良いかYOU? 殺されたのは、ダムの中立・賛成派ばかりだ……それに二年目以外は、村内で起きている……あの葛西とか言う男の話し口からして、園崎の影響力はこの辺で強い。恐らく、興宮に逃げても追い付かれるだろう」
「………………」
「そして取っ捕まえ、見せしめとして派手に殺害する……こうすれば邪魔者は消せるし、村の人間は誰一人として、園崎に従わざるを得ないだろ……!」
「そこが妙なんですよ」
「……なに?」
「そんな毎年殺人しなければならないほど、ダム戦争は切迫詰まってたんでしょうか?」
「……どう言う意味だ?」
山田は説明を始める。
「前にここに呼ばれた時、魅音さん言ってたんです。『園崎家の影響力が落ちる事は無いと思うけど、園崎が本山の雛見沢村をまともに仕切れないのは他に示しつかない』……これって、園崎家の影響力は前々から強いって言っているようなものですよね」
「……んまぁ、そう、捉えられるな」
「詩音さんも言っていたんです……『あの人だったらもっと巧妙にやる』……邪魔者を消したいなら、わざわざ殺さずとも村から追い出すなんて事も出来たハズです。殺すにしてもヤクザへの見せしめじゃあるまいし、死体を残す意味がありません」
「……いいや、山田。意味はある」
「……へ?」
上田が反論を唱えた。
「お前が言っていた通りだと、この家は『鬼ヶ淵死守同盟』とやらを指揮していたんだろ? つまりは村の結束を重視していたんだ……結束力を高め、反対派閥が従わざるを得ない空気を作るにはどうするか……それは、毎年、同じような現象を作り、村中にこう喧伝するんだ」
「……まさか……」
「……『オヤシロ様の祟り』……だと! 邪魔者を消すとか、影響力とかではないんだ!『反対派閥に従わなければ祟られる』と言った、漠然とした恐怖で村人……強いては、ダム建設関係者に意識させるんだよ!」
「建設関係者まで……?」
「神の存在への恐怖と言うのは効果が強い……科学の時代になっても、なかなか否定しきれないからだ。もし、噂が蔓延したタイミングでダム関係者が事故死すれば……オヤシロ様の祟りを信じ込み、建設会社は手を引くだろう!」
「…………」
彼の話も説得力がある。しかし本当にそうなのかと言った、ある種の疑いもあった。
「……なら、最初からダム関係者を消したら良いじゃないですか」
「……まぁ、そうだが……最初からすれば、園崎がやったのではと、疑われるだろ?」
「今だって疑われてんじゃないですか」
「……だが同じ方法で特定人物を殺し続けるには、広い情報網と人手、物も必要だろ。そうなると、園崎家以外に考えられない」
「そうですけど……」
「それにダム建設が進んでいる今、天下のヤクザとてなり振り構ってられんだろ」
互いに話し合い、言い尽くした所で、組員が部屋に入って来た。
「離れに案内するッ!! 付いてこいッ!! カムヒャーハイヤーーッ!!」
ふと上田は、置いて来てしまった二人について思いを馳せる。
「梨花と沙都子は大丈夫だろうか……」
「大丈夫ですよ。あの生活に慣れているでしょうし……まぁ、綿流しまでは何もされないでしょ」
山田と上田は組員に急かされ、渋々立ち上がった。
泥塗れの梨花は、男を見上げていた。
「なんじゃガキ? 沙都子のダチかぁ?」
男は既に沙都子の腕を掴み上げ、逃げられないようにしていた。
「ヒッ……!」
「沙都子……! さ、沙都子を離すのです!!」
「あぁ!? 何言うとんじゃ? 沙都子は『家族』やからのぉ! これからはワシと暮らすんじゃ!」
家族。その言葉を聞いて戦慄したのは、沙都子本人よりも梨花だった。
泥に塗れながらも身体を起こし、敵意を剥き出しにした目で睨む。
「……! 今までほったらかしだった癖に……!!」
「おぉ?」
「今になって家族家族……欲しいのはどうせ、『北条家の遺産』でしょッ!?」
今まで見た事もない梨花の激情。沙都子は目を丸くして、泥だらけで立つ梨花を見ていた。
男の名前は「北条 鉄平」。
沙都子の両親が死んだ後に、一度彼女を引き取った「叔父夫婦」の夫だ。
しかし鬼隠しによって妻は殺害され、祟りを恐れて沙都子を放り出し村から逃げたらしい。引き取っていた時代に遺産を使い込んでいたロクデナシだ。
大方また金に困ったのだろう。残っているかもしれない遺産を求めてとんぼ返りか……そこまで梨花は読み、あまりの馬鹿馬鹿しさに寧ろ冷静にさえなって来る。
「……沙都子……ボクの所に戻るのです……その人が沙都子にした事を、思い出すのです!」
「……ッ」
「沙都──」
必死に説得しようとする梨花を、鉄平は無慈悲に蹴飛ばした。
背丈の低い子どもは殴るより、蹴った方がやり易い。
「黙って聞いてりゃこんのガキんちょッ!!」
梨花の身体は少し浮き上がり、泥濘の中にまた倒れ伏す。
内臓が揺れて、全身が痛くて、頭の中は怒りに溢れ、気分が悪い。
不快な感覚の中、鉄平の怒号が鼓膜を貫く。
「舐めた口効きやがりおって!! お前にワシらの事情に口出す権利あるんね!?」
「梨花!?」
「法的にはワシは『家族』なんじゃッ!! ガキんちょぉ!! 躾たるッ!!」
近付く鉄平、梨花を踏みつけようとし始める。
だがそれを沙都子は、背後からしがみ付いて止めた。
「や、やめて下さい!!」
「なんね沙都子!?」
言わないで。言わないで。このまま踏み付けられても良いから。
か細い梨花のこんがんは、雨上がりに鳴き出した蝉たちによって搔き消された。
「叔父様に……付いて行きますからっ!!」
梨花の身体から力が抜けた。
終わった。終わったと、頭の中で、泥の中で繰り返す。
それからは何も覚えていない。
チカチカする視界の先、無理やり彼女の手を引く鉄平らの後ろ姿が小さくなるのを、見るしかなかった。
何度も振り返り、泣き出しそうな目でこちらを見る、沙都子の姿を見るしかなかった。
こんな時になんで、上田はいなくなったの?
あの二人は、結局、なんの変化も齎さないの?
「あの子」の言った通り、過ぎた希望だったの?
「……あは。あは、ははは……っ」
乾いた笑いが出て来る。
「……役立たず……!!」
二人に対してか、己に対してか。
自分で言ったのに、言葉の矛先を向ける人物が、分からない。
平穏は終わったのだ。