[七曲り荘日記]
●巻頭連載[第88回]
「我らの時代の墓碑銘を描く画家――その淫蕩する光線」
「ドンキーコング」
佐藤ブライアン勝彦●作品&文
2020 /アクリル絵具/65cm×65cm
皆さん、メリークリスマス!!
最近、SNSで日本や海外の色んな作家の作品を拝見するたびに、表現の何が本質なのか? と考えてしまう。
今年最後なので、ちょっとぶっ飛んだ事を書きたいとおもいます。
以前ブログにも書いた事があったと思いますが、自分は若い頃、制作しているとある瞬間から具象の絵が、光の線が交差する様に見えていました。
絵を描き始めて2年目頃からです。
光を見る機会を得なければ、絵を途中で諦めていたかもしれません。
その頃は、絵が終盤に差し掛かると、褐色女性やキャラクターは消え、絵自体がこの様な形で光の線に見えていました。
途中歪んだ線がある時は、頭に入ってきた色をのせて行くと、綺麗な直線になっていきます。
歪みはこの様に見えます↓
自分の中での完成は、褐色女性の目だけが浮かび上がり、それ意外は光に包まれて消える。
それで完成としていました。
まあ、この様に見える前に、股間に電流が走るんですが(笑)。
それは割愛し想像にお任せします。
当時は若いので、絵で成功したいなど色々な思いがあったのが、この光が見えたおかげで、全ての邪念が吹っ飛びました。
そっか! 俺はどんなに貧乏になっても、道端の石ころでも地面に描き続ける人なんだな。
一生描くだろうから周りの評価はどーでもいいや! となった訳です。
先日スタッフに光の話をすると、
「それって悟りじゃないですかー(笑)!?!?」
と言われ、
「あ〜、あれは悟りだったのか!?」と。
今の望みは100年後でも良いんだけど、絵を見た人が、この人の絵見ると「股間が疼くとか」(笑)、
「光の線に見えるんだけど…」
なんて、そんな人が現れてくれたら嬉しいなと思ってます。
ちなみに歳をとってからは、光の線は見えなくなりました。
しかし、この様に絵を描き続けられるきっかけを与えてくれた神に感謝です。
皆さん良いお年をお迎えください!!
※曽根言――まったく今回の原稿は、いわゆる「神回」ってやつだ。
そしてまた、その作品も今年を締めくくるにふさわしい傑作である。
12月25日(金)鬼子母神は曇り。
人から言われた言葉で、忘れられない言葉というものが誰しも幾つかあるだろう。
ついさっき、熱い白粥を、梅干しと筋子ですすっていたとき、ふと、脈絡もなく、頭に浮かんだ言葉があった。
私が37歳、相手が36歳。当時の恋人である。
急ぎの『BURST』のレイアウトを仕上げたあと、待ち合わせ場所の人形町の喫茶店へと向かう。
そこからたいがい浅草へ呑みに出るのが常だった。
が、会えるのは月に2度ほどか。彼女は子持ちの人妻だったから。
「ありゃ、出る前に、手を洗ってきたんだけどなあ」
連日の泊まり込みのレイアウト作業で、伸びた10本の爪が、鉛筆と消しゴムのカスで黒く汚れていたのだ。
それに手を洗ってきたというのも嘘だった。ぎりぎりまで作業をしていたので、すっかり忘れていたのである。
中学生のように恥ずかしかった。
思わず両手をテーブルの下に隠した。
相手は白金育ち、田舎のスラム育ちからすればとんでもないお嬢様で、いまは大年増で子持ちといえど、その白い肌に染みひとつなく、シャツの袖口は発光しているかのように真っ白で、10本の指の爪は短く切り揃えられている。
不覚だった。
月にそう会えない女だというのに。
第一、数時間後に、この手でこの女を抱くというのに。
実は、けっこう私は手を洗う男で、爪も常に短く切っているのだ。
それは子どものころからで、なぜなら、田んぼや川やドブで遊んでいたから、すぐ爪は真っ黒になる。
だから爪を短く切るのは子ども心に自明だったのだ。
やはりスラム育ちといえど、清潔さに憧れたのであろう。
「なにも恥ずかしがることないでしょ。原稿書いて、あんだけレイアウトしてるんだから、爪が汚くなるの当たり前じゃない。あなたの場合、泥んこで遊んでるのと一緒でしょ」
そう言い捨てるなり、女は伝票をつまんで立ち上がった。
「さっ、呑みにいこ」
「お、おお」
『泥んこで遊んでるとは、言い得て妙だなあ』
と、感心したが、忘れられない言葉とは、その前の部分だ。
曰く、手作業してるんだから爪が汚れるのは恥ずかしいことじゃない。
当たり前っちゃ当たり前なんだが、いまだに忘れることは出来ないのであった。
年に1度は必ず、不意に思い出す言葉である。
ここまで書いて同様に、年に1度は思い出す言葉が、2つ頭に浮かんだ。
1つ目はその後、妻となる女の一言である。
私も彼女も20歳。付き合い始めのことだった。
彼女の金で(!)ラブホに泊まった翌日の朝。
私はグズグズ悩んでいた。
その日から、パチンコ屋の仕事に行くことになっていたのだが、自分から仕事をくれと面接に行ったくせに、当日になったら嫌になってしまったのである。
ライブハウスのブッキング係をクビになったあと、テレビ局報道部のライト係、高級弁当配達係を、それぞれ1カ月で辞め(単に嫌になった為)、とにかくなんでもすぐに仕事をしなきゃならなかった。
85年の世は、空前のパチンコ・ブームであった。だからすぐ仕事を貰えたのだ。
が、私は当時も現在もパチンコにまったく興味がない。
(前の女は『パチンコ必勝ガイド』の編集者であったが)
「行きたくなければ、行かなければいいじゃない」
「え? いいの?」
いいの?って……こいつはクズだなあ。
でも、この女と一緒になろうと決めたのは、実は彼女のこの一言なのであった。
最後は女の言葉ではなく、私の師匠である末井(昭)さんの言葉である。
「曽根くんのエライとこは、一生貧乏なとこだね」
意味は面倒なので割愛。
●18日の「死体忘年会」に来てくれた、ハードコア・パンク夫婦。旦那は現役バンドマン。私が来ているTシャツは、この日彼がくれた鉄アレイのTシャツ。この2人の結婚式に私と前の女は出席することになっていたのだが、直前に私たちは別れ、女がドタキャンを詫びる手紙を書いたそうな。
他にも、次々と頭に浮かぶ、骨がらみの言葉があるが、もうここらで止めよう。
さて、以上3つの言葉に共通するのは、許しと肯定である。
が、簡単にいえば甘やかしの言葉だ。
こうして私は、人生の要所要所で甘やかされてきた結果、寝たきりの独居生活保護受給者詩人となったのであった。
が、私に一片の悔いもない。
とはいえ、まだ死に場所は探せていないが。
●やはり「死体忘年会」に来てくれたミウちゃんと。バー・ホステス。ママに子どものように気に入られている彼女。今年はママの犬の散歩をして給料を貰っているそうだ。健康的に太ってなによりである。1年前は、彼女におぶられるようにして、タクシーに乗せられていたのだから、こちらもなによりだ。
さて、上記の言葉を私へ言ってくれた3人は、私の作品に対し、厳しい批評の言葉も言ってくれた。
以下、3つの言葉は、人妻の恋人、カミさん、師匠の順である。
「あなたの作品のなかの『俺』は、常に傍観者でしかない」
「あなたの作品が甘いのは、最後の最後で、作者自身が自分を許そうとサービスしていることよ」
「曽根くんの作品はヒロイックすぎるな」
以上3つの言葉は、今も戒めとして骨に刻まれている。
が、3人の言葉は、私を「私小説作家」とみなしての謂(い)いなのだ。
しかし私は、自ら私小説作家の皮をかぶった、作家であり詩人だ。
私は決して自らをストレートに語らないという信念をもっている。
それこそが、芸術家としての唯一の矜持(きょうじ)なのだ。
なんと詩の世界には「フィクション詩」という言葉がある。
作者が経験したことのない、設定、ストーリー、場面を描いた詩をいうのだそうだ。
つまり、本来、詩とは、作者の五感を通した実体験を描くのが本筋らしい。
あほくさ。
そんなナイーブ(鈍感)な方法論で、芸術作品がつくれるわけがない。
アートの世界には、真実も実体験も嘘も、必ずしも必要はない。
作者が提示するものは、作者が信じる「虚妄の正義」だけだ。
YouTubeにアップされている、「平成サヨナラ歌舞伎町 消えたヤクザとホームレス」というテレビ・ドキュメンタリーを先日観た。
そこに、20代から歌舞伎町の路上で暮らしていた、「ごんた」という男が出てくる。
ごんたは、私と同い年くらいで、重度の糖尿病を患っており、おそらく私同様に生活保護受給者だろう。
現在はアパートに独り住んでいる。
以下は、ごんたが路上生活者だったころに書いた詩である。
今は無き、新宿コマ劇場前で、紙に鉛筆で書いた作品だ。
「今を生きよう」
今が大好き
今にすべてを
かけていい
今を
生きよう
今が大好き
「(タイトル無し)」
夏は暑くて
冬は寒くて
それなりに
俺なりに
――ごんたの詩を読んで、私は「ああ、俺と同じだな」と思った。
彼の詩は、自分を許し、肯定し、なぐさめ、鼓舞する、自分へのサービスなのである。
ただ、その言葉が私と違って、短くストレートで、語彙が少ないのは、頭が悪いんじゃなくて、生活環境が、私よりずっと過酷だからだ。
しかし、私もごんた同様の方法論で詩を書いてきた。
私の作品は、まず第一に、私へ向けた赦(ゆる)しなのだ。
誰も言ってくれない、肯定やなぐさめのサービスだ。
そしてまた、見知らぬ友への一方的な「盲目書簡」なのである。
さて、18日に高円寺「パンディット」でおこなわれた「死体忘年会」という、トーク・ライブの冒頭で読み上げた詩を、全文掲載してみよう。
その日は、死体写真家・釣先清隆の誕生日会もかねていた。
また、この新作詩は、釣さんからのオーダーであった。
●釣さんの54歳の誕生日。確か2年前の誕生会では、このケーキを私が釣さんの顔にグシャっとぶつけたっけ。右のケロッピーは名前の通り緑色のTシャツ。釣さんは福島第一原発の作業服である青。で、私は友人に貰ったメイドイン・ノルウェーの赤いカーディガン。なんかゴレンジャーみたいである。
ケロッピス(もしくはピスケロ)用に、わざと長い詩を書いた。
テーマは、青春や都市や時代にとってアーティストの実存とは何か、アーティストの実存にとって青春や都市や時代とは何か。
なんてことではなく、まあ、頭に浮かんだヴィジョンを、混乱は承知の上で描いた。
それはまた、今年2020年(令和2年)を締めくくる、私と友へのサービスである。
この長詩を、私は間をあけず、10分で読み切った。
あなたも、いちいち意味を考えず、ずらずらと黙読してほしい。
ワンセンテンス、1節でも、あなたの頭に刻まれることを祈っている――。
「冒険者たちよ」
青春は我らに武装せよと強要する
だから気弱な少年は
ちゃちな知識の散弾銃で
三千世界の天使を撃ち落とし
丘の上の毛皮を着た
三人の牧師を血祭りにあげる そんな
ヴィジョンで少年は教科書を塗りつぶす
あるいはジョバンニのヴィジョンで
少年は自分を血達磨にする
青春は我らに武装せよと強要する
戦争によって救われることのない少年は
無防備都市のレジスタントのフィルムに
ちゃちな知識の散弾銃を乱射する
弾切れとなれば少年は 遮二無二
闇雲に弾を拾い集めるのだ
新芽をついばむ仔牛のように
古書店で 図書館で 廃墟の美術館で
ライブハウスで 古着屋で 中古レコード屋で
バイク屋で クラブで スクリーンや電気の街で
教会で 舞台裏の楽屋で 留置所で PCで
売人が指定したマクドナルドを折れた裏道で
アナーキーの「心の銃」を口ずさみながら
マリは五年前に自殺しちまったけれど
青春は我らに武装せよと強要する
すべては彼女を胸を制圧するため
すべては彼女のベルリン留学を阻止するためだ
「ああ、羽などなければ
君は本当の天使に見えるだろう」
少年は彼女を撃ち落とすことができず
彼女を汚すこともできず
弾を拾い集めることに没頭する
ちゃちな知識の散弾を
語りえぬものについては沈黙しなければならない
と、ウィトゲンシュタインは
自らゲイであることについて沈黙したが
語りえないことを語ろうとする少年は
盲目書簡を交わせる友だちを
あてどなく あてどなく 呼び続ける
都市は私たちに武装せよと強要する
だからある田舎出の青年は
鋲ジャン姿でトルエンの一斗缶をかっぱらう
ある者は肩にブラック・フラッグとスミスの刺青をし
ある者はオズのキャメラ角度をでっち上げ
ある者は地下アイドルと非常階段のコラボを計画する
ある者はカルトの「ヒーロー」を作詞作曲し
ある者は極左のポップ・チューン化をはかり
ある者は罪悪感を感じぬよう自らをあざむき
ある者はマンションのワンフロアをぶち抜いて
ガンジャを栽培し
ある者は「FUCK」と名付けたジンに
梅毒患者の下痢便をなすりつけ売りさばく
ある者は刺され、ある者は火達磨となり、ある者は眼を病み
ある者は死んだ または帰ってこなかった
命知らずを唯一の武器として
都市は我らに武装せよと強要する
たとえば上京した俺は五年間土方をし
その後五年間エロ本編集者兼男優をし
その後十年間にパンク雑誌を編み
刺青雑誌を立ち上げ大麻雑誌を発禁にした
土方あがりのエロ編集者。
それが俺の武装だった
エロ男優あがりの編集者
それも俺の武装だった
もちろん編んだ雑誌すべてが
俺の散弾銃だったのである
その十年の最初に出会い仕事をしたのが
ここにいる
ゴンゾー・ジャンキー石丸元章
身体改造ジャーナリスト・ケロッピー前田プロフェッサー
死体写真家釣崎清隆
いわば戦友か
あのころ釣さんとは二十六時間酒を呑みながら
26時間仕事の話に熱中し
野外パーティーでシャブを鼻から吸い吸い
踊ることを忘れて焚火にあたり
ずっと夜明けまでアートの話に熱中していたっけ
誕生日おめでとう釣さん
時代は我らに武装せよと強要する
「青年は蟹に似ている
外側は硬い棘に覆われているが
内身はぐちゃぐちゃだ」
すべては頭数から抜け出すため
すべてはエイゼンシュタイン的
モンタージュから逃亡するため
地下鉄の中で物乞い行為は禁止され
都市の入口という入り口には
「労働すれば自由になれる」
と刻まれているが
そこに出口があったためしはない
時代は我らに武装せよと強要する
家庭にガスマスクは常備され 恋人とキスするのも
防弾ガラス越しにしか住民は許さない
いつの間にか未来は過ぎ去り
過去は分厚い壁となって 突如燃え上がる
その裂け目から現れるニセ預言者たちの顔はみな同じだ
いつも唇が濡れていいて眼の下には
情事に疲れ切ったピンクのたるみ
脱臭済みの腐った肉を売りつける
活舌のよいモーゼたち
時代は我らに武装せよと強要する
逃げ込めるシェルターはがらんどうの沈黙だけ
ドライブ・インの便所で、丸まる太った無表情な
青年が黙ってジャムを舐めている
小さな庭に倒れているのは双子の小さなおばあさん
パゾリーニの謀殺
新宿最後の大箱キャバレーが閉店した夜
マタドール・レッドの下着を身につけた五十代のストリッパーは
後生大事にリコッタ・チーズの包みを抱えて家路をいそぐ
道端で眠る男たちは花束を燃やし暖をとる
誰がいったい 孤独になれるのだろう
恐怖心をもつ者は 孤独とは何であるかを知らない
彼の椅子の背後にはいつも敵がいる
君の椅子の背後にはいつも敵がいる
おお、孤独と呼ばれるあの繊細な感情の歴史を
誰が我々に語ることができようか
今こそ冒険者たちよ
青春の武装を解くときだ
今こそ冒険者たちよ
都市の武装を解くときだ
今こそ我々は
時代の武装を解くべき時にきた
ちゃちな知識の散弾銃を棄て
許せ青春を
裸で歩け都市を
時代のビッチとベッドで平気でたわむれよう
我々自身が普遍的なものとならねばならない
自らの肉をもって普遍性を表現せねばならない
愛していると言った以上そこに約束がある
今や我々は自らを犠牲にせねばならない
親はなく 妻子もない
裸の俺は見た
高架鉄橋の上の空が
穂高連峰の空のように青く澄み渡るのを
俺は聞いた
絶え間ない騒音の中から 打ち寄せる波と波のあいまに
あるような 静寂がふいに生まれるのを
俺は感じた
都心の細い裏通りが 山あいの小さな沢のように
一日の時の移ろいをあざやかに映し出してくれるのを
失業した天使たちよ
地面の鉄格子の隙間から磁石を垂らして
落ちたコインを拾おうとする子どものように
日本の悲劇の根底から 壊れやすい可能性を
そっと拾い上げておくれ
もう二度と俺は ちゃちな知識の散弾銃を手にしないから
青春の武装を解除し
都市の武装を解除し
時代の武装を解いたとき
残ったもの それが俺だ
俺自身が詩なのだ
青春の武装を解除し
都市の武装を解除し
時代の武装を解いたとき
残ったもの それが君だ
君自身が詩なのだ
――この詩を聞いて、釣さんはこう言った。
ちょっと驚いた表情で。
「おまえって、若いな」
その意味を問いただしはしなかったが、おそらく「死にかけたくせに、まだそんな青臭い言葉をつぐむのか」と、言いたかったのだろう。
そう、私は若い。
ボブ・ディランの「マイ・バック・ページ」が断言するように、
「あの頃の私は今よりも老けていて、今はあのときよりも、ずっと若い」
のだ。
●この日、ケロッピス(あるいはピスケロ)のあとに、『BURST』のメイン・カバー・ガールであったツージーが、自ら希望して、私の詩を朗読した。ひとつ目は、女の視線で書いた「ストリート・ファイティング・ウーマン」。アンコールが「タンポポ・サラダ」。どちらも今回自費出版した処女詩集からである。特に「ファイティング~」は、実際に女に読まれると、なんかよりリアルで、私が書いたとは思えない出来だった。
見知らぬ友であるあなたよ。
お互い、今年はヘビーだったね。
でも、これだけはあなたへ伝えたい。
来年に何が起こるかはわからない。
だけど、来年のあなたは、今よりもずっと若いってことを。
そして来年の私の髪は、胸まで伸びているだろう。
おやすみなさい。
読んでくれてありがとう。
来年も御贔屓のほどを。
お互い、よい初夢を。
[処女詩集販売中]
『火舌(かぜつ)詩集 Ⅰ ハードボイルド・ムーン』
著者:曽根 賢(PISSKEN)
ドローイング:佐藤ブライアン勝彦
判型A5/平綴じ/96ページ
部数:300部
税込み価格1320円
さて、販売方法だが、以下の2つの書店で、通信販売、また店頭発売します。
2書店のサイトを検索してもらって注文してください。
ネット注文できない私のようなひとは、誰かに頼んで注文しましょう。
※詩集には私のサインが入っています。
「タコシェ」
(シングル小説もセカンド&サードも注文できます)
「模索舎」
尚、くどいようだが、この処女詩集は、あくまで『火舌詩集』のⅠであって、今後あと2冊を発行します。
3冊合わせて『火舌詩集』となるので、ぜひコンプリートしましょう。
※「火舌」とは中国語で、火事の際、窓から吹き出し、壁を舐める炎をいう
[サード&セカンド・シングル通販中]
●A面「PISS(INTO)MY HEROES」
●B面「七曲荘二〇三号室」
●セカンドシングルのジャケット。被写体は細菌学者の志賀潔。撮影は土門拳。
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