おれってダメだわ…「自分の無力を知った時こそチャンス」芥川賞作家・田中慎弥が贈る絶望のギフト
無力感に打ちのめされたらどうするか。『孤独に生きよ 逃げるが勝ちの思考』(徳間書店)を上梓した作家の田中慎弥さんは「自分の無知や無力を思い知るのは、むしろ歓迎すべきこと。自分の立ち位置を客観的に把握できるから」という――。 【写真をみる】『孤独に生きよ 逃げるが勝ちの思考』を上梓した作家の田中慎弥さん ■事前に力を出し尽くして本番に臨め わたしは野球観戦が好きで、といってももっぱらテレビ観戦なのですが、メジャーリーグを観るたびに感心させられることがあります。選手たちはみな巨体を誇りながらも、動きがとても滑らかなのです。 ネクストバッターズサークルから打席に向かって歩を進め、バッターボックスで足元の土を踏み固めてから、すっとバットをかまえる。その一連の動作には力みというものが感じられない。すぐれた選手であればあるほどそうです。バットを振って塁上を駆けるにしろ、打球をキャッチして送球するにしろ、その流れるような軽快な身ごなしに、わたしはいつも惚れ惚れしてしまいます。 彼らのそうしたパフォーマンスは入念な準備あってのことで、練習のときに相当自分を追い込んでいるのは想像に難くありません。練習の段階でもがき、力を出し切る。力を絞り出したあとだからこそ、本番で無駄のない動きができるのだと思います。厳しい練習、そして本番。それをひっきりなしに反復している。だから観客を魅了できるのでしょう。 ■孤独があなたを豊かにしてくれる 彼らのようなトップアスリートにかぎった話ではありません。 キャリアを積み、肩書きを得て、仕事に充実を覚えていても、油断は禁物です。現役であるかぎり、能力に磨きをかけ続けなければ、たちまち錆びつく。繰り返し述べているように、向上するための手間隙を惜しんではいけません。 独りの時間、孤独の中で思考を重ねる営みは、あなたを豊かにします。そうした準備、練習が、仕事に幅をもたらす。あなたを解放する。 毎日忙しくて、思考を重ねるなんて悠長なことをやっている暇はない。あなたがもしそう思うのであれば、あなたのいまいる環境は、望ましいものではない。あなたがやっていることは惰性であり、思考停止です。仕事の奴隷になりかねない。 惰性ではいい仕事はできないし、そのうち虚しさにとらわれてしまうでしょう。 小説を書くうえでも、だいたいこんな感じでいいだろう、なんて高を括って書いていると、すぐに行き詰まって、ろくなものにならない。自分なりに描いた理想に沿って書きはじめてみるものの、なかなかうまくいかず、じきに壁にぶつかる。書いては書き直し、そうやって無駄な力を使い、資料をひっくり返したり、人の本を読んでみたりして、もがく。 その果てにブレイクスルーがあるわけです。もがいた結果として、やっと書き進められるようになる。傍目(はため)からすれば、それまでの時間は無駄なものに見えるでしょうが、これは本番に臨むにあたって、もう一度懸命に練習している過程といえます。