2025年6月18日(水)
トランプ大統領の誕生日に行われた軍事パレード。米陸軍の主力戦車や航空機などが披露されました。同じ日、全米各地では、アメリカは王政の国ではないと抗議集会が繰り広げられました。アメリカファーストに基づいてトランプ政権が次々と一方的に打ち出す政策は、世界に混乱の種を撒き散らしています。こうした中、イスラエルとイランが軍事衝突。ウクライナとロシアの停戦交渉も進まず、平和実現へ向けた「ディール」の成果は上がっていません。世界の平和と安定はこれからどうなっていくのか。シンガポールで開かれた「アジア安全保障会議」での議論を手がかりに、トランプ政権に翻弄される世界の安全保障の行方を国際安全保障担当の津屋尚解説委員と考えます。
横川:ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ攻撃やイラン攻撃を見ると世界の秩序が揺らいでいるのを感じるが、この現状をどうみますか?
津屋:世界はいま、法の支配の原則が崩壊しかねない状況にあると思います。明らかな国際法違反が繰り返されているのに、国連は機能せず、誰もそれを止めることができない。力による現状変更を試みる中国やロシアなどに対して、自由や人権、法の支配などを重んじる世界をリードしてきたのがアメリカですが、アメリカは今や、国際秩序を守るのではなく乱す側になってしまっています。一方的な関税措置をはじめ自由貿易や国際協調に背を向ける政策を次々と打ち出し、同盟国にも厳しい要求をつきつけています。
こうした中、シンガポールで先ごろ開かれたのが「アジア安全保障会議」です。各国の国防のトップらが 年に一度、世界が直面する安全保障上の課題について議論する場で、私もこの会場内で取材をしました。この会議に初めて参加したのがアメリカのヘグセス国防長官。その発言には大きな注目が集まりました。
(ヘグセス国防長官演説)
「世界は信じられないくらい幸運だ!なぜならトランプ大統領は平和を求む強いリーダーであり、不可能を可能にする特別な力を持っているからだ!トランプ大統領のリーダーシップのもと我々は“力による平和”の実現に積極的に取り組んでいく。アメリカはいまコミュニスト中国による侵略を抑止する体制へと動き出している。」
横川:「世界は信じられないくらい幸運だ」との発言にはかなり引いてしまいますが、ヘグセス長官の演説のポイントはどんなところにあったとみていますか?
津屋:この演説は、インド太平洋地域に対するトランプ政権の外交・安全保障政策を初めて網羅的に表明したものだと思います。ポイントを4つあげてみました。
▽1つ目は、「力による平和」路線を改めて打ち出し、アメリカ自身の軍事力強化の方針を示したこと。
▽2つ目は、「中国への強い対抗意識」です。ヘグセス氏の発言は歴代の長官にも増して非常に強い表現で中国共産党に覇権を握らせてはならないと強調しました。
▽3つ目が、インド太平洋に積極的に関与する姿勢を強調した点です。今回の40分ほどの演説の中で「ウクライナ」という単語は1回しか出てきませんでしたが、それとは対照的に、アジアに対しては、中国を意識して関与を強めようとしています。
▽(4点目)その一方で、日本を含むアジアの同盟国や友好国には、国防費の大幅な増額と防衛力強化を求めました。ヘグセス長官は、NATO諸国がGDP比5%の国防費増額に向けて動き出したことを引き合いに出して、アジア諸国もこれを模範とすべきだと発言しました。
横川:アメリカが積極的に関与する姿勢を示したことはアジアの関係国にとっては好ましいのではないですか?
津屋:アメリカの関与の低下を心配する同盟国にとっては、一定の安心材料でしたが、それでも、アメリカファーストで自国の利益優先の姿勢がむき出しのアメリカが、有事の際、本当に守ってくれるのかという疑念は今回の演説だけでは解消されたとは言えません。
というのも、ウクライナでもガザでもそうなのですが、非常に複雑な歴史や課題があるにもかかわらず、トランプ大統領が「ディール」という言わば“単純な発想”で解決を急ごうとするからです。
また、台湾に関して言えば、トランプ大統領は習近平国家主席とのディールによって何らかの合意を結んでしまうこともありえると専門家は指摘しています。その場合、トランプ大統領が「中国はもう台湾侵攻はしないだろう」と甘い判断をして、同盟国との共同演習をやめてしまって米軍の抑止力の低下を招くというシナリオが考えられます。実際、トランプ大統領はかつて北朝鮮と取引をして、米韓合同軍事演習を本当に止めてしまった過去もあります。
トランプ流の「ディール」による平和実現はこれまでのところ成果はあがっていません。▽「24時間で終わらせる」と豪語したウクライナの戦争も、▽パレスチナ・ガザ地区の停戦も、▽そして今回、イスラエルが大規模な攻撃を実行したイランとの核協議も、ディールで解決できるほど単純ではないのです。
横川:トランプ政権にライバル視されている中国ですが、2019年以降毎年出席していた国防相が今回は参加しなかったことが話題になりましたね?
津屋:影響力を高めたい中国にとっては、アメリカが突然、世界のリーダーをやめようとしていることは千載一遇のチャンスです。ですから今回の会議は、中国こそが国際秩序を守っていく存在だと宣伝するチャンスだったと思いますが、中国はそれをせず、国防相が欠席して控えめな参加にとどめました。
その意図については様々な解釈がありますが、会議で向き合うのがトランプ政権だった点が理由の1つではないかと思います。
どういうことかと言えば、トランプ政権内ではアジア担当の体制は十分に整っていないので、「この段階で直接対話をしても得るものが少ない」上に、放っておいてもトランプ政権が自由主義陣営を弱体化させてくれている中で自ら批判を浴びる場となる会議に「あえて出ても得にはならない」と判断したのかもしれません。
横川:トランプ政権によって世界の安全保障が不透明になる中で自由主義陣営はこの先どのように対応していくのでしょうか?
津屋:会議で演説をしたフランスのマクロン大統領は、名指しは避けながらも、トランプ政権の一方的な政策が同盟関係を危機に陥れていると警鐘を鳴らしました。そして、ヨーロッパとアジアの国々で国際秩序を守るために新たな「連合体」を作ろうと呼び掛けました。
(マクロン大統領演説)。
「長く続いてきた同盟は信頼と影響力が失われ、崩壊の危機に瀕している。共通の規範と原則に基づく新たな同盟を欧州とアジアでつくりましょう」
マクロン大統領の発言は、「トランプ現象」は一過性のものではなく、今後も長く続く構造的な問題だと欧州諸国がとらえている表れだと感じます。このためNATO加盟国の多くが、国防費を大幅に増やしてアメリカだけに頼らない防衛体制の構築に動き出している。
自由や民主主義、法の支配に基づく国際秩序は決して譲ることはできない。それを守るため、価値観を共有する国々と連携しなければならないという意識が、多くの国に広がっているのだと思います。