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§10
吹き抜けのロビーを渡る風は熱を運び。
秋物のシャツは汗を含んで、べたつき始めている。
チェックインを待って、ラタンのソファに腰掛ける。
草の緑の匂いが強い。
日本のそれとはちがう香りを、胸一杯吸ってみた。
フロント棟の小高いの丘の下、鮮やかに緑の海が遠く広がる。
高い鳥の声が、ざわめくように渦巻く。
知らない楽器の音が、細く絡まる。
足元がもう、ふわふわし始める。
「お待たせ。」
汗一つかかないあの人がフロントから戻ってくる。
待っている間に出されたジュースを、急いで飲み干す。
初めての果実の味がした。
ベルに荷物は持って行かれてしまい、
わたしの両手は小さなバッグだけで手持ち無沙汰。
「あれにね、乗ってくの。」
玄関にカートが待機している。
蒸せるような緑の中を、カートがごとごと音を立ててのんびりと進む。
きつい日差しが厚い葉に照りかえり、鋭く瞬く。
ベルボーイの流暢な日本語に少し安心する。
原色の花が咲き乱れた、コテージの塀が延々と迷路みたいだ。
「人、いないっすね。」
「悪いみたい?」
グラサンの下で、含み笑い。
砂利を食む車輪の音と、遠い鳥の声に静寂が浮き上がる。
こういう処だから隠れ家なのだと、何となく感心する。
自分とこの人のテリトリーの、違いを実感して。
埋まることの無いかもしれない距離を、横顔に測る。
高い塀の扉が開かれる。
少しらしくしてみたくて、ベルボーイに慣れないチップを渡す。
多分、多すぎたのだろう、とても喜んでる。
りかさんは、手馴れていないわたしに見てみないふり。
小さな石畳を渡りコテージに入る。
「これって、天蓋ってやつ?」
繊細なレースを施された、繭で包まれたベッド。
少女趣味って思われたらどうしようと、躊躇していた自分を思い出す。
無邪気に尋ねるあなたに、精一杯何気ない風を装って。
「南だからね、蚊帳みたいなもん。」
「向かいの東屋は?」
「ご飯食べるの、ガゼボ。」
とりあえず、はしゃいでくれたようで、胸をなでおろす。
サンダルに履き替え、シャワーでも浴びようかとスーツケースを開く。
「りかさん、ねえっ、これっ」
いつのまにやら、外から声がする。
ちゃんと日焼け止めは、塗ったのかしら。
手近なタオルをつかんで、観音開きの戸に向かう。
「ねっ、プールっ、海が見えるぅ。」
ここまで興奮してくれたら、言うことないか。
塀は海に向かい低く傾斜して、緑の太平洋が遥かに続く。
靴を放りだし、小さなプライベートプールに脚を浸けてみる。
ひんやりとした感触に、痺れそうだった指がほぐれてゆく。
いつのまにかガラス戸に、りかさんが寄りかかってた。
「日焼け、するよ。」
バスタオルが頭から、落ちてくる。
「目の前はプライベートビーチだから。
どっからも見えない作りになってるし。」
言葉を切って、浮かぶ笑みはわたしの出来ない大人の香りがする。
「 ・・・・裸でも、入れるわよ。」
「えっ、でも、水着持ってきたし。」
軽く手を振り、室内へ行ってしまった。
からかわれちゃったのかな、ああ、また失敗。
タオルを被って、樹々に縁取られた海や霞む入り江を眺める。
頭が日常から離れていく。
焼けつくような陽の光に、鼻が熱くなり始める。
荷物整理して、日焼け止め探さないと。
やっと頭が回り出す。
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