§9
「えっと。4のAとB、と。」
窓際にリカを座らせ、通路際に座る。
思いの外広い座席に、足を伸ばす。
座席ポケットの中身をひっくり返し、手擦りのモニターを立ち上げる。
アメニティのポーチのスリッパを出し、しげしげと見つめる。
「スリッパが、珍しいの?」
もう含み笑い。
「いや、こんなのもあるんだなって、ビジネスって。」
「中国は違ったんだっけ。」
「そりゃそうですよう。
あっ、毛布頼みます?なんか飲み物も。」
「いいから、下級生しなくて。」
頬杖を突きりかが窓を向いてしまう。
五月蝿いんだ落ち着こう。
もそもそ靴を脱ぎ、スリッパに履き替えてみる。
屈んだまま、りかの顔にそっと目をやる。
窓からの日差しが、やけに眩しく目に刺さる。
ウェルカムシャンパンをサーブされる。
モニターで映画を見る。
りかさんは寝入ってしまった。
それとも、寝たふり?
「あの、ご飯。」
耳元で囁くと、ゆっくり目が開く。
一皿ごとにサーブされる料理が、飛行機に合わせて揺れる。
「なんか、あっちと凄く違いません?料理。」
「そう?」
「うん、おいしいもん。」
「じゃ、これも。」
そういって、いきなり皿から肉を取り分ける。
「食べさせてあげるのは、今度。」
そういって笑われて、息が止まりそう。
ニ、三個の頭しか見えないビジネスは、夜間用に電気が落される。
よく食べてよく飲んで、
空調だけが響く中、首まで毛布に包まって。
「今日ってすいてますよね、何か悪いみたい。」
顔を寄せ囁くと、甘い香りが不意にこちらを向く。
「混んでるほうが、よかった?」
吸い込むような大きな瞳が、触れそうに側にある。
気が利いた答えの一つも返せずに、言葉が又詰まる。
気を遣うつもりが、却って白けた空気になってしまう。
私はこの人が付き合った中で、一番面白くない奴だろう。
追いかけて押しつけることしか出来ない、恋人になってない。
「ううん。」
「こんなことも出来るしね。」
気がついたら唇が離れていた。
離れていると無性に会いたくなる。
会うとどうしてよいか分からない。
バカな事ばかりしているような気がしてくる。
かおるも私も、そんな処は似ているのかもしれない。
すれ違えば寂しい、ぶつかれば痛い、始末におえない。
でも、側にいたい。
毛布の下の手に手を重ねる。
暖かい手が握り返す、
感触が心地いい。
かおるの横でまどろむのは、もっと心地いい。
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