らせん要素は、二つの数字で表現されます。ひとつめの数字は回転の次数に対応し、ふたつめの数字(下付き)は並進量に対応します。らせん軸の方向は、かならず結晶中の並進ベクトル(格子点と格子点を結ぶベクトル)の方向と一致します。らせん要素の並進量は、らせん軸に沿った並進の最小周期に対する「ふたつめ数字 / ひとつめの数字」と定義されます。たとえば、43 という対称要素を有する結晶は、「90°回転し、軸に沿って軸の周期の3/4だけ進む」という操作によって不変に保たれます。発音は、例えば 43 の場合、「よんさん(らせん)」、「four sub three (screw)」 などが普通です。
結晶であれば必ず有している対称要素が、格子並進要素です。格子並進要素には、 P, A, B, C, I, F, R の7種類が存在します。
P はもっとも単純な格子並進であり、単純格子並進と呼ばれます。右 (小画面端末では下) の図は、単純格子並進の一般位置を示しています。灰色の長方形は単位胞を表しており、左上を原点として下方向がa 軸、右方向が b 軸の方向です。右手座標系では、紙面手前方向が c 軸の方向になります。一般位置は、これまでの図と同様に高さ情報付きの白丸で表されており、a 軸、 b 軸、および c 軸の並進によってお隣の単位胞に移されます。なお、c 軸方向(画面垂直方向)にも一般点は無限に存在しますが、高さが0以上1未満の場合のみを表記しています。
さて単純格子並進 P に対して、残りの6種類は全て複合格子です。複合格子は P のもつ性質 (a, b, c の並進) に加えてさらに一つ以上の並進が存在し、単位胞内に2つ以上の一般位置 (格子点) を含みます。まず、底心格子並進 A, B, C の一般位置を示します。
軸映進 (axis glide) は、鏡映に引き続き a, b, c のいずれかの方向にその周期の1/2だけ並進します。それらの方向に対応して a, b, c と表記します。3種類すべてを説明するのは冗長なので、ここではc 映進を例を説明します。
次の図は、紙面に平行で高さがゼロの c 映進面が存在する状況を示しています。灰色の長方形は単位胞を表し、下方向が c 軸、右方向が a あるいは b 軸、紙面垂直方向が b あるいは a 軸です。つまり c の対称方向(法線方向) は b か a のどちらかですが、対称要素記号だけでは判断できず単位胞の投影方向を考慮する必要があります。図中左上のカギカッコに矢印を付けた緑色の記号が対称要素記号です。矢印の方向は並進方向を表しており、この場合は当然 c 軸(下向き)の方向です。この映進によって白丸 (高さ+z)は点丸 (高さ−z)に写されています。
今度は、紙面平行ではなく、紙面垂直に c 映進面が存在する状況です。単位胞の向きは先ほどと同じです。緑色の長破線で示されている対称要素記号は、並進方向が紙面に沿った方向であることを意味し、この場合は下向き ( c 軸)です。この映進によって白丸 (高さ+z)は点丸 (高さ+z)に写されています。
ここまでの二つの図は、並進方向は下向きでしたが、 並進方向が紙面垂直の状況を表現したい場合もあります。次の図は、 c 軸が紙面垂直方向である場合の c 映進面の一般位置を示しています。右方向と下方向は b あるいは a 軸であり、紙面垂直方向が c 軸です。緑色の短破線で示された対称要素記号は、並進方向が紙面垂直方向(つまり c 軸)であることを意味します。この映進によって白丸 (高さ+z)は点丸 (高さ1/2+z)に写されています。ここまでに示した3つの図は、投影する方向が違うだけで、どれも同じ情報を表していることにご注意下さい。
最後に、軸映進の対称方向が a, b, c 軸のいずれか二つの合成方向になることケースを紹介します。このようなケースは正方格子、六方格子あるいは立方格子にみられます。
次の図は、正方格子(左)あるいは六方格子(右)において、[110] 方向を対称方向とする c 映進面が存在する状況を示しています。いずれも (\textbf{c}\) 軸は紙面垂直ですので、対称要素は短破線で示されます。映進によって白丸 (高さ+z)は点丸 (高さ1/2+z)に写されています。
対角映進 (n)
対角映進 (diagonal glide) は n と表記します。この要素は、鏡映に引き続き、対称方向と直交する二つの並進ベクトルの合成ベクトルの1/2だけ並進するような対称要素です。非常にわかりにくい定義ですね。たとえば、n 映進面の対称方向が b 軸で、 a と c 軸がそれに直交する場合、並進ベクトルは 12(a+c) であるということです。 対称方向に直交する2本の軸が作る平行四辺形の対角線方向に並進するのでこの名前がついています。n という記号から対称方向はもちろんのこと並進方向を読み取ることもできませんから、どういう文脈で使われているかを読み取ることが重要です。
次の二つの図は、n 映進面の対称方向が紙面垂直であるケース (左)と、紙面平行のケース (右) です。a, b, c 軸は右、下、紙面垂直方向のいずれかに対応します。対称要素記号は、前者はカギ括弧と対角線方向の矢印で表し、後者は点破線1で表します。2つの図は、投影方向が異なるだけで同じ情報を表しています。
軸映進の場合と同様に、対称方向がa, b, c 軸と一致しない場合もあります。次の図は、正方格子(左)あるいは六方格子(右)において、[110] 方向を対称方向とする n 映進面を示しています。並進が 12(±a∓b+c) であることにご注意ください。
最後に n 映進と複合格子の関係について説明します。複合格子は a, b, c 以外に余分な格子並進ベクトルを有しますが、その余分な格子並進ベクトルと n 映進の並進ベクトルが一致するケースを考慮する必要はありません。たとえば、c 軸垂直な n 映進面を有する C 底心格子を考えてみましょう。どちらも並進ベクトルは 12(a+b) です。作図すると次のようになりますが、よく見るとこれは単に c 軸垂直な鏡映 m が作用したとみなすことができますよね。わざわざ n 映進面を持ち出す必要はありません。このように格子並進ベクトルと n 映進の並進ベクトルが一致した場合、n 映進は必ず鏡映 m で置き換えることができます。
二重映進 (double glide) は、e と表記します。この要素は a, b, c 軸が互いに直交する格子系にのみ存在し、対称方向は a, b, c 軸のいずれかです。これまで説明した軸映進や対角映進と大きく異なる点は、並進ベクトルが2つあることです。すなわち対称方向と直交する2本の軸はどちらも並進方向であり、並進量はそれぞれの1/2です。その結果、軸映進や対角映進では単位胞内に二つの等価位置が現れましたが、二重映進では四つの等価位置が現れます。たとえば、対称方向が c 軸の場合、並進ベクトルは 12a と 12b の二つです。要するに軸映進がダブルになったということですね。
もう少しこの対称要素を考察してみましょう。白丸の位置関係に注目すると、底心格子並進の関係になっていることがわかるでしょうか?同様に点丸 も底心格子並進の対称性を満たしています。つまり、e 映進の作用によって必ず底心格子要素も加わってしまう2のです。たとえばある結晶の c 軸を対称方向とする e 映進が存在すれば、その結晶は必ず C 底心格子であるということです。e 映進が二つ以上の軸方向に存在すれば F 面心格子になりますし、二つの軸の対角方向(例えば正方や立方の[110])に存在すれば I 体心格子になります。言い換えると e 映進を有する空間群は必ず複合格子 (A,B,C,I,F のいずれか) を持ちます3。
最後はダイヤモンド映進(diamond glide)です。d と表記します。二重映進の場合と同様に、d 映進要素を有する空間群は複合格子 (I,F のいずれか) に限られます5。この要素は、鏡映に引き続き、 a, b, c 以外の複合格子並進ベクトルの1/2だけ並進します。a, b, c 以外の複合格子並進ベクトルとは、I の場合は 12(a+b+c) であり、F の場合は 12(a+b), 12(b+c) , 12(c+a) のいずれかです。これらのさらに半分が d 映進の並進ベクトルということです。もう一つ、d 映進面には特異な性質があります。それは必ず複数枚のセットで存在する必要があるということです。なかなか文章だけでは分かりにくいので、以下に図を用いて説明します。
具体例として F 面心格子の結晶が c 軸に垂直な d 映進を有するという状況を考えてみましょう。この場合、d 映進の並進ベクトルは 14(a+b) となります。この結晶を c 軸から投影したのが次の図です。下方向が a 軸、右方向が b 軸です。d 映進面は紙面から 12 の高さにあるとします。その対称要素記号は n 映進と同じくカギ括弧と対角線方向の矢印で表し6、 高さの情報 12 を添えます。単位胞中の四つの白丸は、F 面心格子の一般位置に対応します。これに d 映進が作用して四つの点丸が生成していると考えることができます。
こちらの図は、上と全く同じ状況を、b 軸から投影したものです。今度は原点が右上になって、下方向が a 軸、左方向が c 軸、垂直手前方向が b 軸ということになります。d 映進面の対称要素記号は矢印付き点破線で表現されています。矢印の方向に、高さが+1/4ずつ変化していることにご注意ください。配置は異なりますが、単位胞中には F 面心格子の一般位置に対応する四つの白丸と、d 映進によって写された四つの点丸が存在します。
大変回りくどい説明になりましたが、以上のように d 映進は同じ対称要素方向に必ず複数枚存在します。それらは対称要素方向の周期の1/4ずつ離れており、並進ベクトルが交互 (例えば14(a+b) と 14(a−b)) に変化します。なお、d 映進が I 体心格子の正方・立方晶系の [110] (および[11¯0]) 方向に垂直に存在する場合もあるのですが、考え方は全く同じなので省略します。
映進面の種類と対称方向
全ての映進があらゆる対称方向に存在できるわけではありません。例えば a 映進面は、a 軸の方向に並進するわけですから、映進面の対称方向(法線方向)と a は直交している必要があります。a 軸を対称方向とする a 映進面は存在しません。以下に、どの結晶類(点群)のどの対称方向(主軸、副軸)に、どの映進面が現れる可能性があるかをまとめました。なお映進面が全く現れない結晶類は省略しています。