点群や空間群に関する議論を本格化する前に、それらの記法について説明します。点群や空間群の記法にはいくつか流儀があるのですが、ここでは結晶学で最も広く使われているヘルマン・モーガン記号 (Hermann–Mauguin1 symbol, 以下HM記号) の記法を説明します。
HM記号は、「1.2. 対称性と対称操作/要素」のページで説明した対称要素の記号を組み合わせて表現します。まず、点群の記法を説明し、続いて空間群の記法を説明します。
点群
点群とは、前ページで説明したように、不動点を持つ対称操作の集合です。点群は無限に存在しますが、ここでは並進対称と両立しうる操作のみを組み合わせた結晶族点群 (crystallographic point groups, 詳しくは別ページ参照) に限定して表記法を説明します 。
点群と単位格子の関係
本題に入る前に、少し天下り的ですが話を整理しておきます。全ての結晶は230種類の空間群に分類され、空間群は32種類の結晶族点群に分類されます。結晶族点群は7種類の結晶系に分類され、結晶系は6種類の結晶族 (crystal families) に分類されます2。つまり、結晶族点群から上に登ればなんらかの単位格子を持つ結晶にたどり着き、下っていけば最下層の結晶族という分類にたどり着きます。結晶族とは、7種類の結晶系から三方晶系と六方晶系をまとめたものであり単位格子の形状による分類と考えることができます。すなわち、本来点群と単位格子は縁もゆかりもない概念なのですが、「結晶族」点群に限れば単位格子と結び付けて考えることができるわけです。
各結晶族には、単位格子の形状を特徴づけるユニークな対称要素 (回転軸や回反軸) が存在3し、その方向を主軸といいます。ユニークな対称要素が二つ以上ある場合は、それらの方向を副軸1, 副軸2とよびます。主軸や副軸の方向を単位格子の各辺
結晶族 | 主軸 (primary) | 副軸1 (secondary) | 副軸2 (tertiary) |
---|---|---|---|
三斜(triclinic) | – | – | – |
単斜 (monoclinic) | – | – | |
直方 (orthorhombic) | |||
正方 (tetragonal) | |||
六方4 (hexagonal) | |||
立方 (cubic) |
等号 = の記号は、結晶学的に等価な方向であることを示します。例えば立方晶族 (立方晶系) では
点群の記法
さていよいよ本題です。HM記号では、点群は以下のように(最大)三つの要素を並べて表現します。
三つの要素
点群の例
2/m
この点群は、単斜晶族に属します。従ってこの記号の意味は、主軸である
3 m
この点群は、六方晶族に属します。従ってこの記号の意味は、主軸である
ところで、副軸1が
6¯ m 2
この点群は、六方晶族に属します。従ってこの記号の意味は、主軸である
空間群
空間群の記法
空間群は以下のように(最大)四つの要素を並べて表現します。
まず
また空間群では、対称方向は同じだが複数の対称要素が交わらないで存在することがあります7。このような場合にどの対称要素を優先して記載すればいいか、以下のようにルールが決められています。
- 同一対称方向に回転、回反、らせんが存在する場合、最高次数の要素を優先する。
- 同一対称方向に同一次数の回転、回反、らせんが存在する場合、回転を優先する。
- 同一対称方向に鏡映と映進が存在する場合、鏡映を優先する。
さらに、点群の場合は恒等要素
いくつかの例を以下に示します。230種類の空間群は別のページにまとめています。
例
C 1 2/m 1
この空間群は、単斜晶族に属します。最初の文字
ところでこの空間群は、
P 3 1 m
この空間群は、六方晶族に属します。最初の文字
さきほど点群では
I4/m 2/m 2/m
この空間群は、正方晶族に属します。最初の文字
完全表記/短縮表記 (Full/short symbol)
ここまで説明してきた点群や空間群の表記は完全表記 (Full symbol) と呼ばれるものです。ただし、「完全」とは言っても本当にすべての対称要素を羅列するのではなく、恒等要素
完全表記に対して、短縮表記 (short symbol) とは言葉の通り点群や空間群を少し短く表現する記法です。たとえば、点群
- 回転・らせんと鏡映・映進が同一方向に存在する場合、回転・らせんを省略し鏡映・映進のみを記載する。例えば
2/m→m や41/a→a など。 - ただしこの省略によって点群や空間群の性質を完全に表現できない場合は、省略しない。
ひとつ目に関して、なぜ「鏡映・映進」を優先するのでしょう?空間中のある方向に対称要素を配置するとき、回転・らせん軸の場合は2つのパラメータが必要ですが、鏡映・映進面の場合は1つだけです。つまり、鏡映・映進面の方が、対称性の性質をより明瞭に表すことができるのです。
ふたつ目に関しても、もう少し説明が必要だと思われます。そもそもHM記号というのは、完全表記か短縮表記かに関わらず、記号中の対称要素(が含む対称操作)を生成元と考えると群全体を生成できるようにデザインされています8。生成元とは、その名の通り群全体を生成するための元です(詳しくはこちら)。例えば、点群
すべての結晶族点群および空間群についての完全/短縮表記は別のページにまとめています (結晶族点群・空間群) ので、参考にしてください。
脚注
- Hermann-Mauguin記号は、Hermann (1928, 1931)とMauguin (1931)によって提案され、ITAの前身である Internationale Tabellen zur Bestimmung von Kristallstrukturen (1935)に導入されました。 ↩︎
- このあたりの分類の話は、改めて「3.7.空間群の分類」ページで説明します。なお、結晶族点群と結晶族は、どちらも「結晶族」という言葉を含みますが、これは単なる日本語訳の問題です。英語では、前者は crystallographic, 後者は crystal family です。 ↩︎
- 正確には、結晶族とは結晶系と格子系の食い違いを吸収した概念です。これについても「3.7. 空間群の分類」ページで説明します。 ↩︎
- 念のため、六方晶族は三方晶系と六方晶系をまとめた分類です。 ↩︎
- 鏡映 (や映進)は、その法線方向が対象要素の方向です。 ↩︎
- 回反と鏡映が同じ方向に存在したとしても、以下のように結局は回転と鏡映の組み合わせで表現することが可能なため、考慮する必要はありません。
1¯/m=2/m, 3¯/m=6/m, 4¯/m=4/m, 6¯/m=3/m ↩︎ - 点群では全ての対称要素が不動点を通ります。 ↩︎
- HM記号が必ずしも必要最小限の生成元だけで構成されるという意味ではありません。 ↩︎