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 §8









微かに空気を揺らせるだけの、自動ドアが開く。






3時間も前にラウンジに着いてしまった。
窓際のソファが開いてる、小さくなって座る。
嬉しいのと緊張がない混ぜになった胸を押さえないと。
年配のビジネスマンが多いんだな、空港の喧騒が嘘みたい。
足音を立てないように、フロアの片隅のサービスドリンクを取りに行く。
お腹きそうだから、暖かいのにしておこう。
念の為、ミネラルのペットボトルも取ってくる。
置いてあるパンフレットを物色する。




広がる窓に、空と飛行機が鮮やかなコントラストを象る。
飽きるほど乗っている筈なのに、勝手に又ドキドキしてくる。
折角のガイドブックも頭に入りゃあしない。
もう、浮かれてるのかな、私。





コーヒーを三杯飲んで、ガイドブックも隅から隅まで読み尽くした。
ため息をつき、広がるパノラマに目を上げた。
後ろから細い指が、髪に絡む。




「早かったのね。」
「み、道がすいてて、すっごく早く着いちゃって。」


「ふうん、早くきたかったわけじゃないんだ。」


サングラスの下の目がもう笑っている。
「あっ、いえ、でもって、すっごく早く出たから。」
「そりゃ、楽あけたばっかなのに。お疲れ様。」
嫌味なのか、からかっているのか良く分からない。
でも、側にいられることが嬉しいから笑ってしまう。


「なんか、変?あたし。」
「ううん、素敵です。
 一緒ですっごくうれしいし。」
「今日はすっごくが、多いのね。」
言葉が一瞬詰まる。





あんまり嬉しそうに笑うから、つい言ってしまった。



この一時は本音で過ごそう、車の中で決めたくせに。
この子を見習おう、少しだけ素直になろう。
取り繕った心に、少し息をつかせてあげよう。



「まあ、あたしもすっごく嬉しいか。」



本を手に取る。
ぱらぱらとマーカーの跡が目に付いた。
「短いから、観光とか出来ないよ。」
あたしだったら、きっと嫌味だと思うような言葉が口をつく。
同期と駆け回る観光旅行のほうが、楽しいんじゃないの?


「あっ、別に、ただ行ったことないからどんな処かなあって。」
焦って本を取り返す。
「別に・・・・
 静かでのんびり出来て、今リザーブできるってだけで選んだから。」


それでも自虐的な物言いね、あたし。



「一緒に行けるだけで、嬉しい。」
もう笑窪が浮かんでる。
どうしてこんな事を、大真面目に言ってのけるのか。



「あっと、りかさんの分。」
嬉しそうにこっそりと、バッグからミネラルウォーターを見せる。
飛行機でもホテルでも山のように水はある。
でも、精一杯気をきかせてくれた水を、素直に受け取る。
「あちゃあ、
 そのバッグじゃ ・・・・・入りませんよね.」
自分のバッグに、ごそごそ入れ直す。
「そろそろ、行こうか。」
さっさと立ちあがる、背中を追いかける。



「航空券。」




テーブルに置きっぱなしの航空券。
だめだ、浮かれてる。





自動ドアの向うに、あの人はさっさと消えてしまった。











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