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 §7









高樹町の地下に潜る。



天井に小さな灯りが天の川のように散りばめられている。
暗闇に目が慣れて、奥のフロアに足を向けた。
滅多に無理を言わないゆうひが、奥のソファに一人座る。
「あの、今日は・・」
「あ、悪い、急に都合悪くなったんだってさ。
 勝手だよねえ、全く。」
大嘘吐きもいいところだ。
「折角だから、たまには飲もう。」
薄暗い灯りにゆうひの表情が隠れる。



「じゃあ、だれか呼びます?」
慌てて携帯を開く。
「いいよ。」
何か、変だ、幾ら鈍くても流石にわかる。
「うんと ・・・・
 じゃあ、飲みましょう。」







もう何杯目だろう、今日のゆうひさんはペースが速い。
回るにしたがって口数も増えていく。
お酒飲まないと口が開かないタイプだよね、リカさんみたいに。
なんでもリカに結びつけるのは、いいかげん止めよう。
そんな思いを見透かしたように、ゆうひが又口を開く。
「だからさ、丸分かりなんだよね。」
「え・・ ?」




「頭、一杯なのが。」








自分を棚に上げ、なにをほざいているんだろう。
自分こそ、未だに頭が一杯だ。
思いきりソファに沈み込んでしまった。






この人はずうっとりかさんの側にいた。
いつも子分だ、っていっていた。
袖で背中を叩いて大笑いしていたのも、よく見かけた。
それを、ぼんやり眺めていた。
稽古場でもどこでも、一歩引く方が楽だった。
度胸は舞台で使い果たしてる。





「すみません。」
それでも、笑おうとする。
「謝ることじゃ、ないよ。」
それでも、続けてしまう。
「回りがガタガタ言い出したら、りかさんに悪いよ、っていいたいだけ。」


別の人との噂は聞いていた。
噂でないことも知っていた。
人と係わってしまうのは、理屈でも理性でもない。
そんな当たり前のことが、あの人に係わって初めて見えてきた。
あの人はとっくに知っていた。
この人も知っているのだろう。
私だけ、分からずにもがいている。
あの人がいらつくのも仕方ない。




「悪い、酔ってるね、私。」




「ううん、私バカだから。」
口角を上げながら、鼻の奥が熱くなる。
ここで泣いたら、本当にバカだ。
自分よりあの人から遠いはずの人の方が、よっぽどよく分かってる。
「気をつけます。」



「好き、なんでしょ。」
人の心配をできる余裕があると、自分で思いたいだけ。
そして、もっと余裕の無い誰かを探したい。
そんな自分にやっと気がついて、グラスを額に当てる。
「私も、好きだった。」
少し赤くなった目がこちらを向く。
誰のことを話しているのか、頭がごちゃ混ぜだ。
グラスを置いて、煙草に又火をつける。
どこから見ても、完璧に意地の悪い先輩。



「すみません。」
「過去形だってば。」
目を赤くしたまま、笑う。
そして、頷く。
背けたい目を、真っ直ぐ向ける。
私には真似できない、そして、多分、あの人も。
こんな風だったら、何か違っていたのかもしれない。
煙草が染みて、目が痛い。




「ん、と、少し煮詰まってたんだ。
この処、なんか忙しくて、あたっちゃった。」
そろそろ過去形にしよう、色んなことを。
天井の星に願をかける。


「お詫びに、奢る。ガンガン飲もう。」







明日は部下は二日酔いだ、エドガー様、ごめん。










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