TRICK 時遭し編


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作:明暮10番
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誰ソ彼


あぶ

 

赤ラーク

 

さはえり

 

おっぱい星人

 

さい大魔王

 

かいしゃちがい

 

プラマイゼロむしろマイ

 

戦車道

 

ゴンバ・ヂバサゼ・ボソゲ・バギゾパ・ダグバ

 

リューション

 

なにものだ日企谷八幡

 

 

 畳の上に、数々の習字作品が置かれていた。

 

 

 夕焼けが射し込む邸内。さっきまで満ちていた、子どもたちの楽しげな声が消える。

 がらんとなった家は寂しげで、遠く聞こえるカラスの鳴き声が望郷の念を煽る。

 

 

 

 ここは長野県の山中にある邸宅。

 山田の実家であり、今は母親の「里見」が一人で暮らしていた。

 

 

 

 

「……さっ。お夕飯の支度しましょ」

 

 

 畳にとっ散らかった作品は後で片付けようと決め、遅くならない内にご飯を食べようと台所へ向かう。

 そんな矢先に、ガラガラと入り口の引き戸が開く。来客のようだ。

 

 

「はーい? こんな時間にどな……」

 

 

 玄関先にいた人物を見て、里見は呆れた顔で言葉を切る。

 来客であるスーツ姿の色男は親しげに手を上げ、ニコリと微笑みかけた。

 

 

「お元気ですか? お母さん」

 

「『瀬田くん』……議員のお仕事は? 年末は忙しいんじゃないの?」

 

「そこんとこは上手く調整しますよ」

 

 

 男の名前は、瀬田。

 昔は医師だったが、数年前に長野県の市議会議員に立候補してから度々当選している、現職の議員だ。

 医師時代は回診の合間に良く来ていたが、最近は議員の仕事が忙しいらしく、なかなか見なくなっていた。

 

 

 瀬田はチラリと、居間の方を覗く。

 

 

「……奈緒子は、帰って来てないんですか?」

 

「……ええ。相変わらず東京住まいよ」

 

「記憶喪失なんて重傷だろうに……お母さんも歳なんだし、帰って来るよう言ったらどうです?」

 

「あの子だって子供じゃないんですから。それに記憶も、殆ど戻って来てるから」

 

 

 そうですか、と顎を摩りながら頷く瀬田。

 

 

「……まぁ、生きていただけ幸せかもしれないですがね」

 

「それより瀬田くん、何か用事があって来たんでしょ?」

 

「あぁ、そうだった」

 

 

 彼が里見に差し出したのは、誰かが彼女に宛てた願書。

 

 

 里見は書道家として有名で、彼女に文字を書いてもらった人間は吉報に恵まれると専ら評判だ。

 全国の芸能人、政治人などが、こぞって里見に文字を書いて貰おうと詰めかけるほど。

 

 

 彼女に渡された願書も、地方の議員が次の選挙に勝つ為、名前を書いて欲しいと願っている物だった。

 差出人の名前は「三木(みき) 舞臼(まうす)」議員。頭にネズミの耳のような飾りを被っていた。

 

 

「なかなか攻めた名前ねぇ。訴えられないのかしら?」

 

「この間、議員のパーティーの時に偶然知り合いましてね? お母さんの知り合いって言ったら、是非頼んでくれって!」

 

「瀬田くん、こう易々と勝手に引き受けられては困るわよ。あたしにも都合と言うものがあるんですから……」

 

「そう言わずさぁ。結構、金払いの良い人っぽいですよ、お母さん」

 

「何年言わせるのよ……あたしは、あなたの『お母さん』ではありません!」

 

 

 ピシャリと言い放ち、願書を突き返そうとする里見。

 

 ふと目に入った差出人の住所に気が移る。本当に議員を目指している人間の字なのかと疑いたくなる、下手な文字かつ横文字表記。

 

 

 

『──鹿骨市興宮……』

 

 

 

 

 それを見て少し考え込んだ後、里見は瀬田に聞く。

 

 

「瀬田くん。この、鹿骨市はどこの町なの?」

 

「あぁ。岐阜にある町ですね。昔はとても大きなヤクザが仕切っていたとか何とか。まっ! そのヤクザはとっくの昔に解体されたそうなんで、今はクリーンですよ」

 

「…………」

 

「どうしました?」

 

「……いえ。聞かない場所だったから」

 

 

 願書を渡せたのならばと、瀬田はそろそろ戻ろうかと考えた。

 

 

「じゃあ、お母さん! 前向きに検討してね!」

 

「はいはい」

 

「あと! 奈緒子に早く僕の事話してくださいね! お互い婚期逃しちゃいますよって!」

 

「全く……変わらないわねぇあなたは……」

 

 

 出て行こうとする瀬田を呆れながら見送っていた里見だが、次には大慌てで話しかける。

 

 

 

 

「車で来てるんでしょ? ちゃんと修理に出しなさいよ!」

 

「……え? しゅ、修理?」

 

「じゃ、またね」

 

 

 手を振り見送る里見を怪訝に思いながら、瀬田は近場に停めた自家用車に戻る。

 

 

 

 

 

 少し走らせた後に車は道中で故障を起こし、彼はレッカーを頼む羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 里見は願書を持ちながら、再び居間に立つ。

 居間には、子どもたちの書いた作品が床にバラバラ置かれている。

 

 

 そのバラバラに置かれた作品が重なって、更には自らが加えた朱色の修正も加わり、偶然にも一つの文字を浮き出させていた。

 

 

『災』

 

【挿絵表示】

 

 

「……災い」

 

 

 再び願書に書かれた、鹿骨市興宮の地名を見遣る。

 書いた人物はかなり、悪筆のようだ。鹿の字の中身が横に飛び抜け、「月」の字が四角になってしまった骨とぶつかっていた。

 

 

『禍』

 

【挿絵表示】

 

 

「……禍々しい」

 

 

 災禍。

 彼女にとって、偶然とは思えなかった。

 そしてその二つで一つの、不吉な文字が示す先に──願書と、作品の先に一人娘、奈緒子の写真がある。

 

 

 

 

 

 

「奈緒子……」

 

 

 ぽつり、一人娘の名を呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が夕焼けに染まる頃、公安組の車はまだ高速道路を走っていた。

 運転は石原にさせ、助手席には矢部。後部座席に菊池と、秋葉を乗せている。

 

 

 カーステレオで流している曲は、菊池が持参したCDのものだ。

 

 

「なんやねんな、このラップ」

 

「フランシュシュの曲だッ! 分からんのかッ!? 東大理三の人間なら聴くように、後輩に布教している!」

 

「首が取れたらとか、おっそろしい事言うとんなぁ。ゾンビ? ロブ・ゾンビか?」

 

「『ホワイト・ゾンビ』と比べるんじゃあないッ!!」

 

「よお知っとんな」

 

 

 道路沿いに立てられていた案内標識を見ると、やっと目的地である「鹿骨市」の名前が示されていた。

 

 

「兄ィ! 鹿骨市が見えて来たけぇ!」

 

「あと何キロや?」

 

「十キロやけぇの!」

 

「遠いなぁ〜ホンマ。金貰えへんなら来んかったで、こんなド田舎!」

 

 

 高速道路は山間に張られ、長いトンネルにも何度も入る。

 その度にトンネル内で増幅した走行音で曲が聴こえづらくなり、菊池はイライラ。

 

 

「トンネルの少ない道は無かったのかね!」

 

 

 スマートフォンで地図を見ていた秋葉が断言する。

 

 

「この道しかないっすね。下道使ったら一週間かかりますし」

 

「これだから郊外は嫌なんだ! 大体、参事官の僕が行く意味が分からない!」

 

「警視総監のお達しですから、仕方ないっすよ。何かあれば電話するように、番号も聞いていますから」

 

 

 秋葉は赤坂から預かった、彼の電話番号が書かれた紙を見せ、矢部に渡した。

 

 

「警視総監の電話番号確保や! これでコビ売れまくれるでぇ!」

 

「コビ売って、どないなるんけ?」

 

「そりゃ、昇進やろ! コビてコビて、コビウルオウダーや!」

 

「兄ィがマブシーッ!」

 

 

 はしゃぐ矢部に、呆れ顔を向ける菊池。人差し指をピンと立て、刑法を一つ捲し立てる。

 

 

「刑法第百九十七条! 公務員がその職務に関し、賄賂を収受し、またはその要求もしくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。この場合において請託を受けたときは七年以下の懲役に処する! こんなの東大理三を卒業し、六法全書を毎日読み返していた僕のような超絶エリートキャリア警官にとって、常識だ!」

 

「別に賄賂渡す訳やあらへんわ! コビ売るならなんの罪にもならんやろ!」

 

「上司として釘を刺しただけだ! 君ならやりかねん!」

 

「お前ここで降ろしたってもええんやぞ? えぇ? 今のワシはハイパームテキやで?」

 

 

 矢部の野望、菊池の自慢話が飛び交い、騒がしい車内となる。

 既に夕方。鹿骨市に着く頃には、もう夜も深まっているだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらの空も橙に染まっていた。

 森の中という事もあり、辺りはかなり暗くなっている。何とか山田と上田は目を凝らし、視界を確保する。

 

 

「……遠い」

 

「いつかの奥アマゾンのピラニア汁精力剤があるんだが、飲むのはまだ勿体ないな」

 

「あるんなら飲ましてくださいよ!」

 

「三万円だぞ。これは、俺が夜を添い遂げる為に取っておくんだよ!」

 

「使う予定あるのか?」

 

「黙れ」

 

 

 哀愁を漂わせ始めた上田の背中を眺めながら、彼女は必死に悪路を進む。

 途端に彼が立ち止まり、山田は少しぶつかる。

 

 

「イッテ! 急に止まるなしっ!」

 

「まぁ待て……ほれ、見えて来たぞ」

 

 

 上田が指を差す先を見据える。

 

 

 

 

 雑草が伸び放題の、田畑と思わしき場所。

 形を保ちながらも所々崩落した、家々。

 三十年あまり人の気を寄せ付けなかっただけに、荒廃の具合は著しい。

 

 

 

 黄昏に染まる、退廃的な世界。

 その場所こそが、目的地である「旧雛見沢村」。

 

 一夜にして住民が全滅し、そして地図から消えた曰く付きの廃墟だ。

 あれほど気が強かった山田でさえも、実物を前にして何か薄寒いものを感じてしまう。

 

 

「……なんか、雰囲気ありますね」

 

「……に、日本海側に抜けた低気圧の影響で、レイリー散乱が著しいな。つまり、最も夕焼けが赤く見える、ジャストな条件って事だ!」

 

「はぁ」

 

「因みにレイリー散乱とは」

 

「良いから行くぞ上田!」

 

 

 ダラダラ喋り倒し時間を間延びさせる上田を押して、二人は再び旧雛見沢村へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 

 振り返る山田。

 

 

「どうした?」

 

「いや……誰かいたような気がして……」

 

「や、止めなさい。オヤシロ様かもしれんだろ!」

 

「超常現象は信じないんじゃなかったのか……怖いなら帰ります?」

 

「怖くねぇって!!」

 

 

 何事もなく歩き出す、山田と上田。

 

 

 

 

 木々の隙間からこっそりと、人影が覗く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのまま旧雛見沢村に足を踏み入れた二人。

 道はあってないようなもので、雑草が茂る泥だらけの中を突き進んだ。

 

 

「どうにも……火山性ガスとは思えん。三十五年経ったとは言え硫黄の気配がしないし……どう見ても火山は見当たらない」

 

「そもそもそんな危険な場所なら、今になっても許可出ないんじゃないですか?」

 

「火山性ガスの危険はない……いや。村人全員を全滅させた規模なら、もっと形跡があって良いものだが……」

 

 

 ブツブツと呟きながら、荒れ果てた家々を見て回る。

 駄菓子屋、村役場、学校、診療所……三十年前までは、実際に人がいたであろう廃墟の数々を通り過ぎた。

 

 それらを眺めながら山田はつい、縁起でもない事を口走る。

 

 

「もしかしたら私たち、誰かの遺体のあった場所に立っているのかもしれませんね」

 

「や、やめろッ!! 言うなッ!! 歩けなくなるだろ!?」

 

「あ!」

 

「おおう!? なんだ!?」

 

 

 山田が指差す方へ、上田はビビりながら視線を向かわせる。

 

 

 

 

 

 落ちる斜陽が、鳥居の後ろより赤く輝く。

 石造りであったそれは、コケに侵食されて醜くヒビ割れていた。

 二人の前で遥か上より見下ろし立ち、逆光による影を鬱々しく落としている。

 

 

 

「あれが古手神社じゃないですか? オヤシロ様を祀っているとかの」

 

「あ、ああ……そうだな。地図によれば確かに、あれが古手神社だが……」

 

 

 地図から顔を上げれば、山田は既に神社への急な階段を上がっていた。

 

 

「勇敢過ぎるだろYOUッ!?」

 

「高台にありますので、見晴らし良さそうですし」

 

「た、祟られ……」

 

「逆に挨拶もしない人間こそ祟られそうな気がしますよ」

 

 

 山田に諭され、上田もまた大急ぎで階段を駆ける。

 道が少し泥濘だった為、濡れた靴のまま転んで階段を滑り落ちた。

 

 

 

 

 

 

 階段は三十段。

 神社自体は山の斜面を切り開いた場所にあり、恐らくここがこの村で一番高い地点だろう。

 

 多い段数にウンザリしながら山田はぼやく。

 

 

「なんで神社って……どこもかしこも高い所にあるんだ……」

 

「縄文時代に遡る。人間は死後、魂は海に還ると考えられていた為、古代人は海辺に祖先の霊を祀る場所を建てたんだ」

 

「なら、海辺にあるべきじゃないですか?」

 

「ところがドッコイ。縄文時代は地球の気温が高かった。つまり、今より海の面積が広かったと言う訳だ。これを『縄文海進期』と言う」

 

「それで?」

 

「縄文海進期を抜けると、地球はまた冷えた。冷えれば氷河は増え、海の面積が低下する。結果、元々海が侵食しなかった場所が地理的に高くなり、海が干上がった場所が低い標高となる。海に住んでいたハズの『フタバスズキリュウ』や『アンモナイト』がなぜか山の中で見つかるのは、そう言う背景だ」

 

 

 二人は鳥居を潜る。上田の蘊蓄は続く。

 

 

「海がないハズの栃木や群馬に『貝塚』が存在する事から……縄文時代の日本は、今より海に沈んでいた訳だ」

 

「へぇ。今の神社って、そのまま縄文時代からの場所を変えずに建てたから高い場所にあるんですね」

 

「勉強になったろう?」

 

 

 明らかに物理学の世界ではない上田の薀蓄。

 数々の寒村を渡り歩き、そこのインチキ霊媒師を撃退して来たと言う彼だ。嫌でも民俗学に興味を持ってしまうのは、学者としてあるべき姿だろう。

 

 

 

 古手神社は、二人が思っていたよりはかなり広い。

 苔と腐った木材だらけの拝殿と、手水舎がある。また枯れた森を経由した裏手には、崩落した小屋があった。

 

 

「神社って、廃墟になったら余計怖いですね」

 

「……やっぱ、やめないか?」

 

「ここまで来たならお参りしましょうよ」

 

「……なんでお前そんなに勇敢なんだ?」

 

 

 昔は白かったであろう玉砂利は、鈍色に煤け、コケが生えている。

 それらから顔を覗かせる参道を進んだ先に手水舎がある。その先にまた数段階段があり、そこが拝殿だ。

 

 古ぼけた賽銭箱がぽつんと、置かれている。すぐに上田は財布を抜いた。

 

 

「ごご、五百円〜五百円〜……待て。五百円でオヤシロ様は許してくれるのか……? ここは一万円を出す方が賢明では……」

 

「あれ? お賽銭はちまちま入っているんですね」

 

「覗くなタワけッ!!」

 

 

 雨風に晒され、腐食した賽銭箱。中には確かに五円玉がポツポツ落ちていた。

 

 

「大方、廃墟マニアかなんかが記念に賽銭してった物だろ。ケッ、不謹慎な事しやがる! オヤシロ様に祟られちまえ!」

 

「なんでオヤシロ様側についてんだ」

 

 

 上田の態度に呆れながらも、山田はポケットからガマ口を取り出し、一円玉を抜く。

 

 

「ケチな奴め! オヤシロ様がキレるぞ!」

 

「何言ってんですか! 一円玉って凄いんですよ。世界で唯一、水に浮くお金!」

 

「せめて五円玉に……おおいッ!?」

 

 

 山田の手から放たれたアルミの塊は小さなか細い音を立てて、賽銭箱に呑まれた。

 続いて彼女は一回、手を叩く。静かな境内にパンっと、破裂音が響いた。

 

 即座に上田が必死の形相で注意する。

 

 

「二回叩け! それ以前に、叩く前に二回お辞儀しろッ!!」

 

「別に良いじゃないですか。回数なんて気にしませんよ、神様なんて」

 

「お辞儀をするのだッ!」

 

「うるさいなぁ……分かりましたよもう」

 

「恥を知れ! 祟られろ!」

 

 

 上田の声が、境内に轟く。

 

 

 

 

 

 途端、何かが激しく倒れる音が木霊した。

 

 

「!?」

 

「うひゃう!?」

 

 

 瞬時に振り返る山田と、情けない悲鳴をあげる上田。

 後は、拝殿の向かって左手の奥にある、小さな建物からだ。見るからに物置の類だろう。

 

 

「……何か、落ちたんでしょうか?」

 

「おおお、おい……やめとけやめとけ……」

 

「……」

 

「おおーい!!」

 

 

 お守りまみれの次郎人形を掲げながら、ズンズン進む山田の後を追う。

 どうやらその建物は、祭具殿のようだ。入り口の戸を確認し、山田は頷く。

 

 

「鍵、開いてますね」

 

「やめなさい! 封印が解かれるぞ!」

 

「えい!」

 

「お前はなんでそんな怖いもの知らずなんだッ!! 馬鹿かッ!?」

 

 

 引き戸を思いっきり開く。二重扉のようなので、更にもう一度開く。

 

 

 

 

 その先には祭事に使うであろう、物の数々。

 お祭りの時に出す小さな神輿やら工具やら、破れた扇子に鈴、霞んだ鏡などが所狭しと置かれていた。

 

 

 何十年も光を浴びていないようで、埃とその臭いが二人に飛びかかった。

 それでも山田は容赦なく最奥目掛けて進む。

 

 

「お、おい……怒られるぞ?」

 

「……倒れたのはアレのようですね」

 

 

 山田が指差す。

 

 

 額縁が落ちていた。その上にある引っ掛けに立ててあったであろう物だ。

 二人は中に入り、額縁に近付く。入る際に長身の上田は頭をぶつけた。

 

 

 山田は落ちていた額縁を拾い上げる。見事な文字で「古手梨花」と書かれていた。

 

 

「古手…………」

 

 

 下二つの文字を見て、顰めっ面になる山田。

 

 

「なし、はな?」

 

「多分『リカ』だ」

 

「それは上田さんの分野じゃないですか」

 

「そいつは『理科』だ!……いや、同じ読みだ! ツッコミにくいボケをかますんじゃない!」

 

 

 上田は自前の懐中電灯を取り出し、額縁が飾られていた箇所を照らす。

 

 

「……固定具が落ちているな。道中、泥濘んでいた辺り、雨上がりなんだろう。湿気で固定具が劣化して、ポロっと落ちたって訳か。ハッ! そんなもんだと思った!」

 

「ビビっていたのはどこのどいつだ……ん?」

 

 

 額縁の裏、書道作品との隙間に、劣化した紙が挟まって折り畳まれていた。

 

 

「なんだこれ?」

 

 

 気になった山田はそれを抜き取り、パラっと開いた。

 幾度も雨に濡れては乾いてを繰り返して来たのか、酷く皺だらけだ。おかげで中の文字は所々掠れ、断片的にしか読めない。

 

 

 

 

 

 

『   と  お     やま     の き       ん      さん』

 

 

 

 

 

 

「……『遠山の金さん』」

 

「なにやってんだ?」

 

「遠山の金さんですよ」

 

「は?」

 

「この見事に咲いた遠山桜を! 忘れたとは言わせねぇ!」

 

「……大丈夫かYOU?」

 

 

 他の文字が読めないかと試行錯誤をする山田とは別に、上田は祭具殿内を見渡していた。

 

 

「さっき俺たちが入った印象からずっと、誰も入って来ていないようだ。落ちたのは自然現象に過ぎんな」

 

「おうおう! この背中に咲いた桜吹雪! 散らせるものなら散らしてみろー!」

 

「黙れッ! 散らすぞッ!……まぁ、こんなモンか。オヤシロ様なんて、恐るるに足りんな! はっはっ!」

 

 

 やっと心に余裕が出来て調子に乗った上田は、雄々しく、高らかに笑う。

 その時だった。

 

 

 

 

 

 

 ドタドタドタ。

 

 

「!?!?!?」

 

 

 何かが、どこかを何度も蹴ったような、明らかに人為的な音が響く。

 

 

「上田さん!? 誰か、いますよ!?」

 

「………………」

 

「……上田さん? 上田?」

 

 

 

 

 上田は立ったまま気絶していた。右手を上に、左手を横に伸ばしてL字を作るようなポージングのまま。

 

 

「肝心な時に役に立たないんだから……!」

 

 

 彼から懐中電灯を引ったくり、音のした方向へ恐る恐る向かう山田。

 音は、倒れた神輿の裏からだ。

 

 

「誰か? いるんですかー?」

 

 

 呼び掛けに応じる声はない。ゆっくりと、警戒心を最大限に抱きながら、神輿の裏へと回る。

 その更に奥に、片腕が欠損した仏像があった。

 

 

「……ん?」

 

 

 仏像の前に箱がある。丁度、日曜大工の工具を仕舞うような、古ぼけた箱だ。

 山田はそれに手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 ドタン、バタン、ドンドンドン。

 

 

「誰……!?」

 

 

 一際大きな音が鳴り、続いてみしりと何かが軋む音。

 危険を感じて振り向く山田だが、既に折れた神輿の柱が頭部目掛けて落っこちて来た。

 

 

「え!? え!? ちょちょちょ!?」

 

 

 回避する暇もなく、柱は山田の頭にぶつかった。

 

 

 

 

「にゃあーっ!!」

 

 

 奇声をあげながら山田も、上田と同じく気絶してしまう。

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