怪獣至上主義カルト団体の偽聖女とラブコメ ~ちがう彼女はそういうのじゃないんだスゴく優しいし誰にでも笑顔の善い子だけどたまに弱いところがあるから僕が支えてあげないと以下略~   作:余田 礼太郎

17 / 17
最終回。エンドタイトルはアジカンことASIAN KUNG-FU GENERATIONの楽曲「君の街まで」から。結束バンドにカバーしてもらいたい曲なのでチョイス。二期があったらカバーしたらいいな。


17、エンドタイトル:君の街まで

「……おい、サトー」

 

 戦いが終わり、ゴジラ=スカーフェイスのヤローをなんとか海へ追い返してやったあと、僕はユウキのおっさんに声をかけられた。

 場所はゴジラ=スカーフェイスが根こそぎ焼き尽くした『団体』本部のセントラルシティタワーこと、オルガ=ミレニアンの巣の跡地。その片隅でボロボロになったMOGERAのデカい図体が横倒し、まるで涅槃仏みたいにごろりと寝そべっている。

 ユウキのおっさんはその膝元にどっかり胡坐をかいて、愛用のオイルライターで咥えタバコに火を着けながら僕へ問いかけた。

 

「おまえ、Gフォースに戻る気はないか」

「…………!」

 

 驚く僕を横目に、ユウキのおっさんはタバコを美味しそうに一服。吸い終えたタバコの火を揉み消したあと、さらに続けてこう言った。

 

「国連のお偉いさんたちは現場の人員を削減したくて仕方ねえみてえだが、そんなの俺は知らん。それに、コパイロットAIって奴がどうも気に入らなくてな。サトー、おまえの腕ならまだまだやれる。どうだ」

 

 ユウキのおっさんの言葉を受けて、僕はじっくり考えた。

 ……気に入らなければ上層部(うえ)だろうと平気で盾突く頑固おやじ、それがユウキ=アキラという人だ。そんな硬骨漢が言うことなのだから、きっと今だって本気で僕のことを誘ってくれている。今ここで僕が「うん」と答えれば、何が何でもGフォースへ引き戻そうとしてくれるはずだ。

 

「…………。」

 

 そして振り返ってこの僕、サトー=キヨシの現状はどうだろう。戦いに明け暮れる日々に嫌気が差して、逃げ出して。それで逃げた先でも盛大にしくじって、うだつの上がらないフリーター暮らし。『きちんと真面目に働いて、平和にのんびり暮らしたい』だなんて、碌なもんじゃあなかったじゃないか。

 これはチャンスかもしれない。

 ここでひとつ、ユウキのおっさんの男気に乗せてもらうってのも悪くない。『世界の平和を護るため』、そんな熱い使命を胸に命懸けで戦い続ける。そんなヒーローみたいなカッコいい日々に舞い戻るってのも、ひとつの選択肢なんじゃあないか……?

 そんな風にも思いながら、僕は答えた。

 

「……ありがとうございます、ユウキさん。僕のことをそうやって買ってもらえて、正直救われた気がします。Gフォース辞めてからしばらく、僕はずっと腐ってたもんで」

「……そうか」

 

 だけど、僕は。

 

「だけど僕は、こっちの世界でもうちょっと頑張ってみたいんです。僕の戦争は終わった。前線で怪獣と戦う戦士としてじゃない、平和に暮らす、そういう生き方をしてゆきたい……そう決めたんで」

 

 僕からの、ともすると最前線で怪獣との戦いに身を投じているユウキのおっさんの人生をも全否定しかねない言葉。キレられるかもしれないとも一瞬よぎったけど、僕はちっとも後悔しなかった。だってこれは心の底からの、そして嘘偽りのない本音だもの。

 そんな僕の答えにユウキのおっさんは、

 

「……そうか」

 

 特に怒るでもなく、否定するでもなく。

 愛用のオイルライターをカチンと鳴らして閉じたあと、ユウキのおっさんは火をつけた二本目のタバコを咥えながら腰を上げた。

 

「男一人が決めたことだってんならしゃーないわな。ま、せいぜい頑張れや」

 

 ただし、とユウキのおっさんは付け加えた。

 

「もしちょいとでも気が変わったら、そのときはいつでも声をかけてくれ。オマエみてぇな腕の良い操縦士はいつでも大歓迎、なにより俺はオマエのこと気に入ってるからよ」

 

 そう言いながらニカッと笑う、ユウキのおっさん。

 ……まったく、相変わらずカッコいいオッサンである。

 

 

 

 

 事件から数日後。

 僕が病院を訪ねたとき、ミレヴィナ=ウェルーシファはちょうど病室のベッドでテレビを観ていた。

 病室に据えられたテレビ、そのモニターに映るニュース番組ではお馴染みのニュースキャスターが、淡々とした事務的な口調でこんな話をしていた。

 

〈……怪獣災害に関するニュースです。ゴジラと宇宙怪獣に破壊されたセントラルシティタワーの瓦礫から、怪獣災害を引き起こす装置:オルカが発見されたことが、捜査関係者への取材で明らかになりました〉

〈この装置は、××年に起こった『怪獣大戦争』の原因となったと見られている装置:オルカと同じもので、オルカは怪獣を刺激し怪獣災害を引き起こすとされることから国際的に所持使用が禁止されています〉

〈オルカが発見されたのは先日ゴジラと宇宙怪獣によって破壊されたセントラルシティタワーの瓦礫の下で、タワー最上階に事務所を構えていた怪獣保護活動家団体によって持ち込まれたものと見られています。発見時、オルカは既に機能を停止した状態でしたが、今回の事件に何らかの関わりがあるのではないかと見てGフォースとモナークが調査を進めています〉

〈『団体』の代表マルメス=オオクボ氏、本名オオクボ=ススム氏はアクアラインで発見され、病院からの発表によれば全身を強く打った重体で治療を受けています。なお、捜査関係者の話では『マルメス=オオクボ氏の生命に別状は無い』とのことで、国際警察機構インターポールでは氏の容態の回復を待ってから詳しい事情を聴き捜査を進める方針です。では次のニュース……〉

 

 ぷつん。

 適当なところでテレビを消し、ベッドの上のミレヴィナちゃんは僕へと振り返った。

 

「……わたし、ぜーんぶ無くなっちゃいました」

 

 だけどねサトーさん、とミレヴィナちゃんは微笑む。

 

「次の『計画』があるんです」

 

 そうやってミレヴィナちゃんはいつものおしとやかな聖女スマイルを浮かべながら、まるで楽しい内緒話でも打ち明けるかのように言うのだった。

 

「今回はくだらない宇宙怪獣に邪魔されちゃいました。あんなのは紛い物、わたしが求める本物の高次元宇宙知性などでは無かったんです」

 

 そう不服そうに吐き捨てたあと、続けてワクワクしたように笑いながらこうも言った。

 

「けれどあそこで死ななかったのは運が良かった。次こそは、次こそはちゃんと真の巨神、本物の高次元宇宙知性を呼んでみせる。そして今度こそ、皆で『天国』に行くんです……」

「…………。」

 

 そうやって次の『計画』を嬉々として語り続けるミレヴィナちゃんを前に、僕は黙って考えていた。

 ……コージ、ミキちゃん、それにユウキのおっさん。僕がどれだけバカでアホでマヌケだとしても、皆は決して僕を見放さないでいてくれた。だから僕の方も、たとえイカレたカルトにハマるような大失敗をやらかしたとしても、それでも決して一線を越えずに済んだのだ。

 

 しかし、ミレヴィナちゃんはそうではなかった。

 

 怪獣至上主義カルトの偽聖女、ミレヴィナ=ウェルーシファ。この人はいつだって独りぼっちだった。

 ミレヴィナちゃんの大切な人たちは、みんな勝手に彼女を置き去りにして『天国』へ先立ってしまった。それだけじゃない。そうやってミレヴィナちゃんが独りになったとき、あるいは死にたくなるほど辛い目に遭ったとき、彼女がいくら助けを求めてもこの世界は誰も手を差し伸べてなんてくれなかった。

 そんなことを何度も何度も繰り返してゆくうちに、ミレヴィナはこの世の中の何もかもすべてがどうでもよくなってしまったのだろう。

 

「わたしの“戦争”はまだ終わってないんですよ、サトーさん」

 

 ……ミレヴィナ=ウェルーシファは今、いつもの聖女の仮面の下で絶望のどん底にいる。

 練りに練った『計画』は上手く行かず、ずっと行きたかった『天国』にも行けず、この世界における唯一の居場所だった『団体』さえも無くなってしまって、今や世間の鼻つまみ者だ。

 その行き着いた果てで、ミレヴィナちゃんは『怪獣たちを呼び寄せて街を破壊してしまう』という取り返しのつかない事態を引き起こしてしまった。彼女はこれからずっと、その罪の重さを背負って、石を投げられ続けて生きてゆかなければならない。

 

「あんなカルトの信者、カスみたいな社会の底辺どもを当てにしたのが間違いでした。オルカもそうです。そもそもオルカはモナークの失敗作、もっとちゃんとしたものを使うべきでした。まったく、反省ですね」

 

 それがどれだけ辛く厳しい人生なのか、僕なんかよりずっと賢いミレヴィナちゃんならきっと理解しているだろう。それがわかっているからこそ、ミレヴィナちゃんは『天国』に行きたくて仕方ないのだろう。こうしてまた次の『計画』を練らずにいられないのだろう……。

 

「だけどサトーさん、あなたにだけは教えてあげます。皆には秘密にしてくださいね。Gフォースもモナークも、馬鹿な世の中の奴らをみーんな出し抜いて、今度こそ本物の巨神を呼び寄せて、そして二人で楽しい『天国』に行ける、そんなとっておきの『計画』を考えてるんです。さあ、今度こそ、二人で本物のヒーローになりましょう、サトーさん……!!」

 

 目の前の現実を受け容れられず、自分だけの独り善がりな『計画』へ縋り付かずにいられない。

 そんなミレヴィナ=ウェルーシファの姿は皮肉にも、かつて彼女自身が“視野狭窄の自己中”と軽蔑して止まなかった『団体』の連中、カルトの信者たちとそっくり同じだった。

 

「それでね、サトーさん、それでね……」

「あのさ、ミレヴィナちゃん」

 

 しかし、いや、だからこそ、僕は言わなきゃいけないんだ。僕は言った。

 

「その『計画』、次も失敗するよ」

「え……」

 

 ミレヴィナちゃんは相変わらず微笑んでいたけれど、微かに動揺したのを僕は見逃さなかった。すかさず、僕は力を込めて言い続ける。

 

「君の計画はこれからもずっと、ずっと、ずーっと! 失敗し続けると思う。それこそ死んでしまうその瞬間まで『ああ失敗した、やるんじゃなかった』って後悔することになるんだ。きっと、いや絶対、確実にそうだと思う」

「さ、サトーさん、なにを言って……」

 

 珍しく戸惑った様子のミレヴィナちゃんに、僕はハッキリ言った。

 

「だってミレヴィナちゃん、本当は『怪獣が怖い』し、なにより『死にたくない』んだもの」

 

 そうなのだ。

 怪獣至上主義カルトの偽聖女:ミレヴィナ=ウェルーシファが壮大な計画の果てでやろうとしたことはつまるところ、壮大な『構ってちゃんの自殺未遂』だ。死にたくて死にたくて仕方がないのに、死ぬのが怖くて怖くてなかなか覚悟が決まらない。世界中を巻き添えにしてまで自分を追い詰めないと、自分一人で死ぬ意気地も持てない。ただそれだけのことでしかない。

 そしていくら死にたくても、その過酷な人生を必死に生き抜いてきたミレヴィナ=ウェルーシファはそれと同じくらい、いやそれ以上に『死にたくない』のだ。死にたいけど死にたくない、この矛盾をどうにかしない限り、ゴジラを呼ぼうが宇宙怪獣を呼ぼうが本当の望みが完全に叶うことはない。

 そんな僕の指摘に対し、ミレヴィナちゃんはこんなことを言い返してきた。

 

「……あなたにわたしの何がわかるというの、サトー=キヨシ」

 

 そう答えた彼女の顔は、やっぱりいつものにこやか聖女スマイル。けれど、その声はいつもの穏やかな聖女の声色ではなかった。

 

「あなたなんかに何がわかる。世間知らずで、愚かで、互いに互いを相手を甘やかし合う、そんな甘ったれた人間でしかないあなたなんかに」

「……そうだね、ミレヴィナちゃん」

 

 彼女が言ったとおりだ。

 僕は世間知らずで、バカで、アホで、マヌケでボンクラの甘ったれた人間でしかない。そんな僕ごときに、これまで壮絶な人生を送ってきたこの人のことを偉そうにどうこう言う資格なんかありはしないだろう。

 

「……たしかに、世の中しんどいよね。頑張って生きるの、イヤになっちゃうよね」

 

 僕の無責任な言葉で、ミレヴィナちゃんの作り笑いがみるみる綻んでゆくのが見えた。この期に及んで、余裕の笑みを取り繕おうとしてしきれていない。

 そんなどっちつかずの(いびつ)な表情のまま、ミレヴィナ=ウェルーシファは声を荒げた。

 

「何の役にも立たない社会の底辺如きが、知ったような口を……」

「君のことなんて理解(わか)りはしないよ、ミレヴィナちゃん。僕は君じゃないもの」

 

 だけど、それでも僕は言うのだ。

 

「それでも僕は君に生きててほしいんだ、ミレヴィナ=ウェルーシファ」

「だから、なぜ……」

 

 そうやって食って掛かろうとするミレヴィナちゃんに、僕は告げる。

 

「だって、僕は君のことが好きだから」

「……っ!」

 

 僕がそう言った途端、ミレヴィナちゃんは目を見開いていた。

 怪獣至上主義カルトの偽聖女にして、人の心を弄ぶ稀代の策略家でもあったミレヴィナ=ウェルーシファ。そんな彼女にとっては、サトー=キヨシなんて口先で簡単に騙せるちょろいボンクラ野郎でしかなかったはずだ。都合よく利用できる駒としか思ってなかった相手からこんな風に言われてしまうなんて、彼女の中ではきっと『計画外』だったに違いない。

 黙り込んでしまったミレヴィナちゃんの手をとり、僕は続けた。

 

「『怪獣が怖い』『死にたくない』……でも、そんなのフツーだ。君もそれで良いんだ、ミレヴィナちゃん」

 

 僕がそう告げたとき、ミレヴィナちゃんはぽつりとこう答えた。

 

「……そんなの、良いわけがない」

 

 もはや限界だったのだろう。それを口火に、ミレヴィナちゃんはとうとう声を張り上げた。

 

「良いわけがない、良いわけがないでしょう! 皆『天国』に行けたのに、なんでわたしだけのうのうと生きてるの、なんでわたしだけこの地獄で生きなきゃいけないの、なんで、なんで、なぜ、どうして……!?」

 

 もはや聖女の仮面すらかなぐり捨てて慟哭する少女、ミレヴィナ=ウェルーシファ。

 

「なんで、なぜ、どうしてわたしだけ……!!」

 

 そう叫ぶ彼女の問いかけは、この『怪獣黙示録』の災厄で苦しめられた人たちなら誰でも抱くものだろう。人間は理由もない不条理には耐えられない。天国だの神様だの、それらはきっとそういう理不尽をやりすごすために人間が作った発明なのだろう。

 そんな重たいものをずっと背負ってきた、ミレヴィナちゃん。そんな彼女の苦しみに、僕ごときから言ってあげられることなんて何もない。

 けれど、それでも僕は言いたかった。

 

「……君はずっと、頑張ってきたんだね。だからもういいんだよ、ミレヴィナちゃん」

 

 その言葉でとうとう、ミレヴィナちゃんは(たが)が外れてしまったようだった。もはやベッドへ突っ伏し、声のかぎり泣きじゃくる。

 

「うわああん、うわあああん、うわああああん!……」

 

 そうやっていつまでも泣き続ける偽聖女:ミレヴィナ=ウェルーシファを、僕はいつまでも静かに撫でていたのだった。

 

 

 

 それからしばらくして。

 場所はいつもの喫茶店、僕とコージとミキちゃんの三人で“お祝い”が催された。

 

「良かったな、キヨ。正社員の仕事、決まったんだろ?」

「おめでとう、キヨシさん!」

 

 そうなのだ。

 フリーター生活を続けて苦節4年。フリーター生活の中では比較的長く勤めていた今のバイトだけれど、きっと真面目に働いたからだろう、このたび僕にも『正社員にならないか?』という話が舞い込んできたのだ。

 僕はもちろん二つ返事で承けた。『ウサギとカメ』は地道なカメが勝つ、『アリとキリギリス』は真面目なアリが生き残る。やっぱり地道に、そして真面目に努力したものが最後には勝つのだ。

 

「そうそう! そうなんだよ~! 二人のおかげだ~」

「何言ってんの、キヨシさんが頑張ったからでしょう?」

「あ、やっぱりそう思う? 実は内心僕もそう思ってた」

「おいこら、チョーシ乗ってんじゃあないっ……」

 

 そうやってひとしきりお祝いしてもらったあと、ふとミキちゃんがこんなことを言った。

 

「……でも大丈夫かしら、ミレヴィナさん」

 

 大丈夫、というのは?

 僕が水を向けるとミキちゃんは、ミレヴィナ=ウェルーシファのその後について話し始めた。

 

「いくら密入国してて、カルト団体の教祖みたいな立場で悪いこともしていたとはいえ、実態は人身売買の被害者で、そして難民でもあったわけでしょう? 『政府の保護観察が終わったらすぐに日本から国外退去処分』だなんて、いくらなんでもちょっと厳しすぎるような……」

 

 怪獣至上主義カルトの偽聖女、ミレヴィナ=ウェルーシファ。テロを起こした彼女に課せられたのは、『日本からの国外退去』と『当面の入国禁止』だった。

 ミレヴィナちゃんの保護を担当した地球連合政府の人たちの話によれば、これから彼女は『要注意人物』として政府の監視下で生きてゆくことになるのだという。そこでミレヴィナちゃんは政府から紹介された脱カルト支援グループの助けを借りながら、自分の人生を見つめ直さなければならないのだという。

 そして、それには長い時間が掛かるのだそうだ。これまでの人生でミレヴィナちゃんが絡めとられてきた雁字搦めの結び目を丁寧に解きほぐしてゆくような、とても、とても長い時間が。

 

「……やむを得んさ」

 

 不安げなミキちゃんに、コージが口を挟んだ。

 

「経緯はどうあれ、ミレヴィナ=ウェルーシファは本当に怪獣を呼んじまったんだ。人的被害は出なかったとはいえ極刑にならなかっただけでも御の字、日本への再入国はもう無理だろう」

「ちょっと、コージさん……!」

「いや、いいんだよ、ミキちゃん」

 

 僕を気遣ってか、コージの馬鹿を小突いてくれるミキちゃんだけど、僕はそんなミキちゃんを制止した。

 コージの発言はたしかにデリカシーの欠片も無かったけれど、言ってること自体は正論だ。日本の立場からすれば、怪獣を呼び寄せて暴れさせるようなカルト思想の危険人物なんて二度と来てもらいたくはないだろう。

 

「コージの言うとおりだしな。この方が良かったんだよ、きっと」

「キヨ……」「キヨシさん……」

 

 ……なんでぇなんでぇ、湿っぽい表情は似合わねーぞ二人とも。僕のことを心から慮ってくれる二人の友情に感謝しつつ、僕は努めて笑うのだった。

 

「さーて、また新しいカノジョ探さないとな~。次はもっとフツーの子を見つけなくっちゃね!」

「……笑えねーよ」

「カッカッカッ、笑っとけ笑っとけ。笑ってないと福がこねーぞ」

 

 僕としてはこういうシリアスムード苦手だからなんとかして払底したいのだけれど、それでもやっぱり拭いきれないようだった。

 ミキちゃんは、深刻な顔してこんなことを言った。

 

「だけどセルジナって、『怪獣大戦争』でキングギドラの被害を受けてからずっと政情不安になってるっていうじゃない……」

 

 セルジナ公国の現状については、僕も最近になって知った。

 あのクソッタレの宇宙怪獣、キングギドラが引き起こした『怪獣大戦争』。それに巻き込まれて当時の大公が急死して以来セルジナ公国では政治闘争が激化して紛争、つまり『お家騒動』が起こっていた。

 その馬鹿げたお家騒動は『怪獣大戦争』が終わって数年経た今でも未だに続いており、ついこのあいだも大公家の王女様が日本へ逃げてきて暗殺されかける事件があったらしい。まったく、怪獣って奴はいなくなってからも世の中に禍根を残すみたいだ。

 僕がそんなことに想いを馳せている一方、ミキちゃんとコージは口々にこんなことをぼやいていた。

 

「ミレヴィナさんも難民認定が通らなかったみたいだし、『怪獣大戦争』の傷跡も残っているのにそのうえさらに権力争いで紛争だなんて……」

「まったく、せめてセルジナが平和になったら、もうちょっと安心できると思うんだがなあ……」

 

 その言葉で、僕の中で閃くものがあった。

 

「……今、なんて?」

 

 そう聞いたときの僕の表情がどんなだったか、自分ではよくわからない。

 けれどきっと、さぞや凄い顔だったんだろうな。だってミキちゃんとコージの顔が、明らかビックリしてたんだもの。

 

「い、いや、セルジナが平和だったらな、って……」

 

 おずおず答えるコージを見ているうちに、僕の中の閃きが連鎖反応を起こし、ひとつのカンペキな“答え”を創り上げた。

 ……なーんだ、まったくもって簡単な話じゃないか。今までいったいどーして気づかなかったんだろう。こんなの、最初から“答え”が見えてたようなもんだ、こんなことにも気づかない僕って奴は本当に大馬鹿野郎じゃねーか……心の底からそう思った。

 

「おい、いったいどうしたんだ?」

 

 心配そうに僕の様子を窺うコージとミキちゃんに、僕は口を開く。

 

「あのさ、今思いついたんだけど……」

 

 そこから話した、僕の“答え”。

 コージも、ミキちゃんも、揃いも揃って目を丸くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『事件』のあと、わたし:ミレヴィナ=ウェルーシファはセルジナ公国へと強制送還された。

 すぐ刑務所送りか、でなければ死刑にでもなるのかと思っていたけれど、意外とそういうことにはならなかった。

 

 ……ミレヴィナ=ウェルーシファの人生は、まさに苛酷を極めていた。

 幼少期にGフォースのセルジナ撤退作戦で見捨てられて生き残ったことから始まり、本来受けられるはずだった地球連合政府の救済措置からも長年零れ落ち続けてしまっていた。

 さらにその後は戦後横行していた『人身売買ビジネスの犠牲』となって日本へ密入国する形になり、その弱味に付け込まれる形で『団体』から不当に搾取され続けてきた。このように幼い頃から長きに渡って抑圧されてきた結果、正常な判断能力を養うことが出来なかった。

 また今回の事件でゴジラやミレニアンを呼んだのも飽くまで『偏ったカルト信仰に基づく宗教的な目的』であり、怪獣による破壊行為は想定外の副次的な出来事に過ぎない。実際、首謀者のミレヴィナ=ウェルーシファ自身もその被害を被る形になり、心身共に深刻なダメージを受けることになってしまった。つまり既に相応の罰は受けているものと見做される。

 これらの事柄から被告ミレヴィナ=ウェルーシファは責任能力のある一般的な被告人とは異なり、十二分な情状酌量の余地がある……。

 

「……っていう路線で行こうと思うんだけど、どう思うね、ミレヴィナ=ウェルーシファさん」

 

 わたしの刑事訴追を担当してくれた弁護士の先生。その弁護方針を聞かされて、わたしは素直に答えた。

 

「屁理屈も良いところですね。こんなの、罷り通るわけないじゃないですか」

「まあまあ。屁理屈も理屈の親戚、それにそこまで無茶なことは言ってないつもりだよ~」

 

 そう言いながらアッハッハッと豪快に笑う弁護士の先生。

 ……聞くところによれば怪獣絡みの事件で活躍している有名な先生らしいのだが、こんないい加減そうな人に任せていて大丈夫なんだろうか。そんな風にも思った。

 

 

 けれど、わたしの不安に反して、ついてくれた弁護士の先生は凄く優秀な人だった。

 密入国していたことをはじめ、マルメス=オオクボを主体にした『団体』による身分証の偽造、詐欺行為への加担、さらには怪獣を呼び寄せて暴れさせるテロ行為。それら各種罪状までは流石に覆せず国外退去にはなってはしまったが、代わりにその限られた範囲の中でわたしが受けられるものをすべて用意してくれた。

 

「……ここだけの話だけどね。ウェルーシファさん、あなたのセルジナ撤退作戦に関する『証言』がなかなか“効いた”んだよ」

 

 証言? 何の話だろう。不思議に思った私に、弁護士の先生は人目を憚るようにこっそり説明してくれた。

 

「あなたの証言のおかげで、セルジナ撤退作戦について、(おおやけ)に発表されてるGフォースの駐留部隊の撤退スケジュールと実際の日付にはかなりズレがあることがわかってね」

「はあ……?」

「つまりは不祥事、上層部の判断ミスとそれを隠蔽した悪党どもがいたのがわかったってこと。これが政府の“お偉いさん”たちとネゴるのに結構役に立ったんだわ~」

「はあ、そうなんですね……」

「それに、CCIだっけ? ミレニアンの復活に関しては日本の独断専行も一枚噛んでたらしいじゃない。そこでこちらとしてはそこを突いて、街の破壊に伴う損害賠償の類いは全部日本側に引き請けてもらう方向で進んでるよ。だから少なくとも、壊された街の心配はしなくても大丈夫だからね」

「そう、ですか……」

 

 さらに弁護士の先生は、わたしを然るべき救済措置とも繋げてくれた。

 

「連合政府の難民高等弁務官事務所から来ました、マリ=カエラです。このたびは大変でしたね……」

 

 カエラさんはわたしのような難民問題の担当者だ。

 カエラさんはわたしのような犯罪者にも親身になって接してくれる誠実な人で、聖人というのはまさにカエラさんのような人のことだろうとわたしは思った。……まあ、わたしのような怪獣至上主義のカルトの偽聖女風情からそう褒められたって、ちっとも嬉しくはないだろうが。

 ちなみにわたしが日本へ戻れるかどうか一応聞いてみると、

 

「うーん……それはちょっと難しいかもしれませんね。経緯はどうあれ、やっぱり怪獣を呼び寄せて暴れさせるというのは立派なテロ行為ですから……」

「そう、ですか……」

 

 ……予想はしていた。むしろ当然だろう。わたしのようなテロリストが極刑にならなかっただけ御の字、運が良かったのだ。

 そんなわたしをカエラさんは「まあ、落ちこまないでください、ウェルーシファさん」と励ましてくれた。

 

「すぐには難しいかもしれませんけれど、次からは密入国じゃなくてちゃんとした手続きを踏めば、いずれは日本にも行けるようになると思いますよ。そのときはまた相談してくださいね」

 

 弁護士の先生、カエラさんたち政府の人、その他身の回りの生活を助けてくれる大勢の人たち。

 こんなにも沢山の人たちが、わたしなんかのことを心から気にかけてくれている。わたしはこんな人たちのいる世界を怪獣に踏み潰させようとしていたのだ……そのことを思うと、己の犯した罪の重さが恐ろしくなる。

 自分の罪深さを改めて噛み締める私だけれど、周りの人たちの目線はとても温かった。

 

「ウェルーシファさん、あなたはまだ若い。人生まだまだこれからです。これから“やり直せる”とイイですネ!」

 

 はい、ありがとうございます……!

 何から何まで手を尽くしてくれた、沢山の人たちに。わたしはあらん限りの感謝を込めて深々と頭を下げたのだった。

 

 

 

 そんな慌ただしい日々から、5年。わたしは、セルジナの街でひっそりと暮らしていた。

 

 政府から宛がわれたアパートへ住み、斡旋された編み物工場へ通いながら毎日真面目に働き、自力で稼いだお金で質素に暮らすそんな日々。安い賃金に小さなアパート、至極慎ましい生活ではあったけれどそれでもわたしにとっては満足だった。

 当たり前の話だ。『村』を失ってから難民としてあてどなく彷徨い続けた地獄の日々や、人身売買ブローカーに捕まって売り飛ばされた“商品”としての待遇、そして四六時中ずっと聖女のフリをしながらの虚飾にまみれた『団体』などと比べたら雲泥の差。誰にも嘘を吐かず正直に暮らすことのできるこの状況が、こんなにも居心地のよいものだなんて知らなかった。

 それに政府に監視されているのも、却って功を奏したように思う。監視という名目ではあるが、天涯孤独で身寄りのないわたしからすればむしろ守ってもらっているようなものだ。おかげで『団体』のようないかがわしい連中とは金輪際かかわらずに済むのだから。

 秋の暮れ、久しぶりの休日。わたしが自室でゆっくり過ごしていると、ラジオからニュースが流れてきた。

 

〈……昨夜、シュクロウ市でまたしても武力衝突が発生し、多くの市民が負傷しました〉

〈この爆発は、現大公派の摂政:マウス=ドオリナ・サルノ大公妃の方針に反発した反政府勢力によるテロと見られ……〉

〈政府は非常事態を宣言し、治安部隊を増強しましたが、依然としてテロ行為が頻発しています。市民の生活は一層困難を極めています。現地にお住まいの方々は、身の安全を最優先に行動してください……〉

 

 此処ではない、けれど決して遠い彼方のことではない、同じセルジナでの出来事。窓の外を見ると、遠くに見える山の向こうで、薄らと煙が立ち上っているのが見えた。

 わたしはラジオを消し、アパートを出て、その日の夕食の食材を買おうと市場へ向かった。

 

「いらっしゃい、いらっしゃい……」

「安いよー! お買い得だよー!」

「ほらお嬢さんも買っていきなさい、安くしてゆくから……!」

 

 夕日が傾きかけた空の下、賑わう市場の喧騒が耳に届く。野菜や果物、日用品が並ぶ露店が軒を連ねている。

 人々が行き交う市場、生き生きとした空気感。難民生活や『団体』の中では決して味わえなかったささやかな幸福を、わたしは存分に堪能しながら歩く。

 けれど一方でこんな声もところどころで聞こえるのだった。

 

「避難訓練が明日あるんだって。ちゃんと準備しておかないとね……」

「ええ、もう慣れたけど、それでもやっぱり嫌なものよね……」

「今日はパンがもうないんだってさ。政府の配給が遅れてるんだ……」

「仕方ないわね……最近はどこも物資が不足してるもの……」

「昨日の爆発、すごかったね。友達の家が近くだったけど、無事でよかったよ……」

「ほんとに。もういつ自分の身に降りかかるかわからないよね……」

 

 ……たしかに、わたしの暮らしている都市部は比較的平和だ。Gフォースや平和維持軍も駐留しているし、現大公派の摂政による絶妙な政治のおかげでなんとかバランスを保ち続けている。

 けれどその平和は仮初のもの。平穏はほんの上辺だけのことで、一見平和に見えても争いの影はすぐそこにあった。

 たとえば街の広場には、先週のテロの痕跡が残っていた。焼け焦げた建物の一角、割れた窓ガラス、そして花束が置かれた小さな祈りの場所。通りすがる人々は足早に通り過ぎるが、誰もが心のどこかで恐れを抱えている。

 その近くを通る都度、わたしもまた無意識に早足になってしまう自分に気づくのだった。戦争は遠くても、その影はいつもここにある。

 そんな最中でのことだった。

 

「~~~~。~~~~~~。」

 

 ふと見ると、街角に人だかりが出来ていた。人混みの奥だからよく見通せないが、その輪の中心に大きなアタックザックを背負った男の姿が垣間見える。

 ……どうやら外国人が、市場の人たちに道を訊ねているようだ。しかしセルジナ語の発音が下手糞すぎて、意味が分からずさっぱり通じない。

 

「~~~~。~~~~~~? ~~~~~!」

 

 近頃、セルジナにも外国人が増えた。

 かの『怪獣大戦争』において最初にキングギドラに破壊された被災国、セルジナ公国。そんな象徴的な意味合いもあってか、最近は各国から支援の手が差し伸べられるようになってきた。政情不安は相変わらずのはずだったが、それでも一時よりは遥かに落ち着いてきたこともあって、最近は渡航制限を解除する国も増えてきたらしい。

 おかげで貧しかったこの国も少しずつ復興しつつある。何年かかるかわからないけれど、もしセルジナが完全に立ち直ったら、そのときはわたしもきっとまた日本に……そんな一縷の望みを抱けるくらいには、この国も変わりつつあった。

 

「……まあ、テロはまだ続いているし、まだまだずっと先のことでしょうけれど」

 

 わたしがそんないつ来るともしれない遠い未来に想いを馳せている中、(くだん)の外国人が自分の母国語を発したのが聞こえた。

 

「あーもー、セルジナ語で『役所へ行くにはどうすればいいんですか』って何て言えばいいんだっ……!?」

 

 聞こえてきたのは、“日本語”だった。

 ……その声を聞いたとき、わたしは最初“聞き間違い”だと思った。有り得ない、あるはずがない、あの人の声がこんなところで聞こえるはずがない。

 だけど“聞き間違い”は、なおも続いた。

 

「おいオムライザー、ホントにおまえの辞書合ってんのか? どっか間違ってるんじゃねーの?」

 

 男のぼやきに、スマホに入っている音声AIアシスタントが応える。

 

「失敬なっ、ワタクシの言語翻訳ライブラリは世界140ヵ国分を誇ります! セルジナ公国の主要言語であるセルジナ語もちゃあんと入っておりますよ~?」

「じゃあなんで通じねーんだよ! 僕はオマエが表示してるのをそのまま読んでるだけだぞ!?」

「お言葉ですが、発音がおかしいから通じないのでは? 素直にワタクシの自動音声翻訳機能を使われた方がよろしいのではないかと~」

「うっさい! 今回高い費用かけて通信教育を受けたんだぞっ、コレで通じないわけがねーんだって!……」

 

 ……この声は、喋り方は、まさか。

 わたしは思わず買い物袋を落としたけれど、そんなものもはや気にならなかった。

 

「その結果がコレなら、まず受けられた通信教育の精度を疑った方がよろしいかと思いますが~?」

「そういうおまえの音声翻訳だって、全然通じなかったじゃあねーか」

「生憎、セルジナ語ユーザの音声データプリセットが少ないもので~」

「この役立たず!!……」

 

 そうこうしているうちに男の声が遠ざかってゆく。

 まって、行かないで。そう思うと、わたしの足は独りでに動き出していた。

 

「まさか、まさかっ……!」

 

 ……こんな日は来ないんだと思っていた。

 あってはいけないんだとすら思っていた。いい加減馬鹿げた夢を見るのは辞めろ、有り得ないんだ。そう何度、自分に言い聞かせたかわからない。

 だけどそれでもわたしは、その残影を追うのを止められなかった。

 わたしは心臓が張り裂けるような心地になりながら、走るのに邪魔な靴を脱ぎ棄て、市場の人混みを掻き分け、素足が汚れるのも厭わず全力で駆けてゆく。

 大通りを抜け、路地をくぐって、そして行き着いたその先で、通り過ぎてゆこうとするその(ひと)へ呼び掛けた。

 

 

「サトーさんっ!!」

 

 

 わたしに呼ばれたその人も振り返り、答えた。

 

「……やあ、ミレヴィナちゃん」

 

 サトー=キヨシ、こんなところにいるはずの無い人。

 かつて日本で別れて以来5年ぶりに会ったサトー=キヨシは、体格がより逞しく精悍な印象になっていた。けれど、笑ったときの絶妙に情けない感じはまったく変わっていない。

 そしてかつてと変わらぬ様子のまま、へにゃ、とわたしに笑いかける。

 

「いやあ、ごめんね~ミレヴィナちゃん。セルジナへの渡航許可が下りるまで、めっちゃ時間かかっちゃって……」

 

 いや、そんなことなどどうでもいい。わたしはサトー=キヨシへと詰め寄ると、逞しくなった肩を両手で掴んで問い質した。

 

「な、なんでっ、日本で平和に暮らすはずじゃ……!?」

「いやぁ、それも考えたんだけどさ~」

 

 ヘラヘラ笑いながら、サトー=キヨシは答えた。

 

「『平和に暮らす』ってんなら別に日本じゃなくてもいいやって。セルジナが平和じゃないというのなら、()()()()()()()()()()()()()じゃん?」

「セルジナを、平和に……?」

 

 セルジナを平和に。いったいなにを言っているのだろう。

 言われた意味をわかりかねているわたしに、サトー=キヨシは驚くべきことを口にした。

 

「僕も“団体”を立ち上げたんだよ」

 

 団体……?

 唖然とするしかないわたしに、サトー=キヨシは言った。

 

「そう。もちろんカルト団体じゃないし怪獣至上主義でもない、セルジナを平和にするためのNon-Governmental Organization:NGO。これで頑張ってセルジナも平和にすれば、僕もミレヴィナちゃんと一緒に平和に暮らせる……そうでしょう?」

 

 そうやって、如何にも素晴らしい思いつきを話しているかのような表情でわたしを見つめてくるサトー=キヨシ。

 その得意げな満面の笑顔を見ているうちに、わたしの口からは呟きが漏れた。

 

「……バカなんですか?」

「はい?」

 

 ……本当に愚かな人だ、相変わらず。サトー=キヨシはわかっているんだろうか、自分が何を喋っていて、そしてこれから何をしようとしているのか。

 何ひとつわかってない顔をしているサトー=キヨシに、わたしの方も思わず声を荒げてしまう。

 

「戦いがイヤになったのでしょう!? こんなどうでもいい外国のことなんか放っておいて、平和な日本で平和に暮らせば良かったじゃないですか!! どうしてこんなテロの絶えない、救い様のない紛争地域なんかに戻ってきたりしたんです!?」

 

 あまりに無茶だ、このセルジナを平和にするだなんて。

 『怪獣大戦争』でキングギドラに蹂躙されて以来、ずっと政情不安が続いてきたこのセルジナという国。こんな血みどろに腐り切った国をいったいどうして平和にできるというのだろう。

 仮に出来たとしても、それは茨の道になるだろうことは容易に想像できた。サトー=キヨシ当人はちっとも気づいていないが、彼のNGOだって世間から見れば『危険なカルトに関わった人物が立ち上げた胡散臭い団体』に過ぎない。世間からの偏見の目は免れないし、そんな力も無い弱小団体をそう易々と信用してくれるほど世の中決して甘くはない。

 ……すべて、わたしのせいだ。わたしのせいで、この人の人生は。

 けれど、サトー=キヨシは言うのだった。

 

「どうでもよくなんかないし、救い様もなくないよ。ミレヴィナちゃんの大切な故郷じゃないか」

「そんなことはいいんですッ、平和に暮らしたいはずなのに、暮らせるはずなのにっ、どうして、どうして……っ!!」

「どうして、って……そりゃあアレだよ、ほら……」

 

 問い詰めるわたしに対し、サトー=キヨシはどこか照れ臭そうに頭を掻きながら答えた。

 

「僕は君のことが好きだから」

 

 ……ああ、そうだ。

 そうだった。

 そうだったんだ。

 

「それに君が言ったんだろ、ミレヴィナちゃん。『僕は君のヒーローだ』って。だからちゃんとヒーローになってみようかなぁ〜、ってね。あ、ちょっとクサかったかなあ~……?」

 

 わたし:ミレヴィナ=ウェルーシファはこれまでずっと、ありとあらゆるものについてウソをついていた。献身の信仰、『団体』、カルト思想、怪獣至上主義……他人はおろか自分自身さえ騙し続ける、なにもかもがウソにまみれた偽りの人生だった。

 そしてわたしのウソはそれだけじゃあなかった。サトー=キヨシを『団体』に引き込んだのは、『計画』のためでもなければ、『献身』の信仰なんかのためでもなかった。わたしはそのことに今さら、そしてようやく気づいた。

 

「まあ結束バンドのライブは無理かもだけど、近いうちチャリティーでワールドツアーやるって話だし、セルジナが平和になればきっと来てくれるんじゃないかなあ~……ってどわっ!?」

 

 気づいたとき、わたしはサトー=キヨシの胸の中へと飛び込んでいた。

 わたしがこのサトー=キヨシという人にこだわり、執着し、惹かれ続けてきた本当の理由。それは……

 

「……サトーさんは、ばかです」

「うん、よく言われる」

 

 優しく肯定してくれるサトー=キヨシ、その腕に抱かれながらわたしは罵倒を浴びせた。

 

「とんでもない大ばかです」

「そうさ、僕は大馬鹿だよ」

「ばかで、あほで、まぬけです」

「ああ、自覚はあるとも」

「ホント、どうしようもない人です」

「うんうん、そうだろう……でもね」

 

 涙を溢れさせながら嗚咽を漏らして罵り続けるわたし、ミレヴィナ=ウェルーシファ。

 そんなわたしを優しく抱き止めながら、サトー=キヨシはなおも笑って答えるのだった。

 

「君のことが好きだよ、ミレヴィナちゃん」

「ばか、ばか、ばか……っ!」

 

 わたしの“戦争”はこうして終わった。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日本での騒動のあと、“彼”は住まいである地下宮殿へと帰還した。

 眼下に広がるは常に脈動し続ける太平洋プレート、燃え滾る赤熱マントル溶岩の河川、蠢き揺るがす大地のうねり、陽の光が一切差し込まぬ暗闇の深淵。他には誰も寄り付かない地獄の底で、まるで見えるものすべてが“彼”の憤懣に賛同しているかのようだった。

 その最奥の玉座で“彼”は、巨体を横たえじっくり考える。

 

 ……ミレニアンなる化け物に邪魔はされたが、勝利は目前だった。今度こそ手にするはずだった。輝かしい、栄光の勝利を。

 なのに今回も“あいつ(シキシマ)”から好い様にしてやられた。それにGフォースの無人兵器、対怪獣艦隊、人間どもの力は年々増してゆくばかりだ。そこでつい、怒りに身を任せて暴れた結果がこの有様。今回も大敗北を喫し、満身創痍で撤退を余儀なくされることになった。

 “彼”の瞳は暗黒の太陽、その奥では殺意の炎が燃えていた。太く逞しい尾を打ち鳴らし、恐ろしく鋭いカギ爪を地面に突き立てのたうちまわる。痛みでもって上書こうとする営みで、屈辱の苦しみを少しでも和らげようとする。

 けれど、無為だ。

 ……傷は時とともに癒える、痛みもやがて忘れられるだろう。けれど1946年のビキニ環礁で焼き込まれた、この身中の“悪魔の火”だけは、どうあがいても消え去らないようだった。

 ならば俺はどうすればいい。

 自分の逞しい胸に手を当てて、その深い傷跡を感じながら熟慮した。顔はおろか心身の髄までをも焼いた灼熱の激痛が明晰な思考を妨げ、魂を憤怒と憎悪に濁らせるが、それでも答えを探し続けた。

 ……如何ほど時間が経ったろうか。考えに考えた末、はたと気づいた。

 

 まだ終わっていない。

 

 そうだ、そうだとも。傷は癒える、痛みは忘れる。

 ならばもう一度、戦える。

 そうと決まれば大地に立ち、巨体をゆらりと起こす。遠い昔に始まったかの闘争、その続きを再開する準備へと取り掛かる。そして今度こそ手にするのだ、すばらしい新世界、偉大なる勝利を。

 地獄の闇を打ち破るかのように“彼”――〈ゴジラ=スカーフェイス〉は雄叫びを轟かせた。

 

 俺の“戦争”は終わっていない――……!

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

戦いは、まだ終わっていなかった。

 

 

 

 




完結。最後のくだりは平成VSの予告でおなじみ、小林清志さんのイメージ。ゴジラ生誕祭でも予告を手掛けられていてお声が聞けたのだが、もう聞けることは無いのだと思うと寂しいものである。

感想ください。

好きなキャラクター

  • サトー=キヨシ
  • ミレヴィナ=ウェルーシファ
  • シンジョウ=コージ
  • サエグサ=ミキ
  • マルメス=オオクボ
  • シキシマ=コウイチ
  • ユウキ=アキラ
  • ミレニアン
  • ゴジラ=スカーフェイス
  • オムライザー
  • 弁護士
  • マリ=カエラ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。