怪獣至上主義カルト団体の偽聖女とラブコメ ~ちがう彼女はそういうのじゃないんだスゴく優しいし誰にでも笑顔の善い子だけどたまに弱いところがあるから僕が支えてあげないと以下略~ 作:余田 礼太郎
『あの戦争は無駄だった。これから怪獣とも仲良し、世界はラブアンドピース!』
……あの『怪獣大戦争』で安全なところにいたはずのガキどもが、そんな
そう、これからはラブアンドピースだ。
マルメス=オオクボ(本名:オオクボ=ススム)には、持ち前の頭の良さと口八丁しかなかった。
大戦から帰ってきたマルメス=オオクボは、まず復員兵を騙って礼金を巻き上げる復員詐欺を始めた。戦場で得た知識やコネを活かし、軍需品の横流し転売や、身寄りのない帰還兵たちをターゲットにした各種身分証の偽造、外国からの人身売買の仲介にも手を染めた。怪獣災害への復興支援金を騙って募金を詐取し、人々の善意を食い物にすることにも罪悪感はなかった。戦争から帰ってきたら家族も財産も何もかもすべてを奪われていたマルメス=オオクボにとって、それらは生き延びるための手段に過ぎなかった。
「もう誰にも食い物にされたくねえ」
「世の中誰も助けてくれない、
「だったら誰よりも高く、のし上がってやる……」
そんな大望を抱くうち、マルメス=オオクボはもっと大きな構想を練り始めた。高額転売に情報商材、募金詐欺? こんなチンケな小遣い稼ぎじゃあ全然足りない、もっと大きな“ビジネス”が必要だ。もっと
そんなことを考え始めたある日のこと。マルメス=オオクボが何気なく街を歩いていると、ひとつの街頭映像が目に入った。
そこには御立派なスローガンを掲げた若いミュージシャンとアイドルたちの演奏が映っていて、『アイドル☆ロック平和 ~平和への祈り、アイは地球を救う~』などという曲名で目障りなネオンと耳障りなサウンドで煌びやかに“平和への祈り”を歌っていた。
手をつないで歌おうよ、平和のメロディ
戦いの跡地に、愛の花が咲く
みんなで描く未来、輝くその場所へ
怪獣も友達、仲良くなれるさ……♪
そんなガキどもの無邪気な笑顔とその歌詞は、オオクボの心に深い感銘を与えた。『怪獣大戦争』の最前線で本当の地獄を見たマルメス=オオクボにとって、そのメッセージはあまりに現実離れしていた。
そしてサビのクライマックス、ミュージシャンとアイドルたちは声を揃えて精一杯に歌い上げた。
あの戦争は無駄だった。これから怪獣とも仲良し、世界はラブアンドピース!……
しかし、その瞬間、マルメス=オオクボは“悟り”に目覚めたのだ。
そう、世の中は「ラブアンドピース」を望んでいる。それはどう見ても現実とはかけ離れた絵空事だったが、いや、だからこそ、人々はそれに飛びつくのだろう。そしてそんな夢を売ることこそが、これからのし上がる鍵だとマルメス=オオクボは気がついたのだ。
それを実現したのは、ミレヴィナ=ウェルーシファだ。
人の心を見透かし未来をも見通す不思議な“力”を持つ美少女、ミレヴィナ=ウェルーシファ。マルメス=オオクボが見出した“聖女様”はまさに不世出の天才ストーリーテラー、最高のクリエイターだった。
プロデュースにあたってマルメス=オオクボが示したのは『怪獣』と『ラブアンドピース』というコンセプトだけだったが、ミレヴィナはその方向性に則りつつも大衆の心を掴む『怪獣至上主義カルト団体』という最高のビジネスモデルを形にしてくれた。
マルメス=オオクボの始めた“ビジネス”は、際限なく拡大を続けた。『団体』のムーブメントはどんどん勢力を拡げてゆき、いまや社会のあちこちにまで根深いパイプを築き始めていた。サブカル、インターネット、マスメディア、映画、動画配信、教育機関に大学サークル、SNSのアルファアカウントども、NGOやNPO法人、YouTuber、ゆっくり解説動画、活動家、ロビイストに政治団体……。
『怪獣大戦争』を引き起こしたとかいうモナークの発明品:オルカも手に入れたし、もう我々の行く手を阻むものはない。ゆくゆくは既存の制度やシステムをもハックしたより新しいビジネスモデル、さらに傀儡候補を立てて選挙出馬で政界進出、ひいては政治権力の世界でも影響力をもたらし得るところまで視野に入っていた。
『団体』の細かいディテールや世界観設定について、マルメス=オオクボはすべてミレヴィナ=ウェルーシファに丸投げしていた。
どこかの映画会社は怪獣プロレスをやりたいクリエイターサイドに怪獣プロレス禁止令を出して怪獣アニメ映画を撮らせた結果見事大ゴケしたらしいが、そもそも作品制作において一流のプロデューサーは余計な口出しをしないものだ。いくらプロデューサーと言えども所詮は素人、ここは口を挟まず一流のクリエイターであるミレヴィナ=ウェルーシファへ自由にやらせた方が良い。
……もっとも、怪獣自体には大した思い入れも無いマルメス=オオクボにとっては『どうでもよかったから』というのも大きかったのだが。『団体』の掲げるカルト思想なんて所詮はフィクション、ウソっぱち、さして意味はない。出来るだけ人を取り込み、魅了し、そして沢山のカネを搾り取りさえすればそれで良かった。
だからミレヴィナ=ウェルーシファが『偉大なものへの献身』だの『宇宙知性との合一』だのと妙ちきりんなことを言い出しても、マルメス=オオクボは大して気にとめなかったのだ。その方面に疎いマルメス=オオクボにはさっぱり意味不明だったが、きっとあの“聖女様”が創る『団体』の世界観には必要な
それが、こんな事態を引き起こすなんて。
「どうされたのです、代表?」
「『献身』の道が待っていますよ、代表!」
「さあ、我々と一緒に宇宙知性へ合一しましょう……!」
う、うるさい、寄るなイカレ信者どもめっ!
鬱陶しくまとわりついてくる『団体』の連中の手を振り払い、這々の体でなんとかセントラルシティタワー・ビルのオフィスから逃げ出したマルメス=オオクボ。
『団体』の連中による思わぬ暴走で、マルメス=オオクボの壮大なビジネス計画は瓦解した。全部あの聖女、ミレヴィナ=ウェルーシファのせいだ。まさか『団体』内部でクーデターを起こしてオルカを奪い、本当に怪獣を呼び出そうとするなんて。
空港に向けてひとりクルマを走らせながら、マルメス=オオクボはついつい憎々しげに悪態をついてしまう。
「これまでずっと守ってやったのにっ、まったく恥知らずの、恩知らずの、偽聖女めッ……!!」
そう舌打ちする一方で、ここは潮時なのだとも思えた。
『団体』で稼いだ資金の大半が本部ビルに置きっ放しなのは惜しかったが、やはり命があっての物種だ。ここは逃げるべきだろうと『怪獣大戦争』を生き延びたマルメス=オオクボの直感が判断した。
……良い教訓だ。やっぱりクリエイター気取りのイカレた奴に主導権を握らせてはダメだとわかった。勘所の押さえ方はわかった、こんな失敗は二度としない、またやり直せば良い。
それに『団体』のそれとも違う海外口座の裏帳簿や、『団体』でこれまでカモにしてきた顧客名簿のリスト、それらが収まっているブリーフケースについてはなんとか持ち出せた。これらさえあれば、再起する元手には充分だろう……そんな皮算用を立てながら、マルメス=オオクボは国外逃亡の段取りをすすめていた。
けれど、ここでまたしても“誤算”があったのだ。
「ちきしょう、遅いなァ……!」
アクアラインを走る中、マルメス=オオクボのクルマは渋滞へと引っ掛かってしまった。数キロ先で交通事故があったらしい。何キロにも及ぶ長い渋滞で、クルマはなかなか進まない。ようやくトンネルを抜けて地上に出る頃にはすっかり日が暮れてしまっていたが、それでもクルマは一向に進まなかった。
『団体』の連中がオルカを使ったのがわかれば、その代表だったマルメス=オオクボもタダでは済まない。間違いなく司法の捜査が及ぶことになるだろう。そうなる前に早く高飛びしたいのに!
そんなふうに気が急く最中でのこと。
――BEEP! BEEP! BEEP……!
スマホから聞こえてきたのは、警報アラート。怪獣の接近を知らせるもので、国民はスマホに標準アプリとしてインストールすることが義務付けられていた。
警報は言った。
〈アクアラインに怪獣が接近しています。大至急クルマから降りて、避難してください。繰り返します、大至急クルマから降りて、避難してください……!〉
それが聞こえた途端、マルメス=オオクボの周りのクルマからも次々と人が降り始めた。皆、クルマを捨てて避難口から逃げるつもりなのだ。つまりここから先クルマは使い物にならない。
……クソッ、とことんツイてねえ!
内心で悪態をつきながら、マルメス=オオクボも大事なカバンを抱え、他の人たちと同じようにクルマから降りようとする。
ところが。
「どけ、邪魔だっ!」
「どわっ!?」
クルマから出た途端、後ろから不意に突き飛ばされてマルメス=オオクボは転んでしまった。その拍子に抱えていたカバンが開き、さらに中身のブリーフケース、ひいてはその中に収められていた裏帳簿や顧客名簿の書類までもがぶちまけられてしまった。
「し、しまったっ……!」
俺の、俺の人生を賭けたビジネスが!
散らばった重要書類たちを、必死に拾い集めようとするマルメス=オオクボ。けれど逆方向へと逃げてゆく人々に邪魔をされてしまい、なかなか拾うことができない。
「おい邪魔だぞ!」
「なにしてる、さっさと行けよ!」
「あなたも早く逃げなさいったら!……」
クソッ、クソッ……!
通りすがる人々から次々と罵られ、蹴飛ばされながらも、一生懸命に地べたへ這い蹲って重要書類を拾おうとするマルメス=オオクボ。けれどそんな彼を嘲笑うかのように、大事な書類たちは強い潮風に吹かれて舞い上がり、あちらこちらへと飛んでいってしまうのだった。
……この手の“ヤバいデータ”は、アシがつかないように
けれどその念入りな用心が、今回は完全に裏目に出てしまっていた。
「クソッ、手こずらせやがってえ……!」
それでもなんとか拾い集めて元の通りにブリーフケースへ収めた頃には、他の人たちは皆先に避難し終えてすっかりいなくなってしまっていた。
さあ、俺も逃げよう、そう思ったそのときだ。
遠くの空から、巨大円盤が飛んでくるのが見えた。
銀の輝きと美しい流線型を帯びた飛行物体、巨大円盤。
それはCCIのミヤサカ博士が発見した地下資源の“物体”であり、『団体』のミレヴィナ=ウェルーシファがオルカで呼び寄せたものだった。沖合の方から現れた円盤は、真っ直ぐマルメス=オオクボのいるアクアラインの方へと近づきつつある。
――ヒュルルゥゥゥゥーン……!
それと同時にマルメス=オオクボは反対の方角、つまり都心の方から風を切る砲撃音が聞こえてくるのを耳にした。
振り返ると、数発のミサイルが発射されているのが見えた。シン・ゴジラ動乱やワダツミ作戦以降、都心に増設された日本の防衛システムだ。そのミサイルたちは沖合からやってきた巨大円盤を迎え撃とうとしていた。
都心から放たれた迎撃ミサイルが円盤を撃ち落とそうと狙っている、とはいえ問題は
「おいおい、まさか……」
このまま真っ直ぐ向かい合っていったら、そのぶつかるポイントはちょうどアクアライン直上、つまりマルメス=オオクボの頭上になるだろう。
円盤が上手く撃墜されようがミサイルが跳ね返されようが関係ない、その余波はアクアラインへと及ぶだろう。そしてそれはマルメス=オオクボの、まさに頭上へと降り注ぐことになるだろう。
「おいおいおいおいおい、よせよせよせよせ……!」
本能的に慌てて逃げ出そうとするマルメス=オオクボだったが、逃げ場など無い、遅い、間に合わない。瞬く間に宇宙円盤とミサイルは近づいてきて、ついにはアクアラインの直上で正面衝突した。
――ボカアアァァァァン!!!!
暗い夜空を赤く彩りながら爆音を轟かせる、壮絶な大爆発。
迫りくる円盤を撃墜しようという、日本の防衛システムの試みは失敗に終わった。円盤はミサイル攻撃の直撃にも難なく耐え抜き、そのまま爆炎を迸らせながら都心の方へ悠々と向かってゆく。
そして敢え無く弾かれたミサイルの破片や残骸は、そのまま炎の雨となってマルメス=オオクボの頭上へと降り注いできた。マルメス=オオクボの行く手は渋滞したクルマに阻まれ、身を躱すことすら出来やしなかった。
「どうして、どうしてなんだああああ……!!」
炎の豪雨に捻り潰されながら、マルメス=オオクボは絶叫した。
マルメス=オオクボがアクアラインで捻り潰されてから数分後、セントラルシティタワーの最上階。
その屋上に飛来した光り輝く宇宙円盤。その姿を見上げながらわたし:ミレヴィナ=ウェルーシファは呟いた。
「これが、宇宙知性……?」
そのわたしの呟きへ応えるかのように、宇宙円盤はトロリトロリと姿かたちが変わってゆき、ビルの上へゆったりと降り立った。
……わたしが初めて目にした宇宙知性の姿は、実に神聖な姿をしていた。その光景はまさに未知との遭遇、“彼ら”が全身に帯びた輝きはまさに目が眩むほど。けれど決して目線を離せない、絶世の美しさを放っていた。
「あなたたちは、いったい……?」
そのとき、わたしの脳内で閃いた名前があった。まさに天啓、あるいは“彼ら”がわたしの心へ直接名乗り出てくれたのかもしれない。
「〈ミレニアン〉……?」
ミレニアン、
そして“彼ら”がこちらへゆっくりと差し出してくるのは、半透明に光輝く美しい触手。その神々しい美麗さに魅せられたわたしは、指先同士を重ねて触れ合おうとゆっくり手を伸ばしてゆく。
「せ、聖女様……!?」
その言葉で、わたしはふと我に返った。
振り返ると、儀式に参加していた『団体』の連中がわたしのことを注視していた。その表情は不思議なことに、“怯え”の色が垣間見えていた。
「あ、あの聖女様……」
「これは、いったい……?」
いざ目の前に現れた宇宙知性、ミレニアン。その圧倒的な存在感に多くのメンバーたちは驚愕と恐怖に打ちひしがれ、足がすくんでしまっているようだった。彼らの目には怯えが宿り、身体は震え、後退りする者までいる。
……ふん、あれだけ怪獣を呼びたがっていたくせに。いざ本物がやってきて自分たちの出番が巡ってきたら、途端に怖気づいてしまったたのだろうか。
「恐れることはありません!」
『団体』の連中を鼓舞しようと、わたしは身振りを交えながら力を込めて語り続ける。
「これこそ偉大なる宇宙知性、このミレニアンたちは、我々選ばれしモノと共生の道を歩むために来てくださったのです! 人間と怪獣が共に手を取り合える栄光の未来、不条理なセカイの終焉、そして素晴らしい新世界を築くために……!」
けれど、そんなわたしの激励を聞かされても、『団体』の連中はいよいよ恐れの色を強くするだけだった。『団体』の連中はわたしに向かって、不安げに答えた。
「い、いきなりそんなことを言われましても……」
「それよりも、早く避難された方が良いのでは……?」
そんな連中の姿を見たわたしは、心の底から幻滅を覚えた。
……あれだけ勇ましく怪獣を称えようとも所詮は口だけ。結局はこんなものか。みっともなさすぎて、もはや軽蔑する気さえ起きなかった。
それでも彼らを救おうと、なおもわたしは声を張り上げた。
「皆さん、どうか落ち着いてください! 恐れることはありません! これこそ偉大な宇宙知性、我々が共生を目指すべき存在です。わたしたち人間は愚かで弱いですが、怪獣の力を借りれば、新たな未来が開けるのです。それでは、全員で一緒に宇宙知性を称え、歓迎の儀を続けましょう……!!」
懸命に、言葉を尽くして理を説くわたし。
けれどわたしの言葉で、『団体』のメンバーたちはとうとう限界を超えてしまったらしい。
「い、いやだ……」
誰かひとりがそう呟いたのを皮切りに、『団体』のメンバーは皆一斉に動き始めた。
「う、う、うわああああーっ!!」
「助けてええーっ!!」
「本物の怪獣だあぁーっっ!!……」
それはまさにパニック状態。まるで蜘蛛の子でも散らすかのように、口々に悲鳴を上げて逃げ去ってゆく『団体』のメンバーたち。そうして『団体』の連中は一人残らず逃げ去ってゆき、屋上にいるのはわたしと“彼ら”、ミレヴィナ=ウェルーシファとミレニアンの二人きりになってしまった。
「やれやれ、そんな急いで逃げなくても良かったのに」
……“力”があるわたしにはわかっていた。
『団体』の奴らに本物の“信仰”なんてものはない。あるのはただの虚栄心。中身が無いからこそイメージばかりが膨れ上がり、その空虚さを誤魔化すためにますます激化し、『如何に教義や集団に忠実な信者であるかアピール』へと躍起になる。スパイラルだ。こんな空っぽな奴らだからいざとなればこのとおり、それまでの信条をあっさり投げ捨てて逃げ出す羽目になるのである。
そんな『団体』の連中に、わたしの“善意”が通じなかったのは本当に残念だ。せっかく、どうしようもない社会の薄汚い底辺クズどもであるあなたたちから救ってあげようと思ったのに。
「……まあ、いいか。あんな人たちだし」
けれど、わたしは即座に頭を切り替えた。
“目的の場所”に行けるのは最悪わたしだけでいい。それに遅かれ早かれ、望もうが望まなかろうがいずれは連中も同じところへと辿り着く。嫌だというならせいぜい逃げればいいが、逃げ切ることなどどうせ出来やしないだろう。
そのとき一瞬だけよぎったのは、サトー=キヨシのこと。
「ねえミレヴィナちゃん、もう一回話そうよ! だからさ、ねえ、ミレヴィナちゃん……!」
別れ際にそう叫んで懇願していたサトー=キヨシ。
サトー=キヨシのあの情けなくも優しい笑顔、彼と過ごした何とも言えない心地よい時間、そして彼が本部を叩き出されたときの哀しそうな表情。
(……まあ、今さら過ぎたことだったか)
わたしはサトー=キヨシのことを努めて思い出さないようにした。あの顔を思い出してしまうと、『献身』への信仰までもが綻びそうになる気がする。
そう、この『計画』には長い時間を、そして多大な犠牲を払ってきたのだ。こんなつまらない感傷ごときでいまさら後戻りはできない。わたしは先に進むしかないんだ。
「……さて」
わたしは気持ちを引き締め直し、自分の
「さあ、宇宙知性さん。わたしを『天国』に連れていって……!」
そんなわたしの真摯な願いへ応えるかのように“彼ら”、ミレニアンはわたしに向かって触手を伸ばし始めた……
『団体』本部を叩き出された僕:サトー=キヨシが“それ”を目撃したのは、駅のホームでのことだった。
「おい、なんだあれ……!?」
電車を待っていた一人が空を見上げて指差した先。僕もつられて空を見上げるとそこにあったのは、
「
澄み渡る夜空を切り裂くように現れたのは、巨大な飛行円盤。
美しい流線型の滑らかなシルエットに、月光に照らされた銀の輝き。巨大円盤は静かに、しかし圧倒的な存在感を持って街の上空をゆったり滑空してゆく。
「おい、なんだなんだ……!?」
「UFOじゃないか……?」
「なにあれなにあれー?……」
街の人たちは、驚愕と恐怖が入り混じった表情で見上げていた。子供たちはその異様な光景に目を丸くし、大人たちの中にはスマホでその姿を興味深げに撮影している者もいた。
だけど問題はそこじゃない。巨大円盤が向かってゆく先だ。
「あの方角は、まさか……!?」
セントラルシティタワー、ミレヴィナちゃんたち『団体』のオフィスがある高層ビル群の方だ。都心の一等地に建てられたセントラルシティタワーは、この駅のホームからもうっすら見える位置にあった。
そしてその懸念のとおり、巨大円盤はそれら高層ビル群へと一直線に向かってゆき、中でも最も高いのセントラルシティタワーの屋上にゆったりと着陸した。巨大円盤の底部からは淡い光が漏れ出し、なんらかのサインを発するかのようにリズミカルに明滅して街全体をぼんやり照らしていた。まるでこの街の王様は俺だぞ、その権威を見せつけてやろう、と言わんばかりに。
そのとき僕の脳裏に過ぎったのは、ミレヴィナちゃんのことだった。
僕のことを肯定してくれたミレヴィナちゃん。僕と楽しく遊んでくれたミレヴィナちゃん。僕の恋した最高のガールフレンド、ミレヴィナちゃん。
その彼女が今、巨大円盤の毒牙にかかろうとしている。
「……ミレヴィナちゃんが、危ない!」
そう思うと、僕は居ても立っても居られなくなった。僕はすぐさま踵を返し、駅のホームと改札を飛び出して、『団体』の本部オフィスが入っているセントラルシティタワーの方へと引き返そうとした。
……ところが、事態はさらに予想外の事態へと転がっていった。
「う、うわあああっ、俺のクルマがああっ!?」
その叫び声で振り返った先では道路が裂け、その地割れの奥から幾本もの触手が生えていた。
そしてそれら触手は、路肩に停まっていたクルマをぐるぐる巻きに絡めとり、ぐしゃぐしゃに捩じって捻り潰してしまった。「買い替えたばかりなのに!」と、コンビニから出てきた持ち主と思しき人が悲鳴を上げている。
「これは、いったい……っ!?」
さらによく見てみると、触手の正体は地下に埋まっているはずのケーブルやパイプだった。電気ケーブルと水道ガスのパイプライン、都市生活を支える動脈と静脈ともいうべきそれらが、今やまるで自ら意思を持ったかのようにクネクネとのたうっている。
そしてそれらの触手は地面を割って這い出て、街中で破壊活動を繰り返していた。クルマを捻り潰し、建物を叩き崩し、電柱や道路標識をへし折る。
それら触手の猛威から、必死に逃がれようとする人々。周りでは人々が悲鳴を上げて逃げ惑い、街ではパニックが広がっていた。
「ひいっ!?」
「キャアー!」
「うわあああーっ!……」
触手が繰り出す暴力の前には、人間などまるで無力だった。
割れた窓から破片が飛び出して宙を舞い、タイルやアスファルトの路面は絹を引き裂くように真っ二つ。縦横無尽に暴れ回る触手の猛威で、建物も道路も徹底的に破壊されてゆくばかり。
僕自身も身を守りながら様子を窺っていたけれど、やがて僕はそれら触手たちを辿った根元が“ある一点”へと集中していることに気がついた。
「まさか、セントラルシティタワーの円盤が……!?」
触手たちの根本を目線で辿ればその先は一直線、セントラルシティタワーの方から伸びていた。あるいはあの『団体』のビルの屋上へ着陸した巨大円盤が念力を使って、地下ケーブルやパイプラインを触手の代わりに操っているのかもしれない。
……まるでタコの大怪獣、『宇宙戦争』の火星人トライポッドみたいだ。そんなふうに思っていると、
「助けてえ!!」
引き裂かれるような悲鳴が聞こえた。振り返ると一台のクルマが触手に引っ繰り返された挙句、幾重にも巻きつかれて弄ばれていた。
先ほどと違うのは、その車内には小さな女の子がひとり取り残されたままだということ。そのすぐそばで叫び声を上げている大人の女性は、きっとこの子の母親だろう。
「ウチの子が、ウチの子が!」
「ウワアーン、お母さーん!」
……ちきしょう、なんてことしやがる!
僕はというと、考えるより先に飛び出していた。暴れ回る触手へとしがみつき、クルマから引き剥がそうとする。
「こんにゃろ、離せっ!」
だが、ダメだ。触手は冷たくて硬く、鉄のように重かった。僕は全身の力を込めてそれを引き剥がそうとしたけれと、まるで岩を動かそうとしているかのように固くて到底引き剥がせやしない。こんなの、専用の工具でも無きゃダメだ。
……怖くて、手が震える。心臓が激しく鼓動する。『怪獣大戦争』での嫌な思い出がフラッシュバックする。
逃げ出したくてたまらなくなったそのとき、車内の女の子と、外で必死に叫ぶ母親の声が耳に入ってきた。
「お母さん、お母さぁーん……!!」
「お願いです、ウチの子を助けてくださいぃ!!」
……そうだ、逃げちゃダメなんだ。ここで僕が諦めたら、この子はきっと殺されてしまう。そうなったら僕はきっと、一生後悔するだろう。
そこで僕は、手を変えることにした。先ほど、触手がブチ折った道路標識の残骸を拾い上げ、梃子のように構える。
そしてクルマの中に閉じ込められた女の子にも聞こえるよう、僕は精一杯に声を張り上げた。
「離れてっ!」
僕の声が聞こえたのだろう、車内の女の子はすぐにクルマの窓から離れた。
それと同時に、僕はクルマの窓ガラスに向けて道路標識の残骸を突き立てた。
――ガンッ、パリンッ!
梃子の一撃で、車のサイドガラスは粉々にブチ砕かれた。
つづいて僕は、触手の猛威を掻い潜りながらクルマの中へと腕を突っ込み、車内の女の子を抱き上げて外へと引きずり出す。女の子がクルマから這いずり出たのと同時、クルマは触手のパワーでぺしゃんこに潰されてしまった。
「あ、ありがとうございます……」
「はやく、逃げて!!」
僕に怒鳴られ、女の子と母親は御礼もそこそこに全速力で逃げてゆく。
他方、触手はというと、クルマを捻り潰した次は僕のことを狙うことにしたらしい。電気ケーブルとパイプを幾重にも束ねた恐ろしい触手が、ゆっくりと鎌首をもたげて僕の方へと向き直る。
「まじ、やば……」
逃げようとする僕だけれど、触手は回り込むように僕の行く手を阻んだ。この野郎、僕のことを面白半分でもてあそんでやがる。
けれど真正面から戦っても勝てる相手ではないのはよくわかっていた。なにしろ相手は自動車を捻り潰す奴だ。いくらGフォースの元少年兵でも、武器が無ければこりゃ無理ってもんである。
それでもなんとか逃げようと頭をフル回転させていた、そのときだ。
まばゆい黄金の閃光が迸った。
それはまるで目の前に雷でも落ちたかのようで、僕は咄嗟に顔を庇う。眩んだ視界を擦って見ると、路上には半ばで焼き切られた触手の残骸が転がっていた。
続けて瞬く、金色のフラッシュ。それらの連発がスパークするたびに街を襲う触手どもが次々と爆裂し、根元から焼き切られてゆく。
その光景に、僕は見覚えがあった。
「こりゃ、プラズマレーザーか……!?」
プラズマレーザー砲。かつての『怪獣大戦争』では僕も乗っていた地底戦闘車、そのメインウェポンとして搭載されていた主砲だ。直撃させれば怪獣だって焼き殺せる破壊力を誇る。
だけどどうしてこんなところで。そんなことを思った矢先、
――ズシィィーンッッ!!
大気が揺らめき大地が震える強烈な衝撃、そして差し込む大きな影。僕が再び振り返って見上げると、大通りのど真ん中にそいつは聳え立っていた。
……身長は50メートルくらいだろうか。白銀のまばゆい装甲に、独特の青い光沢をもつブルーダイヤのコーティング。ずんぐりとした重厚感のあるシルエットに、鼻先では巨大なドリルが誇らしげに光り輝いている。
リファインされながらもなんだか懐かしい、そして頼もしいその姿。僕は思いついた名前を口にした。
「〈
かつて『怪獣大戦争』の死線を共に戦い抜いた僕の相棒、地底戦闘車モゲラ。そいつが直立したかのような、雄大な巨大ロボット怪獣
ちょうどその頃、“彼”は目を醒ました。
場所はマリアナ海溝よりも深層、太平洋プレートが奥深くめり込んだ先の地下空洞。灼熱のマントル溶岩が流れる灼熱地獄の地下宮殿こそが“彼”の住まい。
眠りを呼び覚ましたのは、耳障りな“音”だった。
「……~~♪」
その音に“彼”は聞き覚えがあった。
人間どもが機械的に作り出した
……数年前に起こった『大戦』を思い出す。
あの三つ首の化け物:キングギドラと覇権を争うことになった世界大戦、『怪獣大戦争』。あれを引き起こしたのも元を辿れば、機械仕掛けのアルファコールを弄んだ人間どもの愚行によるものだ。
間違いない。この音は、あのとき耳にした不愉快な機械音と同じだった。“彼”がしばらく静養しているうちに、人間どもはまたしても同じ過ちを繰り返したらしい。
……人間どものことを意識するたびに、“彼”の身体で真新しい傷がまた疼いた。
肩、胸、腰、手足、そして顔の左半分。全身に負ったこれらのダメージは、かつて人間どもの大作戦によって負った深い手傷だ。あのとき“彼”は確かに生命を絶たれ、身体も完全に崩れ落ちて、二度と目覚めぬ永遠の眠りに就いたはずだった。
けれど“彼”はそれでも死ななかった。
頭部が爆裂し、体が崩れ、細切れの肉片へ変わり果ててもなお、“彼”は死んでいなかった。
かつて遠い昔に浴びた“悪魔の火”――1946年夏、ビキニ環礁:クロスロード作戦――による直撃にも耐え抜き、かえって壮絶な進化を遂げることになった驚異的な生命力だ。たとえ
そして愚かしい人間どものことを考えるたびに傷が痛み、その骨身に焼き込まれた“悪魔の火”が燃え盛った。それらの猛火は未だに“彼”の体内で煮え滾っていて、その心身を奥底から地獄の苦痛で焦がし続けていた。たとえ無敵で不死身の身体を得ようとも、“彼”は未だにあのビキニの劫火に焼かれている。
……人間どもめ。
そして“彼”は居城を発った。
俺の“戦争”はまだ終わっていない、そして今度こそ思い知らせてやる。そんな苛烈な怒りを胸に“彼”はマントルを泳ぎ、地下空洞を抜けて海を越えたその先、人間どもが蔓延る地上世界へと邁進していった。
“彼”の名前はキングオブモンスター。
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