怪獣至上主義カルト団体の偽聖女とラブコメ ~ちがう彼女はそういうのじゃないんだスゴく優しいし誰にでも笑顔の善い子だけどたまに弱いところがあるから僕が支えてあげないと以下略~   作:余田 礼太郎

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8、サイキックアイドル握手会にそろそろ嫌気が差し始めた聖女様VSバカ

 “少女”との一件があってからも、わたしの聖女としての“導き”は続いた。

 

「わたしの娘は重い病気で、医者からも匙を投げられてしまいました。わたしはいったいどうしたらよいのでしょうか……」

「事業に失敗して大変な借金を背負ってしまいました。わたしはもう死ぬしかありません……」

「わたしは末期癌です。もはや生きる希望もありません……」

 

 そんなの、答えられるわけがない。わたしが出来るのは未来の予測計算だけ、こんなのわたしには荷が重すぎる。

 けれどそんなことなんて、救いを求める人たちには関係がない。『団体』が大きくなるにつれて、わたしを“聖女様”扱いする人たちはますます数を増やしてゆくばかりだった。

 

「わたしは、これからどのように生きたらよいのでしょう……?」

「わたしの人生の意味とは、いったい何だったのでしょうか……?」

「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えとはいったい何なのでしょう……?」

「ぼくは……」

「わたしは……」

「我々は、これからどうしたら……?」

 

 ……そんなの、わたしの知ったことではない。

 そもそもこの人たちは、なぜ赤の他人であるわたしなんぞに縋りついてくるのだろう。わたしなんてまだ二十歳(はたち)にもなってない小娘に過ぎない。何の人生経験も無い、世間知らずの小娘に、イイトシした大人たちがいったい何を求めているのだろう……正直にそう言ってやっても良かったのかもしれない。

 けれど。

 

「どうか、どうかお導きを、聖女様……」

「お願いします聖女様……」

「聖女様……」

 

 期待の籠った、救いを求めるかのような目線。生きることに迷った人たちの、藁にも縋るような表情。

 それらを向けられてしまうと、たとえどんなに他人事だと思えても、わたしはなぜか冷たく突き放すことなどできなかった。

 代わりにわたしは、幼い頃からしてきたことをするのだった。

 

「……ええ。その答えは『献身』です。献身こそが、あなた方の果たすべき『生きる道』なのです」

 

 その人たちの心を“読んで”、彼らがいま最も欲しいであろう“導き”の言葉を述べ、迷う背中を押してあげる。

 するとその人たちの心は一気に明るくなり、先に進むことができる。

 

「ありがとうございます、聖女様……」

「おかげで救われました、聖女様……」

「貴女様こそ我々の希望です、聖女様……!」

 

 そしてそんな彼らの帰結を見届けることこそが、わたしの為すべき『献身』の道なのだ。

 ……そんなふうに自分へ言い聞かせ続けていなければ、わたしの心はいずれ壊れていたに違いなかった。

 

 

 

 

 わたしがサトー=キヨシと出会ったのは、そんな日々でのことだった。

 

 『団体』の活動をした帰り途、わたしは適当な理由をつけて他のメンバーと別れ、ひとり単独行動をとっていた。

 本当は特別な理由など何もない。ただの気分転換、気紛れだ。聖女と呼ばれるわたしだって、なんとなく独りになりたいときはある。

 それに気分転換は大事だ。『団体』の連中から崇め奉られるのは(やぶさ)かでもないことだが、かといって四六時中ずっと聖女を演じ続けるのはやはり疲れる。たまには肩の力を抜いてリラックス、散歩するのも必要だろう……。

 そんなふうに気を抜いていたからだろうか。ひと気のまばらな繁華街の裏道を歩いていたときに、“愚か者ども”に絡まれてしまった。

 

「……なーなー、そんな強情張らずに俺らと一緒に遊びに行こうよ~、カワイコちゃん」

 

 ……愚か者は嫌いだ。いくらこちらが理屈を説いても、愚か者は理解しないしそもそも話を聞いていない。

 それにうっかり転んだ拍子に落としたブレスレット、ガルビトリウムの護符(タリスマン)を拾われてしまったのも不味かった。

 

「それはわたしにとって大事なものなんです!」

「へぇー、こんな石ころがねぇ……?」

 

 今この愚か者どもが手にしているガルビトリウムの護符は、本物だ。『団体』の連中がネットワークビジネスで売り捌いているインチキな紛い物とは違う。

 それにあの護符は“村”から持ち出せた数少ない形見のひとつ、わたしにとっては掛け替えのない信仰の拠り所なのだ。こんな下賤な愚か者ども風情の穢らわしい手でベタベタ触られて、弄ばれて、当然良い気分はしない。

 そんな生理的嫌悪感などはなんとかひた隠しにしつつ、わたしは平身低頭“お願い”した。

 

「どうか、どうかお願いです、返してください……!」

 

 わたしは必死な様子で懇願するのだが、愚か者どもは耳を貸してくれない。むしろこの愚か者どもにとっては、わたしがこうして一生懸命に“お願い”してくるのが面白くて仕方ないらしい。

 

「そんなに大事なものなら、ちゃぁんと肌身離さず持ってなくちゃあ~」

 

 愚か者どもはそうやって、ヘラヘラ笑いながら口々に言った。

 

「それにそんなに大切なものだって言うならさぁ、それを拾ってあげた俺らに御礼の一つや二つしてくれたっていいもんじゃあないの~?」

「別に獲って喰おうなんて言ってるんじゃあない、ただ『ちょっとお茶しようよ』って言ってるだけなんだぜ? そうしてくれたら、ちゃあんと返してあげるからさ」

「ホラ一緒に行こうよ、君もきっと楽しいよ~?……」

 

 ……ああ、もう、まったく。

 あまりにくだらなすぎて、相手にするのもいい加減うんざりしてきた。この愚か者ども、アダム(だったっけ? 忘れた)辺りでも呼び出して追い払ってもらおうか。

 『団体』の連中ときたら口先では平和主義を唱えているが、実際はわたしのためなら暴力沙汰も厭わない暴力クズばかりだ。わたし自身は暴力は嫌いだし、あんなクズどもに頼るのも癪なのだが、状況が状況だ。やむを得まい……そのように考え始めたときである。

 

「まーまーいいから行こ「あ、おまたせ~!」

 

 わたしと愚か者どものあいだにもう一人、別の男が急に割り込んできた。

 

「いやーごめんごめん、電車が遅れちゃってさー! 久しぶり、元気してた? 仕事はどう、順調? あ、それともガッコーだったカナ……?」

 

 そう笑いかけながら、まるで当たり前のようにわたしの手を取ってその場から立ち去ろうとする第三の男。

 

「おいおいおいおい、ちと待てやコラ!」

「なんだぁ、テメェ!?」

「オレらが先に遊ぼうとしてたんだぞ、邪魔するんじゃねえや!」

 

 愚か者どもが喚き散らしているが、男はまるで気に留めない。「あーうんはいはいそーねそーね」と適当に聞き流しながら、男はそのままわたしの手を取ってどこかへ連れ去ろうとしていた。

 ……ホントに誰だ。如何にもわたしの知り合いみたいな風に振る舞っているが、無論わたしはこんな男など知らない。あるいは『団体』のクライアントだったかもしれないとも思ったのだが、記憶をいくら思い返してみてもこんなとぼけた雰囲気の男を相手にした覚えなどない。

 その疑問がつい、口を突いて出た。

 

「えっと……誰ですか?」

 

 唖然とした空気と、しばしの沈黙。

 

「……なにコイツ、知り合いじゃあないの?」

「え、ええ……今日この場で初めて……」

 

 聞かれて思わず素直に答えてしまったが、まったくそのとおりだ。ホントに誰だ、この人。

 男が部外者だとわかった途端、愚か者どもが一斉に激昂した。

 

「なんだよ、オマエ、この子の知り合いじゃあねーじゃん!」

「じゃあ何なんだよオメーは!?」

「この子はオレらが先に見つけたんだぞっ、さては横取りする気かっ!?……」

 

 突然の闖入者に愚か者どもがいきり立つ中、男は溜息をついた。

 

「……仕方ない、やるしかないか」

 

 そう言って男は、なにやら時代劇みたいな仕草でジャンパーを脱ぎ捨て、空手なのか柔道なのかも怪しい珍妙な構えをとった。

 

「ホヮチャァァァァ―……!」

 

 「な、なんだこいつ……!?」「まるで歴戦の猛者みたいなスゴ味……!」「さてはこいつ、デキるな……!!」などと、如何にも尤もらしい構えで愚か者どもは威圧されていたが、傍から見ているとあんまり強そうには思えなかった。

 そして、乱闘が始まった。

 

「喰らえ必殺北斗柔破z「うるせえ!!」ひでぶっ!!」

 

 ……男は、すこぶる弱かった。

 まるで抵抗や攻撃の仕方を一切知らないかのように、愚か者どもから瞬く間に畳み込まれて袋叩きにされてしまう。

 

「なんだこいつ、ハッタリじゃねーか!!」

「チョーシのってんじゃあねー!!」

「オラッ、カッコつけやがって!!」

 

 流石にわたしも止めようとは思ったが、ここでわたしが入ったところで火に油、ろくなことにはならない。ビルとビルの隙間、その物陰へと逃げ込んでそっと様子を窺うことしか出来ない。

 戦いは数分で終わった。

 

「ったく、興ざめだしっ!」

「あーあ、女の子もどっか行っちゃったしな……」

「そうだな、飯でも食って帰ろーぜ……」

 

 愚か者どもが立ち去ったあと、その場に残されたのは少年漫画のやられ役さながらに力なく地べたへ伏せている男。呻き声は上げているから息はありそうだったが、まさにズタボロと言えた。

 ……守ってもらった立場でどうこう言えた義理ではないが、なんというか、その、あまりにも、アワレすぎる。物陰から這い出したわたしは、男の方へと歩み寄った。

 

「あの、大丈夫、ですか……?」

 

 顔面流血している男へ、わたしはそっとハンカチを差し出す。これくらいしか出来ないし黙って立ち去っても良かったのかもしれないが、かといってそのまま捨て置くのは流石のわたしも良心が咎めた。

 

「うう、ありがとね……」

 

 男は案外平気のようだった。ゆっくりと立ち上がると、ふとなにかを思い出したかのように男はわたしに言った。

 

「あ、そうそう……はい、これ」

 

 握り込んでいた掌を開く男。その中身を見た途端、わたしは驚愕した。

 男の掌にあったのは、先ほど愚か者どもに取り上げられていたはずのガルビトリウムの護符(タリスマン)。乱闘の最中に乗じて、男はこれを取り返してくれたのだ。

 男はにへら、と笑いながら言った。

 

「ほら、この御守り。大切なモノだったんでしょう?」

 

 ……バカなのだろうか。別に知り合いでもない、見ず知らずの赤の他人のためにここまでするなんて。

 愕然としているわたしに、男は額の血を手で拭いながらニヘラとだらしなく笑った。

 

「へへへ……なんかいつのまにか手の中にあってさ……」

 

 これがこの男、サトー=キヨシとの出会いだった。

 御礼がてら“勧誘”もかねて、わたしたちは近くの喫茶店に入って話をした。さり気なく聞き出したところによれば、サトー=キヨシの職業はフリーターだという。

 ……フリーター。となれば、わたしたちの『団体』にとってはあまり引き込む価値のある人材とは言えなかった。不安定な収入と社会的身分、“上客”にはなり得ないし『団体』での『活動』を長続きさせるのも難しいだろう。

 だから適当にあしらってやってもよかったのかもしれなかったのだが、彼の“前歴”を聞かされてからは少しばかり気が変わった。

 

「サトーさんって、Gフォースだったんですか?」

「うん、まあ……」

 

 大袈裟に驚いてみせるわたしに、サトー=キヨシは後ろ暗そうに目線を逸らしながら答える。

 

「まあ、下っ端の下っ端だったけどね……」

 

 Gフォースの元隊員だったというサトー=キヨシ。年齢からするとあるいは少年兵だったのかもしれない。

 ……対怪獣特殊戦闘軍Gフォース、わたしの『村』を都合よく利用しておきながら、いざというとき見捨てて逃げ出したあの卑劣な兵隊ども。その行き着いた成れの果てが戦後どうなったのか、興味が湧いた。

 だからわたしは申し出た。

 

「……あの、サトーさん。わたしと連絡先を交換しませんか?」

 

 ……たしかにサトー=キヨシはフリーター、社会的地位も財産もない。しかしアダム(仮名)やマルコ(仮名)、ソコロフ(仮名)、ベンジャミン(仮名)のような、使い捨ての鉄砲玉くらいの利用価値はあるだろう。

 そしてそのくだらない人生を散々使い潰してやった挙句、いざというところで突き放し、打ち捨てて、絶望のどん底へと追い込んでやるのだ。かつてGフォースの連中が、わたしと『村』を見捨てたときのように。あの兵隊どもへの意趣返し、その余興としてはこの上ないもののようにも思えた。

 そして、そんなわたしの薄暗い下心などサトー=キヨシは気づきもしないようで、

 

「え、いいの!?」

「ええ、またお会いしたいので」

 

 無邪気に喜ぶサトー=キヨシに、いつもの作り笑いで答えるわたし。こうしてサトー=キヨシとわたしの交際関係は始まったのだった。

 

 

 

 

 サトー=キヨシは裏表のない性格、端的に言えば『バカ』だった。

 

「ミレヴィナちゃん、見て見て! あの木にリスがいるよ!」

 

 ……リスがどうした。たしかにこんな都会の公園では珍しいかもしれないが、大の男がリス一匹ではしゃぐなんて。

 内心ではそんなふうに呆れないでもなかったが一応、付き合って答えておく。

 

「ええ、可愛いですね。こんなところにリスだなんて……」

 

 そんな雑談をしていると突然、リスがサトー=キヨシに向かって突進してきた。

 

「お、おぉぉ! リ、リスが僕に向かってくる!」

 

 驚いたサトー=キヨシがよろめき、バランスを崩して尻もちをついてしまった。リスはもともとサトー=キヨシに興味など無かったのか、そのまま別の方向へ走り去っていく。

 

「さ、サトーさんっ、大丈夫ですか?」

 

 あまりにマヌケな光景に噴き出しそうになるのを堪えながら手を差し伸べると、サトー=キヨシは照れ臭そうに手を取って立ち上がった。

 

「ありがとう、ミレヴィナちゃん。あのリス、意外と攻撃的だったね……」

 

 ……リスに負ける男、サトー=キヨシ。本当に情けない男である。

 そうやって公園を適当にぶらついたあと、わたしたちは近場の喫茶店に入った。

 

「ミレヴィナちゃん、見て見て! このケーキ、すごく美味しいよ! 一口食べてみて!」

 

 そうやってサトー=キヨシは自分のケーキをわたしの前に差し出し、期待に満ちた目で見つめてきた。

 ……これはいわゆる「はい、あーん」って奴だろうか。でもこういうのは男女逆ではないのか。まあわたしの方からしてやる気はさらさらないが。

 

「ええ、でも自分の分はちゃんと頼んでいるので……」

「ま、いいからいいから~♪」

 

 一応固辞はしてみたが、しかしサトー=キヨシのしつこい視線に負けて、結局一口食べることになってしまった。まったく、しょうがない。彼の目がキラキラ輝いているのが馬鹿馬鹿しくも、なんだか子供っぽくてユーモラスだったので。

 あむっ。

 

「……美味しいですね、サトーさん」

「そう? よかった!」

 

 ……サトー=キヨシとの“デート”は、いつもこんな調子だった。

 サトー=キヨシが一方的に楽しんでいて、わたしは適当に合わせているだけ。サトー=キヨシの方は自分がデートをリードしているようなつもりでいたかもしれないが、傍から見ればわたしの方が適当に付き合っているだけなのは明白だったろう。

 

「ねーねーミレヴィナちゃん、映画、観に行かない?」

「映画ですか?」

「そーそー。ちょっと前に流行ったアニメ映画。今リバイバル上映してて安いんだ……」

 

 そんな関係だったけれど、実のところわたしの方もそう悪いものでもなかったのだ。

 話の通じない愚か者どもは嫌いだが、裏表のないバカは嫌いではない。それにバカは適当にあしらっておけば気を遣わなくて済むし、なによりサトー=キヨシはわたしが『団体』の聖女だなんてことは知らないから体裁を取り繕わなくても良いのはなんとも居心地が良かった。

 

「なるほど、楽しそうですね! 行きましょうか、サトーさん!……」

 

 そんなサトー=キヨシとのデートは、いつからかわたしのルーチンワークとなり、やがては『団体』での“聖女様”を続けてゆくうえでの良い気晴らしにもなっていった。

 

 

 

 

 ある日のデートでのことだった。

 サトー=キヨシに映画へ誘われたわたしは、リバイバル上映していたアニメ映画を見たあと二人で近場のファミレスへと入った。

 席に着いたあと、サトー=キヨシは言った。

 

「今日は僕が奢るから、なんでも好きなの頼んでいいからね~!」

「え、いいんですか? いつもワリカンじゃ……」

 

 思わず訊ねてしまったが、今日のサトー=キヨシは少しばかり様子が違った。ふっふーん、と鼻息を荒げながらサトー=キヨシは言った。

 

「うん! 昨日はバイト代も入ったしね! たまには男としての甲斐性、見せさせておくれよ~」

 

 そうやって胸を張るサトー=キヨシを見ながら、わたしは内心でぼやいた。

 ……ふん、なにが甲斐性だ。そもそもここ、サ〇ゼリアじゃないか。

 いや、サイ〇リア自体が悪いとは言わない、むしろイタリアンプリンやティラミス・クラシコは至高のスイーツだとさえ言える。しかし、そのお値段はかなりお手頃リーズナブル、『男としての甲斐性』なんてものを見せるような店では到底ない。

 それにサトー=キヨシとのデートに掛かる諸費用について、わたしは「新規メンバーの勧誘活動・カウンセリングに伴う会食費」という名目にして『団体』の経費で全額落とすようにしていた。だからもし仮に最高級イタリアンへ連れていかれたとしても、わたしの懐はちっとも痛まないのである。

 ……もっとも、そんな個人的な財布事情なんてものを素直に明かしてやるつもりはさらさら無いのだが。そんなことにも思い至らず得意気にしているサトー=キヨシへ、わたしはニッコリ笑った。

 

「流石です、サトーさん! じゃあ、お言葉に甘えて御馳走になりますね……」

 

 そう言いながらわたしがメニューを広げて吟味し始めた、ちょうどその時だ。

 

 

「ピロピロケタケタ……」

 

 

 忘れもしない、あの“宇宙超ドラゴン怪獣”の(いなな)き。

 その音が聞こえた瞬間、全身の血が凍りつくような感覚に襲われた。背中へ冷たい戦慄が走り、鼓動が一気に加速して、わたしの意識は一気にあの『村』へと引き戻された。

 ……遠くから聞こえる雷鳴、晴れ渡っていたはずの空へ黒雲が立ち込めてゆき、遠くの空から骨身へと響く重低音。空の彼方から近づいてくる、巨大な龍の巣のような積乱雲。濃厚な雷雲の闇、波打つ大気。そしてそれらを潜り抜け、キロキロと奇怪な唸り声を上げながら現れる、黄金の輝きを纏った三本首のシルエット。

 耳から離れない、あの恐ろしい絶望の雄叫び。

 

「ピロピロケタケタイヒヒヒヒアーッヒャッヒャッヒャッヒャッ……!!!!」

 

 わたしの頭の中にあの咆哮がこだまする。心臓はまるで胸から飛び出しそうな勢いで鼓動を打ち、全身が冷や汗でびっしょりと濡れた。視界がぼやけ、周囲の音が遠ざかっていく。ただ一つ、あの恐ろしい音だけが現実のものとして響き続ける。

 

 ……だめ、逃げないと……!

 

 そう呟いたわたしの声は、震えていたかもしれない。

 まるであの日に戻ったかのように、全てが現実感を失い、目の前が壊滅した村の風景と重なって見えた。体が勝手に動き出し、周りを窺う。

 あの怪獣が、恐怖の大王、キングギドラが来る。ただひとり生き残ったわたしを見つけ出して、トドメを刺しに来る。瞳が開き、額から冷たい汗が滲み、心臓が早鐘を打ち、全身が臨戦態勢に……

 

「――はい、もしもし?」

 

 聞こえてきた女性の声で、わたしはようやく我へと返った。

 改めて見回せば、わたしの世界はファミリーレストランの店内へと立ち返っていた。怪獣なんて影も形もない、ごく平穏な日常世界だ。

 隣の席では、赤いジャケットを羽織った若い女性がスマホで会話していた。

 

「ああ、シンジくん? ええ、はい……わかった、今から戻るわね……」

 

 話し相手は家族か恋人だろうか。女性は通話を続けながら席を立ち、セルフレジで会計を済ませると急ぎ足で店を出ていった。

 ……なんだ、電話の着信音か。そのことに気づいて、わたしはようやくほっと息をついた。大丈夫、ただの電話だ、『あの怪獣』じゃない。まったく、紛らわしい……そうやって気持ちを落ち着かせたあと、わたしはサトー=キヨシと今まさにデート中だったことをようやく思い出した。

 

(変な風に思われなかったかしら)

 

 幸いにしてメニューで顔は隠れていたから、表情は見られなかったと思う。けれどデート中にいきなりあんなパニック状態になっていたら、流石のサトー=キヨシと言えども怪訝に思ってしまうだろう。

 フォローが必要かもしれない。わたしはそっと声をかける。

 

「あの、サトーさん……」

 

 そしてメニューを閉じたそのとき、わたしはようやくサトー=キヨシの異変に気がついた。

 

 

 サトー=キヨシは、凍りついていた。

 

 

 今のサトー=キヨシの表情は、完全な虚無だった。

 いつもの間抜けな笑顔はおろか、完全な無表情。普段はだらしない双眸だが今はまなじりが裂けんほどに開かれ、口元もひきつっていた。両手がかすかに震え、骨身から震え上がっているかのようにすら見える。見開かれた瞳には何も映っておらず、どこか遠い彼方へ意識を馳せているようにも思えた。

 

「サトーさん……?」

 

 心配になったわたしは名前を呼んでみたが、返事はなかった。

 サトー=キヨシの精神はまだ遠い過去に囚われていた。額には汗が滲み、息が荒くなっているのが見て取れる。

 そして、サトー=キヨシは小刻みに震えながら呟く。まるで目の前で“あの怪獣”を見たかのように。

 

「ぎどら、ぎどらが……」

 

 サトーさん、サトーさん!!

 わたしが大声を出して、ようやくサトー=キヨシはハッと現実へと立ち返った。

 その目が焦点を取り戻し、目の前のわたしの方へと向き直る。刹那の混乱と動転、けれどすぐさまサトー=キヨシは正気を取り戻して言った。

 

「……あ、ああ、ごめんね、ミレヴィナちゃん。つい、ぼうっとしちゃってさ。えっと、メニューだっけ、どれにしよっかな~?……」

 

 そうやって頭を掻きながら笑う、サトー=キヨシ。その表情はいつものだらしない愛想笑い、わたしが知るいつもどおりのサトー=キヨシだ。

 ……けれど、“力”があるわたしにはわかった。()()()()()()()()

 

 

 この人、わたしと同じだ。

 

 

 民間人かGフォースの兵隊か、そんなことは関係無い。あの『怪獣大戦争』を生き延びて、同じ絶望を目の当たりにした、数少ない生き残り。この人は“そう”だったのだ、わたしもそうであるように。

 QRコードで注文を済ませると、料理はすぐに届いた。

 

「……おまたせいたしました、ご注文のミラノ風ドリアになります」

「わあ、美味しそう!」

 

 店員から差し出された熱々のドリア。

 そうやって無邪気に、だけどどこか大仰に喜んでみせたあと、サトー=キヨシは大袈裟にはしゃいだ様子でわたしへ問いかけた。

 

「ねえミレヴィナちゃん、先に貰っていいかな? お腹すいちゃってさ~……」

「ええ、いいですよ」

「わーい、いただきまーす……!」

 

 そうやって喜び勇んで、自分のミラノ風ドリアへとパクつき始めるサトー=キヨシ。その食べ方はあまり綺麗じゃなくて、なんだか大人になりきれなかった子供みたいだった。

 まもなくわたしの分の料理も届き、わたしとサトー=キヨシは互いに向き合って、映画の感想を語り合いながら食事を始めた。

 

「この映画はねぇ、『魔女の宅急便』っていう名作のオマージュなんだよ!」

「そうなんですか?」

「途中クルマに乗りながら音楽をかけるシーンがあるでしょ? あのシーンはねえ、その『魔女の宅急便』の冒頭で、ヒロインの魔女の子が空を飛ぶシーンからオマージュしてるんだ!」

「なるほど~、そういう要素もあるのですね~……」

 

 まるで気を紛らわせるかのように、先ほど観たばかりのアニメ映画についての話を一生懸命に喋り続けているサトー=キヨシ。彼の言葉にうんうんと笑顔で頷きながら、わたしはずっと考えていた。

 ……この人は、ずっとこうやって“バカ”を続けるのだろう。

 こうやってバカのように振舞って、バカのように情けなく笑って、そしてバカのように生きてゆくのだろう。自分が受けた痛みや苦しみ、それらをすべて無かったことにして。

 その姿はまるでわたし、ミレヴィナ=ウェルーシファと鏡写しのようだった。まるで同じだ。違うとしたら、聖女のふりをしているか、バカのふりをしているかだけ。まともに向き合えないほどの傷を抱えているのは同じ。

 

 この人のために、何かしてあげられないだろうか。

 そんな衝動に駆られた。

 

 それはサトー=キヨシが特別に不憫だったからではない。『団体』は怪獣至上主義カルト、その“聖女様”であるわたしに救いを求める人たちは皆不幸だ。サトー=キヨシなんかより可哀想で、気の毒で、不運な目に遭っている人なんて山ほど会ってきた。

 そんな不幸な人たちをゴマンと見てきたわたしだけれど、こんな気持ちになったのは初めてだった。サトー=キヨシのヘラヘラ笑顔の奥にある、深い傷痕。それを癒してあげることができないだろうか。なんとかしてあげたい、さもないとこの人の人生は本当にダメになってしまう。

 

 

 そうだ。この人の頭を良くしてあげよう。

 

 

 この人に必要なのは自尊心、心の支え、精神的支柱だ。小手先の頭の良さやお金、地位や名誉なんて関係ない。もっと自分に自信を持つことができたら、この人はきっと立ち直れる。

 そのための方法や手段は既に揃っている。そうだ、そうだとも。わたしは怪獣至上主義カルト『団体』の偶像(IDOL)。迷える子羊たちを導き、悟りと救いを授ける偉大なる聖女様。それがこのわたし、ミレヴィナ=ウェルーシファじゃないか。

 そう、このわたし、ミレヴィナ=ウェルーシファが、この人の頭を良くしてあげよう。そしてわたしたち二人で、偉大なことを成し遂げるんだ。それこそ世界を導いて救うような、そしてこの人が二度と自分のことを『バカ』だとか『社会の底辺』とかなんて思わなくても済むような。

 食事を終え、適当な頃合を見計らってからわたしは口を開いた。

 

「……あの、サトーさん」

「なあに、ミレヴィナちゃん?」

 

 そう聞き返すサトー=キヨシに、わたしは真剣な面持ちで問いかける。

 

「サトーさんは『怪獣大戦争』についてどう思いますか?……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……聖女様、聖女様」

 

 呼び掛けられて、わたしは閉じていた瞼を開いた。どうやら居眠り、いつの間にかわたしは転寝(うたたね)してしまっていたらしい。

 もたれ掛かっていた椅子から身を起こすと、呼びに来た『団体』のメンバーがわたしに言った。

 

「聖女様、そろそろ“儀式”のお時間です。どうかご用意を」

 

 ……ええ、ありがとうございます。いつもの聖女の微笑みで、わたしは礼を返す。

 わたしの戦争はまだ終わっていない。そのために打てる布石はすべて打ってきた。このときが来るのを待っていた。

 手振りによる三分割の聖印――かつてわたしの『村』で行なわれていた、エクシフの宗教における祈りの作法だ――を切りながら、わたしはゆっくり席を立つ。

 

「ええ。いよいよ始まるのです、“聖戦”が」

 

 怪獣至上主義カルトの偽聖女、ミレヴィナ=ウェルーシファ。

 そんなわたしによる、史上最大の『献身』が始まろうとしていた。




タイトルは筋肉少女帯の曲『医者にオカルトを止められた男』から。
赤いジャケットの女性は『新劇場版における彼女のスマホの着信音が科特隊のそれ=昭和ギドラの鳴き声と一緒』というネタであって、キングギドラの鳴き声を着信音にしてる変な人ということではない。

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