怪獣至上主義カルト団体の偽聖女とラブコメ ~ちがう彼女はそういうのじゃないんだスゴく優しいし誰にでも笑顔の善い子だけどたまに弱いところがあるから僕が支えてあげないと以下略~   作:余田 礼太郎

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7、暴いておやりよウェルーシファ

 わたしの村が『怪獣大戦争』で踏み潰されてから数年後。わたし:ミレヴィナ=ウェルーシファは苦心惨憺の末に日本へと辿り着き、そしてあの『団体』と巡り会った。

 きっかけなんて、些細なことだ。

 

「すいませェん、『占い』をお願いしたいのですがァ~……?」

 

 平和な日本へ辿り着いたは良いものの、身寄りも日本国籍もないわたしにまともな生活の糧など在りはしない。

 そこでわたしは道端の易者、つまりは占い師として生計を立てていた。年齢と身分を偽ってアパートを借り、昼は占い、夜は風俗のアルバイトに出てなんとか糊口をしのいでいた。

 

「巷で評判の『よく当たる金髪美少女の占い師』というのは、あなたのことですかねェ~?」

 

 そう訊ねる客の男に、わたしは愛想良く笑いながら答えた。

 

「『よく当たる』かどうか、そして美少女かどうかもわたし自身にはよくわかりかねますが……皆さんそのように仰ってくださいますね」

 

 わたしの『占い』。

 巷では(もっぱ)ら占いということで通していたが、正確に言えばわたしのそれは占いとは違うものだ。

 詳しい理屈は割愛するが、当時のわたしがやっていたのは『村』に古くから伝わっていた数秘術、つまりは数学的計算による未来予測の応用だ。同じ原理を用いたコンピュータ技術が巷では『ゲマトロン演算』と呼ばれていたことはあとから知った。

 

「では占いをひとつ、お願いできますかねェ~? 仕事のことで悩みがありましてェ~」

「かしこまりました。では、まずお名前、生年月日から伺えますか……?」

「はい。名はヤマダ=タロウ、生年月日はですねェ……」

 

 加えてわたしは“力”があるので、相手の心をある程度読むことができた。わたしの“力”にはたしかに限界もあるが、道端の占いで悩みを相談しに来るような手合いであれば上手く聞き出すのはそう難しいことではない。

 “力”と話術を駆使したカウンセリング、およびゲマトロン数秘術の計算。わたしは男に結果を伝えた。

 

「……ヤマダさん。あなたには、ヒトを使ったビジネスの才能がありますね。そして人を見る目もある。上手くすれば大成功、出世もするし、あるいは選挙に出る、政治家にも向いているかもしれません」

「ふむふむ……」

「ただし、欲をかきすぎるのはいけませんね。ほどほどにしないとここぞというところでその目が曇り、裏切られ、足を掬われて全てを失うことになるでしょう……」

「なるほどなるほど~……」

 

 わたしの“力”とゲマトロン数秘術。これらを組み合わせることで依頼者の過去、現在、未来を算出し、高精度の未来予測で人の心に“導き”を示す。それがわたしのやり方だった。

 ……と、ここでわたしはあることに気づいた。

 

「……あの、ヤマダ=タロウさん。失礼ですが、あなたのお名前は本名ですか?」

「と、いいますと?」

 

 わたしの問いに聞き返してくる客の男。その平然とした表情をわたしはじっと観察する。

 ……間違いない、この男はなにか“ウソ”をついている。それも日頃からウソをつき慣れていて、そのことをなんとも思ってない人間の顔だ。普通の占い師なら騙されていたかもしれないが、わたしは“力”で見抜くことができていた。

 加えて、計算も合わない。他の要素も踏まえればヤマダ=タロウなんてあからさまな偽名じゃなくて、もっと字数の多い名前のはずだ。

 ……ウソつきは、嫌いだ。

 職業柄、隠し事をする客は少なくはないのでまだ許せる。だがこういう『ウソをつくことを何とも思ってない手合い』の心を“力”で読むと、如何に性根が薄汚れているのがわかるから見ていて不愉快な気分になる。そもそも『占ってほしい、悩みを相談したい』というのなら、依頼する客は出来るだけ正直であって然るべきだろう。

 

「……いえ、計算が合わないものですから」

 

 まぁ、ウソつきというなら、かくいうわたし自身も大概ではあるが。そんな自虐的な考えが(よぎ)りつつも、わたしは男にそつなく答えた。

 

「お名前を仰りたくないのであればそれでも構いませんが、その旨をあらかじめ仰っていただいた方がこちらとしては助かります」

「なるほどですねェ……」

 

 そして今回の依頼者も、わたしの占いの結果に満足したようだった。

 

「たしかに“当たる”ようですねェ……占い師さん、あなた、お名前は?」

「名前、ですか……ミレヴィナ=ウェルーシファと申します。今後とも御贔屓にしてくださいね」

 

 問われたわたしが愛想混じりに名乗ると、男はいよいよニヤニヤ笑みながらこう答えた。

 

「なるほど、ミレヴィナ=ウェルーシファさんですかァ……先ほどは失礼しました。では、改めましてェ」

 

 そう言いながら男が差し出した名刺には、たしかにわたしが見抜いたとおり違う名前が書いてあった。

 

「〈マルメス=オオクボ〉と申しますゥ~。名前のことはご容赦を。なにぶん、あなたのお仕事を拝見したかったものでェ……」

「わたしの仕事?」

 

 ……わたしの仕事が見たかったのだと語るマルメス=オオクボ。この男、いったいなにが目的なのだろう。

 わたしが訝しんでいると、マルメス=オオクボはやがてとんでもないことを言い出した。

 

「ミレヴィナ=ウェルーシファさん、あなた、年齢を誤魔化しているでしょう? もしや“密入国”では?」

 

 ……っ!?

 その言葉で、わたしは背中に冷水を流し込まれたように思えた。

 そんなわたしの咄嗟の反応を目敏く見抜き、マルメス=オオクボはニンマリと満足げに嗤った。

 

「いやぁ~、たまにいるんですよねェ~。『怪獣大戦争』のゴタゴタにつけこんで、怪獣災害の被害が比較的軽かった日本へ入ってこようとする不法外国人が。それもあなた相当に後ろ暗いルートを使っているはずだ、たとえば……人身売買のルートとか?」

 

 ……マルメス=オオクボが指摘したことは事実だ。身寄りもなく、日本国籍もなく、パスポートさえもないわたしが日本へやってくるには人身売買のルートを利用して密入国するしかなかった。

 本来なら不可能なはずのセルジナから日本への密入国。しかし『怪獣大戦争』が引き起こした混乱と難民の存在、そしてそこに乗じて生まれた闇の人身売買ビジネスが有り得ないはずの密入国を可能にした。

 

「な、なぜそれを……っ!?」

 

 言ってしまってから、マルメス=オオクボがいやらしくニヤついているのを見て失言に気づいた。しまった、これでは自分で認めているようなものではないか。

 それでもなんとか動揺を取り繕うと、マルメス=オオクボはニヤニヤ笑いながら答えた。

 

「ウェルーシファさん、あなたの風貌はたしかに日本人離れして大人びているが、仕草の端々は子供のそれだ。外国人の少女が昼間から学校にも行かず、年齢を誤魔化して風俗で働いた挙げ句にこんな道端で占い師。そんなの密入国、それも人身売買から逃げてきたような“元”商品ぐらいのものでしょう~?」

 

 ……こいつ、ずっと見ていたのか。

 いったいいつから見られていたのだろう。わたしがこうして昼間に占いで生計を立てていることだけでなく、年齢と身分を誤魔化し、さらには夜は風俗でアルバイトしていることまでマルメス=オオクボは調べ尽くしていたようだった。

 

「もしホントに人身売買のルートみたいな“裏ワザ”を使ったんなら、いよいよヤバいんじゃあないですかァ~? 警察もそうだし、人身売買ブローカーの連中もあなたのことを追ってるでしょうねェ……ましてなあなたみたいな“上玉”、逃げられたってんならブローカーにとってはさぞや大事(オオゴト)でしょうからねェ~ッ?」

「…………ッ」

 

 マルメス=オオクボは皮肉にも、わたしがゲマトロン数秘術で算出したとおりの男だった。この男、たしかに人を見る目がある。まさか、わたしの周辺事情をここまで見抜くなんて。

 

「……なにが目的なんです?」

「目的ィ~?」

 

 そうやって精一杯睨み付けて警戒するわたしだったが、そんな小娘の威嚇などマルメス=オオクボは気にも留めていなかった。

 

「いやいや、まさか! そんなものはありませんよォ~」

 

 どこ吹く風と言わんばかりにヘラヘラと笑いながら、マルメス=オオクボはやけに芝居がかった口調で言った。

 

「まぁ身許を誤魔化していることはともかくウェルーシファさん、あなたの“才能”は実にスバらしい! まさに最高ですゥ~! このような路上道端のいかがわしい易者風情で終わらせてしまうのは、あまりに惜しい……っ!」

「……それで?」

 

 なおもわたしが睨み付けてやると、マルメス=オオクボはにこやかに笑いかけた。

 

「あなたのそのスバらしい才能、わたしの下で活かしてみませんか? 是非ともこのわたしマルメス=オオクボに“プロデュース”させていただきたいのですゥ~……」

 

 ……つまりは勧誘、スカウトか。

 わたしは直感的に『断ろう』と思った。直接脅したりはしていないが、弱味を握った挙げ句のこの態度、強請(ゆすり)も同然だ。これではわたしが逃げている人身売買のブローカーと変わらない。こんな下劣な輩に乗せられるくらいなら、いっそ警察にでも行った方がマシだろう……そんなふうにも思った。

 ところがマルメス=オオクボは、これまた驚くべきことを口にしたのだ。

 

「なんなら、あなたがモメているであろう人身売買のブローカーとも話をつけて差し上げますし、今のあなたが喉から手が出るほど欲しいであろう『安定した社会的身分』ってヤツを御用意しますよォ。どーです、悪い話じゃないでしょう~?」

「なんですって……!?」

 

 ブローカーの連中とも話をつけてくれる上に、社会的身分まで? いったいどうやって……!?

 思わず身を乗り出してしまうわたし。

 

「ンフーフフフ……色々と“手段”はあるのですよォ~。ご安心ください、ワタシは約束を守る男ですゥ~」

 

 そんなわたしに、マルメス=オオクボはそのぞっとするような笑顔をますます深くして答えるのだった。

 

「まぁどれもこれも、オモテではとても口に出せないような“裏ワザ”なんですがねェ~ッ……!」

 

 

 

 

 かくして始まったマルメス=オオクボによる“プロデュース”。わたしは、あれよあれよという間に“聖女様”へと仕立て上げられた。

 

「“聖女様”、今日の導きをお願いします……!」

「はい、わかりました……」

 

 人生の不条理にぶち当たり、迷い、苦しみ、そして行き詰まってしまった人たち。まさに藁にも縋るとはこのことで、わたしのゲマトロン数秘術による“導き”はそんな彼らにとって“救い”として機能した。

 

「ありがとうございます、聖女様……」

 

 そうしているうちにわたしたちの周りには人が集まってきて、やがて『団体』が形作られていった。今にして思えばマルメスの魂胆は最初からコレ、わたしを象徴(アイコン)に据えて『団体』を作り、その中枢で最も美味しい汁を啜ることだったのだろう。

 

「ギャーハハハハッ、スバラシイですねェ~ッ! まさにサイコーですゥ~! ミレヴィナさん、今日の“導き”もエクセレントでしたよォ~ッ!!」

 

 マルメス=オオクボはわたしがゲマトロン数秘術で計算したとおり、商才に長けた男だった。

 わたしのクライアントからめぼしい上客をピックアップし、『団体』へと結びつけ、彼らから搾り上げた寄付金その他でその影響力を拡大していった。その手腕は実に見事なものでまさに一流と呼んでしかるべきものだ。

 

「またお願いしますよォ~、ミレヴィナさん。次はもっと、もーっと、寄付をいただけるようにねェ~ッ……」

 

 ……ふん。

 もっとも、一流というのは『一流の詐欺師』という意味だけれど。そんなふうに内心で軽蔑しつつも、マルメス=オオクボの庇護から離れられないわたしは奴の言いなりに“導き”を続けていった。

 わたしがゲマトロン数秘術でクライアントたちを成功に導くたびに、『団体』の人々は“目覚めてしまった”かのようにわたしを褒め称えた。

 

「聖女様の導きのおかげで、心の迷いが晴れました!」

「思えば、奇跡は日常の其処彼処(そこかしこ)に在ったんです!」

「今までそんなことにも気づかなかった、愚かな自分自身に腹が立ちます!」

「流石は聖女様!」

「すべて聖女様のおかげです……!」

 

 他に身寄りのないミステリアスな出自。世にも珍しい金髪紫瞳、神秘的で美しい容姿。そして人の心を巧みに読む“力”と、未来をも見通すゲマトロン数秘術。このわたし、ミレヴィナ=ウェルーシファこそ『団体』の偶像(IDOL)、お誂え向きの客寄せパンダだったのだ。

 ……最初は、居心地が良かったのも事実だ。

 “聖女様”と呼ばれるのには最初こそ戸惑ったけど慣れてしまえばそんなに悪くなかったし、 『団体』の連中なんてわかりやすいものだ。立ち振舞い、言葉遣い、一挙手一投足、それらすべてに思考と感情が剥き出し。たとえ“力”なんて使わなくても、わたしならただ眺めてるだけですべて見通せる。

 それにマルメスは下劣な詐欺師ではあったが、たしかに約束を守る男ではあった。

 

「安心してくださいねェ、ミレヴィナさん。あなたは大事な人ですからねェ~。もういかがわしい輩には指一本触れさせませんのでェ~……」

 

 一番いかがわしいのはおまえの方だろうに。

 まあそれはともかく、マルメスがいかなる手管を使ったか知らないが、ちゃんとわたしは守られた。あれほどわたしを追い回していた人身売買ブローカーの連中も、わたしが『団体』に入ってからは一切手出しをしてこなくなった。

 ……もっとも、あの男からすれば大切な『金を産むガチョウ』を他所にとられたくなかっただけかもしれないが。

 

「ミレヴィナさん、あなたのおかげでウハウハですゥ~! 次は都心の一等地、セントラルシティタワーの一番高いところにオフィスを構えましょうねェ~!」

 

 そんなマルメス=オオクボの“プロデュース”により、わたしの名声も『団体』のそれと共に飛躍的に高まった。またそれと比例するように、“導き”を求める声も増えてエスカレートしてゆく。

 

「なんでこんなに頑張っているのに、どうして誰もわかってくれないんでしょう。毎日一生懸命やってるのに、認めてもらえないなんて。本当にもう、どうしてこんなに報われないんでしょう。皆は簡単に成功しているのに、どうして自分だけがこんなに苦しまなければならないんでしょうか……?」

 

 努力が報われないことがそんなに不思議なのだろうか。世の中はそんなに単純ではない。頑張れば認められる、褒められる、報われる。そんなのは子どものうちだけですよ。

 ……まぁ、そんな自分可哀想アピールすることにばかりうつつを抜かした挙げ句に結果が伴わない時点で、その『努力』とやらもたかが知れているでしょうけどね。

 

「こんな不公平な世の中で、どうやって希望を持てって言うんですか!」

「権力者たちは自分たちのことしか考えていないし、私たち庶民の苦しみなんて見て見ぬふりじゃないですか。社会全体が腐っているから、私たちみたいな普通の人間がどれだけ頑張っても報われないんです。本当に、こんな世界に生まれてきたこと自体が間違いだったんじゃないかって思いますよ!」

「政治家がー、マスコミがー、既得権益がー、偏向報道がー、表現規制がー、性的搾取がー、表現の自由がー、ポリコレがー、クソオタクがー、フェミがー、ミソジニーがー、菊タブーがー、生成AIがー、反AIがー、サヨがー、ウヨがー、ディープステートがー、政治がー、社会がー、男がー、女がァ~っ……!」

 

 はあ、そうですか。大変ですね。

 でもそれ、縁もゆかりも無い赤の他人に向ける時点で『現実逃避』『八つ当たり』『筋違いの逆恨み』っていうんですよ。それを他人に向けたところであなたの人生、何かが変わるわけでもない。あなたが本当に立ち向かうべきは身の丈に合わない政治や社会の問題なんかじゃあなくて、ご自分の人生の問題なんじゃないですか。

 

「あのヒット作、本当に理解できません。みんなが絶賛する理由が全くわかりません。なんであんなのが人気になるのか、正直不思議で仕方ないんです。もっと深いテーマや独創的なストーリーが評価されるべきだと思うんですよね」

「それにひきかえ、私はもっと深みのある作品を書いています。確かにまだヒットはしていませんが、それはただ運が悪いだけです。そもそも、作家なんて自分の作品に命をかけるべきじゃないですか。あんな遊び半分でやっているようなふざけた連中の方が評価されるなんて、そんな理不尽なことがあっていいはずがないんです。一生懸命頑張って創った作品が評価されないなんて、本当にやりきれない思いです」

「もっと世間の目が肥えていれば、私の作品もきっと評価されるはずなんです。でも、世の中の評価基準がおかしいから、こんな現状が続くんですよ……!」

 

 あーうん、はいはい、そうですね。あなたがヒット作を楽しめないのは個人の感性の問題ですし気の毒なことです。 

 けれど、なぜヒットしてるのかが理解できないのは作家として致命的でしょうね。そんなふうに攻撃的な逆張りばっかりしてるかぎり、あなたの作品なんて未来永劫ヒットしないし理解もされないんじゃあないですか。

 そもそも作家なんてものは、既に何かしらの成功を収めた人が片手間にやるものでしょう? それしか出来ないような世間知らずよりも、いろいろな経験を持った人の方が面白いものを創れるのは当然じゃないですか。そんなこともわからないで、一生懸命頑張らないと創れない上に『評価されたい』だなんて、はっきり言って作家に向いてないと思いますよ。作家なんてやめて、もっと現実的な生き方を考えた方がいいのでは……?

 けれど『団体』の人たちはそんなことにも気づかないまま、口をそろえてこう言うのだった。

 

「「「こんな腐り切った世界なんて、怪獣に踏み潰されてしまえばいいのにィー……!」」」

 

 『怪獣に踏み潰されてしまえばいい』? こんなに恵まれた平和な国で? ふざけるのもいい加減にしてほしい。

 大なり小なり程度はあれど、『団体』にハマり込むタイプは殆どがこういう人たちだった。どいつもこいつも自己中心的で視野狭窄、本当に幼稚で身勝手な愚か者ばっかり。無責任で無反省、しかもそんな自分の馬鹿さ加減にさえ自覚がないほどに馬鹿。自分の人生を自力で切り拓けないほど頭が悪くて無責任だから、怪獣という都合の良い神様が都合良く解決してくれるような有りもしない希望的展開に縋りつく。人生が上手くいかないと嘆いてばかりいるが、こんな有り様だからこそ人生が上手くいかないのではないだろうか。

 ……とまぁ、言いたいことは無くもなかったけれど。

 

「……心中、お察しいたします」

 

 この人たちが求めているのはそういう“ホントのコト”じゃあない。真実なんかに需要がある事なんて滅多にないし、わたしが言うべきなのもそういうことなんかじゃあないんだろう。

 

「この世の中は確かに不公平で、報われないことや苦しいことも多々ありますね。そんな中で希望を持つことは大変難しいことです」

 

 だからわたしは期待されたとおりに肯定して、導いてあげるんだ。やはり人間は愚か、そんな彼らの弱くて浅ましい身勝手さを。

 

「けれどその答えは、実は怪獣たちとの共生にあるのです。怪獣たちは、私たちが抱える苦悩を超越した存在であり、彼らへ身を委ねることで、真の幸福と未来が訪れるのです……」

 

 本音なのか、建前なのか。そもそも『村』の教えだったのか、あるいはわたしの妄想なのか。

 もはや自分自身でさえ区別がつかなくなりつつあるそれらを並べ立てながら、わたしは迷える子羊どもを導いてゆく。

 

「すべては宇宙知性の思し召し。誠心誠意、ひたむきに献身していれば、いつか必ず祝福と救済があることでしょう……!」

「ああっ、聖女様……!」

「すごいです、聖女様……!」

「そう言ってくださると救われます……っ!」

 

 初めのうちわたしは『人助けをしているのだ』と思うようにしていた。

 この人たちの苦悩懊悩なんて正直どうでもいいけれど、要は『救われた』と前向きな気持ちになれることが大事なんだ。わたしの才能で救われるというなら、たとえそれがウソッパチでも別にいいじゃないか。それにわたし自身も守られるのだし。

 誰もがWin-Win、誰も損はしていない。これはある種の慈善事業、むしろ善いことをしているんだ……そんなふうに考えていたこともある。

 

 

 

 

 けれど、忘れがたいことがあった。

 いつものとおり『団体』で『活動』をこなしたわたしが、メンバーと共に街中を歩いていたときのことだ。

 

「聖女様、今日の教えも素晴らしかったです!」

「あの黄金の終焉にまつわる喩え話、心に深く染み渡りました!」

「聖女様のお言葉そのものが光を帯びているかのようです……!」

 

 はあ、そうですか。思いつきを適当に話しただけですけどね。そんな“真相”はおくびにも出さないまま、わたしは作り笑顔で答える。

 

「ええ、救いは必ず訪れます。ただ、焦ってはいけません。宇宙知性の計画には、我々ヒトの身の理解を超えたものがあるのです……」

 

 そうやって他のメンバーたちと話しながら歩道を進んでいたわたしは、不意に背後から強烈な“殺気”を感じ取った。

 

「……っ!!」

 

 咄嗟にわたしが振り返ると、雑踏の人混みから一人の少女がこちらへ飛び込んできた。

 わたしを睨む憎悪に狂った表情と、血走った目つき。固く握り締めたその両手には、小さな果物ナイフがあった。

 少女はわたしを真っ直ぐ見据えながら、叫んだ。

 

「死ねえっ、カルトの偽聖女があッ!!」

 

 次の瞬間、わたしの目の前に閃光のようにナイフが迫った。

 鋭い光を放つ果物ナイフを構え、わたしめがけて突進してきた少女の凶刃。わたしは反射的に身を翻し、その一撃を間一髪で躱した。空を掻くナイフ、紙一重というところでその刃先はわたしへ届かない。

 

「このガキ、何しやがる!」

 

 周りの『団体』のメンバーも、遅れて反応した。一人が叫び、他のメンバーも即座にわたしを守るべく動き出す。

 

「聖女様を守れえっ!!」

 

 かくして勇猛果敢な『団体』のメンバーによって、少女はすぐさま取り押さえられた。殺人未遂、通り魔、その現行犯だ。

 ……危うかった。

 心臓が早鐘を打ち、冷たい汗がじんわりとにじみ、凍りつくような戦慄が全身を駆け巡る。もしもわたしに“力”がなくて少女の殺気を感じ取れなかったら、間違いなく刺されていた。ほんの少しでも反応が遅れていたら……。

 あまりのことにわたしが立ち竦んでいると、メンバーの一人がわたしへ声をかけてきた。

 

「聖女様っ、お怪我はありませんかっ!?」

 

 え? ええ……。

 腰を抜かしかけたわたしが生返事で応えると、他のメンバーたちも続けてわたしを気遣った。

 

「しかし、誠に良かったです……!」

「危なかったですね、聖女様……!」

「ええ、本当に……お怪我がなくて何よりですよ……!」

 

 他方、『団体』のメンバーたちに組み伏せられた少女は、死に物狂いで今もなお藻掻いていた。

 

「はなせ、はなせよ、このカルト信者どもが……っ!!」

 

 そうやって暴れ狂う少女。けれど多勢に無勢、大人の数人掛かりで抑えつけられてしまってはとうてい逃げられはしない。

 思わず足を竦ませてしまうわたしに、少女は燃え滾るような唸り声で言い放つ。

 

「ミレヴィナ=ウェルーシファ、おまえのせいだ! おまえのせいで、あたしの家族が、家族が……っ!!」

 

 わたしのせいで、家族が? 胸が一瞬凍りつき、理解が追いつかない。

 身に覚えのないことで戸惑うわたしだったけれど、一方そうやってこちらを睨む彼女の顔には見覚えがあった。たしか、この子は……。

 記憶の彼方から必死に思い出そうとしていると、傍らにいた『団体』のメンバーがわたしに言った。

 

「アシモフさん家のエミィちゃん(仮名)ですね。ここしばらく『活動』に来ていなかったんですが……」

 

 アシモフ氏。たしかかつてメカゴジラ機龍の開発に携わった高名な科学者で、『団体』の“上客”の一人だ。そうだ、そうだった、この少女はアシモフ氏の娘のはず。

 けれど、なぜ……? その答えは、少女自身が語った。

 

「なにが宇宙知性だ、なにが献身だ! イカレたカルトめ、あたしの家族を食い物にしやがってえっ!!」

 

 憎悪と怒りに満ちたその言葉で、わたしはようやく気がついた。

 ……アシモフ氏は、『団体』に多額の寄付をしていた。『活動』にも熱心だったし、一家総出で『献身』していた。

 けれど、それらが度を越してしまっていたのだろう。その挙句にアシモフ氏とその家族は、とうとう家庭崩壊を起こしてしまったのだ。

 地面に組み伏せられた少女は涙の滲んだ目でわたしを睨みつけ、なおも必死に声を挙げた。

 

「おまえらのせいで、あたしの家はグチャグチャだ! 夢も、家も、パパもママもみんな、みんな、おまえらのせいでっ……!!」

 

 そうしているうちに、やがてサイレンが近づいてくる。通行人の誰かが通報したものか、通りがかりのパトカーが即座に駆けつけてきた。

 『団体』のメンバーから警官たちへ引き渡されて逮捕された少女は、泣きじゃくりながらわたしに罵声を浴びせかけた。

 

「返して、あたしの家族を返してよ! 優しかったパパとママを返して! あたしの人生を返してよお!!……」

 

 うわああん、うわあああん、うわああああん……!!

 泣き叫びながらパトカーに押し込まれ、警察へと連行されてゆく少女。その姿を見送りながらわたしはただ茫然としていた。

 ……わたしはもともとエクシフの宗教がある村で生まれた。『宇宙知性との合一』も『偉大なものへの献身』も、『団体』の思想にあるものの大半はエクシフの宗教に由来するものだ。わたし自身は当たり障りのない普通のことを話しているつもりだし、悪いものなんてひとつも広めた覚えはない。たしかに献金は貰っているが、それを管理しているのはマルメス=オオクボでわたし自身はビタ一文触れたことがなかった。

 だからわたしたちの『活動』でこんな犠牲者が生まれていたなんて、ちっとも思い至らなかったのだ。

 

「……どうかされましたか、聖女様?」

 

 『団体』のメンバーからそう呼び掛けられて、わたしはようやく我へと返った。

 ……いけない、まだ『活動』の途中だ。『団体』におけるわたしは清廉潔白で皆を導く聖女様、こんなことでショックを受けるのはきっと“解釈違い”になってしまうだろう。

 慌てて取り繕おうとしたそのとき、『団体』のメンバーがこんなことを言った。

 

「ったく、逆恨みもいいところですね、聖女様!」

 

 えっ。

 わたしは思わず振り返って目を見開いたけれど、『団体』の連中はそのことに誰ひとり気づかなかった。ひとりが口を開いた途端、他のメンバーも口々に言った。

 

「そうですよ、聖女様。あんなイカレた通り魔の言うことなんて気にしちゃダメです!」

「聖女様も俺たちも、ちっとも悪くありません。あんなのただの八つ当たりの逆恨み、悪いのはあのガキの方ですよ!」

「そうそう、そこまで我々に『献身』することが出来たのだから、むしろ誇りに思うべきなのにねぇ~!……」

 

 この人たちはいったい何を言っているんだろう。たった今わたしたちの目の前で、しかもわたしたちが原因で、何の罪も無かったはずの人が人生を踏み外したばかりだというのに。ひとり愕然としているわたしだったが、『団体』の連中は気にも留めない。

 そして次の一言で、わたしは“わかって”しまった。

 

「あー、よかった! これだけ聖女様に『献身』すれば、私たちの『救済』も確かなものになるでしょうね!!」

 

 ……いいや、本当は前からわかっていたのかもしれない。ただずっと目を逸らし続けていただけで、最初からわかりきっていたことなのかもしれない。

 わたしはようやく気がついた。

 

 

 こいつらは、『村』の人たちとは違う。

 

 

 いくら口先で『献身』を掲げようが、その本性は『自分たちが救われたいだけ』。あの『村』の人たちとは比べようもない。哀れで惨めで愚劣で救いがたい、けがらわしい正真正銘のクズども。それが『団体』のメンバーの正体だ。

 『団体』のメンバーたちの笑い声が響き渡る。

 

「でも良かったです、聖女様がご無事で!」

「そうですね、我々の『団体』もこれで安泰です!」

「きっとわたしたちには、祝福が訪れることでしょう!」

「ハハハハハハ……!」

 

 ……そのことに気づいて以来、わたしが『団体』のメンバーをまともな人間だと思うことは無くなった。




タイトルは筋肉少女帯の楽曲『暴いておやりよドルバッキー』から。

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