怪獣至上主義カルト団体の偽聖女とラブコメ ~ちがう彼女はそういうのじゃないんだスゴく優しいし誰にでも笑顔の善い子だけどたまに弱いところがあるから僕が支えてあげないと以下略~ 作:余田 礼太郎
「ねえサトーさん、今度の水曜日、『活動』に参加してみませんか?」
「……!」
……とうとうこの日がやってきた。僕はついに選ばれたのだ。
『活動』、それは『団体』におけるデモ活動のことだ。今まで物販担当の下っ端だった僕だけど、いよいよ仲間たちと共に街へ繰り出し、怪獣との平和的共存を世間へ訴えかけるのだ。
ミレヴィナちゃんは言った。
「前々から『団体』の代表や他の皆さんとも相談していたんです。『そろそろサトーさんにも、『活動』に参加してもらおう』って」
これはつまり、『団体』内部でのヒエラルキーが上がったということ。ひいてはミレヴィナちゃんや代表、団体の仲間たちから信用してもらえるようになったということだ。
ミレヴィナちゃんからの誘いに僕は当然二つ返事で、
「うん、もちろん行く行く~!」
……これまでずっと社会の底辺で誰からも見向きされず燻ってきた僕、サトー=キヨシ。
だけどそんな僕も今や『団体』の聖なる戦士、聖戦士だ。正義のためそして大義のため、この腐った世の中の不公平と雄々しく戦うときがきたのだ。これは闘志の武者震いだろうか、なんだかとってもわくわくする。
「それで今回の『活動』なんですけどね……」
期待で胸を膨らませる僕に、『活動』についてミレヴィナちゃんは丁寧に説明してくれる。本当に親切な子だなあ、ミレヴィナちゃんは。
……なのだけれど、活動の概要を聞いた途端、ちょっと不安になってしまった。
「……いいのかなあ、それ」
ついつい漏れてしまった、僕の呟き。それをミレヴィナちゃんは聞き逃さなかった。
「どうしたんです、サトーさん。何か気になることでも?」
そう訊ねながら、可愛らしく小首を傾げるミレヴィナちゃん。ああ、ミレヴィナちゃんは本当に善い子だなあ。本当に可愛いなあ!……というのはさておいて。
心配してくれるミレヴィナちゃんに、僕は「いやぁね、ちょっとしたことなんだけどさ」と念入りに前置きしつつ言った。
「活動の話を聞いたけどさ、『他所のデモに便乗する』なんていいのかな、って。僕らはいいけど、先方の迷惑になったりしない?」
ミレヴィナちゃんの説明によれば、今回の『活動』はとある倉庫会社の労働組合のデモ運動に便乗して行なうものなのだという。
その倉庫会社は労使関係のトラブルが起こっており、ストライキをしながら雇用主へ労働環境の改善を訴える予定だと巷のニュースでも報じられていた。僕らの『団体』もそれに相乗りさせてもらう形でデモ活動を行なうのだ。
本来、この手のデモや街宣活動は政府や警察にきちんと届け出を出して行なうのがルールだ。
けれど僕らの『団体』については政府から認められていないため、街宣活動をしようにも正式な許諾なんて降りるわけがない。だから活動もこのように“ゲリラ的”にならざるを得ない。そういう特別な理由があるのだと、僕もミレヴィナちゃんから説明されていた。
……やむを得ない事情なのはわかる。そもそも僕らの活動はいかがわしいカルトなんかとは違うのに、それをわかってくれない警察や政府の偉い人たちが悪い。心からそう思う。
けれど、やっぱり釈然とはしなかった。僕は正直に言った。
「だって、正式な許可とか貰ってないんでしょう? しかも、まったく関係ないデモに便乗させてもらうなんて、やっぱりマズいんじゃ……?」
労働デモの人たちは、自分たちの労働環境改善を訴えるために時間と場所を確保している。そのせっかくの大切な機会を、僕らの方で横取りすることになったりはしないのだろうか。
「……いいですか、サトーさん」
そんな僕の懸念に対し我らが聖女様、ミレヴィナ=ウェルーシファはきちんと応えてくれた。
「『まったく関係ない』、そんなことなど決してありません。むしろわたしたちの怪獣擁護活動は、人間の労働問題にも密接に関わってるんですよ?」
「え、そうなの?」
僕が驚いていると、ミレヴィナちゃんはいつもの聖女スマイルで微笑みながらはっきり頷いた。
「ええ。確かに、怪獣が直接的に労働環境を変えてくれるわけではありません。でも、怪獣の出現は、わたしたち人間の社会に大きな影響を与えますよね?」
「え、ええ。まあ、そうだね……」
「つまり怪獣による被害を防ぐためには、都市のインフラを強化したり、避難システムを整備したりする必要があります。そういった怪獣へ配慮することは、わたしたちの安全な労働環境にもつながるものなんです。怪獣に優しい社会はヒトにも優しい、そうでしょう?」
「は、はあ……」
「怪獣の問題は世界の問題、ひいてはわたしたち人間の問題です。逆に言えばわたしたち人間の社会における労働問題だって、怪獣たちと無関係だなんてことはありません。労働デモの方々も最初はびっくりされるかもしれませんけれど、わたしたちの真剣な想いが伝わればきっとわかってくれると思いますよ」
「う、うーん、そっかあ……?」
なーんか巧い具合に丸め込まれたような……?
そんな風に思わないでもなかった、のだけれど。
「二人でヒーローになりましょう、サトーさん。そしてこの世界をより良くするんです」
そう言いながら、僕に向かって優しく微笑みかけてくれるミレヴィナちゃん。それは神々しいまでの可憐さで、まさに僕の聖女様だった。
「……うん、わかったよ、ミレヴィナちゃん」
結局、僕はミレヴィナちゃんの言葉へ従うことにした。
今回の『活動』はたしかにちょっぴり危ない橋かもしれない。あるいは警察に目を付けられたり、疑われたりすることになるのかもしれない。
けれどミレヴィナちゃんを信じよう。ミレヴィナちゃんの言うことなら、きっと間違いはないはずだから。
「頑張りましょうね、サトーさん!」
「ああ!」
……そう、僕は今度こそなるんだ、本物のヒーローに。僕はそう信じて、『活動』へ勤しむことにしたのである。
そして当日。
「この辺りだったよなあ……」
指示された待ち合わせ場所に向かった僕、サトー=キヨシ。集合時間よりちょっと早めの時間、僕が集合場所の近くをうろうろしていると、
「あ、サトーさん! こっちこっち!」
そう僕に向かって呼び掛けてくれたのは、『団体』のフットサルサークルで一緒だったアダムさん(仮名)*1だ。
さあ、こっちこっち、とアダムさんに連れられ僕は皆の集合場所へと向かった。
「おーい皆、サトーさんが来たよ~!」
「おお、サトーさん!」
「来てくれたんですね、サトーさん!……」
改めて見てみれば、集合場所にいたのはアダムさん(仮名)だけじゃない。マルコさん(仮名)やソコロフさん(仮名)、ベンジャミンさん(仮名)……いずれも、ミレヴィナちゃんから誘われた『団体』の集まりで一緒だった顔馴染みばかり。
中には、
「き、着ぐるみ……っ!?」
怪獣の着ぐるみを着ている人がいた。オリジナルの怪獣みたいだけど細かいところまでよく出来ていて、まさに本職の特撮映画顔負けだ。こんなコスプレ、コミケにもいないんじゃないか。
「す、凄いですね、この着ぐるみ……」
僕が驚き半分で訊ねると、着ぐるみの人は誇らしげに答えた。
「ええ、ラテックスで型を取ったんです! オーバリーの特撮映画でも使われてる方法で創ったんですよ~!」
「へぇ~、凄いなあ~……!」
うちわ、コスプレ、プラカード。
こんな塩梅で『団体』のメンバーたちは皆思い思いに、『怪獣との平和的共存』にかける想いを全身全霊で表現していた。きっとこの『活動』にはミレヴィナちゃんの知り合いの中でも信頼のおける、特別な人たちだけが参加しているのだろう。そして僕もまたそんな特別な一人に選ばれたことが、なんだかとても誇らしく思えた。
そんな案配で『団体』の仲間たちから和やかに温かく迎え入れられる中、僕は『団体』の中心人物にも声を掛けてもらえた。
「よく来てくださいましたねェ~、サトー=キヨシさん!」
そう声をかけてくれたのは『団体』の代表である〈マルメス=オオクボ代表〉だった。浅黒く日焼けした朗らかな印象の男性で、人を惹きつける自信たっぷりの態度や振る舞い、それでいて細やかな気配りが印象的な好人物だ。ちなみにマルメスというのは本名じゃないらしい。
マルメス代表はトレードマークでもある愛想の良い笑顔で、僕に挨拶してくれた。
「サトーさん、あなたのことは聖女様からも伺っております」
「ミレヴィナちゃん……じゃなくて、聖女様が僕を?」
思わず僕が聞き返すと、マルメス代表はにこやかに微笑みながら頷いた。
「ええ。聖女様はサトーさんのことをとても、とっても、とーっても、高く評価されていらっしゃいますよォ~。『崇高なる献身の精神を体現した、まさに模範的な方だ』と」
そ、そうかなあ……。
流石にちょっとくらいはお世辞が入っているとは思うけど、ミレヴィナちゃんからそこまで買ってもらえていたなんて、むしろ恐縮してしまう。
そんな僕のことを、マルメス代表は『団体』の皆にも紹介してくれた。
「今日の『活動』には新しい仲間が加わりました。サトー=キヨシさんでーす!」
「は、はいどうもー……」
大々的に紹介されて縮こまる僕だけれど、『団体』の人たちは一斉にぱちぱちと拍手して迎え入れてくれた。ああ、心の温かい人たちだなあ、本当に。
新入りの紹介が終わったあと続いて現れたのは、我らが『団体』の聖女様、ミレヴィナ=ウェルーシファだった。
「皆さん、こんにちわ~」
「聖女様!」「聖女様~!」「ミレヴィナ様~!」
いつもどおりニコニコ微笑みながら僕らの輪の中へ入るミレヴィナちゃんと、そんな彼女を出迎える僕ら。愛想よく聖女スマイルを振り撒いたあと、ミレヴィナちゃんはいつになく毅然とした態度でハキハキと僕らに告げる。
「よくお集まりくださいました、皆さん! さあ、『活動』を始めましょう……!」
「はーい!」
やるぞっ、エイエイオー!!
ミレヴィナちゃんによる宣言に、声を合わせて一斉に返事する僕ら『団体』のメンバー。ミレヴィナちゃんとマルメス代表に率いられ、僕らの今回の『活動』は始まったのだった。
『活動』のスタート地点、その最前線の先頭に立つのはアダムさん(仮名)だ。彼は、手に持ったメガホンを通じて声を張り上げた。
「俺たちは、怪獣との平和的共存を求めるぞー!」
堂々としたアダムさん(仮名)の言葉に僕らもコール&レスポンス、他のメンバーも声を揃えて叫んだ。
「「「共存を求めるぞー!!!!」」」
続いて声を挙げたのは、マルコさん(仮名)。
「怪獣は偉大なる者、まさに
「「「怪獣は偉大だー!!!!」」」
「怪獣にも未来を!」と大きく書かれた横断幕を先頭に、僕ら『団体』のメンバーは力強く声を上げながら
街をデモ行進する僕ら、その目線は常にまっすぐ前を見据えていた。僕らが見るのはいつも前、みんなその瞳には熱い未来への希望を宿しているのだ。
僕ら『団体』のメンバーは高揚した気分で、勇ましい声を響かせた。
「人類の未来は怪獣にありー!」
「怪獣こそが地球の守護者だぞー!」
「共に生きよう、怪獣とー!」
「怪獣の声を聞けー!」
「怪獣と共に未来を築けー!」
「怪獣の尊厳を守れー!」
「モナークは秘密主義を辞めろー!」
「僕らの血税をGフォースなんかに使うなー!」
「不祥事だらけのGフォース機龍隊は解体しろー!」
「これ以上怪獣を冒涜するなー!」
「怪獣をリスペクトしろー!……」
……まあ、中には「現政権粉砕、シン・ゴジラの内閣総辞職ビームで消されちまえ!!」とかなんとか明らかに関係ないのも結構混じっていたけれど、僕はあんまり気にしないことにした。誰も気にしてないし、内容はどうあれ挙がる声は多い方が賑やかだし、人目も引いていいもんね。
よーし、僕も頑張らなきゃ! 僕も声をあげた。
「怪獣は悪くないぞー!」
その声に同調して、周りの人たちもいっせいに声を挙げてくれた。
「「「怪獣は悪くないぞー!!!!」」」
……ああ、なんだか楽しい。
信頼できる仲間と共に力を合わせ世の中の不条理と戦う、なんて充実しているのだろう。抗議の声をあげるたび、日頃の積もり積もった心の澱がどんどん晴れてゆくような気がした。
それからも僕は、腹から声を張り上げた。
「人間は反省しろー!」
「「「反省しろー!!!!」」」
「傲慢な人間は悔い改めろー!」
「「「悔い改めろー!!!!」」」
「怪獣と手を取り合い、平和な未来をー!」
「「「平和な未来をー!!!!」」」
そんな僕ら『団体』の姿を、街の人たちはただ遠巻きに黙って見ていた。
皆横目で見てくるけれど、僕らの『活動』を応援してくれたりはしなかった。むしろ見てみぬふりで目を背けたり、これ見よがしにイヤホンを耳に嵌めて聞こえないフリをしたり。中には野次馬根性だろう、半笑いを浮かべながらスマホで僕らを撮影している人もいる。まったく、そんなことするくらいなら僕らの『活動』へ加わってくれればいいのに。
……でもその一方で、そうなってしまうのは僕らの力不足なのだとも思った。不都合な真実、耳の痛い話、誰だって聞きたくない。皆そこから逃げてしまうのは、きっと僕らの一生懸命さが足りないからだ。
だから僕らはもっと頑張らなくちゃ、だから僕らは声をあげるんだ。
「怪獣は愚かな人間を懲らしめてるだけだー!……」
そうして街を半ばほど、皆で練り歩いていったときのこと。不意に僕は、横から声を掛けられた。
「……おい、あんた!」
「はい、なんでしょう?」と僕が反射的に振り返ると、街の雑踏から一人の男が近づいてくるのが見えた。
その男は一見すると細面の優男、だけどなんだかいくつもの修羅場をくぐってきたような風格と精悍な印象があった。あるいは軍隊上がりかもしれない。
その男は僕らの『活動』を呼び止めると、僕を捕まえてこんなことを訊いてきた。
「今のそれ、本気で言ってんのか?」
今のそれって……どれ?
僕が困惑していると、男は
「『怪獣は人間を懲らしめてるだけ』って言いましたよね。じゃあ怪獣に踏み潰された人たちは、なにか悪いことをしたってことですか?」
「え……」
僕は絶句してしまった。そんなこと、考えもしてなかったから。
言葉を失う僕へ、男は真剣な面持ちでさらに問い詰めてくる。
「あの大戦、『怪獣大戦争』では沢山の人が肉親や財産、命を失って、そして俺の大切な家族もゴジラに殺されかけました。あの人たちも、俺の家族も、そして俺も、なにか悪いことをしたっていうんですか?」
僕にそう問い掛ける男の態度は、飽くまでも自制を保っていた。
けれど、それは辛うじてだ。僕を真正面から見据える男の目線には怒りが籠っていて、まるで黒い瞳の奥で漆黒の炎が燃え上がっているかのようだ。
静かながらもあまりの気迫で、僕も思わず
「えっと、それは、その……」
僕が答えあぐねていると、男の連れとおぼしき人たちが駆け寄ってきて声をかけてきた。
「おいシキシマ、やめようぜ……」
「そうですよシキさん、街中で揉め事は……」
「……シキシマ?
仲間たちが男を宥めて早々に立ち去ろうとする中、目敏く呼び止めたのはマルメス代表だった。マルメス代表は恐る恐る、男に訊ねた。
「まさかあなた、あの〈シキシマ=コウイチ〉ですか? 民間主導でゴジラを撃退したという、あの『ワダツミ作戦』の?」
「……!」
シキシマ=コウイチ、ワダツミ作戦。それらの名前が出た途端、僕の周りの団体メンバーたちが一斉にどよめいた。
「ワダツミ作戦……!?」
「ゴジラを撃退した……!?」
「それじゃあこの人が、あの……?」
僕はというとシキシマ=コウイチのことは正直知らなかったのだけれど、『ワダツミ作戦』の名前については聞いたことがあった。
発端は太平洋沖。突如出現したゴジラは、日本本土へ向かってまっしぐらに迫ってきた。進行方向は南関東沿岸、東京への上陸は間違い無しと言われていた。
突如差し迫ってきた、ゴジラの猛威。それに対し、Gフォースは手も足もでなかった。当時はまだ世界規模の大戦『怪獣大戦争』が終結したばかり、疲弊しきった当時のGフォースではゴジラ相手にまるで歯が立たなかったのである。
そこで立案・実行されたのが『ワダツミ作戦』だ。用意されたのはろくな武装もない駆逐艦が数隻、集まったのは大戦から帰還したばかりで身の置き所の無かった元兵士たち。Gフォースが戦えない中、ワダツミ作戦は民間主導による対ゴジラ撃退作戦になったという。
前代未聞の大作戦、その結果は大成功。
ワダツミ作戦のメンバーたちはゴジラの東京上陸を阻止し、見事東京の街を守り抜いた。これは僕がGフォースを抜けてからの出来事だから詳しい経緯は僕も知らないけれど、その逸話は劇場映画にもなっていたはずである。
その当事者が現れて驚く僕や『団体』の人たちに対し、男はしばし迷ってから渋々認めた。
「……ええ、そうですが。だったら何だと言うんです?」
話しかけてきたのが有名人のシキシマ=コウイチだとわかった途端、マルメス代表はニコニコ愛想良く笑みながら話し始めた。
「……いやはや、大変失礼いたしました~。シキシマさん、どうやらあなたは誤解されていらっしゃるようですねぇ。我々は人間と怪獣の平和的共存、共生を訴えているのでしてね……」
「そんな話をしてるんじゃアないッ!」
誤魔化すような代表の言葉に、シキシマが突然キレた。口角泡飛ばし、激昂した勢いそのままにシキシマは声を荒げた。
「あんたたちは怪獣災害について『愚かな人間を懲らしめてるだけ』だと言った。それを、怪獣に踏み潰された人たちにも同じことが言えるのか、と聞いてるんだッ!」
「それは……」
「ええ、言えますよ」
シキシマと僕らの
ミレヴィナちゃんは言った。
「シキシマさん、でしたか。英雄だというわりには、なかなか視野が狭いことを仰るのですね」
「なに……?」
殺気だった目つきで睨みつけるシキシマだったが、ミレヴィナちゃんはまったく動じない。ミレヴィナちゃんはいつものようにニコニコ微笑みながら前へと出て、シキシマへ告げる。
「偉大な怪獣たちの目線から見たら、わたしたち矮小な人間などみな同じ。怪獣たちはあなた方の家族や兵隊一人一人が罪深いかどうかなんて関係ないし、あなたごときのことなんか気にも留めていない。怪獣たちは一人一人の個人ではなく、人間という愚かな種族そのものに罰を与えているのです」
「罰だって……!?」
愕然とするシキシマに、ミレヴィナちゃんは言う。
「……ふふっ。この地球上で自分たちばかりが優れていると思い上がり、自然を破壊し、戦争を起こし、同胞ですら平気で傷つけ合う。もしも神がいるのなら罰を下して当然でしょう、そんな愚かな人間なんて」
……鼻で、笑った?
僕はビックリした。そう、ミレヴィナちゃんがシキシマのことを鼻で笑ったのだ。あのスゴく優しくて誰にでも笑顔の善い子であるはずの、ミレヴィナ=ウェルーシファが。
ミレヴィナちゃんは横で驚いている僕のことなんて意にも介さない様子で、「だって、そうじゃありませんか」とクスクス笑った。
「そして、怪獣は人知を超えた存在、我々人間からすれば怪獣こそ神も同然。怪獣こそが、我々人類へ警鐘を鳴らす存在なのです。台風や地震災害を恨む人などいない、それと同じこと。怪獣に踏み潰されたというならそれは人間の自業自得、怪獣の足元で野放図に蔓延っている人間たちが悪いのです」
「そうだそうだ!」
「仰るとおり!」
「流石です、聖女様!……」
舌鋒鋭くシキシマを言い負かそうとするミレヴィナちゃんと、一斉に賛同し囃し立てる他の団体メンバー。マルメス代表でさえ、ミレヴィナちゃんの華麗な論破っぷりには快く満足しているようだ。
けれど、僕だけはどうしてもノレなかった。
……怪獣に踏み潰されたのは自業自得? 怪獣の足元で野放図に蔓延っている我々人間が悪いって? 周りの人たちは誰もまったく気づいていなかったけれど、それはどんな人にも優しくて慈悲深いはずの聖女ミレヴィナ=ウェルーシファにはまるで似つかわしくない、あまりにも冷酷な言い草だった。
そんな僕の隣でミレヴィナちゃんは、普段通りの素敵な笑顔のままなおも言った。
「シキシマさん、あなたこそなぜ怪獣にばかりそんなに憎悪を向けるのです? シキシマさん、あなたこそ『逃げた』のではありませんか?」
「逃げた、だと……?」
ミレヴィナちゃんの言葉に、シキシマはほんの一瞬だけ目を逸らした。すかさずミレヴィナちゃんは畳み掛ける。
「ええ、百万の言葉と虚勢で取り繕おうと、わたしには真実がわかります。きっと大戦のとき、あなたはなんらかの形で『逃げた』のでしょう。そしてそのときの後悔を、怪獣たちを憎むことで晴らしているのでしょうね」
「そんなことは……」
「けれどそれは筋違いの八つ当たり、外道の逆恨みというものです。あなた個人の後悔なんて、偉大な怪獣たちには何ら関わりのないこと。あなたは単なる私怨をそれらしい建前で取り繕って、怪獣たちにぶつけているだけでしょう? 本当にどうしようもない人ですね、あなたは」
「……っ」
完全に言い込められてしまったシキシマを、真っ直ぐ見据えるミレヴィナちゃん。その表情はいつものとおりのお淑やかな聖女スマイルだ。
けれど僕には、なぜかこれまでで初めて見る表情のように思えた。ミレヴィナちゃんの顔や口調は穏やかだけど、なんだかいつもの彼女と違う。言葉の端々が刺々しくて、なんだかひどく怒っているような……?
そんなふうに僕が戸惑う中、ミレヴィナちゃんはなおもシキシマへ語り続けた。
「シキシマさん、あなたは御自分の経験を絶対視しすぎるあまり、この世界を狭く見て真理を見逃しておられるのです。あなたももっと広い視野で、多角的に物事を見るとよいでしょうね。そして怪獣に対しても、愛や共存の可能性を考えてみていただきたいのです……まぁ、八つ当たりの逆恨みでゴジラも殺そうとしてしまうような、あなたみたいな人には無理かもしれませんけれど」
「あんた……っ!」
「シキシマぁッ!!」
一触即発の空気になりかけたそのとき、シキシマの仲間の一人、年長の男がシキシマを一喝した。
ミレヴィナちゃんに掴みかかろうとしたシキシマを引き留めた年長の男は、自身も感情を抑えた静かな口調で言った。
「もうその辺にしておけ。こんな奴ら、おまえが殴ってやる価値もねえよ」
「っ……」
年長の男に諭された途端、シキシマもまた素直に引き下がった。僕らの方を睨み続けるシキシマの目つきは相変わらず怒りに燃えていたけれど、一方でこんな道端で揉め事を起こしたいわけでもなかったのだろう。
シキシマは至極不本意な様子ながらも、すごすごと後ずさり、
「……わかりました」
そう言って、連れの仲間たちと一緒にその場を立ち去っていったのだった。
「……ほっ」
シキシマたちがいなくなったあと、僕はようやく胸を撫でおろした。
良かった、こんなところで喧嘩沙汰になったりしたら大変だ。もし通行人に警察でも呼ばれたら『団体』の皆、ひいてはミレヴィナちゃんに迷惑が掛かってしまう。
他の『団体』のメンバーたちはというと、口々にこんなことを言い合っていた。
「あー、怖かった~……」
「なんて野蛮なんでしょう……!」
「あーやだやだ、あんなのが英雄だなんて……」
「まったく、これだから軍隊上がりは……」
「やっぱり軍人なんてものは、血に飢えた暴力野郎ばっかりですよ……」
……いや、僕も元Gフォースなんだけどな。
軍隊上がりの人のことを罵るのを横で聞いてて思わずそんな言葉が出そうになったけど、空気が読めなさすぎだから咄嗟に飲み込んだ。誰だって口が滑ることくらいあるしね。
そんな中『団体』メンバーの誰かがこんなことを言った。
「そういえばワダツミ作戦、映画にもなってましたよね。『マイナスワン』とかいう奴」
マイナスワン。聞き覚えのある名前が耳に入り、僕も即座に口を挟んだ。
「そうそう、『マイナスワン』! 僕も観ましたよ!!」
『マイナスワン』は、ワダツミ作戦を題材にした劇場映画だ。
フルCGの怪獣が登場する映画で公開後すぐに大ヒット、その年のアカデミー賞の視覚効果賞を獲ったことでも知られている。実際僕も観たけれど、とても泣ける良い映画だったのだ。
「アレ、面白かったですよねぇー……」
と、言いかけたところで僕は口を噤んだ。
改めて周囲を見てみると、周りにいる『団体』のメンバーたちが一斉に僕を見つめていることに気づいた。別に睨みつけられているわけでもないけど、かといって居心地の良い目線でもなかった。
「……………………。」
黙り込む一同。えっと、僕、なんか地雷踏んだ? せめてなんか言って欲しいんだけど……?
僕が反応に困っていると、『団体』のアダムさん(仮名)が困惑気味に口を開いた。
「……なにを言ってるんです、サトーさん。『マイナスワン』なんて、映画史上における最低最悪の駄作でしょう?」
最低の……なに?
僕が聞き返すよりも先、その一言を皮切りにして他のメンバーの人たちまでが続々と『マイナスワン』を罵り始めた。
「そうですよ。あんなの、神聖な怪獣を踏み台にした挙国一致体制を肯定するような、下劣な軍国主義的プロパガンダ映画じゃあないですか」
「そもそもワダツミ作戦自体、政府が国民を統制するためのデッチ上げでしょう? 本物のゴジラ相手に、あのでしゃばりのGフォースが出張ってこないわけないじゃん」
「そうそう! 大体いつも政府は怪獣について、我々市民にちゃんと説明を尽くしてませんよ! 日頃からエイペックス社の問題を鋭く追求してる『大怪獣の真実』でも言ってますよね、『政府は怪獣の真実を隠している』って」
「有名なネット論客のギドラスタン64さんも言ってましたよ~。ワダツミ作戦の正体は、裏社会の闇の権力と結託してチューチュー金儲けするための陰謀だったって!」
「かつて『怪獣大戦争』で世界中を攻撃したサイボーグ怪獣軍団の出処は、もとは某国の愚かな指導者が造った生物兵器だってニヤニヤ動画の解説動画でも言ってましたよね! それをやっつけてくれたゴジラたちはまさに平和の守護神じゃないですか。そんなゴジラをやっつけようなんて、恩知らずも良いところです!」
「仮に本当に倒したのだとして、軍事力にも頼らないで倒せるゴジラなんて雑魚すぎて本物のゴジラとは到底言えないですよ。実際のところはせいぜいマグロ喰ってる奴、
「あははw ありそう~! 『シン・ゴジラ動乱』もそうですけど今の政府ときたら、怪獣相手にむやみやたらと張り合っていますもんね。偽のゴジラをでっち上げて国威発揚、如何にも今の政府がやりそうな卑劣な手口じゃあないですかあ~……」
日頃の和やかさとは裏腹の、あまりに酷い罵り方だ。キレたり怒ったりではなく、まるで愉快な冗談でも話しているかのような口振りなのが却って怖い。もしかしてこの人たちは、日頃からこんな軽いノリで他の人を傷つけるような酷いことを話し合っているんだろうか……?
皆でひととおり嘲り、さんざん馬鹿にし、盛り上がったところでマルメス代表が締めの言葉を述べる。
「まったく、愚かなことですよねェ……ちっぽけな人間風情では怪獣たちにはどうせ敵わないのだから、我々のように無理せず賢く『共生』してゆけばいいのにねェ~ッ……」
そしてマルメス代表は、今度は僕へと振り返った。
「……で、あなたはどう思います、サトーさん」
「えっ」
僕がとっさに答えられずにいると、マルメス代表はさらに詰めてきた。
「『マイナスワンが面白かった』と仰っていましたが、あんな映画のどこが面白かったのです? まさかあの下劣な映画で述べられているような、愚かで狭隘な人間至上主義に堕ちてしまったということではないですよねェ~ッ……?」
「いや、あの、その……」
急に水を向けられて僕は困惑してしまった。えっと、その、なんて言えばいいの?
「えっと、それは、その……」
「サトーさんが『面白かった』と言ったのは、」
それでもなんとか言い逃れようと頭をフル回転させていた僕に、横から助け船を出してくれたのはミレヴィナちゃんだった。いきり立っている『団体』の皆に、ミレヴィナちゃんはニコニコ聖女スマイルで告げた。
「『マイナスワン』があまりに出来が酷い、にもかかわらずあの手この手で誤魔化そうとしている。そんな制作サイドの浅ましさや愚かしさが目に見えるようで面白かった……そういう意味ですよね、サトーさん?」
……いや、別に、そんな意味で言ったわけじゃあないんだけど。
そんな僕の本音とは裏腹に、ミレヴィナちゃんに導かれた周りの皆が一斉に囃し立てた。
「おお、なるほど!」
「そういう解釈なら確かに『面白い』ですね!」
「なかなか慧眼です、サトーさん!」
「流石サトーさん、聖女様が一目置かれているだけのことはあります!……」
……ちゃんと映画として面白かったのにな、『マイナスワン』。
ホントのところ僕はそう思っていたのだけど、今はそんなことを言える雰囲気なんかでは到底なくて。
「ええ、まぁ、そう、うん……」
笑っているのだか引き攣っているのだか、なんともよくわからない絞まらぬ表情。
楽しげに笑い合う皆に囲まれながら、僕はひたすら愛想笑いで同意するしかなかったのだった。
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