「魔神転生2」資料箱【デザイナー目線で当時の開発現場を振りかえる】
スーパーファミコンソフト「魔神転生2」が発売されてから今月で30年が経つそうだ。
僕は当時の開発現場でグラフィックを担当した。
試しにタイトルを検索してみると、今でも粘り強くソーシャルメディアでつぶやいたりファン活動をしている方々が複数いる事に驚く。
!!!ページ最後の画像に一部エンディング内容のネタバレあり
95年当時としてみても、いろいろと難があるゲームだったと思うのだが、刺さる人には刺さる内容だったらしい。
たしかに同じようなゲームはこの30年間、ついに現れなかった。
同種族間を含むフルテキストの会話とアクマ合体システム。
最大3人のサマナーに加え、装備・ランクアップ可能な45体分のアクマのストックから構成する大部隊を戦略MAP上で展開させるゲームは他に見当たらない。
仮に現行ハードで丁寧にリメイクしたら、そこそこ大規模なプロジェクトになりそうだ。
とはいえ発売当時からマイナー作品であるのは間違いなく、本格的なネット社会到来前夜の95年初頭でのリリース。
(ちなみにWindows95日本語版が同年11月に発売された)
一方、前年にはセガサターン、プレイステーションなど当時の次世代機が相次いで市場投入され、無敵のスーパーファミコンの現役寿命も見え隠れしてきた頃。
そんな発売時期だったこともあり、Web上の情報はごくわずかだ。
30年を節目に自前の記憶とデータをここに掘り起こしてみたい。
(あくまで個人の記憶が頼りのため、多少の思い違いはあるかもしれない)
まずは1993年にさかのぼる
「魔神転生」一作目のグラフィックパートは、ほぼ外注だったようだ。
当時の僕は、同社アーケードゲームの開発に参加していた。
(かつて自社開発のアーケード基盤が存在した)
そのチームは10人足らずの小規模ながら、プランナーは会社の創設メンバーにして業界のレジェンド開発者。
アーケードゲームに関わったのはあとにも先にもこのとき限りで、今思い返しても得難い体験だったと思う。
「魔神転生」開発チームとは別フロアで仕事をしていたので、偶然テストROMの画面を後ろから眺めることがある程度だった。
戦略MAPのサンプル作り
94年2月、僕も含めて3名のデザイナーがひとまず開発チームに合流する。
この頃、社内にはスーパーファミコンのカラービット深度(RGB各32段階)をプレビューできるデザイナー向け開発環境が少なく、当時職場に持ち込んでいた自前のX68000を使ってゲーム画面を再現していた。
これらのPC画面を元に、企画・プログラムセクション等とディスカッションを重ねていく…
なにはなくとも「ヒーロー&ヒロイン」
まだストーリー情報がない時点で前作を参考に描いたラフ
とりあえず「アシンメトリー」「寄せ集め装備」といった当時の「真・女神転生」に見られるキーワードをもとに描いている。
これは「ヒロインは今回もCOMPは持たない…」となり、もう一枚描いたもの。
そして開発は順調に
ストーリーの内容がぼちぼち見え始め、
「人間ユニットは合計6人になりそう」
「6人のユニットカラーをアクマのユニットと区別しようか?」
「小さな戦略MAP用ユニットに各人間キャラクターのシルエットはどれくらい反映できそうか…」
といった、新しく検証が必要な事案が次々と発生。
彼らの服の色が緑、オレンジ、黒、青、ピンクと戦隊もの風になっていたり、片手にナイフ持った短いスカートの女の子が瓦礫の戦場をうろつくのは、こうした懸案事項の名残りである。
さらにプランナーからは新規を含む数百体分のアクマリストも仕上がってきた。
いよいよそのデザインとドット絵作業にもとりかかる必要がある…
他2名のデザイナーはそれぞれ戦略マップ+全体マップの担当、マップ用ユニットデザイン+REMIX演出素材を担当しており、どちらも手一杯だった。
特にREMIXステーションはプログラム、サウンド各セクションとも緻密な連携を要し、難産だったと聞く。
こちらは戦闘画面のサンプル画像。
作成にあたり、アクマとその背景部分は当時の女神チームから素材を借りている
アクマのグラフィックは一作目を踏襲せず、「真・女神転生」準拠となる。
これで一部のアクマの転用が可能になり、とても助けられた。
このサイズならば、下絵なしで直接ドットを打ち始めることになる。
さらにボスクラスに関してはREMIXステーションの演出を終え、少しゆとりが出てきた他のデザイナーに引き受けてもらい、どうにかスケジュールを調整できた。
その分、色替えをできるだけ減らしたうえ全体数を大幅に増やすことで、会話と合体の楽しみは格段にアップしたと思う。
アクマのドット絵を進めるかたわら、人間ユニットの顔グラフィックはきちんと鉛筆ラフから線のクリーンアップを経て、スキャナー取り込み後にドット絵を起こしている。
以下、当時取り込み前に描いたラフ原画
やがて新人を含むデザイナー3名が待望の増員。合計6名での作業となる。
ようやく残りのグラフィックパートを揃える目処がついた。
開発期間はもう最終盤だったが、デザイナー全員が手分けして5種類あるエンディングにそれぞれ専用の絵素材を用意することができた。
いよいよ次世代ゲームの開発へ
94年末、デバッグ作業を経て無事にマスターアップ。
僕にとっては、これが唯一関わったスーパーファミコンソフトとなる。
パッケージイラストは前作および多くのスーパーファミコン版「女神転生シリーズ」を手掛けたイラストレーターの手によるもの。
開発作業もひととおり終了し、一息ついた頃…
おもむろにやってきたエグゼクティブプロデューサー(つまり当時の開発トップ)が「パッケージの話だけど…魔神のイメージカラーは赤だから!」と宣言。
「赤といえば夕陽かな」と、瓦礫の山に立つ主人公のラフ原画と背景ビル群のリファレンス素材を急ぎ用意してお渡しした記憶がある。
このパッケージイラストも一部のユーザーには刺さったようだ。
制作に携わった一人として、とても嬉しい。
(実際は戦場で太陽を背に立ち上がると、あっという間に狙撃されそうではある…)
そのあと開発室では社内サーバーとネットワーク環境が導入され(それまでは5インチフロッピーディスクがデザイナーにとって主な記憶媒体だった)、各デザイナーのPC98シリーズは、マッキントッシュとシリコングラフィックス社のワークステーションへと取って代わる。
…こう書かれても当時を知らないとピンとこないかもしれないが、あれは本当に劇的な変化だった。
僕自身ドット絵描きから一転、3DCGムービーを作る立場に変わる。
そうして翌95年はセガサターンソフト「真・女神転生 デビルサマナー」の開発作業に明け暮れることになった。
(担当したのは平崎市全景やGUMPのCG作成、オープニングムービーなど)
しかしそれはまた別の話なので、この記事はここでおしまい。
最後にオマケで新規イラストを…
ただこのイラスト、とあるエンディングの一部ネタバレを含む(そこまで重要なものではないが)
「それは困る」という人はどうかここでページを戻ってほしい。
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ヒロイン枠にしてはやけにユル~い口調のアヤ。
デバッグを始めた当初は、少し面喰らった。
主人公も普通にくだけたしゃべり方だったし、寡黙なことが多い他のメガテン系列とは対照的で新鮮なプレイ感覚だったのを覚えている。



コメント
4はじめまして。
魔神2の大ファンです。
貴重なお話と素晴らしいイラストを有難うございます!!
そして魔神転生2を世に送り出してくださり、本当に有難うございました!!(魔神1やデビサマも大好きです!!)
園村マリノさん
はじめまして。
コメントありがとうございます!
開発当時はこんなに長く愛されるコンテンツになるとは、想像もしませんでした。
ゲーム制作現場の大規模化・複雑化が急速に進む、少し前の話です。
今とは違う90年代の雰囲気を感じていただけたら幸いです!
初めまして。
魔神2は思い入れのある作品で、今こうして開発者のお話が聞けると思いませんでした。有難う御座います。
ゲーム本編もさることながら、OPやREMIXステーション辺りの映像や音の演出がとても好きで、特にOP(ゲーム開始直後の演出含む)は良く繰り返し見ていた記憶が在ります。
後、舞台の一つ『SLUM-TOKYO』の年代が去年(A.D.2024)でしたね~。
当時、周辺は5日後のスクエア謹製のフロントミッションに興味が寄せられていた中、自分はメガテニスト+発売日が自分の誕生日(2月19日)なのもあって、此方を選んだのも懐かしい記憶です。
avoN_Rionさん
初めまして。「魔神転生2」を選んでいただき、ありがとうございます。
タイムスリップものは、後々までそういった楽しみがあって良いですよね。
「フロントミッション」は当時、記事等で注目してました。
プレイには至らなかったですが、精緻なピクセルアートの印象が強いです。(ジークラフトのドット絵職人…)
あちらには赤毛ロングの「カレン」さんが出てくると知り「マジか〜」と思ったものです。
ただ確認のため今検索してみたら原案時点では金髪だったことを知り、30年ぶりに「マジか…」となっています。
パッケージアートのあれがカレンさんだったのですね…
どちらにせよ金髪にしておいて良かったです。