2025-06-26

ジークアクスを完走した

先日、無事ジークアクスを完走した。

やっとである。この三か月、年齢的なもので夜更かしがキツイのもあるが、

アニメ自体に非常に不満点が多く、ストレスを溜めながら見ていたためリアルタイムで追うのは大変だった。

「なぜそこまでして追ったのか?」と思われる諸氏もおられるだろうが、そこはいろいろ事情があるのであるオタクならば察してほしい。

というわけで、このアニメにおける私の不満点を以下に書き連ねようと思う。

Xではフォロワーの目があるため、ネガティブ感想を垂れ流しにすることはできないのだ。どうかご理解いただきたい。

ちなみに、私は劇場版からハマって初代~逆シャアまでを履修した凡百のにわかである

1話

実は、1話に関しては特に大きな不満はない。

マチュがニャアンの表情を見て奮起したこともわかるし、

今回のガンダム意識すれば動いてくれる便利ガンダムなのもわかる。

強いて言えば、神社でのマチュの謎行動ぐらいだろうか。

なんか急にデバイスを投げる

キャッチして灯篭の上に立つ

→灯篭が壊れてニャアンとキラキラといった流れだった気がするが、

キラキラした意味不明だし、行動としても変すぎる。

ニャアンのサングラスが外れて痣が見えることで、軍警とどうなったのかを示唆するシーンだという意図はわかるが、

そんなダイナミックに動く必要あったんだろうか。制作側としてはあるんだろうな。

映像としてはそのほうが映えるし、

マチュのダイナミックさみたいなものを伝えたかったんだろう。

だとしてもなんか変だが。

◆2話

劇場版にて話題沸騰となったビギニングの2話である

こちらも特に不満はないが、初代を履修した後だとシャアがよく喋っている気がする。

というかかなり庵野言葉遣いで話している気がする。

庵野富野イタコしてセリフを書いたそうだが、全体的に全然庵野ではないだろうか。

この話も、後の話に比べれば大きな不満はない。

なんなら、01ガンダムとの戦闘はこのアニメの中でもかなりかっこいい方だと思っている。

というか他の戦闘イマイチすぎるのだが。

大きく関心を引いたワインのシーンについては、

正史を履修した後だと「シャアって高級ワインを振舞って人を取り込もうとするのか?」といった違和感を覚えた。

初代~逆シャアにかけてそのようなシーンはなかった気がするし、

しろ望まずとももてなされている事の方が多い人ではないだろうか。

ビットを格納庫で紹介する段階で「それで、総帥は何と言っていた」と普通に切り込んでくるほうが、富野シャアっぽい気がする。(あくま素人想像なので悪しからず)

◆3話

初めてクラバに参加する回である

この回の不満といえば、劇場版で知っている話だったので「もう見た」になったことくらいだろうか。

擁護するわけではないが、

ジークアクスは必要描写は一瞬であったとしてもちゃんとされているため、

話の流れ自体理解することは難しくない。


◆4話

この長ったらしい批評を見ている諸氏も同じことを考えているであろうと思うが、雲行きが怪しくなってきたのがここからである

人妻の行動原理については、描かれているので特に不満はない。

一方マチュたちの描写は不満である

NTはその能力上どうしても人を殺すことに長けてしまうということを、シュウジを通して見せたかったのは分かる。

し、人妻介錯必要があったのもわかる。

マチュがその違いに愕然とするのも必要イベントだろう。

だが、そのショックを大きくするためにも

三人のわちゃわちゃ描写もっと尺を使ってもよかったのではないか

いや、分かってはいるのだ。

スペースグライダーについて相談するシーンで、

シュウジの隠れ家に入り浸ってることが示されているのは分かっている。

だが、こういう「一応示してはいる」が多すぎるのがこのアニメなのだ

一瞬の情報で示しているからと言って、そしてその文脈理解たからといって、視聴者の実感が伴うわけではない。

ゲームプレイも、アニメ鑑賞も、『体験』だ。

ジークアクスはオシャレな映像にするため、

視聴者感情を引っ張って山場に向けて育てるという演出放棄している。

放棄しているっていうか、諸氏もお気づきの通り、

次の話までにX上で投下される語りや二次創作感情の醸成を任せている。

私はこの構造がどうも好きにはなれない。

二次創作二次創作なので公式には成り得ないし、

二次創作で得た感情公式の話で得た感情とは全く別だ。

このように「理解はできるが、気持ちはついていかない」という部分が

アニメ本編だけでなくジークアクスを取り巻く環境にもあったのがストレスの原因であった。

◆5話

ニャアンが覚醒する回。

まず冒頭の水着シーンは何なんだ。

物思いに耽るにしても、もう少しそれっぽい部屋で耽ることはできなかったのか?

サービスシーンにとやかく言う必要はないが、

こういうシーンのシリアスさとちぐはぐな画面の蓄積によって

「マチュって言うほど何も考えてないクソガキなのでは?」という感情が生まれるのである

これもまた、マチュが解放感を求めているという意図があるのかもしれないが、

視聴者はマチュでも鶴巻でもないので暢気だなという感想しか抱けない。

下着の上でガンダムに寝転がるシーンも、

カラーの悪癖が出すぎていて気持ち悪いし、今となっても意味不明である

シュウジが熱を出していることと、

マチュとニャアンがうっすら恋敵になるかもしれないことを示しているシーンなのだろうが、

突然脱ぎだすのも、対抗して脱ぎだすのも女の感覚からすれば本当に意味不明だし、

具合が悪そうだということに気づかない二人もかなり滑稽である

こういう何気ない描写の蓄積が、「この二人って頭空っぽなんだろうな」と視聴者に思わせているのである

前回の「赤いガンダムシュウジが盗んできたのなら、そっちの方がやばくて最高」みたいな倫理観も合わせて、

視聴者の二人への印象が下がるのも仕方ないことではないだろうか。

というかどうせ今回シュウジ活躍しないのだから

話している途中でシュウジに熱があることが発覚

→ニャアンが赤いガンダムに乗ることに

→三連星が強いから苦戦

→ニャアンの覚醒勝利 とかではダメだったんだろうか。ダメなんだろうな。

二人は気まずくならないといけないし、

気まずくするためにはニャアンがジークアクスに乗らないといけないし、

マチュとニャアンがマヴになるのは最終回じゃないとダメからな。

だが、それをお膳立てするために、マチュが軍警にいきなり金的かます、というのはいかがなものだろうか。

軍警がニャアンのIDについてしつこく尋ねるとか、ニャアンに乱暴を働きそうになるとか、

そういうシーンがあるだけで金的正当性が生まれるのに、なぜやらないのだろうか。

こういう描写の蓄積によって(以下略

見せ場に対して逆算して物語を作るのは当然の手法だが、

それで選ばれた描写リアルに振りたいのかデフォルメに振りたいのか分からなくてストレスが溜まる。

◆6話

サブタイトルで釣ってきた回。

このアニメもしかして期待値より面白くならないんじゃないか

と思い始めたのがこの辺りである

マチュが思わず怒鳴ってしまったのはいいだろう。

思春期にはよくあることだ。

謝らないで逃走計画をニャアンに持ち掛けたのも、次回ニャアンがマチュを裏切る理由となっている原因なのでそれもいい。

ただ、視聴者がこれまでの描写の蓄積によって「こいつ性格悪いな」と思うだけである

それよりエグザベ・オリベである

この辺りからエグザベ・オリベは登場はするものの大した活躍はせず、

シャリア・ブルに活躍を奪われるというシーンが増えてくる。というかそれしかない。

その上で、この二人の普段の様子を示す描写

コモリがどこかで言っていた「気が合ってそうに見えたのに」というセリフだけなので、

突然「この人を殺すことができるのだろうか……」とかシリアスぶられても視聴者としては「ハ?」といった感じである

サイド6で拘留を解いてくれたことで葛藤するほどの思い入れができたのだろうか?

だとしたら単純すぎないか、この男。

一応スパイではあるのだから個人的な思いで葛藤させるのなら、シャリア・ブルがエグザベにとって親切な人物である描写を何度か入れたっていいはずだ。

それとも、「この人を殺すことができるのだろうか」というのはシャリア・ブルとの覚悟の違いを感じて発言したのだろうか。

どちらにしろ描写不足ではないか。目の前で人を撃っただけでそこまで思うか?

エグザベはシャリア・ブル用の演出装置なので、どちらでもいいことではあるが。


◆7話

シャリア・ブルがかっこよく活躍するためのお膳立て回である

というか、これ以降はシャリア・ブルが出てきたら全てはシャリア・ブルのための座組になるので、議論するのもバカバカしい。

舞い降りただけのエグザベのギャンはなんだったんだ。

サイコガンダムは撃つ前の溜めの状態だったのだから

少し攻撃して矛先を逸らしたってよかったのではないか

その先でピンチに陥ってシャリア・ブルが駆るキケロガが登場するのではだめだったのか。ダメなんだろうな。

突っ込みどころといえばアンキーもそうだ。

マチュも大概だが、この女もなんなんだ?

マチュやシュウジを売ろうとしていた癖に、偉そうに説教を垂れないでほしい。

偉そうな嫌な大人ということの演出なら大正解だが。そうであってほしい。

X上でも、この辺りからご都合展開に対する突っ込みが多くなってきたように感じる。

なぜかハッチが開き放り出されるニャアン。後ろにいたような気がするがなぜか先回りして受け止めるシュウジ

恐らくニャアンが縋り付くシーンをやるための作劇だろうが、結論ありきで構成しているためリアリティに欠ける。

そして、マチュがいか性格が悪いからといって、「マチュもガンダムも捨てて」と言い出すニャアンもニャアンである

意図された描写ではあるのだろうが、ここで「こいつも自分のことばっかりか」となった視聴者は多いのではないだろうか。少なくとも私はかなり萎えた。

こういう、ネガティブな面は微妙リアリティがあって鬱陶しいのに、

解決するときは勢いで丸く収まる……というこの作品の振れ幅が本当に苦手である

あと、ニャアンが家宅捜索された記事を写すのがほんの一瞬なのは演出として如何なものか。

マチュの妄想記事と似たような演出だったのもよくない。

マーコの写真があったから、何か起きたことは分かるだろうということなんだろうか。そうなんだろうな。

サイコガンダムハンブラビ当て馬しかなかったことや、

ラバの会場がコロニー内に移動したことについては突っ込むのも面倒くさい。

軍警についてはシャリア・ブルが根回ししたんだろうか?と視聴当時は思ったが、なぜそう思ったのかは覚えていない。見返す予定もない。

◆8話

前半がビギニング、後半が月のニャアンの回。

ビギニングについては視聴済なので特に触れることはない。

強いて言えば、いくらキシリアを殺すためとは言え、

人類粛清みたいな大義なしにシャアソロモン落としをやろうと思うか?という所くらいだろうか。

後にシャリア・ブルが攻撃する理由をつけるのと、逆シャアオマージュがやりたかっただけなのだろうが、

逆シャア隕石落としはノリでやったわけではないので、こんなので同等とされるのであればシャア推しとしてはやや不満が残る。

が、そんなことより毒ケーキ先輩である

格納庫から寮らしき場所にわざわざエグザベが送り届けたのに、すぐさま連絡してとんぼ返りさせている毒ケーキ先輩。意味不明すぎる。

意味不明すぎて名前も呼びたくない。

ケーキを焼くにしたって時間が早すぎるし、雑に殺されるための雑なキャラ造形と雑な動線に呆れてしまう。

そしてここでもエグザベ・オリベは活躍しない。威嚇でももちょっとまともに仲裁しろ

◆9話

ララァが出てきた回である

珍しくストレスの薄い回だった。

もちろん並行宇宙展開については何とも言えない気持ちになったが、

ララァの千年の恋とも言える感情はいじらしく感じられたし、

マチュが助けられ、娼館という場所がどういうところか理解し、

その上でマチュを助けてくれた人(ララァ)がどういう状況なのかを順序だ立てて描写できていたため、すっと理解できたし感情移入もできた。

というか、庵野脚本に入っていたので、キャラ自身がぺらぺら説明してくれて助かったという所が大きい。

視聴者ララァ好意的になった人が多いのも、この回が非常にわかやす構成からだろう。

ベタといえばベタだが、結局こういうのが一番いいのである

初代のララァとはキャラが違うのではないか?と言われれば、もちろんそうだなのだが、

描写に納得がいけば違う世界ララァとしては受け入れられるということなのだ。

10

ギレンが3分くらいで死んだ回。

8話に続き、宇宙世紀にて毒は最強であることを示す大事な回である

そしてエグザベ・オリベが珍しく戦闘をしている回である。よかったね。やっとまともに動けて。

この辺りまで来ると、マチュたちの話と宇宙世紀側の話がうまく絡んでないようなストレスけがあり、

「早く終わって」とばかり思うようになっていた。

クールじゃなくて本当によかった。

11

初代ガンダムが出てきた回。

ニャアンとマチュの決戦か!と思いきやすぐ終わるし、

コモリは急に太鼓たたき出すし、

一生懸命読んでやっていた行間すら意味がなくなってきて呆気にとられた記憶がある。

おまけに最後の初代ガンダムである

向こう側から来た象徴的なMS。あからさまな終末装置である

そして予告の「ニュータイプの新たな価値を示せるのか」みたいな文言からも、

どうせマチュがいい感じ初代ガンダムを倒して終わり!という展開が透けて見え、モチベーションが地に落ちたのを覚えている。

12

予想通りの展開となった回。

兎にも角にも、いきなり全員話し過ぎである

最終回でぺらぺら説明しだすのは、作劇としてあまりうまくないのではないか

せめて戦いながら少しずつ話すとかではダメだったのか。

キラキラシーンで作画コスト大幅ダウンか?


急に仲直りしてマヴになってよ!ってそれでいいのか、ニャアンもマチュも。

いいんだろうな。その割にマヴ戦はクソ短い時間で終わるけど。

シュウジも心の呪縛を解いてもらったのはいいが、そこから速攻ラブでいいのか。

いいんだろうな。理屈じゃないからな、恋は。

そしてシャリア・ブルである

どこで逆シャアを履修したのか、急にメタを張ってシャアを仕留めようとしてきた。

彼の行動原理も言い分にも瑕疵はない。もちろん理解はできる。

できるが、「こいつは殴って引きずり降ろさないとダメなんすよw」とXでメタこいてるガノタが考えました!みたいな行動をするんだな……というところで激しく萎えしまった。

しか逆シャアポッドが飛び出て掴まれる、という象徴的な描写オマージュ横取りである。なんだこいつ。

シャリア・ブルもまた逆シャアシャアのように先走っていた、という描写なのかもしれないが(とはいえ正直その線は薄いが)

美味しいところばかり持って行って制作側に愛されすぎてはいいか

愛されているので、当然エグザベ・オリベには負けるわけもないし、

しろ「生きろ!」と声までかけてもらうヒロインらする始末である。しばらく顔も見たくない。仮面までパクんな。

時にエグザベはどうしてあんなに感情が昂っていたんだろうか。

同期が死んだときは茫然といった様子だったのに、シャリア・ブルにはその場で泣いてまで説得をかますのか。洗脳でもされているのか?

どこまで行ってもシャリア・ブルを引き立たせる装置しかない空虚キャラである

コモリに至ってはそれ以下だが。

シャアも大概前提作品ガノタ解釈と心情描写をぶん投げていて、何を考えているのかよくわからない奴だった。

あとエンディミオンシステムはなんなんだ。もう本当にやめてほしい、そういう知らない単語出すの。






このシナリオで「マチュとニャアンをイメージしたOPを」と持ち掛けられては米津玄師もさぞ困っただろうなという所感である

よく「もしも」にテーマの中心をずらしてPlazmaを描き上げたものだ。

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