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§2
窓に映る顔に、滑走路のライトが重なる。
繋がる光の線が徐々に途切れて、飛行機がゆっくりと止まる。
スチュワーデスからコートを受け取り、おもむろに立ち上がる。
並ぶ人々の列を見ないように歩く。
息が詰まるのは、苦手だ。
タクシー乗場では、相変わらず係員がメガホンでわめいている。
いいんじゃない、出迎えの車くらい。
絶え間無いクラクションに少し眩暈がした。
九州から飛んでくるなんて、本当にバカみたいだ。
「築地、湾岸回って。」
「お客さん、すごく遠回りになりますよ。」
「いいの。」
湾岸の緩いカーブでシートに身体が吸い込まれ、弛緩する。
思い出したように携帯を開けてみる。
「受信メール:りかさん。地方お疲れ様です。一足先に待ってます。かおるでした。」
「受信メール:今着きました。部屋は3707号室です。かおるです。」
「受信メール:たびたび済みません。食事どうしましょう。
ラストオーダーは九時半です。かおるより。」
30分おきに入っている。
メールをうつ姿が、返信を待つ姿が浮かぶ。
「了解」
返事になってない、でもこれで精一杯。
通りでタクシーを降りてしまった。
信号二つ分、アタマを冷やした。
街灯の白々しさが自分と重なり、少し辛い。
駆け出したいのか、きびすを返したいのか分からないまま、ロビーに入る。
ブザーに指をかけた瞬間ドアが開いた。
「エレベーターの開く音が聞こえて。
スコープ見てたから、。」
エレベーターが開く度にドアに張りつかせていたのか。
とてつもない悪魔のような気がして、つい言葉が出る。
「驚くじゃない。」
笑窪が薄れ、それでも笑う。
「ごめんなさい。」
最低だ、私。
コートをクロゼットに掛ける。
「えっと、どうしよう、お風呂、食事。」
この子の口から出ると、そんな安い言葉がとても可笑しい。
冷やしたアタマがまた熱くなり、笑ってしまう。
「ルームサービスにしようか。シャワー浴びてるから頼んどいて。」
メニューを引っ張り出し、あせったようにこちらを見る。
「今日はかおるのご招待だから、任せる。」
やればできるじゃない、バスルームの鏡に呟いた。
化粧を早く落したくて、コットンに手を伸ばす。
「この、オータムディナーコースっていうの。
えっと、前菜がアボガドの・・」
鍵のかかったドアの向うから声がする。
まだ心の澱が流れていない、だから入れてあげられない。
「パン。後はお任せ。」
バスローブをひっかけて、いつものマッサージチェアに座る。
「あの、お誕生日すこし遅くなっちゃったけど。」
リボンで包んだ瓶を差し出す。
濃い目のグロスとマスカラに気づかないふりをした。
まだ、誕生日が嬉しい歳なんだ。
「あの、変に残るものも、って思って。ありがちですけど、ドンペリ。」
そう、残るものは好きじゃない、思いの込められたものは、特に。
それを押しつけてしまっている、この子に。
少し苦い思いで、家に腐るほどあるドンペリを手に取った。
「ありがと、一緒に空けようね。」
笑窪が戻って救われる。
コース二人分がテーブルから溢れそうだ。
どうしてもっと、スマートにできないのだろう。
取り返しのつかないことをしたような気がする。
カトラリーに映る光が目に染みる。
陳腐に乾杯する。
アボガドがするりと切れる。
「地方、お疲れ様。」
仕事がらみの話題に言葉が詰まる。
「とりあえず、言っとかなくちゃと思ったの。ありがとね。」
皿を見つめて、頷いた。
子供っぽい笑窪を見せたくなかった。
肉を口に運ぶ。
まだ暖かいそれが、この子の気持ちと重なり嬉しくなる。
自分が幸せだと今夜は信じたい。
思いがどのくらいあてにならないものか、分かり過ぎるほど人と関わってしまったから。
「プレゼントはあれだけ。」
人参を口に入れた瞬間を狙い聞いてみる。
「かおるは。」
必死で飲み込む姿が見たくて、答えの出ている事を聞く。
耳まで血が上る音がする。
これじゃあ、目当てがそれしかないみたいだ。
それでも、頷く、それでも、好き。
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