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  §1




着陸の揺れで、目が覚めた。
イヤホンをむしり取る、ざわめきが耳に障る。
ぼんやりとした頭痛を振切るようにサングラスをかける。
到着ロビーを大股で横切り、タクシー乗り場に駆け込んだ。



「ええっと、築地。S・・・ホテルまで。」


やっと頭が回り出す。
ちきしょう、渋滞だよ、モノレールにすればよかったかな。
天王洲を横目で見ながら携帯をチェックする。
「受信メール:3815」
いつもながら、この人は、無愛想なのか不機嫌なのか。
きりやさんとかには顔文字入れてる位なんだから、もう少しなんか書こうよ。
進まない車の中でグロスをなおす。
なんの色使ってるのか、今度聞いてみよう、機嫌のいいときに。
「お客さん、混んでるから芝浦で降りていい。」
「何でもいいです。運転手さんにお任せ。」



新富町を抜けると、聖路加がぼんやり浮かび上がる。
放り投げるようにお金を払い、ドアマンを待たず車を飛び出す。
白々としたフロントを早足で抜ける。
エレベーターホールには人っ子一人いない。
用心深いあの人らしい。
こんな場所じゃあ、電通のラブホ以外使い道無いっていうのも頷ける。
静かに開いたエレベーターの、38階のボタンを押す。









15号室の前で息を整える。
ブザーを押す。
出ない。
5度目のノックで扉が開く。
「遅かったね。」
バスローブのりかが不機嫌に呟く。
「劇団の話が伸びちゃって、最終便になっちゃって、あの、高速が渋滞してて、あの」
「取り合えず、入ってから。」
あたふたと、部屋に転がり込む。
それでも嬉しくて、自然と顔が緩む。
「もう、ルームサービスしかないわよ。」
メニューを放り投げられる。


忙しい中、時間を合わせるのがどんなに大変かよく分かってる。
不機嫌な自分に腹が立ち、また機嫌が悪くなりそうだ。
折角の時間だ、大人だろう、自分に言い聞かせる。
「りかさん、何がいい。」
「何でも。」
「じゃあ、カレー。」
「米は、嫌。」
「えっと、ミッドナイトディナー、コース。」
「そんなに入らない。」
必死になると右の眉毛が上がる。
そんな処まで、気が付くなんて、ヤキまわりきりだ。
「っじゃ、じゃあ、サンドイッチ、クラブハウスのと、カレー。」
「いんじゃない。」





「40分くらいです、って。」





受話器を置く後姿を、マッサージチェアーに座り眺める。
本当に綺麗な女の子だなと、素直に思える。
素直なんて、とんと聞いてない言葉かもしれない。
「へえ、そんなのあるんですね。」
「じゃなきゃあ、来てない。」
大人気無い物言いはいいかげんにしよう、そのうち泣くぞ。
物言いたげにりかを見て、カーテンから外を覗く。

「うわ、きれい。」

でしょうとも、あたしが選ぶホテルだ。
もっと良く見えるようにと、リモコンでルームライトを消してやる。
「レインボーブリッジ、でしょ、お台場でしょ。
あ、りかさん、お台場行ったことある。」
「ない。」
「今度、案内したげる。観覧車とか。」
「目立たないように、ね。」
言葉が途切れる、素直になろう。



「えっと、あれって、冬なのに屋形船、だよね。」
いつまで、首を突っ込んだままでいるつもりだ。
立ちあがり、後ろから覗き込む。
「かおる、乗りたいの。」
少し伸びた後れ毛に鼻を寄せる。
「酔っちゃいそう、ですよね。」
敬語になるのが分かり易すぎて、少し胸が痛い。




風呂上りのりかの匂いが耳をくすぐる。
香水よりもこっちのほうが、数倍好きだ。
そんな事いったら、また機嫌悪くなるだろうけど。
「あれ、寒くないのかな。」
耳に柔らかい舌が入れられて、息が止まりそうになる。
「あの、ポスター取りの時。」
手が前に回る。
細い指が鳩尾から胸をゆっくりとなで上げる。
歯が耳たぶに立つ。
「きりやさんと、話したんですけど。」
いきなり、胸を捕まれる。
「仕事の話は、したくない、かな。」
鎖骨を指で遊んだ後、ニットのファスナーをじらすように下す。
長い足が後ろから割って入る。
膝の震えを押さえようと、カーテンを掴む手に力が入る。



「破れちゃうよ。」




それは自分だ。
指に指を絡めてカーテンから外し、手を窓の桟に固定する。
薄い下着を通して、脈が打つのがわかる。
背中に身体を押しつけて、呼吸が荒くなっていくのを楽しんでしまう。


「あの、窓から、外。」
支える腕に身体中の力を集めて、声を搾り出す。
「電気消してるから、平気。
 かおる、綺麗だし。」
返事が出来ない。

又一つ、ファスナーが下げられる。
ガラスと指のひんやりした感触が熱い身体に気持ちいい。
背中にあたる柔らかい胸と擦る指の感触で、声が出てしまいそうだ。
ガラスに白い曇りが浮かぶ。
うなじを舐めるように、唇が滑る。
細いベルトはたやすく外され、手のひらごと入ってくる。
「あの、ルームサービス。」
「まだ40分経ってないでしょ。
 時間もわからなくなった?」
囁くように笑い、粘つく指を早める。



「足、開いて。」




緩く開く自分が信じられない。
この人はいつも、私のしないようにさせたがる。

首を回して頬に唇を寄せる。
薄く浮かぶ汗を舐めると、かみ締めた唇が少し開き背中が硬くなる。
跳ね上がる体温が締め付けられた中指から流れ来む。
今はまだ、私のしたいようにさせられる。
だから、今だけ考えよう。

「かおる、いきたい?」
返事なんか出来ない。
やっとの思いで、頷く。
「いわなきゃ、だめ。」
硬くなった背中で笑ってるのがわかる。
こんなに好きなのに、手の中で遊ばれる自分がもどかしい。




「ん。」





支える力はとうになく、後ろから抱きすくめられながら、
屋形船の灯が滲んでいく。







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