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Penelope
 










空港を出ると、スコールの香りがした。
ぎりっとした西日が、アスファルトの水溜りに反射する。
けれど、微かに風が枯れた匂いが混ざりこむ。
夏は仕事と共に去りぬ、ってわけね。
あえて、あの瞳は思い出さずにタクシーに乗り込む。


きちんと時間をやりくりしていたらと、いつも思う。
いい大人がなにいってんの、そして思う。
魅かれること追いかけること、ふと想いそうになる。
けど、想わない。

市内に近づくに従って、増えて行く平べったいビル。
秩序ないビルの間を、くねくねと這うように滑る高速道路。
センスの欠片もないくすんだ看板と,色の無い空。
下り始める薄鼠色の皮膜に、また雨の予兆。





「りかさん、ごはんは?」
「軽く。」

困ったようにかおるが笑う。
テーブルには手付かずの料理、綺麗にセッティングされたそのまんま。
「食べてていいのに。」
「ん・・・でも」
かおるの口調は、さりげなさを繕いながら。
「折角だから、待ってようかなあ、って。」

あたしは言葉に詰まる。
そんなそぶりは露とも見せずに、微笑んで見る。
「じゃあ、食べようか?」


「あ、降ってきた。」
微かに弾けるようだった空気は、空を巻き込み捻り上げるような不協和音になり、
わたしたちの世界を包み込んでいるのだろう。
防音ガラスのおかげで、それはくぐもった囁きにしか聞こえない。
「カーテン、閉めよっか?」
些細なこと、あなたはいつもあたしに聞くのね。
あたしはなんとなく、カナッペを手に窓辺によってみた。
下界はいつにもまして、沈み込んでいるはずなのに、滲んだように車のライトが鮮やかだ。
「ん、このままでいいわ。」
ぼんやりと下を見下ろすわたしの側に、かおるがワイングラスを持ったままそっと寄り添うように立つ。
頬を寄せるようにして、一緒に見下ろす。
「うわぁ、すっごい雨だね。」
「そうね。」
「よかった、りかさんが降る前にこられて。」
至近距離で、無邪気に笑う。
分かりやすく即物的な感想に、あたしはついほっとする。
「ほんとだわ。」
「一口、いい?」
かおるが上目で笑う。
「あたしにもくれる?」
あたしはグラスに間接キスをする。


雨に滲む世界は、涙を通して見る世界と似ている。
うつくしいものが歪み、そしてなお鮮やかなところが。






ときたま会って、ご飯食べて、お風呂はいって、寝て。
ルーティンワークのようなりかさんとの逢瀬。
これといって変化も無く、かといって安定も無い。
わたしたちの・・・っていうより、りかさんの一番程良い距離らしい。
らしい、っていうだけで確信はないんだけど。

そして、わたしはまだその距離を崩す勇気はない。
なのに、時折崩したい衝動に駆られる。


バスルームの鏡に映る顔を見る。
笑顔を作って見る。
無邪気な。







りかさんの手は、とても優しい。
触れるか触れないかぐらいに、身体の上をなぞる。
「ちゃんと、食べてる?」
鎖骨から、指を下げながら聞かれる。
「食べてるよ。」
「また、痩せたでしょ。」
「でも、さっきも食べてたでしょ、ちゃんと。」
わたしは、精一杯無邪気な笑みで答える。
「そうね。」
こういう時には、りかさんは決してそれ以上踏み込まない。


りかさんの唇が、わたしの胸を含む。
二人とも、まどろみあうみたいにスローに動く。
そっとりかさんの頭に手を回す。
腰のラインに沿って、りかさんの手が触れる。
ゆったり、ゆったりとお互いに癒しあうように。


身体の位置をずらしながら、それでもなぜかぴったりと触れあって。
わたしの一番気持ちのいいようにしてくれる。
なんで、わかるのかな、そういうこと。
激しく波が来るときのそれとは違う、けれども心地よい弛緩が全身に沁みてくる。
「ねえ、りかさん・・・」
ぼやっとしたまま、口が開く。
「ん?」
柔らかな低音が、耳に心地よい。
「今やってるのって・・・」
「ん。」
あんまり頭が動いてないのに、口だけ動く。
酔っ払いみたいだ、わたし。
「女のヒトが好きな役、なの?」


半分眠っていた耳に、かおるの言葉が飛び込む。
すっかり油断してたのに、なんだか急にばつの悪い気分になる。
でも、眠そうな声は崩さずに。
「・・・まあ、そうかな?」
くしゃくしゃした細い髪に、指を絡ませる。
頬と頬とをよせたままで、かおるはちょっと考え込むような顔になる。
胸の上に置かれた手が、すこし熱くなる。
「ん・・・どした?」
無意識に、口がほんの少し尖り出す。
なにか言いたいことがあるらしい顔になる。
「いや、そういうシーンとかってあるのかな、って思っただけ。」
ますます口が尖ってる。
遠まわしのつもりで、遠まわしになってない言い回しに、
あたしはなんだか愉快な気分になってしまう。
「そういう、って、どういう?」
定番の意地悪い癖が出てしまう。
「え・・・いや、役作りとか・・・」
変なところで、考える前に口にでてしまうあなた。
胸に置いた手で、円を描き出す。
「んん・・・っと、相手の人はどんな?」
「舞台には、いないわ。」
「でも、頭では決めてあるんでしょ?」
「何を?」
「どんな恋人か、って」


かおるは聞きたければ聞きたいほど、その周りをぐるぐるまわる。
どこに収束するのか、あたしにはわからない。
頬を手にとって、柔らかな髪に隠れた額にキスをする。
「やあねえ、熱でもあるの?赤くなってるわよ。」
そういっただけで、よけい赤くなる。
「そんなに、気になるの?」
「なにが?」
「あたしの、こ・い・び・と」
尖ってた口がへの字に結ばれる。
あたしはうなじに指を這わせて、軽くマッサージ。
かおるの身体から、強張りが抜けるのを楽しみながら。


「そりゃ・・・興味、あるじゃん。」
せいいっぱい興味なさそうな口調で。
でも、目はあたしの瞳を突き刺しそうよ、あなた。
「ぅんとねえ、名前はペネロペ。」
「りかさんはなにしてるの?」
「女優。」
「彼女は?」
「さあ、でも同業者っぽいかな。」
「髪は?」
「緩やかなロング。」
「背は?」
「あたしより、ちょっと高いくらい。」
「顔は?」
「あたしの基準を軽くクリア。」
「ありがちだよ、そんなタイプ。」
かおるが遮るように呟く。
「聞きたいからっていうから、答えただけよ。」
「りかさんって、そーゆーフェミニンなのがいいんだ。」
とっても不満そうな顔で天井を向く。
あんまり予想通りの行動をとっていること、気がついているのかしら。
「そうね、いいわね。」
天邪鬼なあたしは、あえてあなたの予想の逆をいってしまう。

あたしたちは並んだまま、天井を向いて。
くぐもった雨の気配に、耳を澄ますように。、


「でさ、ペネロペさんって、どんなタイプなの?」
思い直したように、かおるが尋ねる。
「タイプねえ・・・
 どっちかっていうと、お姉さんタイプかしら。」
ちょっと考えるふりをして、あたしは答える。
「なにそれ。」
声がすっごく不満そう。
「うんとね、あたしを思い切り甘えさせてくれるタイプ。」
声のトーンをすこし上げて、うっとりと言ってみる。
「ふぅん。」
聞きたくない、って声音になってるわよ、あなた。
「だから、あたしは彼女の前ではいつでも自然に戻れて、安らぐの。」
軽く手なんか伸ばしてみる。
「へえ、素敵だね。」
ちっとも素敵じゃなさそうに、かおるは言う。
こんなにわかりやすいジェラシーを、あたしは見たことが無い。




ああ、なに余計なこと言ってんだろう。
これって、なんだか薮蛇っていうの?
りかさんが言ってることだもん、半分はわたしをからかってるに決まってるのに。
口が滑らかなのが、その証拠。
そこまでわかってても、やっぱり切なくなる。
わたしとは、正反対のタイプ・・・だよね、やっぱ。
なんか拗ねてるのが顔に出てる。
見せたくなくて、わたしはりかさんに背中を向ける。



眉毛をちょっと寄せて、かおるがぷいっと背中を向けた。
ブランケットをわざわざ肩まで引き寄せてる。
やりすぎたってのは、わかってる。
でも、かおるには剥き出しでいてほしいの。
こと、あたしへの想いだけは、ってなんて我儘なのかしらね。


「ちょ、ちょっと、りかさん!なに!!」
あたしは容赦なく、かおるの纏う布を引き剥がし背中から強く抱きしめる。
「なに?・・・・なにっ?!急に!!」
「別に、抱きしめたくなっただけよ。」
「急にそんなの、変だよっ!」
あたしの腕の中で、きゃんきゃんかおるが暴れてる。
あたしの中でストレートで素直なあなた。
しゃちこばってるときよりも、数倍好きだってわかってないわよね。
だから、耳元に囁いてみる。
舐めるみたいに。
「・・・・・甘えてるだけよ。」
「え・・・?」
みるみるうちに、耳朶がほんのり染まってく。
ゆっくりと身体の向きを変えさせる。
うなだれたままの顎を、そっと持ち上げ軽くキス。
そして、もういちど。
唇から、心の中までまさぐるような。
絡まった唾液が、糸をひくような。
そんなキス。
思いがけないキスは、いつもより何倍も刺激が強いはず。
ほら、もう、身体が熱くなってるのがわかるわ。
唇を繋げたまま、柔らかくでも強引にあなたの身体に指を滑らせていく。
いつのまにか、あなたは子供のようにあたしにむしゃぶりつき、
すすり泣きのような吐息を、切れ切れにもらしている。
気付かないままに、少しずつ右の膝が上がってる。
ちいさな膝小僧から、腿の裏側へとあたしの手が進む度に。
あたしに縋り付く、あなた。
小さな唇から漏れる、吐息が甘い香りを帯びる。
そして、あなたの中を味わうように、確かめてゆくように。


「り・・・か、さん・・・」

何もない。
剥き出しの声。

あたしが安らぐ、声。



「りか・・・さ・・・、ん」



ただひたすら。
あたしを求める声。

あたしの癒される、声。



そして、小さく震えて登りつめる。
大きく胸を上下させながら、ぼうっとしたままのあなた。






「・・・・・ペネロペ・・」

「・・・ん?何か言った・・・?」

「別になにも。」










あたしはガウンを羽織って、エビアンを取ってくる。
かおるがふんわりと微笑む。
胸が痛くなるような、顔で。
「飲ませて・・・」
「うん。」
雛に餌をやるように、口移した水をこくりと飲む。
「疲れちゃった・・」
「うん。」
「・・・・寝ていい?」
「うん」
たちまちに、小さな寝息。




あたしは目が離せないままに、ベッドに腰をかけたまま壜を一気飲み。
薄っすらと汗のはる額に、そうっと唇を寄せて囁く。





ブロンドの美人さん。
真っ赤なレースが似合ってたわよ。


ねえ、あたしのペネロペ。












































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