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夢の狭間
タクシーが軋んで止まる。
冬の風を足に纏わりつかせながら、あたしはドアマンに軽く会釈。
扉は回転ドアを選んだ。
滑らかにゆっくりと回るガラスの中で、頭をゆっくり切り替える。
ロビーには大きなツリー。
金のボールのオーナメント、根元にはプレゼントのデコレーション。
ああ、もうじきクリスマスね。
人影もまばらなロビーのそこかしこのポインセチアを一瞥する。
携帯を開いて、ルームナンバーを確かめて。
急ぎそうになる脚を無理やり引き止めるようにして、エレベーターに乗る。
パンプスの先で軽くノック、ぱたぱたとした足音と共に扉は開く。
「りかさん。」
いつもと変わらない、あどけないまでの歓迎。
さりげなくて、でも少しどうしてよいのかわからないような笑窪を浮かべるあなた。
「久しぶり。」
細いうなじを抱えて軽くキス、息を吐く頃にはもう離れる唇。
あなたが目をつぶる暇すら与えない。
コートを脱ぎながら、部屋へ入る。
「待たせた?」
「ううん、そでもない。」
なんでもなさそうに言うけれど、目が部屋を泳いでる。
セッティングされたテーブルには、ホテルのサービスなのだろう、小さなツリーが飾ってある。
「あ、なんかね、クリスマス期間だからルームサービスのおまけなんだって、それ。」
「そう。」
「適当に頼んじゃったけど、いい?」
「別に、構わないわ。」
なんでもない会話のはずなのに、言葉がゆるやかに空回りしている。
あたしたちはお互いの周りを、遠巻きに様子を見ているよう。
「いい色ね。」
「え?」
口元に運びかけたフォークが止まる
「セーター。」
リブ編みのベージュのセーター、光沢が身体の線を浮き上がらせる。
シンプルなものに負けない素材なのよね、あなたは。
「似合ってるわね。」
「え、そう・・・。」
又困ったような顔をする。
未だに上手く切り返せないところに、今更あたしは安堵する。
「でもさ・・・、ちゃんと派手なのも着てるんだよ。」
人参のグラッセに注意深くナイフを入れながら、唇を尖らせる。
「ふうん、どんなの?」
「んと・・・ゴールドとか・・」
「頑張ってるじゃない。」
あたしは笑いながら、ワインを舐める。
「うん、仕事だもん。」
「別に、着てきてもいいのよ。ゴールド。」
かおるはあたしの目を見つめる。
少し上目がちに、覗き込むようにして。
少し怒ったように、唇をつぼめてる。
「ううん、やめとく。」
「なんで?」
「・・・・・・あれは・・仕事用だから。」
何かいいたげな空気をかきまぜるように、あたしたちはあえて軽い話に花を咲かせる。
「えっと・・・りかさん、遅くなっちゃったけど。」
かおるがテーブルの下から小さな包みを取り出す。
サテンのリボンにコサージとツリーのビスケットが申し訳なさそうについている。
「うんと、消えモノばっかでネタが尽きちゃったみたいで。
バースデー用なんだけど、クリスマスの包装されちゃった。」
グロスを塗った唇が、焦ったようにぱくぱく動く。
タイミングを計っていたのが丸分かりなのがらしいなと、リボンを解きながら思う。
砂糖粒のようなゴールドのピアスがサテンの台に埋もれている。
「かわいいじゃない。」
ほっとしたように、小さな顔が頬杖をつく。
「あの・・・いっこだけなんだけど・・・いい?」
「もう一つは?」
分かりきっているのだけど、あえて聞いてみる。
「わたしが、しようかなって・・・思ってて。」
「いいんじゃない。」
愛らしい顔が驚くほどにふんわりと微笑む。
あたしはこんな顔が見たかったのかもしれないと、じわりと思う。
「ありがとう。」
セーターをソファに投げ捨てて。
あたしたちは身体の線を重ねあわせる。
なんだかあんまり動く気分じゃない。
ただぴったりと抱き合って、体温を感じていたい気がする。
一生懸命、というふうにかおるの唇が這いまわる。
薄い色の柔らかな髪に、指を絡める。
不意にかおるの動きがとまる。
「りかさん・・・あんま、のらない・・?」
心配そうな顔で、大真面目に呟かれる。
余りの言葉に、噴出してしまう。
かおるは益々困ったように、あたしの上で固まっている。
「そんなことって・・・。」
「なに?」
「聞くもんじゃないって、教えてもらわなかったの?」
当たり前のように言うあたしに、びっくりしたような顔になる。
「誰に?」
「誰かに、よ。」
溜息をつき、ぐるりと目を回す。
触れたくないつまらないこと。
かおる相手だといつの間にかそのバランスを崩すことがある。
「もらわないよ。」
「ふぅ・・・ん」
「教えてなんか、もらってないよ。
・・・・教えてくれる人なんか、いないよ。」
律儀に声が尖るのね。
こんなこと、別にこだわることじゃない。
聞き流して、笑えばいいだけなのに。
なのに、あたしの上で真面目に怒らないで。
ベッドで抱き合ってるときの会話じゃないわ。
あたしはいきなり抱きしめられる。
細い身体のどこにこんな力があったのか、というほどに。
縺れた身体がベッドに沈み込む。
大きくひとつ深呼吸して口を開く。
「・・・・苦しいわ。」
「りかさん、なんであんなこと言うの?」
「どんなこと?」
「誰か・・・・とか。」
「別に、理由とか・・・ないけど。」
そして、又言葉が途切れる。
腕に一層力が入る。
まるであたしを戒めるように。
息が詰まりそうな、その強さが心地よい。
「・・・・・・ないんなら、言わないで。」
耳元に、吐息のように言葉が触れる。
「折角一緒にいられるんだから。」
たわいない言葉遊びが、時折通用しない。
忘れっぽいあたしはすぐ忘れてしまう。
通用する相手はもういらないはずなのに。
それを確かめるように、あたしは幾度も繰り返す。
ベージュのライトに包まれた部屋の中で、息を潜めるように抱き合って。
あたしたちの想いはぐるぐる回りながら、ひとつには収束してくれない。
ブランケットの中で、固まるようにしながらもかおるは話し続ける。
「だってすごく久しぶりだよ。」
「そうだったかしら。」
滑らかにはぐらかす癖がついている。
「東京で会って以来、りかさんの誕生日だって・・・・」
「仕方ないじゃない。」
薄い肩甲骨を緩く撫でる。
「わかってるけど。クリスマスだって・・・」
「そんなに会いたいの?」
分かっている答えを、わざわざ言わせようとしてしまう。
「当たり前じゃん。」
「あたしだけじゃない。かおるだって今、忙しいでしょう。」
苛立っているわけじゃない、会えないのをあなたのせいにしたいだけ。
「分かってるよ、そんなの。」
「そう。」
かおるの言いたいことはわかってる。
だけど伝わらないふりしかしたくない。
このいとおしさを認めてしまうのを、いまだに恐れているのかもしれない。
「だから、一緒にいるの、大事にしたいんだよ。」
「じゃあ・・・・・
そういう人にすれば・・・?」
あなたの肩甲骨がびくりとする。
「なに?それ。」
「いくらだっているわ、きっと。」
酷いことを言っているのだろう、今。
「なにいってんの?りかさん。」
「かおるが想う様に、想ってくれる人よ。」
なのに言葉はあたしのものではないように、勝手にかたちづくられる。
「ふざけてる?」
「さあ・・・・?」
含み笑いすら、他人のそれのように響いてくる。
何故、あたしはこんなに必死なのだろう?
細い体が深く息を吐く。
頬が柔らかく触れあわせられる。
「わたし、あんまり考え読むの得意じゃないから。
りかさんの言葉しかわかんないよ。」
ひとつひとつの言葉を、ゆっくりと紡ぐ唇。
「わたし、押し付けるつもりとかないけど。」
あたしとの距離をとりかねて、だけど懸命に繋ごうと。
「でも、一緒にいたいと思うのって、困んの?」
不器用な性格は、こういうところもそのままなのね。
「会えないけど、会いたいって思われるの・・・困んの?」
だけど、それは上っ面の器用さなんか軽く吹き飛ばしてしまう。
「別に・・・困ることじゃないわ。」
「りかさんはさ、少しくらい会いたいって思うこと無いの?」
「無いと思うの?」
「もしかしたら・・・・」
「ごめんなさい。」
ふっと息を吐くように身体を離してかおるが言う。
「わたし、また、先走りした気がする。」
口角を上げて、笑みをつくろうとしても笑窪は浮かんでいない。
「いつまでたっても、どんくさいよね。」
「ううん。」
あたしはかおるの頬に手を当てる。
「ごめんなさい。」
滑らかな頬の感触を楽しみながら、酔ったようにあたしは言う。
「下らないこと、言ったわね。」
そしてあたしたちの身体はまた密着する。
ルームライトが揺らいでいるかのように、現実感が無くなってゆく。
窓を通した街の明かりは、もうすぐ来るクリスマスに浮かれてでもいるように。
あたしたちの部屋だけが、その中で行き場を失っている。
だから、言葉を無くしたままで、お互いの肌の香りをこすりあわせ。
会えない時間をマーキングでもしているように、ひたすらに。
軋んだような息だけが、お互いの耳朶を震わせる。
久しぶりの肌は、温かく柔らかい。
この心地よさに飢えていたのは、あなたではなく本当はあたし。
全身で想いを伝えようとしてくれる。
それを求めているのも、あなたではなく本当はあたし。
求めすぎるのが怖い。
本当はわかっている。
失ったならば、気が狂うかもしれない。
そんなものほしくない。
けれども、なければ生きてゆけない。
愚かしい想いを、口付けと共に封印しよう。
この感触に埋没しよう。
柔らかく、かおるの波が満ちてくる。
温かく、あたしの波も満ちてくる。
緩やかな夜の流れに身を任せるように、あたしたちは互いを呼びあって。
静かに流れに飲まれてゆく。
穏やかな眠りへと向かうひと時に、小さな耳朶に口を寄せる。
「なに・・?」
くすぐったそうに、寝顔のあなたは呟く。
「会いたいわ、あたしも。」
「・・・ん。」
指先を絡めあい、眠りに滑り落ちてゆく。
夢の狭間を、ふたりでさまようように。
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