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ESCAPE(2)









「・・・・すっごく、痛かった。」

うっすらと汗をかく頃に、かおるが呟く。
言葉がやっとクリアになってくる。
あたしは自分でも呆れるほど、力が抜ける。
「痛いようにしたんだもの。」
抱きしめていた腕を解く。
かおるが顔を上げる。
「ぐしゃぐしゃね。」
「りかさんのせいじゃん。」
グロスのはげた唇を尖らせる。


「化粧落としてくる。」
口をへの字に曲げて、はずみをつけて起き上がる。
「ついでにシャワーあびちゃおうかな。」
「そうね、汗かいたし。」
「あ・・・りかさん、先にする?」
「一緒にいけばいいじゃない。」
驚いたように目が見開かれる。
「いや?」
すこし腫れた目元がふんわりと緩む。
「ううん。」






「熱すぎない?」
「ううん。」
「ぬるすぎない?」
「別に。」
同じことを何度も繰り返すあなた、答えるあたし。
「こっちきたら?」
バスタブの端に、窮屈そうにへばりついたまま。
「あ・・・あたし、やっぱ、後にする。」


「なんで?」
「だって・・・狭いし・・・」
急にいろんなことが頭に戻ってきた。
そう、いろんなことでぼうっとしてて。
ぼうっとしたまま、りかさんの前で泣いて。
化粧崩れたぼろぼろの顔になって。
赤くなってるのはお湯のせいじゃないってはっきり分かるくらい、恥ずかしくなってくる。
「じゃあこうすればいいじゃない。」
笑うような声で、りかさんはあたしを抱きすくめる。
重なり合ってる肩は、とても薄くて華奢で。
くっきりとした鎖骨とのコントラストがとてもセクシーで。
ああ、この人はどうしてこんなに綺麗なんだろう。
わたしは思わず目をつぶる。
「どうしたの?」
不思議そうな、楽しそうな声。
その声が好き。
鳩尾にしみ込むような響きが好き。
わたしはただ首を振ることしかできない。
シャワーの音がやけに響く気がする。


首の血管が浮き出るほどに痩せた身体を抱きしめる。
かおるの神経がびくりと反応するのが分かる。
「ちょっと、そのままね。」
じっと固まる小さな耳に手を伸ばす。



どうしたんだろう、りかさんの手がわたしのピアスを外す。
「だめ、じっとしてて。」
そして、ひんやりとした手がまた耳に触れる。
「いいわ、目を開けて。」
目を開けて、鏡に顔を向ける。
「悪くないんじゃない?」
「だって、りかさん、これ。」
「気にいらない?」
「だって、りかさんの・・・・ダイヤのやつ・・」
「似合うわよ。」
「なんで?」
いきなり熱い舌が耳朶をぺろりと舐める。
「誕生日だったでしょ。」


かおるが耳まで赤くなっている。
「覚えてたの・・・・?」
「遅くなったけどね。」
「くれるの?」
なぜか必死な顔でそう尋ねる。
「嫌なの?」
「嫌なんかじゃないよ!」
噛み付くように言われる。
あたしはやっと気がつく。
この子がどれほど欲しがってくれるのか。
あたしとのこんなかかわりでも。
「あのね。」
「なに?」
「もう片っぽは持ってるから。」
「誰が?」
「あたしが。」
はにかむような笑みが広がる。
やっと今日最初の笑窪が浮かぶ。
「じゃあ・・・お揃いなんだ。」


あたしたちは水と戯れるように、じゃれあって。
二人してバスタオルにくるまって。
競うようにベッドにもつれ込む。
考えることなんか他になんにもない、それでいい。


「りかさん、まだ濡れてる。」
「かおるの髪だって、びしょびしょよ。」
「まずいかな?」
「まずくない。」
後先考えないことが、今はとても心地いい。
あたしたちは雫を滴らせながら、又抱き合う。
笑いながら、軽いキスを何度も交わす。
頬に、顎に、唇に。
「会いたかった?」
「さあね。」
「わたしは、会いたかった。」
「そう。」
口づけながら、他愛無い言葉を何度も交わす。
心の中を浚うように。


あたしの下で、それでも伸びやかな肢体。
又少し大人になって、又少し艶やかに。
あたしの知らないあなたが、どんどん進化しているようで。
たまらない何かが胸を突き上げる。







「目を閉じて。」
動きが止まる。
戯れあった空気が、緩やかに冷めてゆく。
あたしはゆっくりと、けれど深く唇を重ねる。
指と指とを絡めたまま身体を重ねる、あなたの鼓動をあたしに繋げる。
ぴたりと触れ合ったあなたの胸が、大きく上下する。
舌があたしを求めて、激しく動く。
「り・・・かさ・・ん・・・」
掠れ気味の声が、あたしを誘うように締め付ける。
あたしは答える余裕も無くしているらしく、夢中になってあなたの肌を貪っている。
開いたままの唇から洩れる息が、あたしを締め付ける。
鎖骨は一層深くなり、又肉が一回り落ちているのがわかる。
なのに上気している肌はいままでになくつややかで、匂い立つようにあたしを誘う。
「いつのまに・・」
「・・・ん?」
かおるが苦し気に、薄く目を開ける。
「いつのまに、こんなになったの・・?」
半開きのままの唇が、空気を求めるように震える。
「・・・こん・・な・・・・?」
あたしの身体は、あなたをただ求めている。


わたしの頭はいつの間にかからっぽになってしまう。
りかさんに触れられて、それはいつになく激しくて。
この世にあるものは、わたしたち二人だけで。
他のことは、もうどうでもよくなってしまう。
頭がおかしくなるほどの的確さで、唇と指が滑ってゆく。
りかさんの瞳が、たっぷりとした睫を湛えわたしを見つめているのを感じる。
わたしはどうしようも無く、洩れる吐息は喘ぎに変わる。
りかさんの瞳に見つめられていると思うだけで、身体の芯の温度が上がる。
心臓の上を、啄ばむようにりかさんが動く。
指が脚に下がってくる。
剥き出しのわたしの神経は、わずかな波に大げさなほど反応してしまう。
いきなり指がとられ、唇に含まれる。
舌が隅々を這うだけで、背中を打たれるような快感が走る。
「いいでしょ・・・?」
笑いを含んだような声が、聞こえる。
だけど、答えることなんてできはしない。
辛うじて頷くことしか。

剥き出しになった指に、りかさんの指が絡まる。
快感は容赦なく、目元が潤んでくる。
「泣いちゃって、いいのよ。」
そんな言葉すらも刺激になってしまう、わたしの身体。
脚を開かれて、なのに抗うことすらできなくなる。
恥ずかしさに、ただ固く目を閉じるしかできなくなる。
りかさんの唇は、わたしの口を探る時のようにわたしの中を探る。
尖らせた舌に、細胞の一つ一つが舐めとられるように。
確実に気が狂うほどの快感の跡を刻んでゆく。



かおるをどうしようもないくらいにしてしまいたくなる。
あたしの中で、理性が飛んでいるのがわかる。
悶えさせて、喘がせて、だけどまだ足りはしない。
もっと、おかしくなってしまえばいい。
そんな焦燥感に突き動かされる。
抵抗の無くなった柔らかな膝を押し開き、あたしは無謀なほど緻密に唇を這わす。
絶え間なく洩らされる声は、すすり泣くように、求めるように。
ただあたしを酔わせてゆく。
しがらみなんか飛ばしてしまえばいい。
あんな瞳はみたくない。

かおるの腰が引ける。
辛そうに眉間に皺が寄る。
開いた唇から、真っ白な歯がこぼれる。
だけど許してあげない。
引き寄せて、又強く吸い上げる。
叫ぶような声が上がる。
あたしの身体の温度があがる。




繰り返す波は、もう数えることすらできはしない。
叫んでも、叫んでも、まだ足りない位に身体は震えてる。
絶え間ない刺激の嵐に、もう身体はついていけない。
りかさんが触れている。
そのことだけが、くっきりとわたしに刻み込まれる。
わたしと固く絡められたままに、りかさんの指はわたしを押し開く。
唇の醸し出す熱い波の中を、切り裂くようにはっきりと。

りかさんはわたしの中を、恐ろしい程捉え増幅する。
寄せる波は更に大きな波となり、もう引くことすらありはしない。
わたしの手ははりかさんに絡めとられたたまま。
その唇と共に抉るような快感がつきあがってくる。
考える余裕は、疾うに無くしてしまった。


そして、千切れるほどにわたしの身体は反り返る。
なにかから、解き放たれるように。



















「すごく・・・・・疲れた。」
仄かな汗の匂いを纏い、かおるが呟く。
あたしは空調の温度を下げる。
「なんか・・・変・・かな?」
あたしの方を向いて、少し不安そうな瞳が尋ねる。
「なにが?」
その返答に、困ったように口元が尖る。
「なにがってわけじゃ、ないけど。
 ・・・・・なんか。」
あたしは瞳だけそちらに向ける。
「気持ちよかったんでしょ。」
戸惑うように目が見開かれる。
そして、ふいに穏やかな瞳になる。
「うん。」

あたしの憧れて止まない、瞳に。

「じゃあ、よかったじゃない。」
肩になめらかな額が触れる。
「このまま、眠っちゃって、いい?」
「好きにしたら。」



吐息が規則正しい寝息へと変わる。
弛緩した瞼に口づける。
肩にかおるの体温を感じながら、あたしは薄く笑う。
明日になれば、また囚われるのだろう。
あたしたちが逃げていたものから。
だから、今だけはこのままで。

自分とだぶるなんて、思ってやしない。
何かできるなんて、もっと思わない。
あなたを助けることなんて、できはしない。
そしてあたしは、救われない。


あたしはあたしの我儘だけしかない。
あなたのことなんか考えたわけじゃない。






あどけなさがまだ残る顔を見る。
ピアスを軽く舐める。
舌が、苦い。


あたしは、あなたをどれほどに愛しているのか。

もう呟く勇気すら、ない。












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