ネガティブな夜明け
雨かしら、少し肌寒い。
夜景には、紗の帳が下りている。
シーツにくるまり、ピローに軽く頭を乗せ。
背中には、かおるの香り、汗、そしてしなやかな身体。
うっすらと汗ばんで、すこし息が上がって、だけど満足。
かおるとの夜は、いつもちょっと苦い満足。
ゆるやかに軽い、眠りの翳。
「・・・っ!」
ふりむくと、吸い込まれそうなきらきら瞳。
「・・・痛いんだけど。」
肩の甘噛みで、ゆらゆらしていた頭が半分覚醒する。
「・・・・・・痛い。」
無言のまま、上目遣い。
こんな時、かおるの目はいつも猫みたいになる。
いつもはイヌ科のくせに。
妙に意地っ張りで、気まぐれで、我を通したがる。
うん、おもちゃ売り場でだだこねる子って感じ。
「どしたの?」
ちっちゃな唇が引き締まる。
「言ってみ?」
ぼさぼさ前髪から、じっ、とみつめられる。
お手上げね。
知らん振りしようかしら、構ってみようかしら。
かおるの歯がくすぐったいわ。
「・・・・・うー」
「うん?」
「・・・うーと・・・・」
かぶりついたまま、もぞもぞ何か言おうとする。
くすぐったいのとかわいいのがごっちゃになって、あたしはかおるをシーツに入れる。
二人巻き込んで、深い海の底の巻貝になった気分で抱きしめる。
下界の音は、もうきこえない。
あたしとかおるの吐息だけ。
「じゃあ、おはなししようか。」
両手で頬を掴んでこちらを向かせる。
至近距離のかおるの顔、ちょっとだけ瞳ががキラキラで、
ちょっとだけ頬なんかピンクに上気してて。
それは昔からなんだけど。
ねえ、又綺麗になっちゃった?
滑らかに削げた頬。
いくらか痩せたせいか、瞳をとりまく陰影が深くなったようで。
確かに初々しい下級生なのだけど、それでも確実に大人の仄かな色香が漂っているようで、
あたしったらどきどきしてる。
これは嬉しいの?寂しいの?悲しいの?虚しいの?
かおるは額にかかったままの髪を払おうともせずに、あたしを見つめてくる。
あなたは気まぐれで口下手に見えるけど、
本当は相手の心をひとたまりもなく焼いてしまえる。
薄い唇を、きっとひきしめて、口の中で言葉をぐるぐるしてる。
あたしは汗で額に髪なんか貼り付けたまま、かおるの唇をほぐすように舐めてゆく。
あたしたちのおはなしの儀式。
唇と一緒に、心までほぐしてゆく。
丁寧に、丁寧に、小さな唇の隙間から真珠みたいな歯をひとつひとつ。
そして緩む口腔に、舌を思い切り柔らかく這わせ。
「・・・・んんっ!」
いきなりかおるが顔を振りほどく。
「いや?」
「ちがう・・・・けど・」
「どうしたの?」
「だって、こんなことされると・・・頭がふっとびそうになるんだもん。
言おうと思ってたことも、何もかも。」
「で・・・」
「それで・・・・・、それで・・・・・また変な感じに・・・」
「変じゃないでしょ。」
「だ・・・だって・」
「ふつうじゃないの?あなたの言う『恋人』なら。」
かおるの顔が、しゅっと曇る。
痛いトコついてるのは、わかってる。
だけど、言われずにはいられない。
意地悪よね、って口の端が上がる。
「変になると、言えないことなの?」
「そういうわけじゃ、ないけど・・・・」
「大事なことなんでしょ」
こくりとうなずく前髪、気だるげに指に絡める、あたし。
「じゃあ、あたしに一番近いところで教えて。」
かおるを抱卵するみたいにそっと抱きしめる。
あたしの腕に、華奢なかおるはすっぽりとおさまって、おおきくため息一つつく。
ちょっと身体が緩んでくる。
「寝ちゃっても、いいのよ。」
「ううん、」
かおるはたしの胸に顔を埋めてくる。
子供みたいに抱きつく。
「・・・・・あの・・・・・・・あのね。」
「ん?」
「トップ・・・・・決まったの。」
「そう」
そしてかおるの強張りは抜ける。
あたしはおめでとうでもなく、柔らかくなった身体に絡みつく。
首筋から、デコルテへ、そして淡い胸に唇を這わせ、身体の隅々までをほぐすように愛撫する。
そうね、これはセックスなのかしら。?
あたしたちは素直な気持ちを伝える術を殆どもたない。
言葉とは裏腹な気持ちが快感の波間に心の底に触れてゆくだけ。
でも、これでいいの。
さらりと触れるくらいが、人の心は丁度いい。
澱のように沈殿するのは、心を腐らせる、はず。
滑らかなかおるの肌は、うっすらと汗を帯びて、小さな唇が開いて。
かわいらしいあたしだけの花のようで、思わず手折りたくなる。
「りかさん・・・・・」
「りかさん・・・・・」
むしゃぶりつくみたいに抱きしめられる。
「うん。」
「うん。」
背中をさすりながら、耳たぶに触れそうに囁く。
「大丈夫。」
「大丈夫だから。」
腕のなかで、頷き続けるあなた。
同じことを言い続けるあたし。
嬉しい持ちとおんなじくらい、
不安や恐れが心の中にわきあがっている時なのはわかってる。
そんな時、なにを言ったって、無駄、わかってなんかあげられない。
だって、あたしたちは、ひとつになれないのだから。
ホテルの窓から、摩天楼が雨に煙るのが見える。
もうじき世界が、灰色に染まる。
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