TOP   






 

ジレンマ







どきどきしながら、ベルを押す。

いつものように、無言でドアが開く。
「お疲れ」でもなく「いらっしゃい」でもなく。
りかさんはきびすをくるりと返し、
奥のソファに戻ってく。

わたしもいつものように小走りで、りかさんを追いかける。

「ごめんね、遅くなって。」
「なに、突っ立ってんのよ。
 座ったら?」

ああ、やっぱご機嫌悪いかも。
わたしは端っこにそうっと腰を下ろす。
りかさんのおっきな目が、わたしをじーっと見る。
「な、なに?」
「髪、黒いんだ。」
「あ、うん、今度のお芝居用。」
「ふーん」
そういって、ずいぶんと減ったボトルからワインを継ぎ足す。
「りかさん、髪切った?」
「うん、コンサートだからね。」
湯上りのほわほわの髪にバスローブ。
はだけた袷から、胸元が眩しい。
バスローブよりも白い肌。
わたしたち結構白い方だけど、りかさんは特別。
真珠みたいにほんわり光ってる感じすらする。

「りかさんとの時、黒髪多かったから見なれてるよね。」
「そうだっけ、覚えてない。」

こっち見ないでそっけなく言われてしまう。




「お風呂入ってくる。」








かおるとあうのは楽しくて、苦しい。
心臓がいうことをきかない。
口がいうことをきかない。
いつのまにか心拍数が上がり、
いつのまにか心にも無いことを言ってしまう。

黒髪のかおるがあたしのすぐ側で、キラキラしてた舞台が一気に蘇る。
過去を振り返らないとか言ってるわりに、ざまあない。


今が一番シアワセなはずなのに、進化しているはずなのに、
分からなくなって、不安になって、
そしてざまあなくなる。

あたしって、かっこわるい。







「りかさぁん・・・」
お風呂でたらもう部屋は真っ暗で、目が慣れない。
しゅるしゅるとカーテンがリモコンで開く。
階下のネオンと微かな星影が部屋に陰影を形どる。

りかさんベッドでもうくるまってる。
「入れて・・・・」
「いや。」
「入れてってば・・」
「やだ。」

いいもん、実力行使で入るもん。
無理やり足元からごそごそもぐりむ。
「ばあっ!」
りかさんの至近距離に顔を出す。
「めげないのね。」
「だって時間がもったいないもん。」
唇を尖らせて上目遣い。
これが精一杯のめげてるサイン。
「貧乏性、なの?」
「ちがうよ。
 でも、いっぱい会いたいんだもん。」
「てわけに、いかないでしょ。」
「だから、みっちり会うの。」


必死で訴えるかおるの唇、眉毛なんか段違い。
本気の証拠。


一杯会いたいのは、本当はあたし。


「分かった。」
りかさんの細い指が顔を包む。
ぺろって鼻の頭を舐める。
ぺろって笑窪を舐める。
そして優しく唇をなぞる。
わたしは目を瞑り、その心地よさに酔う。
「ねえ、かおる。」
「なに?」
「ピアス、空けたのね。」
いきなりの問いに、わたしは酔いが覚める。
「うっ・・・うん。
 似合わない?」
「似合わないことないけど・・」
「けど・・・・」
「あたしと違うね。」
さらりと言われてしまい、わたしはりかさんの真意をはかりかねる。
同じようにつけたならきっとまた、馬鹿じゃない?
とかいって怒られるに決まってる。
「う、うん、だってそれはりかさんのピアスだから。」
「で、それがかおるのピアスなの?」
「うん・・・・変?」
「だから変なんて、言ってないでしょ。」

あたし絡んでるわね。
お揃いって訳にはいかないのも分かっちゃいるし、
この子ならばこうつけるだろうと思っていたはずなのに。
なんか、かおるが少しずつ変わっていくような気がするのかしら?
あたしはそれが気にかかるのかしら?


なぜ?


答えはまだ、みつけたくない。






かおるの腕が首に回る。
唇を寄せてくる。
舌を思いきり絡めて、キス。
思いが流れ込んでくるような、熱さ。

「もうすぐ、舞台なんだよね。」
「そう、かおると一緒。」
「違うもん。」
「板の上に立つのは同じでしょ。」

お互いの身体にくちづけながら、切れ切れに喋る。
まるで心ここにあらずみたいに。

「何やんの?」
「何って?」
「コンサート。」
指を首筋から下げて行く。
なめらかな隆起、又少し痩せたのがわかってしまう。
「さあ・・・」
「いいじゃん、教えてくれたって。」
「見にくればいいじゃない。」

かおるが身体を起す。
頬を膨らまして、唇がぷっくりふくれてる。

「いじわる。」
「何が?」
「わざとだ。」
「だから、何が?」
「わたしが見られない時ばっか。」

怒った顔がかわいい。
あたしはかおるの鼻をつまむ。

「そんな顔に、なっちゃうわよ。」
「いいもん。」
「イイ男の役なんでしょ?」
かおるはぷいと横を向く。
「・・・・・わたしには見せないくせに。」
「何を?」
「かっこいいことやるんだ。」
「いつもかっこいいもの。」
「おへそとか、見せるんだ。」
「見せても減るもんじゃないでしょ。」



何いってもりかさんは薄笑い。
わたしは空回り。
鼻を摘む指に噛み付く。

「痛っ!」

わたしはふくれっつらのまま、指に噛み付いてる。
りかさんの指が、わき腹をくすぐる。
「反則ぅ」
くすぐったくて口を開けた途端、りかさんがわたしの上に乗る。

「逆転ね。」
「ずるいもん。」
「実力よ。」


りかさんの目が、ふっと笑う。
長い指がわたしのおでこを撫でる。
「かおるも結構、デコ よね。」
「りかさんほどじゃないもん。」
憎まれ口なんか聞いてもいないように、首筋から唇が下がってゆく。


ひんやりとした掌が、ゆるやかにお腹を撫でまわす。
そして、なめらかにわたしのまわりを遊ぶ。

「・・・・・んっ・・・・ふぅ・・・」

くすりと笑うような溜息と共に、わたしのなかにりかさんが入り込む。
一瞬、息が止まる。
身体が、強張る。
「いつもそうね。」
耳元で舐めるように囁く声。
指はまるで違う生き物のように容赦なく。
「何が、怖いの?」
言葉を出そうとする。
言葉にならない。
ぱくぱくした口を、りかさんはずっと見つめている。


「・・・ねえ。」
「なあに。」
「わたしもさ・・・・ダイヤにしようかな・・」
「なにを?」
「・・・ピアス。」


急にわたしの中のりかさんが止まる。
「なんで?」
「なんで・・・って・」
「だから、なんで?」
「り・・・りかさんとお揃いだから・・・」


辛うじて言った途端、またりかさんは容赦がなくなる。
「下らない。」
「どうして。」
「そんなこと・・・」
「なんで。」

わたしたち、上半身と下半身が別々だ。
はたから見たら、ただの痴話喧嘩以下。
なのに、むきになってるわたし。

「わざわざいうことじゃないでしょ。」
カッ、として思わず大きな声が出る。
「わざわざ隠すことでもないもん!」
「・・・・だからって、いうこともないでしょう。」
りかさんはわたしと正反対。
わたしはカッとするほど、やけに穏やかな口調。


いうことでもない、隠すことでもない。
じゃあどっちなんだろう。
そんなこと、考えた事も無かった。
頭がぐるぐるし始める。
わたしのぐるぐるにあわせるように、
りかさんはわたしのもっと深くに滑りこんでくる。
もうわたしはなにも考えられない。
ただ、りかさんの肩に手をかけて、ひたすら名前を呼び続ける。


りかさん・・・・
りかさん・・・・










かおるの乱れた前髪を直す。
薄く点したベッドサイドランプに彫りが際立つ。
昨日よりも今日、今日よりも明日。
綺麗になっていくわ、あなた。


いうことでもない、隠すことでもない。
ならばいえばいいというあなた。
ならばいわなくていいというあたし。
やっぱり正反対。

同じピアスして、同じ服を着て。
なにもかもかおると一緒になって。
いってしまいたいのは本当はあたし。

だけど、怯えているあたしがいる。
あなたはきっと一生知らない。
知らせない。
いつか必ず、一緒でいられない時が来る。
それは人生の遥か彼方なのかも知れないけれど、
それすら今のあたしには怖い。

だから、一緒になりたい。
一緒になれない。








なんて下らない、大人のジレンマ。


















← Back   Next→ 












SEO