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聖夜なんて知らない(前)
最終に飛び乗った。
到着ゲートを駆け抜けてタクシーに転がり込んで。
髪の毛洗いっぱなし、コンパクト開いて車の揺れの中グロスを確認。
今日のわたしは非常識。
だけど、今、我慢できなかった。
社会人としては大失格。
でも、どうしても顔が見たかった。
もう光の落ちたロビーを抜ける。
いらつきながらエレベーターを待つ。
音もなく開いた扉の中で、大きく息をつく。
へたりこみそうになりながら、パネルを押して点滅するライトに目を凝らす。
もう来てるかしら。
もう来てるよね。
どぎまぎしながら、部屋のチャイム。
手が滑って二連発。
「んもう、うるさぁい。」
扉の向こう、唇を尖らせてあの人が立つ。
「ごめんなさい、待ちましたっ?」
あ、敬語。
焦ると出ちゃう、わたしの癖。
あの人は気づいてか気づかずか、きびすを返し部屋の中へ。
わたしは小走りでついて行く。
久しぶりの長い足。
久しぶりの華奢な腕。
久しぶりの細い首。
「あたしも、さっき着いたばっか。」
そういって、飲みかけのグラスに手を伸ばす。
衝動的にその手を掴む。
「りかさん久しぶりの、キス。」
ああ、あたしってば何いってんだろ。
りかさんは一瞬目を見開いて、そして小さく皺を寄せて笑う。
「どしたの?」
「だめ?」
「だめじゃ、ないけど。」
そしてわたしたちは唇を合わせ、舌を絡める。
ジャケットの下、薄いタンクトップの身体を思いきり抱きしめる。
「ちょ、ちょっと・・・苦しいでしょ。」
「ご、ごめんなさい。」
わたしは身体を離し、やっと一息つく。
りかさんはにやにや笑いながら、お酒に戻る。
「で、どうしたの?」
「え?」
「だって、急に会いたいって。」
「理由無きゃ、だめなんですか?」
ああ、また敬語。
その上、喧嘩腰。
りかさんの黒目がじいっとこちらを向く。
指がグラスの縁をなぞっている。
破れたジーンズからちらちら素肌が覗く。
ああ、なに見てるんだ、わたし。
「だめじゃ、ないわね。」
「抱きしめちゃ、だめ?」
「だめじゃないわ。」
「キスしちゃ、だめ?」
「だめじゃないわ。」
「じゃあ・・・・・」
りかさんは我慢できないみたいに、くすくす笑い出す。
「何が可笑しいんですか?」
「だめなら、いいの?」
ちょっと意地の悪いいい方で。
「だって、嫌だったら・・」
「嫌なら、いいの?」
わたしは混乱する。
「眉毛、上がってるよ。」
綺麗にマニキュアを塗った指がのびる。
いい香りのする指で、そっと眉を触られる。
ぞくっとする。
「宿題ね。」
「え?」
「いつか、答えが出たら、教えて。」
そういったりかさんは、ちょっとだけ霞がかかったような。
そんな笑みを浮かべた。
「もいちど、キス。」
そういって、りかさんはシャンパンを口移し。
「かおる、強いもんね。」
強いのが少し残念な、わたし。
「だから、一杯キス。」
強いのが少し嬉しくなる、わたし。
色々な角度に、顔を寄せ合って。
色んなふうに、華奢な身体を抱きしめて。
わたしはのしかかるように、縋るように。
りかさんは笑うばかり。
「おへそ、出てる。」
ちょっと恨みがましく。
「可愛いでしょ。」
「風邪ひくもん。」
「でも、いいの。」
「みんなに見える。」
「見せちゃ、いけない?」
そこで、わたしは言葉に詰まる。
いけない、いけなくない。
お互いにわたしたちは、わたしたちになることは出来ない。
重なりそうで、重ならない、こころ。
切り取ったり、バランスをとって。
なのに、それが時々狂うことがある。
たまらなくなる時がある。
何故かあたしはその真っ只中。
今日は最終、明日は朝イチ。
こんな無茶してるなんて信じられない。
でも、身体中が震えるほどに、会いたかった。
この、やわらかな肌に触れ、大きな瞳に見つめられ、
深い声に包まれて。
そして、伝えたかった。
言葉では無しに。
「今日は、いけないもん。」
「な・ま・い・き。」
鼻の頭をこつんとされる。
「今日だけは、ダメ。」
今日は、わたし独占したいの。
なのに、伝えられない。
非常識で、臆病なわたし。
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